一章3話「池袋ダンジョン大崩落」

 特徴的なピンクと黒のツートンカラーを後ろで結き、パンツスーツを着込む女に、ギルド本部会議室全体の視線が集中していた。

 会議室の『コ』の字型に置かれるテーブルの右端で、コホン、と咳払いが鳴る。


「……えぇこれより、池袋ダンジョンの崩落事件について会議を始めます」


 進行役を務めるのは、白髪混じりの頭をオールバックにしたヒョロッとした老年の男。


「では、今回本部会で進行を務めさせていただきます。池袋支部長の伊佐美です。よろしくお願い致します」


 挨拶を済ませると、腰をあげてその場に立つ。

 そして、ピンッと腕を向けて、視線を中央に立つ女へ誘導した。


「今回の事件の証人として、探索者の方に来ていただいております。では──」


 言って水を向けられ、女は拳をグッと握り、体の震えを抑え込む。


「ご紹介に預かりました。ヒナという名義で探索者をしている、佐藤さとう日夏ひなつと申します。こちらには──、赤城虎雄という男の処分を再検討していただくために、参りました」


 その言葉に、会議室がざわめき立つ。


 ダンジョンは、国の私有する財産として位置付けられる重要な資源だ。

 それをぶち壊したとなれば、重罪に値する。

 まして、多くの死傷者を産んだ大崩落事件の首謀者ともなれば、本来極刑でもおかしくない。


 すると、日夏の正面、中央に座る中年男が、鋭い眼光を向ける。


「ねえ、それってさ。ひなっちゃんは赤城とかいう男を殺したくないってことで、いいのか?」


 飄々とした話し方。それでいて、圧がある。

 彼は大多野おおたのつるぎ。ダンジョンが発見されて三十年間現役を貫いている探索者だった。

 今ダンジョン探索者をしている人間なら、『剣聖』と言われて知らない人はいないだろう。

 現行のダンジョンのクリーンイメージを作り上げた張本人である。


 日夏は思わず言い淀んだ。


「あ、いや。……そういうわけではないですが」

「なら、どういうわけか、話してみなよ」


 ギルドの新宿支部、支部長でもある大多野は、この場において相当な権限を持っている。

 過去の栄誉。現在の権力。それらを合わせた力が、今この場における発言権の強さに直結しているのだ。

 少しだけ考えて、日夏は口を開く。


「……赤城虎雄は、極めて異常なスキルを有しています」

「だから? それが処分保留と関係あるの?」

「えっと、関係はあります。──皆様は、崩落現場の状況を確認しておられますか?」


 日夏はそう言って、スーツのポケットから、スマホを取り出すと、スクリーンを使い、一枚の写真を表示させた。

 そこには、ダンジョン下層であるにも関わらず、天井がすっぽりと抜けて月明かりが照らしている写真が映し出されている。


「おお、なんだこれは……」

「なんと悲惨な……」


 会議室がその写真の衝撃を受けていると、大多野が口を開く。


「はぁ、……それの何が関係あんだって聞いてんだよ!」


 怒声に、思わず体を硬直させる。

 静まり返った会議室は、大多野の反応を待っているようだった。


「あ、ごめんごめん。俺、話してもいいかな」


 大多野は言って、進行役の伊佐美を見た。

 すると、頭をゆっくりと縦に振り下ろし、にっこりと笑っている。


「んじゃ、俺から一つ。そもそもダンジョンは国の資源だろ。それをこんな有様にした男が処罰を免れたら、ギルドのメンツが潰れちまうぜ? それ以前に俺たちが血と汗流して守ってきたダンジョンがこんな扱いされて、──ひなっちゃん。お前許せんの?」


 会議室の多くの人たちが首を縦に振り頷いている。

 手に汗が滲むのをグッと握り、日夏は大多野を見据えた。


「個人的な思いなんて、どうでもいいです」

「ほぉ、そうか? んじゃ、お前の赤城虎雄を助ける論理的な理由はなんだ」

「それは……」


 再び言い淀む日夏。

 すると、他の本部会メンバーから声が上がる。


「ないなら、死刑でいいのでは?」

「そうだ、ダンジョンを破壊した重罪は極刑で然るべきだ」


 日夏が割ってはいる隙はないように見えたその時。


「端役がごちゃごちゃウルセェよ。今はひなっちゃんと話してんだ。黙っとけ」


 大多野の言葉で、会議室は沈黙を得た。


「ギルドは本当にダンジョンを守れていますか?」


 ツートンカラーの髪を背中に流して、会議室の全体を見渡しながら続ける。


「大多野支部長がいた頃は確かに、抑止力にもなっていたかもしれない。……でも今は違います。アタシも含めてお恥ずかしい限りですが、抑止力と呼べるほどの力を持つ探索者は現在、ギルドにいないでしょう」


 会議室は、どんよりと空気を重くした。

 理由は明白。

 各個人に思い当たる節があるのだろう。


「今のダンジョンには確実な犯罪抑止力が必要です。──赤城虎雄はそうなる可能性を秘めています」


 本部会メンバーが唸り声をあげている。

 処分を保留に、というのは実際、相当な特例でもない限り認められない。

 それを、可能性だけで認めろ、というのは少々強引かもしれないと自覚していた。


 大多野は日夏を見つめてニヤけている。

 どうやらうまくいきそうだ。


「ここで俺も一ついいかな、本部会諸君」


 その言葉に、会議室の面々は耳を向けた。


「処分の撤回は正直難しい。だからここは、一旦保留でどうだろう」


 その時、中心に座る老人が、この場で初めて声を上げた。


「……剣、保留はダメだ」


 この会議室には風見鶏しかいないらしい。

 ギルド本部会の頂点。ギルド長の前では、大多野の言葉さえ権力を持たなかった。


「そうだ、保留は良くない。示しをつけるためにも……」

「赤城虎雄はやはり極刑が望ましいだろう」

「そうですね、処分は早いに越したことはないでしょう」


 肩を落とした日夏に、大多野は目配せをする。

 そして口を開くのだ。


「会長? 保留はダメ、ならどうしろっていうんだ」


 すると進行役が声を荒げる。


「おい! 貴様! 会長にその態度はなんだ。せめて敬語を使え!」

「伊佐美さん、論点が違うだろ。今はそこじゃない。そんなだから、探索者として足手纏いだと言われるんだよ」


 ムッとして顔を真っ赤にする伊佐美。

 それを見て、ニヤケ顔を加速させる大多野は、日夏に合図を出した。


「あ、あの! みなさん……」


 会議室の注目が、日夏に向いた。


「彼を死んだことにしてはどうでしょうか……?」


 公共組織であるギルドが、手続きにおいて偽装するというのは、世間にバレた際多大なリスクを孕んでいる。

 しかし、今この場を打開するには、他の選択肢はない。


 その後、会議は進んでいき、日夏は本部会の会議室を出た。


 結果は、神のみぞ知るという具合だが、赤城虎雄をうまく利用すれば、ダンジョンの闇と呼ばれる部分を払拭することができるかもしれない。

 日夏は、その場に崩れると、呟くように言った。


「……赤城虎雄、働いてもらうわよ」

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