地獄の業火で焼かれても──底辺配信者は、アンチが増えるほど最凶に?!

戸部 ヒカル

デッドマンはダンジョンの闇を暴く

一章1話「赤城虎雄は、炎上する1」

 鏡の前で嗚咽する男は、その場に膝をついた。

 そして洗面台の前に立ち上がると、鏡を見つめる。


(酷い顔だ……)


 そこにあるのは、悪人顔が病的に青白く染まる自分自身の姿だった。

 ジャンパーコートのフードを被り、顔を隠す。

 印象的な赤い坊主頭も、同時に隠れた。


(そろそろ……、いくか……)


 男は、傍に置かれたリュックサックを拾い上げ、肩がけに背負った。

 空いた両手で、無理やり口角を引き上げて笑う。


「いくぞ……」


 男の呟いた声が、男性用トイレに消えていく。

 右手でスマホを取り出すと、アプリを起動し、配信を開始した。


 ◇ ◇ ◇


 池袋駅構内JR中央改札から、オレンジロードに抜けていくと、大規模商業施設が併設されていた。

 十年前のダンジョン出現と同時に、崩落した大規模商業施設は、今ダンジョン探索者の集う、エントランスへと姿を変えている。

 ダンジョン運営を執り行う〈ギルド〉の管理のもと、多くの探索者が足を運んでいた。


「マジか……、探索者多すぎ……」


 底辺配信者──赤城虎雄はスマホに向けて呟く。

 十年前の記憶を頼りに来た虎雄は、池袋駅の変化に驚いていた。


「どうなってんの……」


 すると、ダンジョンエントランスに大きな集団が見える。


「あっちか──」


 スマホにチラリと視線を向けるが、チャンネル登録者十二人、再生回数アベレージで一桁の同時接続数は、いつも通りゼロ。

 虎雄は、人混みをかき分けて、目の前の集団に入っていく。


「キャ──! ヒナちゃん! こっち見て!」

「可愛い! マジ天使!」

「あ、こっち見た! 目合った!!」


 興奮気味の男女の視線の先で、ツインテールが揺れていた。

 ピンクと黒のツートンカラーの髪、二重の目はぱっちりして、鼻が高いはっきりした顔。

 手足がスラっと伸びて、モデルのような引き締まったスタイルをしている。

 彼女は、ツインテールを後ろへ靡かせると、声援に応えるように笑顔を振り撒く。


「あれが……、ヒナか。正直羨ましいくらいの人気だなぁ」


 心の声が漏れる。

 すると、彼女はスマホを取り出して、カメラを自身へ向けた。


「こんばんピヨヨ〜! ギルド公認探索者──ヒナで〜す! ファンのみなさん、元気ですか〜?」


 言いながらスマホをファン集団へ向ける。

 彼女の言葉に、ファンたちは示し合わせたように答えた。


「「「元気だよ〜!」」」


 同時に虎雄の鼓動は早まっていく。

 これからやろうとしていることを考えると、冷や汗が止まらない。

 ヒナは、ギルド公認の探索者。そして総フォロワー数百万人越えのインフルエンサーでもあるのだから。


「今日は、ピヨピヨっと上層攻略していきますよ〜!」


 溌剌とした声で言う彼女の一挙手一投足に、歓声が湧き上がる。

 笑顔をスマホに向けて手を振ると、彼女はダンジョンの入り口に足を進めた。


 虎雄は、先回りするように集団を抜け出し、ヒナの前に立ち塞がる。


「ごめんなさい、通りますね!」


 暗にそこを退いてほしいと言う彼女の笑顔は崩れない。

 しかし虎雄も退くことはせず、囲んでいたファンたちの視線に晒された。


「退けよ! ヒナちゃんの邪魔だろ!」

「そうだ、そうだ!」


 ヒナは首を傾げて眉を下げる。


「ん? どうしましたか?」


 虎雄は、拳を強く握り、震えを抑えて大声を張り上げた。


「ヒナさん! ギルドがダンジョンの犯罪を隠蔽しているってマジですか?!」


 十年前までは、危険視されたダンジョン。

 しかし一人の男によってそのイメージは覆されて、今ではクリーンイメージを守っていた。

 虎雄の言葉は、そのイメージを覆そうとするもので、騒がしかったファンが静まり返る。

 ヒナは、大きくため息を吐き、屈強な警備員たちを一瞥した。


「オレ、赤トラチャンネルの赤城虎雄っていいます。どうなんですか? 隠蔽とかしてるんですか?」


 すると、彼女はピシャリと言う。


「隠蔽なんてしていません。ギルドはダンジョンの治安を守る組織なので」


 しかし虎雄も、ただデマを吹聴しているわけではなかった。


「最近、ダンジョンの行方不明者数かなり増えてるっすよね! 特に、この〈池袋ダンジョン〉で!」

「調査中です。──これから配信するので、もういいですか?」


 眉根を寄せて、表情を崩す彼女。

 先ほどまでと違い、怪訝な目を向けるヒナに、虎雄はすかさず追撃する。


「もうちょっと──、これだけ行方不明者が増えているのに、ダンジョンを規制しないんですか?」


 ヒナは、助けを求めるように再度、警備員を見た。

 すると、屈強な二人の警備員が虎雄を取り押さえる。


 地面に這いつくばりながら、声を上げた。


