一章14話「デッドマンチャンネル本格始動」
方針決定から一週間後の朝、池袋駅構内ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
「何あれ……、湯気?」
「なんかのイベントかな?」
「だれ? 有名人?」
その視線の先に虎雄がいる。
魔道具の黒い仮面にオーバーサイズのジャンパーコート。
短剣を二刀、両側に一振りずつ腰に携える。
そして体全身に湯気のように、魔力を纏わせていた。
(あっちぃ〜。面被ると熱が籠るなぁ)
そんな虎雄の元に、女性が一人近づいてくる。
「え? ヒナちゃん!?」
「どう言うこと? 相手も配信者?」
エントランスの反応に応えず、気にすることもなく、特徴的なツートンカラーを左右に揺らして、スタスタと足を進めていた。
「お疲れ、アンタ早いわね」
虎雄は彼女の第一声に驚く。
ファンの前で、取り繕っていた清楚で優しい女性の仮面はどこにもなかった。
「何よ、固まって。ってかなんでオーラ出してるわけ? まだモンスターでないわよ」
「ふぇ……? すみません、朝ダンジョン潜ってたんで……」
「そ、じゃあ行くわよ」
そそくさと足をダンジョン入り口へ向ける日夏。
流石に一番手なだけあって、普段ライト層も潜るダンジョンの上層は、伽藍とした雰囲気に包まれている。
目的地は、中層の深部。〈小鬼の森〉というエリアだった。
ゴブリンが多く生息するエリアで、敵対モンスターが集団で襲いかかる。
中層深部は、ほぼ上級者向けの階層のため、初級の探索者はほとんど来ない。
「あ、あの……」
虎雄は気まずいのを堪えて問いかけた。
すると、チラッと一瞥して視線を前に戻した日夏が答える。
「なに? 何かあるなら早く言ってくれる? 仮面のせいで表情がわかんないのよ」
探索者同士でダンジョンに潜る場合、アイコンタクトや、表情を見た行動は、かなり重要になる。
それはモンスターには、ごく稀に人語を理解する個体が出てくることがあるためだ。それ以前に、言葉を介するより、アイコンタクトや表情での意思疎通の方が、早く伝わるからでもある。
「なんか口調が……」
「あぁ、別に大したことじゃないわよ。外面ばっかり取り繕うことをやめただけよ」
「それは、どういう……」
「アンタは気にしなくていいわよ」
ピシャリと言われた言葉に、虎雄はそれ以上聞くことはできずに、前を向く。
今はそんなことを気にしている場合でもない、と思い直して、スマホで資料を確認する。
闇を暴き、世間に公表することで、悪を挫く虎雄の活動、一発目のターゲットについてのものだ。
「日夏さん、このオークションって何を売ってるんですかね」
「さぁ、基本探索者から強奪した装備品って聞いてるわよ」
資料には、今回の裏オークションに際した、場所と日時が記載されている。
オークショナーは不明。
まずは主催者のオークショナーの特定が最優先。次に出入りする探索者の撲滅。最後に商品の回収だった。
「へぇ〜、ダンジョンで主催するってどんなヤバいもんがあるんだろうな」
「事前情報では、目玉は異世界人らしいわ」
目を丸くして日夏を見る。
異世界人、つまりはダンジョンに迷い込んだ異世界の人間を売り捌くと言うことらしい。
「え? 人? 今時の考え方じゃねぇわ、パワハラとかで訴えられんじゃん」
「異世界人にパワハラの概念があるのか知らないけれどね」
あ、確かに、そうかも。言葉も違う可能性がある。
だとしても、漫画やアニメで見るような、異世界なら、奴隷制度はありそうだ。
異世界人は自分自身が虐げられていることには気づきそうなものだが。
「そういや、日夏さんってオレの上司に当たりますよね?」
「え? えぇ、それが?」
「考えてみたら、パワハラっぽいことされてる気がしてきたんですけど」
「気のせいね、アタシはいつも優しいでしょ?」
目を見ている日夏は、「頷け」といった様子で圧力をかける。
「あぁ、そうですね。ヤサシイデス」
「なんでカタコトなのよ、アタシが言わせたみたいじゃない」
アンタが言わせている、と心の中でツッコミを入れながら、首を横に振って否定する。
「いえいえ、そんなことないですよ。普段から日夏さんにはめちゃくちゃ感謝してますし」
虎雄の言葉に、意外そうな顔をした。
「え? ま、まあそうね。支部長に大見え切っちゃったし、やらないとね」
頬を赤くして、俯く日夏。
普段のすぐ説教をかます高圧的な姿とは違い、随分としおらしい。
と、同時に心配になった。
「……日夏さんってもしかしてチョロい?」
「はぁ?! チョ、チョロぉ? ちょろくないわよ!」
ムスッとして、拳を肩に当てる。
虎雄は、少しだけ普段の仕返しができた気がした。
そんな時、目の前にガルムが現れる。
日夏は、それを確認して、腰に手を伸ばした。
しかし虎雄が、彼女の前にガルムとの間を遮るように立つ。
「そういや、日夏さんに直接見てもらうことなかったなぁ、って思ったので、ちょっと見ててくださいよ」
不思議そうな顔で仮面男の背中を見る。
虎雄としては恩返しというよりも、発表会のような気分に近かった。
赤い翼竜を相手にした際の戦いしか知らない日夏に、少しいいところを見せたくなったのだ。
「それに、サポート役に手を煩わせてたら、主役がいる意味無くなっちゃうので」
言って、ガルムと正対する。
赤い瞳がこちらに視線を向けていた。
不思議と恐怖はない、後ろに人がいる戦いというのは、なんだか安心する。
義手を真横に振るう。すると仕込み剣が顔を出す。
同時に、ガルムが速攻を仕掛けてきた。
グルルゥ──。
虎雄は、義手に一度噛み付かせる。
自分でも驚くほど落ち着いていた。
思えば、窮地に立たされた戦いしかしてこなかったのだ。
それに比べると、ガルム一頭など、屁でも無い。
「オラッ──!」
声をあげると、下に回し込んだ短剣を、ガルムの喉元に突き刺す。
顎を義手から離したガルムは、喉に手を当ててもがき苦しんでいる。
「トドメだよ」
言って虎雄は頭の中心に義手の仕込み剣を振るう。
と、同時に魔物は砂へ帰る。
落とした魔石を、腰の麻袋に回収すると、日夏に笑顔を向けた。
我ながら、驚くほどスムーズだった。と自画自賛する虎雄に、日夏は言う。
「成長は認めるけど、ガルムだしね」
「もっと素直に褒めてくれてもいいんですよ?」
虎雄の言葉に、眉間に皺を寄せると答えた。
「あー、はいはい。すごいすごい」
「え? 適当すぎないです?」
日夏は食い下がる目の前の後輩に、肩をポンっと叩いた。
「ほら、急ぐわよ」
「あぁ〜……。はいぃ〜」
虎雄と日夏の二人は、そんなこんなで、中層深部へ到着する。
オークションの関係者との待ち合わせ場所に着いた二人は、まだ知らない。
ダンジョン犯罪の小さな一件、その認識が大きな間違いであることを。
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