プロジェクト・カイカ後編 第02輪 | 逢条 陽 vs サイバーキャスター
-8年1ヵ月前
3月13日 14:03
-ピュコーン
ある雪の日、長乃県朱和市の一角に佇む中学校に、異なる世界からのメールが舞い込んだ。
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「星の原石を、僕らと一緒に探しませんか?」
From: 天田 奨 from Hoshino Hikari Production
<amada.susumu@hoshino.hikari.production>
朱和市立銘光中学校様
初めまして。
突然のメール、失礼致します。
私、東境都内の音楽家マネジメント・オフィス「Hoshino Hikari Production」で、新人発掘と、音楽家マネジメント業務を兼任しております天田 奨(あまだ すすむ)と申します。
※当マネジメント・オフィスの詳細につきましては、メール末尾のリンクをご参照ください。
この度は、当マネジメント・オフィス(以下、HHP)が、全国の小中学校を対象に実施しております、「新人発掘事業」のご案内をさせていただきたくメールをお送り致しました。
唐突な質問で恐れ入りますが、超一流と呼ばれる音楽家たちが、その才能を発揮し始めた平均年齢をご存知でしょうか?
それは、5歳です。
ベートーベンは8歳、モーツァルトは3歳、シューベルトは7歳。
いずれも、5歳前後で、既に音楽家としての資質を見出されているのです。
しかし、彼らとて一人でその才能を磨いたわけではありません。
彼らの周りには、彼らの才能を鋭く見抜く、親や兄弟、教師たちが例外なく存在しました。
逆に言えば、そうした周りによる発掘や、惜しみない助力がなければ、私たちは、ベートーベンやモーツァルトやシューベルトの音楽がない世界で生きていたのでしょう。
私たちHHPのミッションは、「輝く星(スター)を創り出し、それを世の中に知らしめること」です。
それは突き詰めれば、「星の原石を、いち早く発掘すること」と考えております。
前置きが長くなりましたが、私たちHHPは、こうした理由から、音楽家の原石が眠っているであろう「小中学校」に着眼するに至りました。
歌が上手な生徒さん。
音楽の授業で、創作的な動きを見せる生徒さん。
もしくは、一人も友達をつくらず、ひたすら自身の世界を育んでいる生徒さんすらも。
教員様の中で、何か思い当たる節がおありでしたら、お気軽に私たちまでご連絡ください。
私たちは、輝く星(スター)を創り出し、世の中に知らしめるため、日夜奮闘しております。
その星の原石を、朱和市立銘光中学校様と発掘できれば幸甚の至りです。
もし契約までに至った際は、ささやかながらお礼をしたく考えております。
ご不明点ありましたら、お気兼ねなくご一報ください。
それでは、よろしくお願い致します。
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Hoshino Hikari Production
https://www.hoshino.hikari.production
天田 奨 / Amada Susumu
030-1717-6969
amada.susumu@hoshino.hikari.production
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-7年9ヵ月前
7月15日 23:53
ズンゴズンゴと鳴り響く、陽気過ぎるラテン音楽。
ギラギラ浜辺に降り注ぐ、あっつあつの真夏の太陽。
その光を一身に受けつつ、宙に舞い上がるビーチバレーボール。
「えい!!」
直後、砂浜の方に引き寄せられたボールは、水着姿の大人の女性が、腰に揃えた両手に弾かれ、再びボンと宙を舞う。
その「トス」の体の動きで、果実のイラストが全面に描かれた水着から、あわや本物の果実がポロンとこぼれそうになる。
ゼロコンマ1秒後、その有様は、クイと2倍に拡大された。
それをスマホで見ている男の、親指と人差し指の動きによって。
「・・・ふむ」
深夜0時。
天田 奨は、自身が勤める音楽家マネジメント・オフィス、「Hoshino Hikari Production」の事務所で、一人その映像を鑑賞していた。
-プシュッ!