「配信者として後輩のオレを、助けてくださいよ!」


 ここでゴシップが掴めれば、再生回数が回る。

 掴めずとも、炎上することで数字は取れる。

 虎雄の作戦は完璧なはずだった。


 同時接続数【0】


 そもそも誰も見ていないところで、大立ち回りをしても得がない。


「これから配信するので、失礼しますね」


 あっさりと言うと、彼女はダンジョンの中に入っていく。

 何を言うこともできずに、虎雄はその場に取り残された。


 突撃した発端は、一通のDM《ダイレクトメール》だった。


 そのメールには、「ダンジョンの犯罪者を告発する」というタイトルと共に、動画データが添付されていた。

 内容は、一人の女性の視点。女性とその彼氏が、弄ばれて殺されると言うもの。

 クリーンイメージを保ち続けるダンジョンとギルド。

 前々から、裏があるのではと勘繰る輩も多くいた。


 だからこそ、数字を伸ばすには打って付けだったのだ。


 ◇ ◇ ◇


 警備員から解放された虎雄は、再びトイレに舞い戻って個室に籠る。


「どうすりゃ……よかったんだ?」


 配信を終えた動画は、先ほどのエントランスでの騒動もあって、再生数が周り始めた。

 虎雄がコメント欄に目を向けると、


“迷惑凸とかマジきもい”

“クソ底辺配信者は、消えろ”

“人に迷惑かけるしか、生き方を知らないゴミ”


 種火が広がって燃え始めている。


(きっついなぁ……、ここまで言わなくても……)


 すると、胃が逆流する感覚が襲った。

 虎雄は便器に顔を突っ込むと、内容物を吐き出す。


 そしてスマホに再び視線を向ける。


 炎上と共に回り始めた動画の再生数は、【1403回】と表示されていた。

 今も伸び続けていく。


「……過去最高だ、オェッ!」


 虎雄は便器に頭を突っ込むと、再び吐く。

 ダンジョンに良いイメージがあるように、ダンジョン配信者に対しても好意的な声が多い。

 ゴシップが発覚、またそれを脅かすような存在が現れれば、何かしら反応を得られる。

 そんな虎雄の勘は当たっていたようだ。


 すえた臭いに、便器から顔を上げ、嗚咽で流れた涙を拭き取る。


トントンッ──。


 個室のドアをノックする音が聞こえた。

 誰かが入ってきたらしい。


(あれ……? 両サイド空いてるだろ……)


 虎雄は思いながらも、リュックサックを抱える。


トントンッ──。


 せっかちか、焦っているのか。

 虎雄は、ノックに言葉を返す。


「今開けますから、ちょっと待ってくださいね」


 そして慌てながらドアに手を伸ばす。


ドンドンドンッ──!


 ドアが蹴り付けられる音だった。

 金具が歪んで、変形するほどの力で蹴られたドアを、虎雄は押しつける。


(なに、なに、なに?)


ドオンッ──!


 ドアは蹴破られて、虎雄はタイルの壁に頭を打ちつけた。


「痛っ……」


 右目の視界が赤く染まっていく。

 するとトイレの個室に、男が押し入ってきた。


「……お前さ。ヒナちゃんのこと悪く言ってんじゃねぇよ!!!」

ドンドンドンドンッ──!


 ドアを盾にしていたが、お構いなしに蹴り付ける。


「いや、よくわかんないけど!!」

「嘘つくなよ!! お前だろ! エントランスでヒナちゃんを侮辱してたの!」


 あらかじめこういうリスクを考えておくべきだったのかもしれない。

 ファンからの強襲。

 コメントと同じように、直接悪意を向けてくる人間もいる。


「ごめん、謝るから! 許して!」


 虎雄は咄嗟に謝ると、トイレの床に膝をついて頭を下げた。

 すると、男は、虎雄の腕を引く。


「来い、生きてたら許してやる」

「は?」


 男はでっぷりと膨らむ腹に軽装の鎧を身につける探索者の装い。

 虎雄が抵抗しても、微動だにせず、池袋駅のエレベーターに乗り、地下へ。


「どこ行くんだよ……」


 虎雄は、さりげなく、配信を回そうとスマホを手にした。

 ヒナに否定されたゴシップが今、現実になるかもしれない。

 これを残さない手はない、そう思っての行動だった。


「……ん? 何してる」


 しかし、男にスマホを握りつぶされた。


(なんつう握力してんだ……。探索者はバケモンかよ)


 エレベーターから下ろされて、進んでいくと、大きな鉄扉がある。

 見上げると首が痛くなりそうなほど大きな鉄扉が開き、罵詈雑言が響いた。


「今日も赤竜の餌が来たみたいだな!」

「早く死ね! ゴミクズ!」


 虎雄は男に視線を向ける。


「行け、真ん中まで進んで待ってろ」


 男の指示通り進むと、闘技場のフィールドの中央だった。

 円形のフィールドを囲む観客席には、血走った目を向ける探索者たちが大勢いる。

 そして対面には、神話から出てきたような、ドラゴンがこちらを見ていた。

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