一章17話「オークション潜入作戦3」

目の前には、四人の奴隷がいる。

 短剣を構える猫耳の少年、木枝のような杖を持つ耳の長い女性。

 その後ろに、大剣を肩に背負う巨躯の女と、自信なさげに周りを見渡す少女。


「クズども! 私様は守れ!」


 ビクッと体を硬直させてから、コクリと頷く四人。

 虎雄は自身の装備を確認した。

 魔石の入った袋が一つ、短剣。そして義手を改良したガントレット、これは前回の反省を踏まえて三回までは壊れずに使えるものになっている。


(相手は魔物じゃない、殺してしまうような威力は出せないぞ……)


 虎雄は、奴隷の四人に声をかけた。


「お前ら、解放されたくないのか?」


 しかし、返答は返ってこない。

 それどころか、首を傾げて、言葉が通じていない様子だ。


(……なんだ、聞こえていない?)


 何よりもまずは、有無を言わさずに無力化するのが先決。

 虎雄は、地面をグッと踏み締めて駆け出す。


「グアアア──!」


 駆け出す虎雄と、同時。いや、一瞬早く猫耳の少年が飛び出していた。

 気のせいか上半身がパンプアップしているように見える。


 刃と刃が交差した。

 まるで獰猛な獣に狙われているような感覚。


「おい、聞こえるか? 解放されたいだろ?」

「グアアア、ガウ!」


 虎雄は猛獣に話しかけているような気分になる。

 刃を重ねて、拮抗した。

 その時、タキシードの男の横にいた、気弱そうな少女が『何か』を言う。


 その言葉は聞き取ることもできない。


 しかし周りを見渡し、呼びかけるように言っていた。

 そして、思い出す。


「上は小鬼の森……? まさか……」


 その勘は当たった。

 ぞろぞろと現れたゴブリンたちは、少女と奴隷たちを守るように、虎雄に敵意を向ける。


「グアア、グアア、ガアア!」


 徐々に押し負け始める短剣。

 虎雄は、防戦一方になり始めていた。


「なぁ、聞いてくれよ! お前たちもこのままは、嫌だろ?」


 すると、奥でタキシードの老人がニヤケ面で答えた。


「ははは、こいつらに、こちらの言葉は分からんよ。ここでしか生きれぬ哀れなガキ共よ」


 虎雄は短剣で、獣の刃を受け流す。

 瞳には、怒りを宿した。


 血が沸騰しそうだった。体内を巡る血流が加速していく感覚で、頭がおかしくなりそうだ。


 その時、獣の追撃を受ける。


「クソがッ! 邪魔くせぇよ!」


 怒号と共に獣の短剣を叩き落とす。

 怒りの原因は、目の前にいる。この奴隷たちを苦しめる元凶は目の前に、いるのだ。


「お前は、死ね。生かしていたら、誰のためにもならない……」


 自分が配信中であることなど、頭の片隅にもない。

 魔力が体内をみなぎる感覚。

 ユニークスキル:大炎上が起動している。


「あはは、コメントが荒れてる証拠ってか。でも関係ねーよ」


 右手のガントレットを下に振り抜いて、内蔵された仕込み剣を出す。

 そして老人を睨みつける。


「誰かのためにならない人間はなぁ、生きていちゃいけないんだよ。他人を支えることで社会は回ってるんだから。オレだって、ついこの間まで、同じだったんだから。──お前の殺すことで、人の役に立たないといけねーんだよ……」


 静かな怒りが燃えたぎる。

 どこまでも深く広がっていく。

 本気で殺意を人に向けることなんて、今まで一度もなかった気がする。


「……何言ってるんだ? 貴様」


 老人は、たわいも無いと言いたげに余裕の表情で、奴隷たちに守られている。


「お前には、分からないか……」


 一歩、一歩。ゆっくりと足を前に進めた。

 怒りは、迫力となり、獣の危機察知を働かせる。同時に迫力は、威圧となり、人でもわかるプレッシャーへ姿を変えていく。


 思わず固まっていた四人の奴隷に、老人が声を上げた。


「な、何をやってる! クズ共っ──!」


バシンッ──。


 ステッキで地面を叩く老人。

 その声と音に、ビクッと体を固めた。


 瞬間、一閃が奴隷の彼らの真横を通り過ぎる。


「ガハァッ──!」


 地面に叩きつけられる老人。

 すると、再度声を上げた。


「クズ共っ! 私様を守れ!」


 ハッとした四人は一斉に動き出す。

 まず、大剣使いが横に薙払う。虎雄はその攻撃を避けるために、飛び退く。

 身の丈ほどの巨剣は、飛んだ先に落ちてくる。


「くっ──」


 虎雄は、短剣と仕込み剣でなんとか受けるが、重量級の攻撃に動きを止める。

 なぜここまで、守ろうとするのか。それが理解できない。


 考えていても結論は出ない。獣の追撃が加わろうと近づいていた。

 巨剣の軌道を逸らすように、ステップで短剣使いの間合いより前に飛び出す。


「オラァ!」


 いなした勢いで円を描きながら振るわれた短剣を、獣は受けて体を宙に浮かせる。

 その時、老人の横にいた女性が、木枝のような杖をこちらに向け、呟く。


(詠唱……?)