自身のデスクに置いていた、コンビニ・ビールの缶を開けると、銀色の蓋に生まれた穴から、白い泡が湧き上がる。
「んぐっ、んぐっ・・・プはぁっ!」
金色の、味。
悦楽の、時。
ついさっき、数時間にわたる画像編集を終えたことも重なり、その味わいは格別だ。
加えて、左手に持ち替えたスマホが発する、嬌声と笑い声とラテン音楽が、宴のような賑わいを、その孤独なる晩酌にもたらす。
「キャー!ウフフッ!」
ところで、そのビーチバレーには、他に数名の女性参加者がいる。
しかし、あくまで注視するのは、さっきの女性一人だけ。
その背丈は、低め。
夏の日差しの影響で、水着に守られた部分以外が、小麦色に焼けている。
髪色は、ダークブラウン。
前髪ぱっつんの、ミディアムヘアだ。
左右に垂れた、さらさらの髪の先は、くるんと内を向いている。
目はきょろりと大きく、黒目の比率が高い。
どこかしら、森に棲んでいる妖精のような雰囲気だ。
人目を忍ぶ妖精が、真夏の誘惑に負けてさらした、大胆なる水着姿。
それは、天田青年にとって、地球に降り注いだ流れ星より、視線を引っ張られるものなのだ。
よって天田青年は、少し映像を巻き戻し、更なるズームによって、今一度それを捉えることにした。
おもむろにベルトを外し、ジーンズのジッパーを下ろしながら。
-カシャカシャッ、ジィーーーッ
その時、だ。
-トントン、ガチャッ
「うおぉわっ!」
深夜0時の、5分前。
天田青年が、誰もいないオフィスの中でソロ活動に及ぶ中、突如、何者かがそこに足を踏み入れた。
途端、ビールを持った右手が止まり、タートル・ネックを纏った首が、ぐるりと横に回る。
「ほっ、星野さん」
視界上に現れたのは、他ならぬ、スマホの画面にいた女性。
気が動転し、思わず声が裏返る。
「あらぁ、天田くん。まだ残ってたの?終電とかダイジョブ?」
星野 ららか(ほしの ららか)。
天田青年の勤める、音楽家マネジメント・オフィス「Hoshino Hikari Production」の発起人。
従業員は天田青年1名のみの、極小プロダクションではあるが、音楽業界という厳しき世界で一人立ちしてサバイブしている、優秀なビジネスウーマンである。
星野は、新卒から6年間、大手レコード会社-通称メジャー・レーベルに、とあるバンドのマネージャーとして勤めていた。
「アイイロネイロ」という名のそのバンドは、3枚目のアルバムを発売後、売り上げの低迷から、レーベルから契約を解除されてしまう。
いわゆる、「メジャー落ち」と呼ばれるものだ。
担当アーティストが放逐されたしまった星野は、数ヵ月後、そのアーティストを追うようにして、自らも大手レコード会社を退職。
背水の陣で、音楽家マネジメント・オフィス「Hoshino Hikari Production」を設立し、メジャー落ちという受難から解散の危機に瀕していたアイイロネイロを、看板アーティストとして起用。
遂に昨年、アイイロネイロを、他のメジャー・レーベルとの契約にまで至らせた。
業界の誰よりもアーティスト思いであり、アーティストからも全面的信頼を置かれる星野。
そんな、ハートあふれる業界人の星野に、天田青年は憧れの感情を抱いていた。
その憧れの感情は、いつしか恋心というエキスと混ざり合い、今も天田青年の心を、紅色や桃色に染め上げている。
それ故に、星野がSNSにアップした、休日のアクティビティをチェックしていたのだ。
「いやっ、自分は終電遅いんで、まだ大丈夫っすけど・・・そっか、今日アイイロのライブでしたよね。どうでした?」
「盛況だったわよ。嬉しいことに」
「スンマセン、自分、物販とか手伝えずに・・・」
「あら、気にしなくていいのよ。私一人でも何とかなるし。天田君は、発掘業務に集中してていいの。それが、プロダクションのためでしょ?」
「・・・はい」
袖の短いタイトなホワイトTシャツに、淡い紫色をした膝にかかるくらいの長さのスカート。
藍色とピンクのインクが重なり合い、その接触点に「ai iro ne iro」という白い文字が浮かぶ、特徴的なデザインのTシャツは、最早見慣れたアイイロネイロの公式グッズだ。
天田青年は、このTシャツを着た星野の姿が好きだった。
袖が短く、星野の上腕が露わになるためだ。
その上腕は太過ぎず、細過ぎず、肌はいかにも柔らかく、潤いに満ちている。
天田青年にとって、それを眺めるのは、星野の膨らんだ胸元を見るのと同じくらい刺激的だった。
「あら、天田くん、フォトショップ使えたの?」
「あっ・・・いや、はい。フォトショは、そうすね。ちょっと、動画で勉強していじれるようになったんすよ」
慌てて、その魅惑の上腕から、ウェリントン型の眼鏡をかけた星野の目に、両の視線を戻す天田青年。
さり気なく、デスクに置いたビール缶を移動し、コンビニ袋の中に戻す。
「へえ、スゴイね。て言うか、それ・・・桜庭くん?」
「・・・はい」
それは、ビールで弛んだ意識が、キュッと縮むような瞬間だった。
スマホで映像鑑賞を始める前、天田青年はエネルギッシュに働いていた。
誰もいなくなり、何も動かなくなったオフィスとは対照的に、高速道路を時速120kmで走る時のような集中力で、前を見据え、マウスを握る手を動かしていた。
マウスの動きに連動するのは、桜の花びらの「レイヤー」たち。
