一章7話「新宿ダンジョンコラボ配信3」

 赤い双眸は、前衛として立つ虎雄とヒナを睨んでいる。


「遭遇戦です。気を引き締めて行きましょう!」


 全体の士気を上げるように、声を張った。

 眼前は、飢えた狼のような魔獣。よだれを垂らして、殺意を剥き出しに喉を鳴らす。


 ブンブンと飛び回る浮遊カメラが、敵をフレームに収めると、コメントが湧く。


“初戦だ、どんなふうに倒すんだ!”

“初っ端から、ガルムかよ。キチィ〜”


 対面しているモンスターはガルムと言うらしい。

 虎雄は他三人の動きを見ながら、ヒナと肩幅分距離を取った。


 短剣を握る左手に、震えが生じる。


 ここにいる他三人と違って、虎雄には便利に扱えるスキルなんてない。

 あるのは護身用として渡された刃の欠けてる短剣と、探索者証。

 一応説明を受けたことで、探索者証に、身体強化の付与魔法があると知っているが、当てになるのかわからない。

 そんなことを考えていると、ヒナの指示が飛ぶ。


「井戸部さんは、虎雄さんのカバーお願いします。春くんは後方索敵で──」


「「了解」」


 すると、一斉に飛び出す。

 ヒナが直線的にガルムへ向かう。井戸部は、右から回り込むようにして詠唱を始めた。


「【風よ、敵を穿て《ウインド・ショック》】」


 短杖ワンドを差し向けた先で、風撃がガルムを上に押し上げる。


「ヒナさん、頼みます」

「──はい!」


 井戸部の声に、呼応してヒナは両刃の直剣を、宙に舞うガルムに振り抜いた。


バタン──。


 半身だけになった狼は、白目をむいて地面に転がる。

 すると、砂のように崩れ去り、魔石をドロップした。


「後ろ、来るぜぇ──!!」


 威勢のいい声が後方で響く。

 二頭目、三頭目のガルムが湧き出してきたのだ。

 何をしていいかわからず、あたふたとする虎雄をよそに、春太は身の丈ほどの槍の先を敵集団へ向ける。


「【獄炎砲バースト・ロア】」


 声と共に槍先から火花を纏った火炎放射が一閃。

 二体のガルムをまとめて消し炭に変えた。


「どう? かっこよかった? みんな!」

「すごいな、春太!」

「春太って言うな、インフェルノ様だ!」


 無邪気に笑う春太は、子供のようでも、間違いなくインフェルノ様だった。

 何もできなかった虎雄は足元を見つめる。


(足が、動かなかった……。邪魔になっても危険だし……)


 胸中で言い訳をしても、理由は自分自身がよくわかっている。

 顔を上げると、ヒナがじっとこちらを見ていた。


「ねぇ、戦闘指南は? 戦わないんじゃ、教えようがないですよ」


 言葉の槍が心に突き刺さる。

 少し浮かれていたのかもしれない。

 ドラゴンを撃退して登録者が増えて、自分が強くなった気でいた。


 でも実際問題、一ミリたりとも強くなっていない。


「すみません、次は参加します!」


 空元気を振り絞る。

 ヒナは一瞥すると、春太と井戸部が喜び合う会話に混ざった。


「春くん! すごいですね、一撃で二体も」

「……そうかな、うん! そうだよね!」


 浮遊カメラは、虎雄に見向きもせず、その団欒風景を収めている。


“和むなぁ、この三人”

“上位者のパーティ戦闘はいつ見ても、スゴすぎる!”


 配信の視聴者からしたら、虎雄はこの場にいないも同じだろう。

 このままコラボを終わってしまえば、『あの新人はなんだった?』とさえ、言われない。

 話題に上がることなく、記憶から消えていくのだ。


「……それは嫌だなぁ」


 虎雄の呟いた言葉は、誰に届くことなく消える。


 ◇ ◇ ◇


 ヒナが再び進行を開始し、上層から、中層付近にやってきた。

 だんだんと人工物が減って、草木に覆われるエリアに姿を変える。


「この辺りから中層ですね、中層からは昆虫系も増えるので、苦手な方は見ないほうがいいかもです!」


 浮遊カメラに向けて言うと、索敵を始める。

 虎雄は、自分がこのパーティの中で果たせる役割について考えていた。

 今の戦闘力では、混戦になった時、必ず邪魔になる。


『隅っこで立ってりゃいい』


 コラボ直前に言われた一言が頭を逡巡する。


「赤城虎雄? 平気?」


 耳元に小さく聞こえる声に、虎雄はかぶりを振った。

 目を向けると、不思議そうに覗き込むヒナの姿がある。


「行きますよ、虎雄さん」


 配信のテンションで言われる言葉に、ギルドの新人虎雄は答えた。


「はい、わかりました」


 通路を抜けていくと、広場のような場所に出る。

 草原が広がり、まばらに木が生えていた。

 奥の方には、別の配信者が、攻略配信を行なっているようで、それを見たヒナが言う。


「あっちに同業がいるみたいなので、ヒナたちはこっちに進みましょう」


 右手で指し示すのは、下層に直結する縦穴だった。


「わかりました、ヒナさん」

「インフェルノの血が騒ぐ」


 各々で返事をすると、次々にその穴に飛び込んでいく。

 ダンジョン配信者という輩は、身体強化にどれほどの信頼をおいているのか。


「さ、虎雄さんも」


 優しく誘導する手。その向こうで瞳は「早くいけ」と訴えているように思えた。


 意を決して飛び降りる。


 地面を見つめて、距離を確かめる。

 浮遊感が片腕の虎雄のバランス感覚を失わせていた。


「うわっ──」


 情けない声を上げる虎雄だったが、温かい手に包まれて、優しく着地した。


“ヒナちゃんイケメンだわぁ”

“新人くん、情けないよ”


 そんなの自分自身が一番わかっている、と胸中に呟く。

 先に降りた二人は、索敵を終えて、二択をヒナに迫った。


「どうしましょう。分かれ道です」


 井戸部は、指示を仰いだ。


「今回は修行企画なので、難度の高そうなこちらにします」

「「了解」」


 井戸部と春太は慣れた様子で返事をした。

 彼らにとって難易度などあまり関係がないらしい。

 他三人の後ろを着いていく虎雄は、浮遊カメラにも認識されていなかった。


“なんか新人くん。パッとしなくね”

“まあ、他のメンツが上位層だし、仕方ない”


 コメントでの虎雄の扱いすら、空気だった。

 唇を噛み締めて、俯く赤い坊主頭。


(もういっそ、配信するか……?)


 焦燥感に駆られて、今にも禁じ手を使ってしまいそうだ。

 他三人はどれも登録者三十万人越えの人気ダンジョン配信者。勝つには違法な手段以外に方法がない。


 その時だった。


 真っ赤な坊主頭が二人、若い探索者に詰め寄っている光景が見える。

 ヒナは咄嗟にカメラの向きを変えて言った。


「ちょっとごめんなさい。緊急事態なので、配信は一旦切りますね!」


 浮遊カメラに手を振ると、配信を切る。

 目配せをしながら、四人は、徐々にその場に近づいていく。


「俺はテロリスト、赤城虎雄だぞ! テメェら大人しく金目のものよこせよ!」


 新人虎雄の前にある光景は、赤城虎雄が強請ゆすりをしている現場だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る