一章5話「新宿ダンジョンコラボ配信1」
病室にヒナが現れてから、一週間が経った。
虎雄は、病床でぼんやりとスマホを眺めて、一つのポストを発見する。
『ヒナチャンネル/ギルド公認探索者:@Guild-Official.HINA
【緊急告知】
ヒナチャンネルは、来週から修行コラボ企画を行います!
修行コラボに参加していただける方は、ヒナのDMまで連絡下さい!
頑張ってみんなをビックリさせたいな♡
よろしくお願いします。────』
虎雄は、ポストを押して、DM《ダイレクトメッセージ》を開く。
配信者や動画活動者にとって、既に名前の売れている有名人とのコラボは、絶好のチャンス。
再生回数を伸ばすことは勿論、相手の数字にあやかることで、自身の登録者を増やすこともできる。バズるための常套手段なのだ。
「これ、いけるかな」
と言っても、ヒナが了承するかは別の話。
本来知名度のない配信者と、コラボをしても有名配信者にとってメリットは少ないからだ。
しかし、前までの底辺配信者──赤城虎雄とは一線を画している。
半月状に歪めた瞳で、自身のチャンネルページを開く。
チャンネル登録者【10257人】。
12人だった登録者は、ダンジョン崩落をきっかけに増え続け、一週間で10000人越え。
過去動画には大量のアンチコメントが書き込まれて、様相はカオス状態。
ヒナにスキルの説明を受けてから、気がついたこともある。
「……まずは使えるかどうか、試してみないとだな」
『
虎雄は再び、ヒナのDM《ダイレクトメッセージ》画面まで飛んで、指を滑らせる。
『赤城虎雄です。この間はありがとうございました。今回修行企画をするということで、ダンジョンでの戦闘指南を受けたく、メッセージさせていただきました。コラボさせていただけたら、嬉しいです。よろしくお願いいたします』
戦闘指南を受けたいと言うのは嘘ではない。
実際ダンジョンは池袋で拉致された時が初めてで、まともな戦闘経験などほとんどないのだ。
「あとは、……返信待ちだ」
そして何よりも、虎雄には“大事な目的”があった。
◇ ◇ ◇
翌朝、トイレの鏡の前に立つ虎雄。
火傷跡は膿が取れて、動いても問題ない程度には落ち着いている。
『これから活動するときは、この魔道具を使用して顔を隠しなさい』
ヒナに言われたことを思い返して、手前に置かれる真っ黒い仮面に視線を落とす。
気持ち悪い白の紋様が施される黒い仮面。
彼女曰く、この仮面はカメラ越しでも認識阻害の効果を付与することができるらしい。
胃が押し返される感覚に、便器に頭を突っ込む。
「……オェッ」
トイレの水洗を流すと、リュックサックに仮面を放る。
他にはカメラなど一式機材が詰め込まれ、上腕から下がない右腕には、お飾りの手がはめ込まれていた。
「行くか……」
虎雄は病院を出る。
朝日に照らされているのに、不思議と清々しいとは思わなかった。
眩しく鬱陶しいとさえ、思っていたかもしれない。
マスクを目元付近まで引き上げて、フードを深く被る。
近くに止まっているタクシーに向けて、左手をあげた。
池袋にあるギルドの治療施設から、三十分ほどタクシーを走らせる。
新宿駅から少し離れた場所にある都内某所ダンジョンが見えてきた。
一見すると、ただの高層ビルだが、グリーン化とは違う形で大自然が覆い尽くしている。
〈新宿ダンジョン〉と呼ばれるそこは、植物系モンスターや昆虫系モンスターが生息する高難易度ダンジョンらしかった。
「ここで、降ります」
虎雄が言うと、タクシーの運転手は訝しげにミラーから視線を送り、路肩に停車した。
「三千二百円ね、支払いは現金でよろしいですか?」
「あ、はい──」
返して、片手で鞄から財布を取り出すのに手こずっていると、
「にいちゃんさ、探索者かい?」
乗車中一度も話しかけてこなかった運転手が、虎雄に声をかける。
「え? はい。そう……ですかね」
探索者とはっきり言えるほど、ダンジョンに潜ったことはないが、ここで変に説明しても拗れるし、何よりも面倒だった。
「そうかい、最近はテロとかで物騒だから気をつけるんだよ」
運転手が言ったタイミングで財布を取り出すことに成功し、五千円をトレーに乗せて返す。
「はい、ありがとうございました」
タクシーから降りて、ダンジョンの受付へ向かう。
すると、エントランスには、池袋の時以上に大きな集団が目に入った。
「まじか、あれに合流するの? 勇気いるんだけど……」
三人のダンジョン配信者が、ファンに囲まれてエントランスは混雑している。
ピンクと黒のツインテールを靡かせるカラフルファッションの女──ヒナ。右横には、ビシッとスーツを着込んで、七三分けを固める黒縁メガネの中年男。
反対側には、生意気そうな少年がいる。
周りのファンを気にする様子もなく、和気藹々とした雰囲気で、話し込んでいた。
「……あ、お待たせしましたぁ〜」
言うと、ツインテールの女と目が合う。
そして駆け寄ってくると、ニッコリと笑顔を向けて答えた。
「あ! どうも、初めまして……ですよね? ヒナです、よろしくお願いします!」
病室での高圧的で、人を嘲る態度に慣れてしまった虎雄は、異変に耐えることができず、思わず口を開いた。
「え? 何そ──」
ドンッ──。
治りかけの肋に、激痛が走る。
「初めましてですよね」
痛みに悶えて首を下げる虎雄に、見下ろしながら強烈な圧がかかった。
まるで、赤い翼竜のようなプレッシャー。
「……はい、初め、まして」
どうやら、突いてはいけないようだ。
すると、続いてサラリーマン風の男が近づいてくる。
「ヒナさん、その方はどなたです?」
言ってヒナに尋ねているようだった。
彼女は、少し返答に困った素振りを見せた後、虎雄に丸投げする。
「えっと、どなたでしたっけ?」
赤い坊主頭をあげて、ヒナに一瞥してから、サラリーマンに目を向けた。
「初めまして、赤城と──」
ズドンッ──。
脇腹に先ほどよりも強烈な衝撃が走る。
そして同じように蹲る虎雄の耳元に囁き声が鳴った。
「本名を言ってどうするの? バカなの? 犯罪者扱いなのよ」
確かに、そう思い至って考える。
(犯罪者とコラボはできないだろうけど、ネームバリューは使いたいんだよなぁ)
今や
スキルとの相性を考えても、使わない手はないと思うのだが……。
「ギルドの研修で来ました虎雄です」
嘘はついていない。
しかし、ヒナからの視線が恐ろしくて、前を見ることができずにいた。
「虎雄さんですね! かしこまりました、私は──」
サラリーマンは、ビジネスバックから、名刺入れを取り出す。
そして腰を下げて両手を前に差し出して続ける。
「ギルド所属の攻略配信者、
井戸部は、名刺を虎雄の前に出す。
「ご丁寧にどうも」
虎雄の勝手な偏見ではあるが、配信者というのは社会人らしさがない生き物だと思っていた。
多少面を食らって、名刺を受け取る。
すると、井戸部の横から少年が顔を出した。
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