第5話 校庭でキャンプファイヤー🔥

 俺たちは校庭に向かって歩いていた。これが最後の指令らしい。


「キャンプファイヤーなんて、どうやるんだろう?」


 俺の問いに、七瀬さんが首を傾げながら答えた。


「カラオケみたいに、事前に準備されてるんじゃないかしら」

「そんなことまで、できるのかな……」


 校庭に出ると、ど真ん中に薪が綺麗に組まれているのが見えた。


「……本当にやっちゃうのね」


 七瀬さんの言葉に、俺は薪を見つめた。学校内で無許可で火を使う。これは流石に今までとは比べ物にならないくらいの校則違反だった。


「火をつけるのはさすがに…… 難しいよね」


 七瀬さんの表情を窺いながら尋ねる。もし彼女が嫌な思いをするくらいだったら、今度は全部俺がやってしまおうと思っていた。


 七瀬さんは一瞬だけ考え込むように視線を落とした後、静かに言った。


「……大丈夫。やってみたい、かも」


 その言葉に驚きつつも、俺は周囲を見回してみた。校庭の周りには柵もなく、閉じ込められている感覚はない。だが、一度反抗して失敗した以上、試すのはリスクが高すぎる。もし失敗して、罰ゲームを課されたら……。俺だけで済むならまだしも、七瀬さんを巻き込むわけにはいかない。


 そう考えていた時、七瀬さんがそっと俺の制服の裾を引っ張った。


「藤崎くんも…… やってみたくないですか?」


 彼女が少しうつむきながらそう言った。俺は彼女の変化にびっくりして尋ねた。


「……やってみたいの?」

「うん、せっかくだし」


 その言葉に驚きつつも、俺は周囲を警戒しながら薪に近づいた。火をつける道具は用意されていた。ライターを持つ手が震える。


「……本当に、やるんだよな」

「うん。やろう」

 七瀬さんの声は少し震えていたが、瞳はまっすぐだった。


 ライターの火が薪に近づく。次の瞬間、乾いた音とともに火が燃え広がった。勢いよく燃え上がる炎は恐ろしくもあり、どこか美しくもあった。


 気がつくと、そばに花火がぎっしり詰まっている袋が置いてある。七瀬さんの方を見るとうなずいたので、さっそく遊び始めることにした。


 打ち上げ花火を並べて連続して打ち上げたり、蛇花火で無邪気に遊んだり。次第に笑い声が絶えなくなった。花火の光に照らされた七瀬さんの横顔がすごく綺麗で、俺は思わず目を奪われてしまった。


 最後に二人で線香花火を持ち、火が消えないようにじっと見つめる。線香花火の儚い光が消えると、しんとした静けさが二人の間を包んだ。


 その時だった。


 俺と七瀬さんの携帯が同時に震えた。

 俺たちは咄嗟に携帯を取り出し、自分の携帯画面を確認する。そこには――


「今度はキスをしてください。それでミッションは終了です」


 一瞬で頭が真っ白になった。


 俺は反射的に七瀬さんを見る。彼女も同じ内容のメッセージを受け取ったのだろうか。暗がりの中でもわかるくらい、彼女の顔は真っ赤になっていた。


「え、これ……」


 七瀬さんが言葉を詰まらせる。


「……ど、どうする?」


 俺は喉が渇いたような感覚を覚えながら、緊張でごくりと唾を飲み込んだ。


 ここまで来たら、逃げるわけにもいかない。けれど、相手は七瀬さん。軽々しく「やろう」とはちょっと言えない。


 七瀬さんの顔を窺うと、恥ずかしさと戸惑いの入り混じった表情で俯いていた。


「……嫌だったら、断ってもいいよ」

 俺はなるべく気持ちを落ち着かせながら、そう言った。


 七瀬さんは何かを決意するようにこちらをじっと見つめている。


「い、いや、その…… やっぱりこう言うことはさ、好きな人とじゃないと」

 心の動揺を隠すように、七瀬さんにいうと、彼女は首を左右に振った。


「大丈夫です。私、藤崎くんのことが好きですから」


 俺は頭にガツンと衝撃を受けた。


「返事はいりませんよ。私が藤崎くんのことが勝手に好きなだけなので」


 彼女はニコッと笑った。


「この場で起こったことは誰にも言いませんし。何かされたからといって、それを口実に付き合ってくれとも言いません。だから、気にせず、そのまま指令に従ってください」


 彼女の覚悟を見て、心臓が早鐘のように鳴る。——このまま、キスしてもいいんだろうか。まだ付き合ってもいないのに。


 でも、ここから出るためには……。


 俺は深く息を吸い込み、覚悟を決めた。七瀬さんの前に立つと、彼女はスッと目を閉じた。両肩に手を置き、そっと唇を近づける。


 すると、彼女は俺の首に手を回してグイッと引き寄せた。


 ——え? う、うんっ!!


 彼女の思いが伝わってくるようなキスだった。

 時間が永遠に止まったように感じた。


 キスが終わり、俺からゆっくりと離れた七瀬さんは顔を真っ赤にして目を伏せ、小さな声で言った。


「ごめんなさい。これは夢…… 夢だから」


 俺は彼女の言葉を聞きながら、胸の中に湧き上がる感情を言葉にできずにいた。

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