一章16話「オークション潜入作戦2」

「皆様、お集まりいただきありがとうございます。──私共オークショナーも、これだけの方々の前ですと、少々緊張をしてしまいますね」


 言って笑う、ステージの優男。

 オークションホールは満席で、最後部に座る虎雄と日夏は、オークションのオーナーを探しながらキョロキョロと辺りを見渡していた。

 そして虎雄は、隣の彼女に声をかける。


「なんか、ちらほら見たことある人たちがいるんですけど……。どうしたらいいです? この仮面モザイク処理とかできるんすかね」

「知らないわよ、こんなところに出入りしてる方が悪いじゃない。全部晒してあげたら?」

「いやぁ、そう言うわけにも……」


 今時、一般人を疑いだけでモザイクせずに晒すと、色々とうるさいらしい。

 そも、個人の自由がある中で晒しは良くないと思うのだが。


「いいわ、ここにいるだけで、全員同罪よ」

「あ、ああ」


 虎雄は決定的な証拠を探すことにした。

 疑わしいだけでは、モザイクのない一般人を晒すことはできないからだ。

 するとステージの付近が騒がしくなる。


「それでは、お手元の札をお持ちください。──オークションを開始いたします」


 言って、垂れ幕の裏に優男が視線を向けると、鉄製の甲冑がステージ中央に持ち込まれる。


「……こちら、伝説の探索者『剣聖』の若年期に使用していた鎧でございます。当時のギルドで、まだ実戦投入されていなかった、身体強化が付与されている歴史的な遺物でございます。──ネームバリューはありますが、実践向きではないため、十万円からスタートいたしましょう」