天田青年が、それらの方向と位置関係に気をつけながら制作していたのは、ある音楽家のアーティスト写真。
通称、「アー写」だ。
しかし、このアー写の音楽家とは、まだ契約まで至っていない。
契約未成立の段階で、宣伝材料であるアー写を勝手に作成するなど、勇み足もいいところ。
それは、芸能事務所が、所属もしていないタレントのチラシやコマーシャル映像をつくるのと同じであり、星野がそうしたフライング活動を歓迎しないことなど分かり切っていた。
「あの・・・少しでも彼と、彼の両親に契約について考えてもらうためにつくってたんすよ。僕らはこういうブランディングができますよっていうのを、示すために」
「天田くんが勝手につくっているもので、向こうからの依頼があってつくったわけではないんだね?」
「・・・はい。自分が勝手につくってます」
「素材写真は、どこで手に入れたの?」
「自分が撮りました。彼を公園に誘って」
「契約も決まってないのに、こういう宣材つくるのってさ・・・分かってるよね?」
「・・・はい」
しなびた白菜のように、シュンとする天田青年。
物販の切り盛りや、関係者への挨拶による疲労があるのか。
もしくは、業務時間外という状況が、星野の気を緩めさせたのか。
御咎めは、それ程キツイものではなかった。
しかし、星野に焦がれる天田青年としては、小さな口頭注意ですら、自宅の敷地内に落ちた落雷くらいのインパクトを伴うのだ。
「ふーん」
すると星野は、天田青年のデスクまで歩み寄って前かがみになり、その顔を天田青年に近付けた。
星野は、今年で30歳。
しかし、そのツヤのある肌から、実年齢を察することはできない。
ダーク・ブラウンの髪の毛も、いまだキューティクルを失っていない。
それに、星野が顔を下げた瞬間、露わになったその小さな耳は、少女のそれのように可愛らしく感じられた。
「でも、イんじゃない?スッゴく」
「・・・え?」
「アタシ、天田くんのセンス好きだよ?」
4月29日 10:09
「あの、腐れウジ虫が・・・」
リアルな肉塊を詰め込んだ、プラスチック生春巻きの運搬が終わり、1時間半が経過した。
剃り込み頭は、いまだハルマキ☆サカバにおいて、丸テーブルを囲う椅子に座っている。
その右手に、拳銃を構えながら。
「・・・ぶっ殺してやる」
ぶっ殺してやる。
しかし、その殺意の対象が、ハルマキ☆サカバにいるわけではない。
「・・・あのさ、中身カラでも、店ん中で銃構えんの止めてくれる?」
ホカホカ湯気が立ち昇る、バーキッチンの向こうから、その物騒な態度に懸念を示す、ハルマキ☆サカバ店長のスキンヘッド。
対し、ハルマキ☆サカバのオーナーである剃り込み頭は、その懸念表明を無視しながら、銃口が向いた方を睨み続けた。
-バシュワッッッッ!!
そして剃り込み頭は、メラメラ燃え立つ炎のような自身の頭の内側で、その対象に向け引き金を引いた。
すると、時速3,000キロの銃弾は、対象の脳天を即座にぶち抜き、血液と脳液を纏いながら、奥の壁にぶつかった。
ドサリ。
撃たれ、背中から倒れたのは、剃り込み頭が憎み続ける、とある「中年日本人」。
-ゴトッ
「はい、お待ちっ」
剃り込み頭の脳内で、シミュレーションが展開する中、現実世界に供されたのは、香り立つ牛肉のフォー。
キッチンで、2人分のフォーを調理し終えたスキンヘッドが、それらを椀に盛り付け、丸テーブルに運んだのだ。
しかし、スキンヘッドによる声がけや、スープとパクチーの香りにも関わらず、剃り込み頭はフォーの存在に気付かないまま。
「で・き・た・よ!」
-バシッッ
「ん、おお」
そこで、スキンヘッドが剃り込み頭の右肩をはたくと、ようやく剃り込み頭は、自身に朝食が供されたことに気付いた。
「ワリーな。気付かなかった」
「・・・いいけど。あ、パクチー多めにしといたから」
そう言ってゴトリと椅子に腰かけ、自身がつくったフォーの香りに、両目を瞑りながら感じ入るスキンヘッド。
「ん~。い~~い匂い」
フォーの出来栄えに満悦する、そのスキンヘッドの様子を見ながら、剃り込み頭は、ようやく丸テーブルに銃を置いた。
-ゴトリ
しかし、いざフォーを見ると、生涯にわたり憎んできた男の顔が、スープの表面にゆらめいている気がする。
剃り込み頭は、男の頭を貫くように、そこに2本の箸を沈めた。
-ぶしゅっ
「・・・大分、神経尖ってんね?」
「そうかもな」
剃り込み頭はそう言って、麺の海に浮かぶ黄色い小島のようなレモン・スライスをむんずとつまみ、2本の指に力を込め、ありったけのレモン汁を搾り出した。
-ぶしゅり、ぶしゅっっ、ぶしゅしゅっ
「ま、無理ないよね。やっと見つかったんだもんね?尾山」
「・・・ああ」
剃り込み頭につままれたレモン・スライスから、ポタポタと汁が滴る様を見ながら、低い声でつぶやくスキンヘッド。
そして剃り込み頭が、柔らかい肉に鋭い箸先を向けた瞬間、その鋭利なる食事の時間を、浮遊感漂うシグナル音が和らげた。
-ピュゥヮワァーン
剃り込み頭の前腕に巻かれた、リストバンドのような電子機器。
それを震わせたのは、遠くの場所で、とある男の尾行に及ぶ、私立探偵からのメッセージ。
「探偵からだ・・・やっぱ、さっきの場所で間違いねえとよ」
「尾山の家?」
「ああ」
-バチン!
