一章18話「黒幕の正体」
「これで、よし」
虎雄は、オーナーの手足を縛り付けて、通路に転がす。
奴隷たちは気がかりだが、ギルドに戻ることができれば問題はなさそうだ。
腕を上に伸ばして、ぐいーっと伸びをする。
それから縛られた老人に馬乗りになる。
すると、虎雄は尋ねた。
「なぁ、闘技場の後でオークション始めたってことは、オレのこと知ってんだろ」
そう、オークションホールは、赤竜との戦いで崩壊した後、作られている。
ステージは、フィールドに壇上を設置したもの。フィールドと観客席を隔てていた壁を取り壊して、階段状につながるように設計されている。
「ふん、知らんよ。──興味もないわい」
「ああ、そうかい。でもよ、オレはお前に興味があるんだ……」
「なに?」
怪訝な顔をこちらに向ける老人。
虎雄はそれに口角をあげて答えた。
「あんたは、オークションの品をどうやって集めたんだ? 不思議なんだよ。ゴブリンから異世界人、それに剣聖の装備。あんまり派手には動けないはずだろ?」
ダンジョンには毎日、何千何万という人の出入りがある。
それに加えて、池袋支部の直轄の〈池袋ダンジョン〉は、ギルドの探索者もたくさん出入りしているだろう。
いくら下層は人が少ない、と言ってもギルドの探索者で、下層まで潜らない人間の方が稀なぐらいだった。
「……もしかして、ギルドに繋がってたりするの?」
ギルドと繋がり、ダンジョンの禁足域で、取引を行う。
できない話ではない。実際、崩落以降、危険視された闘技場跡地は、禁足地として一般のダンジョン探索者が入ることを制限されていた。
「どうなの? ねぇ、教えてよ。おじさん」
「うるさいわ、知らんと言っておるだろ」
虎雄は再びニヤリと口角を引き上げる。
「……いいのか? そんなこと、言っても」
短剣を喉元に当てて再度尋ねる。
「いいか、答えを誤るなよ。オークションの品はどうやって仕入れていたのか、答えろ」
冷や汗を滲ませる。
しかし、それでも老人は、口を開こうとはしなかった。
そんな、乱暴な聞き方をする虎雄に、配信でコメントが流れていく。
“デッドマン、悪人みたい”
“殺したら垢BANじゃ済まないぞ”
“そんな老害ほっとけ”
コメント欄は比較的に擁護の声が目立つ。
それもそうだ。
虎雄の見ていた視界は、そのまま配信されている。
怯えた奴隷の姿も、暴言で抑圧する老人の姿も。
「まぁ、いいや。垢BAN嫌だし、とりあえず報告しないと、な」
言いながらスマホを取り出して、着信をかける。
相手は日夏だ。
「今回は大きな手柄ですぜぇ〜。何より誰も死んでないし、オレも動ける!」
三回コールしても、繋がらない。
六回、九回、十二回。
繰り返されるコール音が、虎雄の鼓膜を揺らしていた。
「……あれ? なんか忙しい感じ?」
日夏にオークションホールを丸投げしてきたことを完全に忘れていた。
「ヤベェ、逃げられたらって思って、投げてきちゃったじゃん、オレ」
その間も、コールし続けていた。
すると、ブチっという音ともに、繋がらずに電話が切れる。
「後の方がいいかな……。でも捕まえたことわかれば、それでまるっと解決なんだけど」
その時、スマホに、今度は日夏から着信が鳴る。
慌てて、画面をスライドして、電話に出る。
「あ、もしもし? 聞こえてます? オレの手柄──」
『聞こえているよ、赤城虎雄。──オークションオーナーのスレイブスは元気でやってるかな』
少年のような声、同時に背筋を怖気が走った。
「誰だよ。──日夏さんは?」
思わず声が震える。
すると、うーん、と考え込む声。
そして電話口から聞こえてくる。
『ビデオ通話に切り替えた方が、早そうだ』
虎雄は画面を見る。
そこには、混乱状態のオークションホールが見えた。
真っ赤な鱗、前足の脇から伸びる翼膜、赤く開く瞳孔。
日夏は、ボロボロになりながら“それ”と対峙している。
赤い翼竜【赤竜】、魔窟の王。呼ばれ方は数あるが、翼膜に開いた穴を見るに前回と同じ赤い竜だった。
「どういうことだよ! おい! お前、誰だよ!」
『僕? 君は知ってるはずだ。……会場に入ってきた僕に、声を上げたのは君だけだったろ?』
嘲りを含んだ声は、虎雄に思い起こさせる。
「リク、さん?」
『おおぉ、大正解だ、赤城虎雄』
視界の端に映るコメント欄が騒がしく流れた。
“は? 赤城虎雄?”