 スキルで魔法を使う探索者にはない。

 まるで漫画やアニメのような詠唱。


 異世界の言葉で紡がれる魔法は、杖の前に魔力の色を帯びた球体を出現させる。


 同時に、体が背後に吹き飛ぶ。

 ジャンパーコートはビリビリに破け、仮面の下半分も崩れ去った。

 それに二十メートルほど後ろに下がってしまう。


「なっ──!」


 獣が距離をグッと詰めてくる。


「クズ共! やつを殺せ!」


 言って虎雄を差ししめす老人が見えた。

 獣は短剣を手に、口角を歪める。後ろの魔法使いは二発目の準備を始めていた。

 大剣使いは、赤いオーラを放ちながら、力を蓄えている様子だった。

 ゴブリンを呼び出した少女は、向かっていくように指示を出している。


「死んでくれるなよ……」


 虎雄は、魔石を二つ取り出す。

 そして腕のガントレットに装填した。


「【魔石砲マナ・バレット】」


 声と共に放出されたのは、濁流だった。

 火炎石と同じく、ダンジョンで発見された鉱物『水流石』を用いた攻撃は、向かい来る敵を全て押し流す。


「もういっちょ──!」


 半透明な礫が濁流を追いかけていく。

 氷結石による攻撃は、彼らを飲み込む濁流を、固く閉じ込める。


 虎雄の無血開城作戦は、成功した。


「──やったか……?」


 しかし因果逆転の法則を口にしたのだ。

 冷え切った風が、通路を吹き抜けていく。


「よくやったぞ、クソ奴隷!」


 氷に覆われた通路に声が響いたのだ。

 そして蒸気と共、氷塊が溶け出していく。


 姿を現した奴隷たちと老人は、魔法使いの防壁に守られて無傷の状態。


 今まで近接戦闘を印象付けることで、隙を生む。

 それによって一回きりの攻撃を放つことができたのだ。


「……どうするかな」


 装填しようとすれば、今度こそ獣の速度に対応しきれない。

 残っているのは、短剣と仕込み剣。

 しかし、先ほどまでの戦いで分かったのは、近接戦闘では近づくことさえできない、と言うことだった。


「クズ共っ! 今度こそやつを殺せ!」


 指し示す老人と、一瞬の硬直と同時に動く四人。

 それを見て、虎雄は一つだけ打開策を思いつく。


「おい、コメントの諸君。奴隷たちは悪くない、でも一度だけ吐く暴言を許してくれ」


 配信を見ている視聴者に告げる。

 そして、大きく息を吸い、声を上げた。


「──ゴミクズ共がっ! 動くな!」


 言葉と同時に、魔石を取り出し、ガチャっと装填する。

 四人は再びの硬直。


 これは虎雄の仮説だが、老人の言葉も四人は理解していない。

 しかし、日常的に浴びせられる「クズ」と言う音が、自分たちに何かを命令する言葉だと分かっている。

 きっとクズと言われると、暴力を振るわれる、だからこそ体が恐怖で硬直するのだ。


 困惑する四人は、虎雄を見る。


「なんて、不幸なヤツらだよ。大丈夫、痛いのは一瞬だ」


 ガントレットを前に向けた虎雄に、獣が反応して動き出す。

 それでも、遅いのだ。

 きっと彼らにそれだけ明確な弱点がなければ、太刀打ちすることもできなかった。


 弱点を作ったのは、老人だ。護衛に弱点を与えるなんて、無能すぎる主人だろう。


「【魔石砲マナ・バレット・雷】


 右手の義手から放たれた雷撃は、水流石の攻撃で残った液体を伝い、彼らの動きを止める。

 虎雄は短剣を強く握って、駆け出した。


 もう分かっていても反応できないだろう。


 老人をうつ伏せに倒すと、喉元を持ち上げて、刃を押し付ける。

 そして耳元で言う。


「近づくなと、命令しろ。じゃないと、首を掻き切る……」


 胸の内では、殺してやりたい。でも大多野との約束がある。

 だから、殺さない。


 老人が、四人に命令を出して落ち着かせると、あっさりと拘束具を受け入れた。

 そして老人の指示がこれ以上届かないように、耳に栓をする。


 虎雄は、オークションのオーナーを捕まえることができたのだ。

(流石の日夏さんも、これで褒めてくれるだろ!)


 胸を躍らせてスマホを取り出すと、日夏に電話をかけた。

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