右手に持っていた箸を、テーブルに叩き置く剃り込み頭。
その衝撃で、フォーのスープに波紋が起きた。
直後、剃り込み頭は、怒りの炎のような髪に手を当て、自身の頭蓋骨の形状を確かめるように、それをゆっくり後ろに滑らせた。
「しっかし・・・よりもよって、神那側行きの直前に見つかるなんてね。何て言うか、持ってるよね」
「あ?」
「いや、尾山がね」
1990年前半、日本が導入した「グローバル技術習得制度」。
主に東南アジアからの若者を、コンビニや、工場や、農場などに雇い、母国で活かせる職業技術を、そこで習得させるという制度。
しかし、その希望あふれる名目とは裏腹に、雇用主からの日常的なパワハラとセクハラ、人権を無視した過酷な労働環境で、「現代に蘇る奴隷制度」とまで一部で呼ばれた、悪名高き政策だ。
結局、そうした悪評の定着と、長期円安の影響で、来日する外国人労働者が激減。
グローバル技術習得制度は衰退の一途を辿り、現在においては、事実上の消滅状態となった。
しかし、そこに至るまでに大量の犠牲者を生み出したことは、紛れもない事実。
例えば、剃り込み頭の両親のような、犠牲者を。
約30年前、後に剃り込み頭の両親となる男女は、そのグローバル技術習得制度により、北関東の食品加工工場で働いていた。
しかし、労働環境は劣悪極まりなく、男は雇用主から日常的に暴力を振るわれ、女は同じ雇用者によるセクハラの餌食となった。
そして、就業開始から約3ヵ月後。
その二人は、雇用主からの「逃亡」を成功させた。
しかし、逃亡した時点で「不法在留者」となった二人は、日本各地を転々としながら窃盗に手を染め、何とか日々を生き延びた。
そしてその渦中、人生の危機を共有する二人の間で恋愛感情が芽生え、産み落とされたのが、この剃り込み頭であった。
「色々思うところもあるだろうけど、とりあえず食べよう?いただきまーす」
「・・・おう」
-ズルルッ
-カミッ
あまりにも子育てに適さない状況で、男児を抱えることになった二人が行き着いたのは、他のベトナム人が東境で経営するバー。
経営者のベトナム人は、不法在留者である二人の立場につけ込み、法外の低賃金で雇い、ボロ雑巾のように酷使した。
日本人からの搾取から逃げた後に待っていたのは、同胞であるベトナム人からの搾取。
その時二人は、身をもって知ることとなった。
弱者に歩み寄るのは、与える者ではなく、奪う者であることを。
その後、犯罪者や不法在留者のたまり場になったそのバーには、警察からの視察が入ることとなる。
結果、犯罪者と不法在留者の両方に該当する二人は、ベトナム人経営者と共に、塀の内に放り込まれてしまった。
当時2歳の、剃り込み頭を残しながら。
「ん・・・なんか、食が進まない様子だけど。だいじょぶ?」
「まあな・・・色々思い出しちまってよ」
「そうだよねえ・・・」
その後、学校に通い始めた剃り込み頭は、他の生徒たちと接触する度、生まれながらの貧富の差を実感し、持つ者と持たざる者の差を、嫌でも意識するようになった。
自分の出自を侮蔑し、差別の対象とする他の生徒。
親の代から引き継がれ、運命づけられた貧困。
持たざる者としての絶望と、持つ者に対しての羨望。
その中で、段々と、剃り込み頭はこう思うようになった。
「持っていないなら、持っている者から奪えばいいじゃないか」
やがて剃り込み頭は、「持たざる者」の憤怒を頭に剃り込み、犯罪行為に手を染めながら、裏社会の住人となっていく。
もぬけの殻になった、あの東境のバーを、犯罪拠点「ハルマキ☆サカバ」に改装しながら。
「どうする?やっぱ、神那側優先した方がいい気がするけど・・・尾山はいつでも殺れるでしょ?住所抑えたんだから」
「・・・決まってんだろうが」
そう。
この人物については、後回しにするわけにはいかない。
全ての不幸の元凶であり、両親の人生をめちゃくちゃにした、「グローバル技術習得制度」の雇用主が、尾山なのだから。
「尾山ぶち殺してから、神那側に行くんだよ」
「・・・ゴメンだけど、尾山殺したら、けっこう面倒かもよ?ホームレスと違って、ふつーの社会人だし、すぐ警察も動くでしょ」
「問題ねえよ。オメエ、将来ドゥバイに住みてえって言ってたよな?」
「・・・うん。言ったけど?」
「今が、その将来かもな」
「ん・・・どゆこと?」
そして剃り込み頭は、頬の内側に残った牛肉を、ギリギリと噛み切った。
「尾山殺った後、この逢条 陽ってガキ拉致って、身代金でドゥバイに高飛びすんだよ。俺とお前の二人でな」
「ほう?」
