一章2話「赤城虎雄は、炎上する2」
「ぶっ殺せ! 赤竜!」
騒がしい怒声で、虎雄は目を覚ました。
そして目の前に広がる光景に絶句する。
円形に囲まれるフィールドを見下ろしている大勢の探索者たち。
それはまるで闘技場だった。
剣闘士は
(あんな化け物と戦えってことかよ……)
ギョロギョロとした竜の目が放つ殺意で、押しつぶされてしまいそうだった。
鮮血のように赤い鱗が全身を覆い、五メートルほどある巨体は、息をするだけで上下に動く。
そして脇部分の皮膜が、それを、翼竜たらしめている。
伝説上の生物が目の前にいるだけで驚きだ。
「早く死ね! クソガキ!」
そんな声が観客席から聞こえる。
少しずつ冷静になってきた頭を回転させた。
(デカいやつの弱点は、大抵鈍いこと……か)
まず最優先は生き残ること。
次にこれを証拠にできるなら、間違いなく再生回数は稼げるだろう。
思考が復活してきたことで、テンションが元通りになり始める。
虎雄は、観客席に向き直ると、声を張り上げた。
「クズの皆さん、こんばんは!
言って走り出す。
駆けた先は、フィールド一面に散らばった武器の元。
ここではたくさんの探索者が死んでいったようだ。至る所に赤黒いシミがあり、武器も大量に落ちている。
「ふざけんな、テメェがクズだろ!」
「さっさと死ね!」
罵声と共に観客席から石や武器が投げられた。
それを避けながら、手軽な片手剣を掴んで、翼竜へ走る。
「ッ──!」
勢いのまま、赤い鱗にめがけて振り抜いた。
金属同士がぶつかるような音が会場を包む。
赤い鱗には傷一つない。
「痛ぇ〜!」
同時に衝撃で左手が痺れる。
びくともしない鱗を攻撃するより、鱗の隙間を狙うことにして、距離をとった。
(隙間を狙うなら、もっと細い……)
虎雄は目についた武器に駆け寄る。
身の丈ほどの長い槍。振り回すのは難しそうだが、一度きりの攻撃なら問題はない。
「オラッ──!」
翼竜の鱗の隙間へ、槍を突き出す。
そして抜き取ると、刃先にドロっとした赤い液体が絡みついていた。
グオオオオオオ──!
翼竜の咆哮が鳴った。
思わず耳を塞いで縮こまる虎雄に、赤い竜の目は向いていた。
「あれ……足が」
プレッシャーに押し負けて、足が動かない。
どうやら、人間の殺意とは次元が違うらしい。
まるで虫ケラを見るように、虎雄のことを見ている。
「ヤベっ!」
すると、ドラゴンの鉤爪は、ハエ叩きのように虎雄に覆い被さろうとした。
ドンッ──!
間一髪で避けた虎雄の背後で土煙が舞う。
視界を塞がれるなか、頭上に殺気を感じて転がった。
ドンッ──!
「ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい──!」
サッと立ち上がると、翼竜は自分の起こした煙で、虎雄を見失っていた。
(今のうちに、立て直すか)
再び距離を取る。
観客席からはブーイングが響いた。
「さっきの威勢はどうしたクソガキ!」
「早く死んじまえ! ゴミ配信者!」
観客の声が鬱陶しい。
迷惑凸をされたヒナも、今の虎雄と同じ感情だったのかと、少しだけ反省する。
生き残る方法は、ドラゴンと戦わないこと。
そのためにも、逃げ道を探すか、ドラゴンをこの場から退場させるのは絶対条件だった。
その時、土煙の中が赤く光る。
「ブレスだ! 逃げろ!」
観客席が騒いでいる。
すると、轟音と共に、赤黒い炎が真横を通り抜けた。
土煙を散らすように、放たれるブレスは、観客を巻き込んでいく。
(これなら使えるかも……)
虎雄は怯える観客に背を向けて、大声を張り上げる。
「こっちだ! よく狙えよ、当たらないと死なねぇからな!」
額を指差して、翼竜に伝わるかわからない挑発をする。
舞い上がった土埃の流れが凪のように停止した。
火炎袋を赤く染めて膨らませる魔窟の王は、まっすぐに虎雄を見据えている。
(ギリギリまで……)
ブワッと汗が吹き出す。
銃口を向けられて避けろ、と言われているような気分だった。
タイミングを見誤れば即死。
魅せる戦い方をするダンジョン配信者がどれだけの芸当をしているのか、虎雄は理解して尊敬すら抱く。
翼竜に集中して、息を吐き出す。
「──今ッ!」
右方向へ走る。
同時にドラゴンのブレスが闘技場の壁に直撃した。
ダンジョンの壁面を削り出した観客席は、その熱でドロドロと溶け出していく。
そこには大穴、しかし溶け出したマグマが沈澱して道を塞いでいる。
(ふざけんな。なんだそれ)
土煙は晴れていき、ドラゴンを見据える虎雄。
火炎袋を膨らませて二発目を準備している翼竜の姿がそこにある。
「死んでたまるかよっ──!」
横に走り出すと、金の意匠が施された大槍を手に構える。
背後に回り込むと、槍を突き出す。
直後、槍からは雷撃が発生した。
魔法武器、というやつだろうか。
攻撃直後に力が抜けていく感覚に襲われた。
「あえ──?」
頭上には、口を開いたドラゴンが待ち構える。
電撃による効果も見られない。
硬直した体を無理やりに動かして、飛び退く。
(死ぬ……?)
地面に向けて放たれたブレスは、地を這いながら拡散していた。
周囲を跳ね回る熱線を避けて、距離を取る。
なおも視界に竜をとらえていた。
「は──?」
素っ頓狂な声がこぼれ、咄嗟に右手を構える。
赤い翼竜の体が上に細長くなっていく錯覚を覚えた。
瞬間、脇腹をとてつもなく重い衝撃が襲う。
肋が軋み、逆流した内容物が、口から溢れる。
内臓を擦り潰すような痛みで虎雄は声をあげた。
「……あぁ、ああ!」
宙に舞っている自分の右腕が視界に入る。
そして衝撃と共に背中を岩壁へ打ちつけた。
「グハッ──」
血反吐が漏れる。
虎雄は痛みでおかしくなりそうな体を立てて、薄れる視界で、翼竜を見据えた。
赤い鱗の化け物が熱を帯びて揺らめき、カゲロウの様に見えている。
赤い翼竜は、喉の火炎袋を大きく膨らませていた。
闘技場の地面から茹で上がるような蒸気をあげた、そのブレスは虎雄に直撃する。
ゴゴゴゴゴゴッ──!
(熱い……、痛い……、苦しい……)
皮膚が蒸発していく。
喉が焼かれて息を吸うこともままならない。
地獄の業火に焼かれて、今までにないほど大炎上している虎雄は、死を覚悟した。
観客の喜ぶ声が聞こえてくる。
悔しくてたまらなくなった。
溢れてくる涙は、高熱で蒸発して上に流れていく。
ドス黒い感情が渦を巻いて、虎雄に絡みついていた。
(戦う術があれば……。死ぬことなんて……)
その時、頭に声が響く。
思い出が残る物が灰に変わっていく中で、小さい虎雄を抱きしめて言う。
『……お前なんて、産まなければよかった』
何度となく繰り返し、意識を失った母を置いて、虎雄は救急隊員に引っ張り出された。
その光景と、現状が重なる。
『お前なんて産まなければよかった』と言いながら虎雄に縋る母を、消しとばしていたら、それか、救うだけの力があれば。
探索者の多くが死を経験している。それによって初めてのスキルを獲得するらしい。
虎雄にも同じような変化が起こったのだろう。
骨が見えるほど焼きついた左手を前にかざし、血の滲む喉を震わせた。
「大炎上──……。」
赤竜のブレスに似た赤黒い炎の一閃は、片翼を貫くと、威力を増す。
池袋ダンジョンの壁をも破壊していく怒りの咆哮は、天井を崩落させた。
瓦礫に押しつぶされる翼竜の姿、悲鳴をあげて逃げ惑う観客の姿を、ほくそ笑みながら、その場に倒れ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます