一章8話「新宿ダンジョンコラボ配信4」

 虎雄の瞳には、金品を要求する自分の姿が映っている。

 ネットニュース、配信サイトなどで、名前だけが一人歩きを始めたようで、テロリスト赤城虎雄は、目の前に二人も存在していた。

 その光景に、横を歩いていたヒナが声をかける。


「あなたたち、何をしているのですか?」


 その声に振り向いたのは、無精髭に赤い坊主頭をした恰幅のいい中年男、そしてその横でナイフを若い探索者の喉元に突き立てている赤い坊主頭の青年。


「なんだ、テロリスト赤城虎雄に文句でもあるってのか?」


 心底馬鹿にされている気分だった。

 本来虎雄の配信スタイルは、悪をくじく、告発系。

 それがダンジョン崩落を機に、よりインパクトを持った犯罪者というイメージに改変されていた。


「こいつ殺しちゃうぞ? いいのか?」


 恰幅のいい男が、ヒナと他二人に脅しをかけている。

 すると、隣でナイフを持った青年が、ギョッとした目で三人を見た。


「お、……おい。おいおい。こいつら、全員ギルドの探索者だ。ヤベェよ」

「あ? 知らねぇよ。赤城虎雄は、ダンジョン爆破させられんだろ? 怯えてんのむしろ向こうだろ」


 この二人は馬鹿だった。

 井戸部と、春太はともかくとして、ヒナは知っている。

 赤城虎雄にそんな力はない、と。


 ナイフを向けられていた探索者が、怯えた様子で震えていた。

 その姿が視界に入ったヒナは、ゆっくりと足を進め始める。


「あの、赤城虎雄さん? 本物だとしたら、ヒナたちの敵ってことでいいんでしょうか?」


 近くに事情を知らない人たちもいるため、ヒナは演技し始めた。


「でも、おかしいですね。本物はこんなに老けてもいないし──」


 言って、ヒナは恰幅のいい男を指差す。

 続けて青年を指差した。


「こんなに綺麗な顔をしていないんですよ」


 その声には強烈な圧力が乗っている。

 声音は変わっていないはずなのに、関係ないはずの虎雄まで、背中を縮こまらせた。


「ダンジョン崩落テロが事実なら、大犯罪者です。ここで殺されても──文句は言えませんよ?」


 強請りの二人は、何が何だかわからない様子で立ち尽くしている。

 その声の殺意で動きを止めていたのかもしれない。


 ヒナはゆっくりと近づいて、二人の喉元に、二刀の短剣を当てる。


「どうなんです? 赤城虎雄さんたち?」


 言って、両方の瞳を交互に見た。

 すると、恰幅のいい男が動く。


「知らねぇ! クソが! ギルドの犬どもが調子に乗ってんじゃねぇよ!」


 太い赤城虎雄は、拳銃型の魔道具を懐から出す。

 そして銃口を怯えた探索者に向けて続けた。


「いいか、ソイツを離せ。じゃねぇと、死ぬぞ?」


 ヒナは、ゆっくりともう一方の綺麗な顔の赤城虎雄から、一歩、また一歩と、距離を取る。

 虎雄は、考える。

 もう一週間以上配信をしていないチャンネルを、今起動させて、何人が見に来るだろうか、と。

 そして足を前に出す。


「おい、動くなって……」


 銃口を向けている赤城虎雄が、制止するが、虎雄は止まらない。

 ヒナと目があう。


「あのさ、オレの名前で、好き勝手するの辞めない? クソデブとガキ」


 黒い仮面の効果で、彼らはまだ気がついていない。

 でも事情を知っているヒナだけがわかるのだ。

 虎雄はスマホを手に取ると、配信画面を起動する。


「ヒナさん、これ。──映ってます?」


 スマホを向けて言う虎雄に、ヒナが答える。


「はい、感度良好です!」


 にっこりと笑って見せた。

 大きく息を吸ってから、スマホのカメラに向けて吠える。


「赤トラチャンネル、赤城虎雄が配信してますよ! 拡散よろしくね!」


 言って仮面を脱いだ。

 火傷跡が首まで続く悪人顔。そして赤い坊主頭。何よりも、強請りの二人に向けられたスマホ画面が、物語っている。


「お、……お前、本物??」

「ヤベェ、殺される……!」


 早速同時接続数が鰻登りに上がっていく。

 同時に、コメント欄が大荒れし始める。


“クソ犯罪者が、なんでヒナちゃんと一緒?”