「何せ、盗聴だけで500万が動くスーパー・スターだ。コイツに身代金払うヤツが、必ずどっかにいるはずだからな?」
4月29日 10:09
-ンッ、チャッ、ンッ、チャッ、ンッ、チャッ、ンッ、チャッ
その「勝利」をテーマにした即興演奏は、いくつもの流れ星が出てきては消えていく、夜空のような音楽シーンにおいて、亜桜 ヒビキが金星のように燦然と輝き続ける理由を、端的に証明するものだった。
手始めに、即興演奏のビート代わりに弾いたのは、レゲエでお馴染みの「ンッ、チャッ、ンッ、チャッ」というフレーズ。
その陽気なバックビートに、「ディレイ」と呼ばれる残響音のエフェクトをかける。
その、南国的かつ、陶酔的なバック・ビート。
それを、足下に置いた「ルーパー」と呼ばれるエフェクターで無限にループ。
繰り返される、陽性の裏打ち。
その上で、80年代にイギリスで隆盛を極め、日本のバンドにも多大な影響を与えた、ポスト・パンクというジャンルで聞かれるような、危うげな音色によるメロディを大胆にぶつける。
更に、今度はディストーションと呼ばれるエフェクターで音を激しく歪ませながら裏打ちを重ね弾き、ンッ、ジョッ、ンッ、ジョッという、重く鋭い音色をバック・ビートに加えたかと思うと、とどめにハード・ロック直系の早弾きを披露する。
それはまさに、重厚な陶酔音の上を、白馬に乗った王子のように駆ける「勝利の響き」であった。
そして、その戦場における勝利宣言のような即興に、歌を乗せようとした瞬間。
亜桜 ヒビキは、その唇と舌の動きを止めることとなった。
このカイカ・ガッコーの音楽室に、オーディエンスが一人。
しかしそれは、これまで会場で見たどのオーディエンスよりも、重要な意味を持つ一人。
もとい、一体。
ルーパーに設けられたつまみをひねり、徐々にバック・ビートの音量を抑えていく。
そこに佇むオーディエンスと、密やかな会話をするために。
「お・は・よ。ソラソラ」
そこには、その場にしゃがみながら、ニコリとした顔で音楽室を見回すソラソラの姿。
それを見た亜桜 ヒビキは、ソラソラの前まで歩みを進め、その場に片膝をついた。
まるで、目線をソラソラに合わせ、その蒼い瞳を覗き込むように。
そして、ピックを床に放り投げ、空になった右手でソラソラの小さき手を取り、その甲をジッと眺める。
そこに、口づけをするために。
-チュッ
亜桜は、思った。
新時代の象徴である、才ある人工知能。
その人工知能に、心というものはあるのだろうか。
もし、あるのだとしたら-それを奪い取るまでだ。
あの女のときのように。
「ようこそ、僕の部屋へ」
-7年9ヵ月前
7月15日 23:59
-ドンッッッ
ありったけの、情熱と愛を。
この利き腕に込め、掌を白壁に叩きつける。
真っ直ぐに。
抑えていた気持ちを、解き放つように。
ほとばしる情で圧し、あふれる愛で迫る。
その白壁に、唖然としながら背中をくっつける女性に。
「きゃっ。あ、天田くん、どうしたの?」
「星野さん・・・今、俺のこと「好き」って言ってくれましたよね?」
「いや、あれは、天田くんのセンスが好きって・・・」
「言ってくれたよね?」
もはや、文脈などは関係ない。
俺は、文脈では動かない。
俺を動かすのは、衝動だけだ。
そして、その衝動は「お前が欲しい」と言っている。
そんなメッセージを両目に込め、星野の瞳をぐいぐいと見つめる。
そして、星野に顔を近付け、ほんのりと紅色に染まった、その唇を奪おうとした瞬間-
視界にある全てが薄れ、煙のように消え去ってしまった。
他ならぬ、自分の一言によって。
「いやー、ははっ、センス褒めてもらえて嬉しいすけど、全然まだまだっすよー」
「いやイイよ、すっごく」
「・・・そんな、いいっすか?」
「うん。ちょっと謎めいた、大型若手新人って感じ。それをよく表現できてる」
暗闇の中に浮かんだ、透明なガラスキューブの内側に舞う、季節外れの桜吹雪。
桜の花弁は、風に舞い上がっているように見えれば、水の中に舞い沈んでいるようにも見える。
その不思議な立方体の中心で、アコギを両手で抱き締めながら、孤独に佇むホワイトシャツの少年。
「このガラスキューブ、どういう意味なの?」
「ガラスキューブは・・・彼の「心」の象徴なんすよ。そこで、彼が真剣にギターを抱えてる」
「へえ?」
「透明な、ガラスのキューブってのがポイントなんすよ。ホワイトキューブじゃない。ホワイトキューブだと、外から中見えないじゃないっすか。彼は、キューブの中に居ながら、自分の姿を外の世界に晒してるんです。つまり彼は、アーティストとして自分の内面世界で生きながら、その有様を世界に公開することを選んだんすよ。その・・・願わくば、僕らと一緒に」
