一章13話「黒い仮面の男3」

 翌朝、ギルドの池袋支部長となった大多野に呼び出された虎雄は、会議室で身をすくめていた。

 呼び出された件は想像がついている。

 前日の人妻探索者配信においてのコメントから、ネット上で赤城虎雄とデッドマンの同一人物説が浮上したのだ。

 そして、向かい合った大多野は、ギロリと睨みつけながら尋ねる。


「おい、こりゃあ、どう言うことなんだ? 説明しろ、トラ」


 この二ヶ月間で、大多野には返しきれないほどの恩ができた。

 と同時に、初対面時のような緊張は解れて、愛称で呼ばれる程度には、関係性も深くなっている。

 ただ、それも普段の話だ。今この状況において、虎雄は初対面時よりも身を固く強張らせていた。


「あ、えっと。ちが……」

「あぁ? なんだよ。言ってみろ、今度は何をしでかした?」


 その言葉に、拳を握る虎雄。

 それではまるで、虎雄がいつも何かをしでかすトラブルメーカーのようだったからだ。


「しでかしてない! ……です。そもそも確定情報になってないです」

「じゃあ、なんだよ。これは?」


 大多野は言って、スマホ画面を虎雄に向ける。

 掲示板【かえんほうしゃ系犯罪者、死刑判決を受けてどうなっている?】というスレッドには、『赤城虎雄がデッドマンチャンネルと同一人物かもしれない』と言う内容で会話が進んでいるようだった。

 その話題がネット上で持ち上がっている時に、配信コメントにデッドマンチャンネルが姿を現したのだから、話題も膨らむだろう。


「SNSで広がっている情報はデマだろうと真実だろうと関係ない。信じる奴は信じるし、信じない奴は、興味さえ持たないんだよ。この広がり方は、お前が生きていたら面白いだろうな、って思う層がネットにウヨウヨいるってことなんだよ。わかるか?」


 大多野は、立ち上がると、バンッと机に手を打ちつける。


「ここで動かないと、情報が確定しちまうんだよ。したら本格的に動くってなった時、困るのはお前だぞ、トラ!」


トントンッ──。


 ドアをノックする音で、会議室は静まり返った。


「……失礼しますね」


 いうと、ドアが開き、ツートンカラーのツインテールが見える。

 虎雄は助け舟が来た、と胸を撫で下ろしたあと、昨晩日夏が呆れた様子を見せていたことを思い返す。


『もういいわ』


 頭の中で、その言葉がリピートされる。

 虎雄は視線で必死に、助けてくれ、と念を送った。


「……何よ。気持ち悪い、ジロジロ見ないでくれない?」


 言って、大多野を向く日夏は言葉を続けた。


「すみません、遅くなりました。受付の子達怖がってたので、怒鳴るのもほどほどでお願いしますね?」


 日夏の言葉に、白髪混じりの中年男はコクリと頷く。


「──で、このバカ男が生きているってバレそうな話でしたっけ?」

「ひなっちゃん、流石だぜ? 進行が上手いな」

「えへへ、ありがとうございます」


 案外助け舟だったのかもしれない。

 日夏が来たことによって、バチバチとした会話の雰囲気が変わっていく。

 虎雄は今がチャンスだと思った。


「あの! オレ、デッドマンチャンネル動かすなら今だと思うんですけど……」


 しかし、大多野はピシャリと答える。


「無理だ、今のお前じゃ、上位の探索者にも勝つことはできない。実力不足だ」


 返す言葉もない虎雄は黙り込む。

 太い腕で白髪混じりの頭を掻き上げて続けた。


「今じゃないんだよ。情報も力も足りていない今動くべきじゃないだろ?」


 言って日夏に水を向ける。

 すると、虎雄に一度視線を向けてから答える。


「んー。まぁ、実力不足はあると思います」

「だから今は誤魔化していくしかないと考えて──」


 大多野の言葉を遮るように、パンと手を打ち鳴らす日夏。

 赤い坊主頭ににっこりと笑顔を向けてから、隣を見る。


「大多野支部長は、今の状況をまた作れると思っていますか?」


 虎雄も大多野も意味がわからずに、黙り込んだ。

 ツインテールを俯かせ、嘆息して続ける。


「……世間の注目度はかなり高いでしょう。──それはダンジョン崩落という事件を経て、知名度を得た赤城虎雄が、公式発表で死刑となった顛末の影響です。世間は赤城虎雄が復活することで、再び探索者が死んでいく状況を恐れている。だからこそ、注目度が高いんです」


