第4話 放送室でカラオケ🎤

 次の指令は「放送室でカラオケを歌え」というものだった。


「放送室で、カラオケ……?」


 唐突すぎる指令に、俺は思わず首を傾げる。


「私、カラオケ行ったことないし、歌うの苦手なんだけど……」


 七瀬さんは不安そうに目を伏せる。


「大丈夫だよ。俺も下手だから気にしないし、そうだ、俺が先に歌うよ」


 放送室に入ると、驚いたことにカラオケセットがすでに準備されていた。モニターには最新のカラオケアプリが映し出され、マイクには新品のカバーまで付けられている。マラカスやら、タンバリンまであった。


 モニターの男が満足げに新たな指示を付け加える。


「校内放送で学校中に大音量で流すんだ。俺が満足するまで、たっぷり楽しませてくれよ」


「……なんだよ、それ」


 俺はそういいながらも腹をくくった。校内放送をオンにしてマイクを握り、得意な曲を選曲。歌い始めると、校内に自分の声が響き渡る。結構恥ずかしい。


 正直、自分の下手な歌を学校中にたれ流して良いものなんだろうか。でも、歌っているうちに次第に楽しくなってきた。七瀬さんを見ると、一生懸命合わせようとして、パチパチと手を叩き応援してくれていた。


「次は、七瀬さんの番だよ」

「えっ……無理無理!」


 そう言いつつ、七瀬さんは選曲画面の前で固まっていた。そこには最近流行りの曲が表示されている。


「それ、歌いたいの?」

「でも、私……」

「じゃあ、一緒に歌おうよ」


 俺が促すと、七瀬さんは少し考えた末、意を決したようにうなずいた。そして二人で一緒にマイクを握り、曲に合わせて歌い始める。


 最初はぎこちなく声も震えていたが、だんだんと調子が出てきたのか、彼女は笑顔になり声も通るようになってきた。


 その後は交互に歌を入れ、時には声を合わせて、カラオケは予想以上に盛り上がった。


「なんか、すごく楽しいんだね、カラオケって」

 七瀬さんがぽつりと言う。


「うん、そうだね」


 ふと、彼女が黙り込んだ。こちらもつられて沈黙してしまう。静かな時間が二人の間に流れる。


「あのね、藤崎くん」


 急に名前を呼ばれて、俺はびくっとした。


「どうしたの?」


「藤崎くんって、私と一緒で楽しいのかなって…… 私、全然明るくないし」


 七瀬さんの声がか細く響く。


「楽しいよ。だって、女の子と二人っきりでこんな風に遊んだことないからさ」

「そっか……」


 彼女は少し笑ってから、急に真剣な顔になる。


「私、知ってるんだよ」

「え、何を?」

「藤崎くんが陰で私のことかばってくれたってこと。聞こえてたから」


 俺は驚いて七瀬さんを見た。


「聞いてたの?」

「うん」


 彼女は静かに頷き、続ける。


「私、昔から家が厳しくて、規則を守るのが当たり前だった。でも、それをそのままみんなに押し付けて、きついことばかり言っちゃってたから…… 間違っていることは嫌いだったし」

「そうなんだ」


「みんなには嫌われているのは知っていたけど、意地になっちゃってて。だから、藤崎くんが味方でいてくれたのが、すごく嬉しかったし救われていたんだよ」


「味方だなんて、そんな……」


 確かに七瀬さんは真面目で融通が利かないところもあった。でも、彼女だけを責めるのはおかしいと俺は思っていた。


 みんなは文句ばっかり言って、校則を無視して好き勝手していたから、収集がつかなくなることも結構多かった。


 誰かが言わなくてはいけないことでも、みんな悪者になるのは嫌がるから、彼女のおかげで、話がうまく進むこともよくあったのだ。


 それに俺は彼女の蔭の頑張りを見ていたから、なおさら放っておけなかった。


 朝早く学校に来て教室を掃除したり、花壇に水をあげたり、先生の雑用を誰よりも進んで引き受けていた。そんな七瀬さんの努力を、みんなが少しでも分かってあげないといけないと思ったのだ。


「頑張ってる人が報われないのってさ、あまり好きじゃないんだ」

 そう呟いた俺の言葉に、七瀬さんはものすごくうれしそうな顔をした。


「次の指令は……」


 モニターの男の声が再び響いた。その瞬間、放送室の空気が一変する。俺たちは顔を引き締め、次に待ち構える試練に向き合った。

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