「ふーん、素敵。さすが、美大に通ってただけあるね」
「ほ、ほんとすか?まあ、卒業はできてないんすけど・・・」
星野は、天田青年によるアー写をしげしげと眺めた後、眼鏡の奥の視線を、そのファイル名に移動させた。
-亜桜 ヒビキ_アー写.JPG
「ん、あれ?名前、違うけど?」
「ああ。これ、俺が考えたアーティスト名っす。本名そのまんまのデビューだと、抵抗あるかもしれないじゃないっすか。両親も、プライバシーとか心配するかもしれないし。だから、苗字だけ変えてみたんすよね。・・・どう思います?」
「いいんじゃない?本名よりイイかも」
「うおっ、嬉しいっすマジで。星野さんに気に入ってもらえると。今に、この名を知らない若者をいなくしてみせるっすよ」
「そう。じゃあまずは、契約決めないとネ」
-ポン
その瞬間。
天田青年は、自身の肩周りに、桃色の空のもと、暖かな風に揺れる草原が見えた気がした。
その牧歌的な草むらで、ウサギが幸せそうにぴょんと跳ねた。
星野が、天田青年の肩に、優しく手を置いたのだ。
天田青年のフライング的な動きを褒め、あまつさえ応援するかの如く。
その薬指に、結婚指輪ははめられていない。
丁度、天田青年と同じように。
天田青年は、高まる鼓動の中、デスクに隠れた自身の右手を、左肩に乗った星野の手の方に動かした。
しかし、その瞬間。
桃色草原も、幸せウサギも、蒸発するように消えてしまった。
星野が、手を離したのだ。
「じゃあ・・・カッコいいアー写もつくったことだし、今日はもう上がりなさいね?お疲れさま」
「あ、はい・・・スンマセン、こんな遅くまで残って。・・・あの」
「ん?」
「あ、いえ・・・何でもないっす。お疲れ様っした!」
「うん、お疲れさま。天田くん」
暴れる思いのせいで、うまく言葉をまとめられない天田青年に対し、星野はにっこりとした笑みを差し向けた。
それは、天田青年にとって、ビール以上に脳を緩める、とても素敵な笑みだった。
-ガシャリ
そして扉を閉め、再びコンビニ袋からビール缶を取り出す天田青年。
深夜に、オフィスで二人きり。
何かできればと思ったが、それを実現させるだけの勇気はなかった。
なかなか、うまくいかない。
とは言え、何らかの進展はあった気がする。
あったに違いない。
ビール片手に、早足で歩く、駅までの道のり。
嫌いだった街のネオンのギラつきが、心なしか、今夜は綺麗な光の煌きに見える。
そして、ほろ酔いが恋心と溶け合う中、天田青年は、駅の階段を駆け上がって終電に乗った。
4月29日 10:11
-パムシュッ、パムシュッ、パムシュッ
サイバリアルムで、歩みを進める度に、そんなユニークな音が鳴る。
それは、雪駄がフロアに擦(こす)れることで、この現実世界に鳴った、物理的な足音なのだろうか。
もしくはそれは、サイバー教育施設という、非現実世界に生まれた、架空の足音なのだろうか。
まあ、いい。
どちらにせよ、その足音は、もう鳴らなくなるのだ。
自分は今、カイカ・ガッコーはおろか、サイバリアルムからも退出するところなのだから。
-プウウウシャァーーーーーッ!
プロジェクト・カイカとの決別を、象徴するかのように開いた、サイバリアルムのスライド・ドア。
その先にあるのは、30分ほど前に見た、スッパリと色が分けられた空間。
その白壁に立てかけていた木刀を、再びこの手で握り締める。
-カシャッ
「ゆるっさねえ・・・許さねえぞアア!!」
向こう岸にある木の扉が、自分の全身から放たれる、異常な怒気に怯えている。
真っ白と、木の色で、五部分けされた空間は、「妙な見た目ですみません」と恐縮しながら詫びている。
そう。
これから、才羽 宗一郎の喉元に、この刃を突き立てて、命乞いをさせてやるのだ。
このプロジェクト・カイカのために、自分は全てを犠牲にした。
高校を中退し、旧友と絶交、母と決裂し家出を決め込み、挙句の果てに、ライフル銃まで突きつけられた。
才羽 宗一郎を信じ、命まで賭けた。
「ウゥゥアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
だから、今度は自分が、奴の命を鷲掴みにして、この手中に置いてやる。
そして、土下座で謝らせ、命乞いをさせるのだ。
だからと言って、許すとは限らないが。
-ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ドガス!!!!