「同じ状況というのは、この注目度を、ということか」


「そうです。探索者の犠牲の上にある注目です。二度と合ってはいけないんです。だからこそ、この注目度が利用できるうちに、使う必要があると思います」


 大多野は、深く頷き腕を組む。

 腰を落ち着けた椅子で、目を瞑り始めた。


「無理だな」


 目を開けずに言った大多野の一言に、日夏は戸惑いを見せながら尋ねる。


「無理、とは?」

「そのままの意味だ、実力不足では抑止力にはならない。どれだけの注目度があろうと、犯罪行為をやめさせてこその抑止力──」


 虎雄はすかさず、「なら──」と大多野の言葉を遮る。

 すると、ゆっくりと鋭い眼光を、こちらに向けた。


「なら、協力者を募れば……」


 自分で言っておいて、言葉に詰まる。

 これだけ世間から悪意を向けられている人間に、誰が協力しようと申し出るだろうか。

 ダンジョン犯罪の抑止という名目があったとしても、関わりたくはない。

 もし自分が相手の立場なら、絶対に御免だった。


「──正気で言っているのか?」


 大多野は、目を見開いて虎雄を見ている。

 それから言葉を続けた。


「配信者は炎上を嫌がるだろう? ギルドの探索者にもそんな思いをさせたくはない。却下だな」


 当然の帰結だ。

 ギルドは公認の探索者を守る義務がある。

 さらにはダンジョンを守る義務もあるのだ。だからこそ、『人を殺さない抑止力になる』という虎雄の決断を経て、死を偽装することを実行してくれた。

 日常で赤城虎雄という存在に危険が及ばないように。


「そうですよね……。すみません」

「そうしたら、アタシが、虎雄と一緒に行きますか?」


 静まり返った会議室に日夏の提案が木霊した。

 許されるはずがない。ギルドは探索者を守る義務がある──。


「ダメだ。却下だと言ってるだろ?」

「そうですけど、アタシが良ければいいって言い方だったじゃないですか」


 日夏はいうと、中年男の目をまっすぐに見据える。


「言い出しっぺは、アタシですし、──アンタも他の探索者より、気も使わないからいいでしょ?」


 水を向けられた虎雄はきょとん顔で彼女を見つめていた。

 しかし、大多野は納得していない様子で日夏に返す。


「ひなっちゃんが良くても、ギルドとして許すわけにいかない」


 言われて顔を俯かせる。

 パンツスーツに包まれる腕が震えているがわかった。

 それでも追い討ちのように大多野はさらに言葉を続けていく。


「トラは『大炎上スキル』があるからいいかもしれない。でもひなっちゃんはちげぇだろ? 正直に言うが、お前ら二人でも、ダンジョンの闇を暴くには実力不足のままだ」


 乱暴な物言い、真剣な眼差し、苦しそうな表情。

 きっと大多野の優しさなのだろう。

 それも日夏には、伝わらない。


「未熟なのは、わかっています! でもアタシは、コイツの先輩です。助けたのも、利用しようと引き入れたのもアタシ。──だから、佐藤日夏には、赤城虎雄を助ける責任があるんです!」


 きっとこの判断は間違っているのだろう。

 ギルドとしては絶対に許してはいけない決断なのだろう。

 それでも、大多野は頭を冷やすように、再び目を瞑る。


「──わかった」


 大多野は言って、目を開く。

 そして人差し指と、中指の二本を立てて続ける。


「ただし、条件がある。日夏にもだ」

「「はい」」


 二人は自然と揃いの返事が出た。


「一つは、デッドマンの正体を知られないこと。犯罪者に対しても、だ。もう一つは、──人を殺さないこと。トラ、お前の出した条件だ、正しいことを証明して見せろ」


 大多野は、二人に背中を向けると会議室のドアを開けた。

 それから、虎雄たちを見て、頬を綻ばせる。


 虎雄と日夏は、デッドマンチャンネルを本格始動することになった。


 決まってしまえば、あとは早い。

 虎雄はダンジョンへ向かう。日夏は、以前から報告されていたダンジョン犯罪に関係しそうな情報を洗い出す。

 そして、一週間後の朝、デッドマンチャンネルの一歩目が始まった。

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