一章6話「新宿ダンジョンコラボ配信2」
「うわ、グロ。何それ」
うへー、と言いたげに虎雄のケロイドを見つめる少年。
「あ、虎雄です。よろしくね、ボク──」
こちらはあくまで大人だ。
どんなに失礼な態度を取るクソガキだろうと、優しく接してやる。
それが懐の広い大人、というやつだろう。
「ガキ扱いすんな、クソキモ野郎」
「そんなこと言わないでよ。今日は一緒にダンジョンに入るんだし……」
「クソ雑魚は足引っ張んないように、──隅っこで立ってりゃいいんだよ」
クソガキ、下手に出てればいい気になりやがって。
胸中に抱いた怒りを握りつぶして、顔に笑顔を貼り付ける。
「……そうだね。名前だけでも教えてくれないかな?」
いうと、少年は腕を組んで答える。
「インフェルノ様だ! 覚えておけ! クソ雑魚!」
自称業火くんに、井戸部が諭すように言った。
「春太くん。初対面でその言い方はちょっと失礼だ。良くないよ」
一部始終を側で見ていたヒナは、少し離れてクスクスと笑っている。
「……でも、こいつクソキモいし、クソ雑魚だし……」
「今日初めて会っただろう? これからダンジョンに入れば助けられることもある。春太くんは、遠距離型だから、近接戦闘ではきっと困ってしまうよ?」
しょんぼりとした顔でコクリと頷いた春太は、井戸部に謝ると、受付に走っていってしまう。
井戸部は訂正するように、虎雄に向いた。
「すみません。あれでも上位の探索者なんです。なまじ強いせいで天狗になってしまって……」
「いえ、お気になさらず」
笑顔を作って答える。
胸中に抱いた鬱憤を押し殺すように。
今回の修行企画のコラボは、虎雄を含めた四人で新宿ダンジョンを攻略するという内容らしい。
午前十時になり、エントランスが解放される。
四人はダンジョンの受付から、応接室に通された。
漆でコーティングされた高そうなテーブルと椅子。壁一面を使ってダンジョンマップが貼り付けられている。
反対側の壁には記録保持者の記念写真が飾られていた。
「じゃあ、段取りを決めますね」
まず口を開いたのは、主催のヒナだった。
それから、マップに視線を集めて、上層の攻略手順を説明し始める。
「今回の新宿ダンジョンは、一般に高難易度ダンジョンとして設定されていますが、ギルドの探索者であるヒナたちなら受付資格は問題ありません。──基本的に攻略はポジションを守ったパーティ方式で行います。各自役割を全うしてください」
虎雄はヒナの言葉が、呪文の詠唱のように聞こえて、頭がこんがらがり始める。
「まず、ヒナは前方の索敵と切り込みを行います。井戸部さんは、配信を見させていただいた限りは、中衛から後衛のような戦い方をされていますが、お間違い無かったですか?」
「はい、魔法武器主体の中後衛なので、ヒナさんをしっかりサポートして見せます!」
井戸部は気合十分といった様子で答える。
「よろしくお願いします! 次に、春太くんは、完全に後衛ですね。火力補助と、後方の索敵をお願いします」
「わ、わかりました!」
業火の如く頬を赤く染め、インフェルノくんは返事をした。
そして虎雄は気が付く。
自分自身の居場所がない、という事実に。
ダンジョンがほぼ初心者の状態でパーティ方式、つまりは連携しての戦闘をする。
虎雄が混ざることで、その連携が崩壊する恐れがあるのだ。
尚且つ、自分の役割などわからないため、不安は募る。
「とりあえず、虎雄さんは、ヒナと一緒に前衛をやりましょう。ダンジョンでの経験もあまりない方だと聞いていたので、ヒナが補助に入れるようにしますね」
鼓動が早まっていくのを感じる。
初体験というのは、往々にして緊張するものだ。
しかし、これから命のやり取りをするというのに、形だけのような会議で問題はないのだろうか。
さらに不安が募り、冷や汗が額を伝う。
「それじゃ、ダンジョンでの戦闘で各自調整していきましょう」
ヒナの言葉を皮切りに、各々がダンジョンに入るための準備を始める。
虎雄が持ってきたのは、撮影機材だけ。戦い方すら定まっていないため、準備に必要なものさえも、わからずにいた。
◇ ◇ ◇
仄暗い闇、地上よりも肌寒い。
至る所で、出自不明の音が聞こえてくる。
じっとりした不安感が、虎雄に絡みついてきていた。
「こんばんピヨヨ〜! 新宿ダンジョンからお届けする今回の配信は、SNSで告知した通り、ヒナの修行企画で〜す!」
快活な喋りが、ダンジョンの壁面を木霊する。
「今回の修行相手はこの方達です──!」
言って、ヒナは浮遊カメラの視点を、三人へ向ける。
“春くん! さすが最年少タイトルホルダー!”
“ジュンさんもいる、すげぇ。めっちゃ豪華”
流れていくコメント中に、ポツポツと、虎雄に対するものが書き込まれていた。
“誰? あの黒い仮面”
“知らん、スタッフとか?”
虎雄のつけた仮面の内側には、視界を遮らない程度に配信コメントの欄が表示されている。それを使うことで、配信のコメントを確認できた。
「こんにちは! 脱サラ系探索者、井戸部巡一です!」
言って名刺を渡すパフォーマンスを見せると、コメントが湧く。
“出た出た、お家芸”
“ジュンさん頑張って!”
井戸部に続くように、インフェルノくんが口を開く。
「地獄の業火で敵を焼く! インフェルノ様だ! ガッハッハ!」
地獄の業火くんは、随分芝居がかった配信挨拶をするようだ。
カメラが回っていないところで同じように挨拶をしていた様子を見るに、もしや素なのか? と疑いを向ける。
「どうも、ギルドの新人、虎雄です」
“改めて誰? 場違いすぎ”
“新人くんも頑張れ”
コメントが反応して、ヒナがまとめた。
「今回はこの四人でお送りします! じゃあ、ピヨピヨっと進んでいきま〜す!」
言ってウインクをカメラに向ける。
あざとい、というか、バカっぽくも見えた行動に、普段とのギャップを感じずにはいられない。
井戸部とインフェルノくんも配信を開始する。
果たして、虎雄も配信を開始していいのだろうか。
頭を悩ませていると、ヒナから声がかかる。
「あんたは絶対! 配信つけちゃダメだから」
小声で言うと、両手の人差し指でバッテンを作った。
虎雄は首を縦に振る。
そして左手で短剣を強く握った。
剣はおろか、包丁すらほとんど使っていない虎雄に、刃物は少し気を引き締めさせる。
同時に目の前には、赤い眼光が浮かんだ。
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