スッパリ分かれた色彩の、ど真ん中を駆け抜けて、ブースの扉を蹴り開ける。
蹴った扉の先にあるのは、最初に目にしたサイバー神殿。
しかし、そこには、誰もいない。
才羽 宗一郎はおろか、キサキュウも、マンプクも、阿片も、美究も。
連中は今、扉の内のサイバリアルムで、偉そうな顔をしながら架空の学校を歩いているのだろうか。
ならば、連中を、この現実世界に呼び出すまで。
何せ、自分はもう、その架空の世界に用が無いのだから。
「誰もいねえのかよ!!誰か、出てこいよ!!」
その音はサイバー神殿にうっすらとこだまし、すぐに弱まって消えた。
静寂。
そして、それを更新する者はいない。
もしかしたら連中は、厄介事をやり過ごすため、それぞれの部屋で、我関せずを決め込んでいるのだろうか。
ならば、我関せずと言えないように、名指しで呼んでやるまでだ。
「おい!!出てこいよ!!才羽 宗一郎!!!」
-バシイァァッッッッ!!!
そして。
木刀の剣先(けんせん)を、勢いよく神殿の床に打ち付けた瞬間、その場に妙なことが起こった。
妙なこと。
例えば、古代エジプト象形文字のジグソーパズルを組み立て終わりかけた時、「ひゃっほ~い!!」と書かれたピースを見つけたような。
それは、決してそこに混じってはならない、別世界の存在だ。
しかし、奇妙なことにそのピースは、組み立てかけのジグソーパズルに、寸分たがわずハマってしまう。
こちらは、その様を見つめながら、首をかしげることしかできない。
「何故、こんなピースがここに混ざってるんだ?」と、眉間に皺を寄せながら。
「ヨーちゃん?」
ヨーちゃん。
その、まだ記憶に新しい、特徴的な呼び方が、耳にぴょんと飛び込んだ瞬間。
この視界の隅から、ある若い女性が、ひょっこり姿を現した。
その姿に覚えたのは、既視感。
直後、髪を逆立たせるような仰天と、脳をグラグラと揺らす動転が、自分を襲った。
「・・・え?」
言葉が、出ない。
唇が、回らない。
「また、会えたね?」
「・・・ル・・・い・・・!」
異世界遠征!ルイちゃんねる☆彡。
そう。
そこにいたのは、またたきで時を共にした、あのサイバーキャスター、七海 流行だったのだ。
4月29日 10:15
それは、何だ。
それは、アフリカの空にたなびくオーロラ。
それは、現代の国会の椅子に座るクレオパトラ。
それは、月面で開催されるグルメフェスタ。
見るはずのないもの。
居るはずのない人。
起こり得るはずのない出来事。
しかし、それは今。
否定できない現実として、目の前に現れているではないか。
そう。
この朝出会い、別れを告げたサイバーキャスター。
七海 流行が、こにいる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ルイちゃんさ、プロジェクト・カイカって知ってる?」
「プロジェクト・・・何?」
「プロジェクト・カイカ。人工知能の、才能開発プロジェクト」
「いえ・・・知らないけど?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
知らないけど。
だとしたら、何故ここに?
仰天と動転、ぐるぐるとぐらぐらの中、何とかかんとか思考をまとめ、とある結論に行き着く。
知っているから、ここにいるのだ。
そう言えば、アバターでの顔合わせのとき、そこにハンディ・カメラがあった。
それを見て、ハンディ・カメラを持つ七海を、チラリと思い出した節がある。
鈍すぎた。
あれは、七海そのものだったのだ。
つまりは、七海「センセー」が、そこにいた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「俺さ、これからそのプロジェクトに参加するんだ。参加会場が神那側県空波区にあって、そこに向かってる」
「人工知能の、才能開花プロジェクト?」
「そう。新時代の人工知能の才能を、誰が初めに開花させられるか。才能の開花に、最も貢献できるのは誰か。そういうのを、8人の参加者で競い合うっていうプロジェクト」
「へえ、何だか面白そう」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
騙された。
完膚なきまでに。
怒りが、憤りが、脳細胞を沸き立たせ、精神を槍のように尖らせていく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ありがと」
「あたし、好きかも」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あの、めくるめく出会いも。
あの、暖かき抱擁も。
あの、桃色の反応も。
「全部、嘘だったんだな?」
バツが悪そうに、その華やかな顔をグイとしかめる七海。
一瞬、美しいものを歪ませてしまった罪悪感が頭をよぎる。
しかし、躊躇など要らない。