 それを聞き、虎雄は日夏を見る。

 口元を押さえて笑いを堪える彼女の姿があった。


「これ、絶対支部長怒りますよね……」

「いや、本人はむしろ喜ぶんじゃない? ゴミに値段がつくんだもの」

「え? ゴミ?」


 ゴミなわけがない。

 あの人に憧れた探索者も多いだろうし、何より伝説の英雄の装備品なのだから。欲しがるコレクターは、腐るほどいるだろう。


「いや、性能が貧弱すぎるのよ。動きずらいし、あれを着るくらいなら、生身の方がマシね」

「そんな元も子もないこと……」

「コレクターなら欲しいかもだけど、アタシたちには要らないでしょ?」


 平然と言う彼女には、絶対に言えないことだが、正直喉から手が出るほど欲しかった。

 上げたくなる左手を必死に押さえながら、次の商品の紹介を待つ。


「おっと、五十七万円で落札ですね。性能は正直なんとも言えませんが、コレクターの方はいい買い物をしましたね。……それでは続いて、珍しいものが揃っているようですね」


 いうと、垂れ幕の奥から、二つ目の商品が出てくる。


「──調教師とともに現れたのは、ゴブリンの幼体ですね!」


 鉄製の檻に閉じ込められて、泣き叫ぶゴブリンの子供だ。

 隣には赤いシルクハットを被る際どい格好の女性が、平たい鞭を手にしてニッコリと笑顔を見せる。


「……なんかのプレイかよ。悪趣味だなぁ」


 呟くと、隣で反応を見せた。


「ああいうのは苦手なのね、確かに純愛ものが──」

「え? 何? なんです? 何を見たんですか?」


 一時期、倉庫兼自室に誰かが入って掃除をした形跡を見たことがある。

 虎雄は些細な変化だったことで、掃除のおばちゃんでも入ったものだと思っていたが。


「部屋のアレ、片した方がいいわよ。受付の女の子たちも入るんだから」


 家族に見られたような気分になる。

 頭を抱える虎雄は、蹲るように下を向いた。


「まぁ、アタシが片したから、しばらくは安心なさい」

「……安心できません、ぜっんぜん!」


 口を窄めて彼女が返す。


「何よ、せっかく気を利かせたのに」


 全然気が利いてない。

 いや、片付けてくれたことには感謝しかないが、そこは男の聖域なのだ。

 虎雄は頼むから、入る時に一声かけてほしい、と切に願う。


「……いえ、ありがとうございます」

「大丈夫よ、耐性あるから」


 全然嬉しくないフォローまで入れられたところで、ステージに変化があった。

 こんなくだらない会話まで記録されていると思うと、頭がおかしくなりそうだったが、グッと堪えて、ステージに注目する。


「こちらのゴブリンは、七十万円で落札ですね! ここまで人でなしの方々が多いと、オークショナーとしても張り切らざるを得ませんね! では次の商品へ移りましょう!」


 奥の垂れ幕が開き、ステージ上に混乱が走った。


「お、おっと。ちょっとトラブルのようですね。お客様方にはご迷惑をお掛けしますが、──もう少々お待ちください!」


 言って進行役の優男が、ステージから垂れ幕の方へ走っていく。

 観客はザワザワと声を上げ始めた。


「なんだ、なんだ! 早くしろ!」

「こっちは金を払ってるんだぞ!」


 同時に、会場の空気がピリつきだしたのを、虎雄は感じていた。


「あの、そろそろ回しときますか?」

「そうね、そうした方が良さそうね」


 すると、垂れ幕の中で発砲音が鳴る。

 それから少しすると、スーツの裾に血をつけた優男が垂れ幕から姿を現した。


「……ふぅ。お待たせいたしました。──こちらは、少し凶暴ではありますが、見目麗しいでしょう? 調教を施すことで床を共にすることもできることでしょう!」


 垂れ幕から姿を現したのは、檻の中でぐったりとする耳の長く色白な女性だった。

 優男の言う通り、その雰囲気は神話の女神を彷彿させる。


 しかし環境が悪かったのか、ステージ前面の観客を、強烈な殺意のこもった眼で見つめ、乱れた銀髪が、相当抵抗していたことを物語っていた。


「……動きましょう。日夏さん」


 虎雄が言って立ちあがろうとすると、日夏は腕をがっしりと握って制止する。

 その手は、気のせいではなく、震えている。


「なんで、今しかないですよ」


 続けて言うと、日夏はようやく口を開く。


「……ま、まだよ。配信にはしているでしょう? 動くのは、買い手が決まってから……」


 言って唇を噛み締める彼女を見て、虎雄は席に座り直した。

 会場は、虎雄たちの心境とは、反対に盛り上がり始める。


「お! こんな綺麗な女とヤレるのか? 反抗的な目つきもいいな!」

「ウヒョー! 待ち望んでたんだ!! 最高じゃねぇか! 犯し殺してやる!」


 その声に、殺意にも似た感情が湧き出る。


「あの髪が銀髪じゃなきゃ……」

「え? 何?」


 日夏は聞き直すように尋ねた。


「妹と被るんです。胸糞が悪い。最低ですよ」


 ドス黒い感情が、胸の中で渦巻いている。

 それは、今にも張り裂けそうなほど、ドクドクと湧き出してきていた。


 優男は、競りを開始する。


「では、百万円からスタートです。……お、二百万、二百五十万……四百万、出ました」


 言って進んでいき、値段は三千万円まで釣り上がった。


「三千万円、他はいらっしゃいませんか? この髪美しいでしょう? 撫で回して引きちぎりたくなるでしょう?」


 握った拳から、ドロっと血が滲む。

 それを押さえているのは、隣にいる理性の女だった。

 きっと、彼女も爆発寸前だろう。

 証拠に虎雄の腕を掴んでいる、彼女は噛み締めた唇から血を流している。


「では──三千万円で落札です! 今回の最高額ですね! オークショナー諸君は、この後、宴会ですよ!」


 言って、ステージから銀髪の女性が運ばれていく。


 その時、虎雄の腕を掴む、日夏がサッと手を引いた。

 目配せをして、コクリと頷くと、虎雄が立ち上がる。


「あれあれ、これって犯罪行為じゃないんですか?」


 スマホを周りに向けて、言うと会場全体が顔を隠した。

 そして、虎雄は、探索者としての身体強化で跳ね上がる。


 ステージに着地すると、再び円形に造られた観客席にスマホのカメラを向けた。


「ちょっとぉ、困りますよ、……赤城虎雄さん?」

「は?」


 思わず声が溢れた。

 魔道具の黒い仮面は、認識阻害の効果を持っている。

 赤城虎雄のように見えていても、他人の空似だと解釈されるようにできているはずだ。


 だが、一つだけ例外がある。


 もし仮に、初めから虎雄であると知っていたなら、認識阻害の効果範囲外だ。

 この宣言は、会場で黒い仮面をつける意味を失わせる。


「なんで知っているのか、気になりますか? ねぇ? ねぇ?」

「…………」

「簡単な、話ですよ。情報を撒いたのも、あなたが来るように仕向けたのも、──ぜーんっぶ私なのですから」


 言葉の理解が追いつかない中、虎雄は一つだけ確信を持った。

 オークション自体が、罠だったようだ、と。


「皆様にも伝えていない、ゲストの登場です! ──赤城虎雄、ダンジョン崩落を招いた極悪非道の犯罪者です!」


 闘技場での出来事がフラッシュバックする。

 観客席から聞こえてくる罵詈雑言、大きな悪意に押しつぶされるような感覚。


「……オェッ」


 仮面を被ったことで治っていた、トラウマの吐き気が再発する。

 配信開始と同時に、押し寄せてくる逆流が、虎雄の胃の中をぐちゃぐちゃにかき回していくようだった。


「おぉっと、汚いでしょう。ステージは神聖なのですよ──!」


 言葉と共に、腹部に強烈な一撃。

 胃の内容物を根こそぎ吐き出させられていく。


「オェッ、──ウェッ! ……オェッ」


 何発もらったのだろうか。

 何度も、何度も、何度も与えられる痛みは、虎雄に膝を着かせる。


 その時だった。


「──その人は、悪くないんだよ。ギルドが悪いんだ」


 少年のような声色と共に、会場全体に動揺が広がる。


「あれ、レイヴの……」

「俺たちもやばいんじゃねぇか?」

「レイヴまで出てくるのは聞いてねぇぞ……」


 嗚咽を繰り返して、溢れた涙を拭き取ると、目の前に立つのは、レイヴのリーダー。リクだった。

 金髪の髪に、スーツを着込んで、おおよそ探索者として来るには、不向きな格好。


「ねぇ、お兄さんはオークショナーでしょ? オーナーっているの?」


 視線を右往左往させて、優男は答える。


「い、いや。知りません……よ。私ど……も、には、知らされて……いません」


 動揺を隠しきれていない様子だった。

 リクは、それを見て、懐から杖を取り出す。


「──これでも答えられないかな?」

「ヒィ……。ほほほ、本当です! 信じてください! 知らないんです!」


 すると、何かを感じたのか、リクは出口に目を向けて、魔法を放った。

 放たれた光の矢は、一直線に正面出口に向かっていく。


「あ──! オーナー!」


 その先には、ステッキを着く、赤いタキシードの老人がいた。

 瞬間、魔力防護壁が老人の盾になる。

 光の矢は盾に弾かれて、散っていく。


(あいつが……、この悪趣味なオークションのオーナー?)


 扉が重い音を立てて開き、老人は何者かに手を引かれるようにして、会場を後にしていく。

 虎雄は、日夏と目を合わせて、声を張る。


「オレが追います! こっちお願いします!」


 階段状になっている観客席を駆け上がって会場を出て、老人の後を追う。

 向かう先は、ダンジョン最深部だった。

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