“ってかレイヴのリクだろ、相手”
“なにこれ、どういうこと”
誰よりも理解できていないのは、虎雄だった。
ステージでオークショナーを追い詰めに入った時、虎雄を救ったのはリク。オークションオーナーに魔法を放ったのもリクだ。
そして目の前で、オークションホールの動乱を眺めて笑うのも、リク。
『また、頼むよ。濡れ衣をきてくれ。得意だろ? ──赤城虎雄?』
虎雄は走り出そうとした。
しかし、この場を離れるわけにいかないのだ。
「ふざけんな、待ってろ。すぐそっちに行ってやる!」
『ああ、期待しておくさ。全ての罪がお前を待っている』
電話が切れる。
リクがなんの目的で動いていたのか、それを虎雄は知らなかった。
日夏を残してくるべきではなかったのかもしれない。
虎雄の脳内に、最悪の想像が巡る。
向かった時には、日夏は死んでいて、虎雄自身も赤竜によって殺される。そんな光景が。
(今、向かえば、スレイブスとかいうオーナーは、絶対に逃げる……。でも……)
その時、ダンジョンが震え始めた。
地震が多い、日本でも、なぜかダンジョンが揺れることはない。
だとするなら、原因は、あのオークションホールにある。
「どうした? 仲間がピンチだろ? 行ってやればいい、クヒヒ」
言いながらゲスな笑みを浮かべる。
虎雄は、落ち着きを取り戻すように、大きく深呼吸をした。
「こいつらを置いていくわけねぇだろ。ゴミジジイ!」
「ご苦労なことだ。……ギルドの連中は、制約が多すぎだ」
確かに、こういった悪事を働く人間に対するギルドには、色々と制約がある。
犯罪者であっても本来殺すことは許されない。それでも力を恐れさせることで、抑止力になることができる。
(魔石砲で氷漬けってのは、もう使えないしなぁ……)
ガントレットの使用回数は使い切ってしまった。
四回目は破壊上等で、使うしかない。
しかし壊れた右手で、オークションホールに戻ったところで、結果は変わらないだろう。
「そうだな、奴隷を殺したらどうだ?」
スレイブスは汚い口を開く。
殺せない。何より殺したくない。
「なに言ってんだよ。……本当にどうしようもないな」
「ケケケ、理屈には適っているだろう? このゴミクズを処分すれば、私様の縄を解く人間はいないのだ」
こう言ってくる、ということは何か縄を解く策がある。一人でも逃げ切れる算段があるからこそ、奴隷を殺して向かえと言っているように、虎雄には思えてならない。
「うるさいから、黙れ……」
虎雄はその場に座り込む。
グッと拳に力が入った。どうしようもない無力感がまとわりついているのだ。
言葉が通じない以上、奴隷を解放しようにも、動くことができない。
虎雄を必要としてくれた日夏を助けにいくこともできない。
どうしようもない感情がぐちゃぐちゃと渦を巻く。
そして虎雄に、自分はなんて無力なのか、自問自答が頭を逡巡した。
「なら、こういうのはどうだ! 全員を連れてお前がオークションホールに向かう、というのは?」
発露した怒りは、声を帯びて響く。
「ウルセェって言ってんだろ!!!」
焦りは、思考を浅くした。
虎雄の手には短剣が握られて、ゆっくりと足はスレイブスへ向く。
「いい加減にしろよ……。バカは死なないと治らねぇってか……?」
短剣をゆっくりとスレイブスの喉元に近づける。
「ヒ、ヒィ……、こ、殺さないでくれ」
その声が耳に届くことはない。
「また……。ごちゃごちゃ言ってるな? 本当に死なないと治らないらしい」
その時だった。
ダンジョンの上層へ繋がる階段から、声が響く。
「おーい!!! ヒナさん!!!」
それは井戸部の声だった。
ハッとして我に返る虎雄は、短剣を投げ離す。
「……え? 助け?」
「あ! いた! って……誰だ?」
ちょこちょことかけてきたのは、春太だった。いやインフェルノ様と呼びたい気持ちだ。
「インフェルノ様! まじ? 本物?!」
すると怪訝な目を虎雄に向けてから、指して井戸部を見る。
「こいつ、関係なさそうだ。ただのファン……かも?」
「なに言ってるんです、春太」
井戸部が姿を見せた。
虎雄は、涙を目に浮かべながら、井戸部に抱きつく。
「え? あの、って臭っ!」
「まじ? ごめんなさい」
言いながら、一度離れると、仮面を取る。
一度見たら忘れないような火傷の傷が残った悪人顔。
「え? デッドマンさんって虎雄……」
井戸部は、ハンカチを持って口を塞ぐ。
彼なりの配慮なのだろう。
「あ! 赤城虎雄じゃん!」
春太はそれを台無しにした。
しかし、おかげで助かった。奴隷とスレイブスを地上まで頼むことができるのだ。
「いきなりで申し訳ないんですけど、井戸部さん、お願いしたいことが……」
言って耳打ちで、説明をした。
目の前の老人がオークションのオーナーであること、その奴隷たちは危険ではないこと、そしてスレイブスには、まだ何か隠していることがある、ということを。
虎雄は、井戸部の肩を両手で叩いて言う。
「頼みました!」
その足をオークションホールに向ける。
オークションをぶち壊したはずのリクが、ホールで暴れていることに疑問を抱きながら、駆け出した。
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