この、人を騙した嘘つき女に。
「・・・ざけんなよ?俺は・・・信じたのに」
東境駅で、特警と相対する自分に助太刀してくれた七海。
またたきの搭乗部で、ピタリと体をくつけてきた七海。
「陽」という名前を、好きになってくれた七海。
あの「七海 流行」は、何らかの魂胆なり策謀なりのもとで捏造された、架空の人物だった。
恐らくは、プロジェクト・カイカを、少しでも有利に進めるために。
ライバルの情報を事前に集め、一歩二歩リードできるように。
「騙して・・・たんだな?」
「・・・ゴメンなさい。アタシ、ヨーちゃんに迷惑がかかると思って隠してたの。アタシも参加するっていうこと」
声を細めながら、合わせる顔もないといった具合に、シュンと顔を下げる七海。
それに合わせ、ターコイズ・グリーンの海原を思わせる髪が、全ての波を失い沈黙した。
その七海の様子を見て、怒りの槍と、警戒の盾を、暫しコトリと置く。
「迷惑?・・・迷惑って何だよ?」
「だって、プロジェクト・カイカのルールにあったでしょ?」
「ルール?」
「そう。プロジェクト開始前における、他参加者との談合や申し合わせが判明した場合、ご参加は取り消しとさせていただきます」
七海の言っていることは、嘘ではない。
確かに、「プロジェクト・カイカへの参加方法」のメールには、そう書かれていた。
「ヨーちゃんからプロジェクト・カイカって言葉を聞いた瞬間、そのルールがパッと頭に浮かんだの。だから、アタシが参加者だって明かしたら、その時点でルール違反になっちゃうと思って。それに、アタシだけじゃなくて、ヨーちゃんもルール違反になっちゃうでしょ?」
「・・・ヨーちゃん、じゃねえよ」
「え?」
「ヨーちゃんじゃねえよ。白々しいんだよ!!そんな嘘に騙されると思ってんのか!?」
「ちょ、ちょっと、おっきな声出さないでよ」
「俺が参加者って分かったから、東境駅のホームで俺を助けたんだろ?何でそうだと分かった?木刀か?道着か?」
「・・・」
才羽研究所と同じく、だんまりを決め込む七海。
どいつも、こいつも。
本日で2度目の、都合良き沈黙に、怒りが頂点に達してしまった。
沈黙による静寂を、断固拒否するかの如く、剣(つるぎ)を床に打ち付ける。
-パシイイッッッッッ!!
「黙ってねえで、何か言えよ!!」
「・・・後戻りは、できない。するつもりも、ない。これから、カイカ」
「あ?」
「ヨーちゃん、そうつぶやいたでしょ?あたし、あの時アルテラで検索かけてたの。「プロジェクト・カイカ」とか、「カイカ」で。その・・・他の参加者を探すために」
「はっ!やっぱ、俺が参加者だって知ってて絡んできたんじゃねえか!で、自分の素性隠して、俺のこと分析してたんだろ?これを才羽 宗一郎に言ったら失格になるかもな!」
そうだ。
どうせなら、この嘘つき女も、道連れにしてやる。
「どうぞ?」
「・・・え?」
「好きにしなよ」
その、七海の言い方。
そこから感じられたのは、「どうせアンタの思う通りになんか物事は進まないから、言いたかったら言いなさいよ」という居直りではない。
何か、致命傷を負い、もはや生を諦め、ライオンにその身を差し出した草食獣のような。
そんな、諦念のような響きがそこにあった。
考えれば、おかしいことが、もう一つ。
そもそも何故、七海はこの神殿にいるのだ?
カイカ・ガッコーという、居るべき場所があるにも関わらず。
-トンッ、トンッ、トンッ、トンッ、トンッ
瞬間、神殿に響いた軽やかな足音が、その重く歪んだ空気を打ち消した。
「逢条センセーに、七海センセー♪ご調子はいかがですか?」
謎多き修羅場に歩み寄ってきたのは、教頭センセーことキサキュウ。
「・・・やっと、出てきやがったな」
まるで、ぽかぽかとした春の午後、タンポポとアゲハ蝶に彩られた公園を散歩するような、キサキュウの足取り。
そこに重なる、「ご調子はいかがですか?」との呑気な質問が、感情を思い切り逆撫でした。
「いかがですか?じゃねえだろ!!おい、今すぐ才羽 宗一郎に会わせろよ。あんな鳥かごみたいな空間用意しやがって!!面と向かって伝えてやるよ。テメエが騙して捕まえたサカサマ鳥が、鳥かごから抜け出すってな!!」
「ふむ♪実はそれについて、才羽所長からお言葉を預かっております♪」
「・・・言葉?」
「はい♪まあ、えっとお。ちょっと表現がアレかもしれませんが・・・何せ、一字一句そのまま伝えるよう言われてますので」
「じれってえんだよ、さっさと言えよ!!」
「えと・・・まず、才羽所長とのご面会は可能です。ただし、ご面会場所はこちらではなく、カイカ・ガッコーとなります♪」
「・・・何?」
「ここからは才羽所長のお言葉ですが・・・校長室への入室を、「許可してやる」とのことでした♪ほっつき歩いてないで、「さっさと戻れ」と♪」
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