“お前のせいで、兄が死んだ。お前も死ね”

“死ね死ね死ね死ね死ね死ね”


 強烈な悪意の塊が、そこに映る。

 なおも上昇し続ける数字に、SNSトレンドが書き換わっていく。


「コメント欄のゴミカスどもはほっといて、まずはお前らだよ」


 言って、虎雄は目を丸くした二人組を見る。


“ゴミカスはお前だろ”

“犯罪者は死刑”


 荒れ続けるコメント欄を無視して、スマホのカメラを二人に向ける。


「お前らさ、オレのこと騙って、強請りしてたよな?」


 同時接続数【106571】

 低評価【206822】

 その上でアンチコメントは、超速で流れ続ける。


(今なら怖くねぇ……!)


「そもそも、配信者はイメージが大事なんだぜ? お前らみたいな本物の犯罪者と、オレが一緒に見られたら、どうすんだ──」


 言いながら手を前にかざす。

 使いたい魔法なら、さっき見た。


【ユニークスキル:大炎上】

『悪意』の数だけ、反発する力。


 それが本当であれば、この数の悪意を力に変えることができるはずだった。


「おい、巻き込まれるぞ? 逃げろよ」


 怯えた様子の探索者に、言いながら、虎雄は半月状に瞳を歪ませる。


「【獄炎砲バースト・ロア】」


 忽ち空気が沸騰する。

 手のひらから放たれた業火は、ダンジョンの通路を焼き尽くしながら進んでいく。

 もはや虎雄ですら制御の効かない力になっていた。


「ヒナさ〜ん! 止まんねぇ!」


 後ろにいた井戸部と春太は、侮蔑の視線をこちらに向ける。

 からがら逃げた探索者は怯えた様子。

 ヒナは、うんうん、と頷いて虎雄を見ていた。


 少しして、バースト・ロアが止まる。


 ドロドロと溶け出したダンジョンの壁面が、ゆっくりと床に広がっていく。

 地面に伏せていた二人は、ガクガクと震えながら、ヒナに助けを求めた。


「お、……おい! 助けろ! 目の前に犯罪者がっ!」

「早くソイツを殺せよ!」


 コメント欄は一時的に動きを止めた。

 ツインテールを得意げに揺らして、二人組に近づくと、ヒナは言う。


「あなたたち、逮捕ですよ?」


 彼女は、言ってポケットから手錠を取り出す。

 そして二人に嵌めて、立ち上がらせた。


 ギルドは警察と並ぶ治安維持権限を持つ組織。

 故に、ダンジョン内限定の逮捕権を有している。


 その光景がカメラに映ると、コメントが恐る恐る流れていく。


“え?”

“は? やばっ”

“なんだ今の威力”

“これはダンジョンぶっ壊すわ”


 アンチコメント以上に、バースト・ロアに対する反応が多くなっていた。


“かえんほうしゃ系犯罪者”


 虎雄は目に止まったコメントに反応する。


「は? 『かえんほうしゃ系犯罪者』ってなんだよ! 犯罪者じゃねぇし!」


 すると隣で、ヒナが返す。


「犯罪者でしょ? 間違い無いですよ。故意か、そうじゃないか。という話ではないので、ダンジョン崩落を起こしたのは事実です」

「いや、だから……」


 ヒナの言葉で察した視聴者たちがコメントを流す。


“事故じゃん、テロじゃないのか”

“なんだ、それなら納得かも”


 本当にこいつらは風見鶏だ。

 ヒナの言葉一つでこうも変わるものか、と虎雄は呆れ返る。

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