第一章 出会い 4
「ねえ、あなた、あの白猫……なんだよね?」
「そうだよ。どういうわけか、こんな体ににゃった……なった、けど……」
あらためて自分の姿を、通り沿いの水路に映して眺めてみる。
服装は後宮の標準的な女官が着ているようななんでもない襦裙だし、髪も簡単にまとめてあるだけだが、それでも色香が湧きたつような容姿端麗な美女になっていた。
ただ気のせいか、どことなく口元が猫みたいにムニッとして間抜けっぽいけど……。
しょうがにゃいよな。今まで猫として生きてきたんだし。
「しっかし、えらい美人だにゃ」
「自分で言う? 普通」
また愉快げに、春蘭が笑う。
「っていうか、元の姿に戻り方がわかんねぇ。どうしよう」
「えええ? そうなの?」
私は月の光をたっぷり吸ったから、人を魅了する化け猫になったのだろうか。
春蘭をあのおぞましい宦官から守れたのはよかった。
でもこれから先は、どうすればいいだろう?
「も、戻れええ、戻れええ」
声に出しながら念じてみるが、体に変化はおこらない。
「どうしよう」
思わず頭を抱える。
「人間として生きていけるかにゃあ」
「うーん。まあ、なんとかなるよ、きっと」
水面には、隣に立つ春蘭の姿も映っている。
大切な春蘭をあの汚らわしい宦官から守れた。それだけでもう充分だ。
私が猫から人間の女になってしまったことなんか、どうだっていい。
春蘭の姿を眺めていたら、そう思えた。
「仕方がない、人間としてやっていくしかない」
「大丈夫だよ、私が助けてあげるから」
そう言って、春蘭は私の手を握った。
初めて出会った日とは違って、春蘭の手は少し温かい。
頬を赤らめて、嬉しそうに笑って、私が人間になったことに興奮している様子だ。
「ねえ、そうだ。名前はどうする? 人間として暮らしていくなら、名前を決めなくちゃ。この後、今の件について取り調べを受けるだろうし、その前に決めておかないと」
「んー」
名前かあ。どうしようかな。
そう思いながら水面を見つめていたら、ちょうど私の頭上に丸い月が浮かんでいるのが見えた。
月の光を吸いこんで、春蘭のことを思ったから、私は人間になったのだ。
「名前は思月(しげつ)にする」
「へえ、かっこいいね。いい、名前」
「うん」
「ねえ」
春蘭は私と向き合い、両手を握りしめる。
「さっきは、助けてくれて、ありがとう。思月」
「ああ、うん……」
春蘭にそう言われると、胸のあたりがくすぐったくなった。
「まあ、私が先に、助けてもらったんだ。春蘭は命の恩人だから」
思月。私は今日から思月という名の、美しい容姿をした人間の女だ。
というのは仮の姿で、本当は人を魅了する力を持つ、化け猫だ。
この体で、今日から私は生きていく。
春蘭が私を助けてくれると言っているが、私もこれからずっと、春蘭を守っていくつもりだ。
そして二人で、どうにかこの後宮で生き抜いてやる。
水面に映る自分に向けて、私はそう誓った。
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