プロジェクト・カイカ前編 第08輪 | 逢条 陽 vs 反面教師

4月29日 9:46


「チッッ!・・・何だよ?」


「あら!何なのでしょう?おっしゃりたいこととは♪」


まるで、火災を引き起こす落雷のような、亜桜による舌打ち。

対して、キサキュウによる、みかんの段々畑を流れる水のような、さらさらやわらか声。


自分がブスリと横槍を入れた直後、対照的な波長たちがぶつかった。


そして、そのピキピキさらさらの狭間に、自分自身の波長をぶつける。

とびっきり、挑戦的なやつを。


「えっとお、助手先の「Aセンセー」が、ソラソラの教育に「ずっコケたら」、Bセンセーはどうすんすかね?リピートするかも分かんない、てかしないだろーソラソラを、「ずっコケAセンセー」のゾーンで待つんすか?どうせ、Aセンセーは勝てないっすよ?助手はその道連れになって、手ぶらで帰宅するっつーのがオチじゃないすか?」


「おい、言ってくれるな・・・」


そこで、突っかかってきた亜桜を、続く言葉で押し返す。


「し・か・も、途中でそういうオチが見えても、助手先、変えられないんすよね?ま、助手を辞めて自分のゾーンに戻ることはできるかもしれない。ただ、そんな出戻りのセンセーのもとを、ソラソラは訪ねてくれんすかね?要するに、「ずっコケAセンセー」を助手先に選んだら、八方塞がりになるわけっすよ。それって、最悪じゃないっすか?」


「ま、言いたいことは分かったわ。要するにそれ、僕に対する挑戦だよね?」


「いやー?まあ、言いたいことは、自分のゾーンではその心配は無用ってことっす。だから皆さん、自分のもとに助手として集まって・・・」


「おおっと、おっとお♪」


そこで、まるで幼児たちの喧嘩を諫める保母さんのように、間に割って入るキサキュウ。


「自信があるのは素晴らしいことですし、高い競争意識も歓迎ですが、皆さん、仲良くしてくださいね♪」


「ふん。舐めるなよ?」


その亜桜の応戦的なつぶやきを、聞き逃すわけはなかった。


だから、自分もつぶやいた。

あえて、亜桜の耳に届くように。


「はっ。おメーが舐めんな」


オラついたつぶやきと、ピりついた余韻。

巻き起こる争いと、湧き上がるアドレナリン。

それらによって荒んだ、カイカ・ガッコーの空気。


それを、穏やかな春日で癒すように話すキサキュウ。


「えーっとお♪皆さん全員にもお伝えしておきますが!プロジェクト・カイカは喧嘩ではありませんよお!あくまでセンセーらしく、大人でナイスな振る舞いをお願いしますね♪」


大人で、ナイスな振る舞い。

亜桜に対してそれができるかは、ちょっと分からない。

もっとも、亜桜も同じことを考えているのだろうが。


「あ♪仲良くと言えば、ランチタイムは全員12時から13時までで統一してます!時間になったらランチをご提供しますので、別室の食卓で召し上がってくださいね♪尚、ランチタイム中、ソラソラは稼働しません。加えて、どなたがトイレに行かれると、プロジェクトがポーズ状態になる設定にしてあります。これは、どなたがトイレという生理現象でご不在の中、プロジェクトが動いてしまうのを防ぐための借地です♪」


一人でも欠けた場合、勝負は動かない。

確かに言うだけあって、平等にできているようだ。

しかしその平等性は、あくまで競争を成立させる土台。


「あの、時間はどうやって確認すれば良いですか?」


そこで、キーボードが質問を挟む。

確かに、誰もがスマホやらスマートウォッチやらを預けた今、もっともな疑問ではある。


「おっ、また良い質問ですね!ゾーンは、皆さんが時を忘れて集中する空間につき、あえて時計を設けておりません♪そのため、皆さんのゾーンには、「ハイルマエ」という空間を併設しております♪ハイルマエには「時計」が立っていますので、時間をご確認いただくことが可能です!言ってみればハイルマエは、扉を挟んだゾーンの「庭」のようなものです!そして庭がゆえ、皆さんが他のセンセーのゾーンに移動される際、まずはこのハイルマエを通過いただく形になります!」


「なるほど」


「あ!それとランチで思い出しました♪食事やトイレで別室にご移動いただくのはオーケーですが、お部屋の外や、AVEの外には決して出られないよう!出られた場合、失格になってしまいますので♪さあて、ここまでで、何かご質問はありますか?」


「あの、すみません。カイカ・ガッコーのマップとかはあるのでしょうか?」


再び、キーボードが尋ねる。


「おっと、絶妙なタイミング!ちょうど、今からお見せするところでした。それでは皆さん、ご注目あれ♪」


4月29日 9:50


「ミチシルベ♪」


マップ。

つまりは、地図。


それは、世界というものの輪郭に対して忠実であるが故、自己主張が極めて少ない。

また、それ自体は地理情報の塊に過ぎず、枠外の発想はそこに無い。


しかし、キサキュウがそこに呼び出した「マップ」は、およそマップらしからぬ、表現豊かなものだった。

キサキュウが「ミチシルベ」と口にした瞬間、キサキュウの前に、バランスボールほどの大きさの、黄金色の光の塊が現れたのだ。

それは、言うならば、ぷにっぷにの、ゴールデンボール。


そして、そこから8枚の花弁がビヨンと一気に伸び拡がり、結果そのゴールデンボールは、黄金色の「花」へと変わった。

どこかしらそれは、突然変異で金ピカになった、ひまわりの花を彷彿とさせた。


「こちらが、カイカ・ガッコーのマップでございます♪」


その名が表す通り、カイカ・ガッコーは、開花した花の形をしていたのだ。

それぞれの花弁には、各センセーの「ゾーン」と思しき景色が、ぼんやりと映し出されている。


「ご覧の通り、カイカ・ガッコーは、「校舎」を中心に咲き拡がる、ゾーンという「花弁」で構成されていまあす♪そして、「校舎」の内側には、二つの施設がございます!一つは、今、私たちがいる体育館。もう一つは、わたくしキサキュウの部屋である「教頭室」!実は、世の中に教頭室という部屋は存在しないのですが、調子に乗ってつくってしまいました♪何かご不明な点がありましたら、遠慮なく教頭室に来てくださいね!何しろ、教頭先生は、「先生の先生」と呼ばれる職業なわけですから♪」


教頭室。

ところで、教頭室があるのであれば、必ず存在する部屋がある。


校長室だ。


しかし、その重要性にも関わらず、校長室の存在について触れられることはなかった。

その部屋は、最も重要であるが故、ちょっとやそっとでは姿を現さないのかもしれない。

さながら、ボイスチェンジャーとオウムによって、その実態を秘密にしている「校長先生」のように。


「このマップは、いつでもご覧いただくことが可能です♪見たいときには、「ミチシルベ!」と言ってください。目の前にこのマップがビヨォーーンと拡がりますので!行きたい場所があれば、その場所を指先で突っつけばいいのです。そうすると、お目当ての場所がサイバリアルムに現れますよ♪さあて、わたくしに与えられた時間も残り少ないところですが、皆さん、何かご質問はありますか?」


-バサバサ、バササッ。バサササササッ!!


瞬間、キサキュウによって順序立てられ、完結しようとしていた説明を、乱脈的な羽音がかき乱した。

それは、ユニ・ユニバースに鳴り響いた、本物の鳥の羽音。


「では、ご質問がないようですので、バトンタッチしちゃいます♪」


そう。

どこかからバサバサと舞い降り、キサキュウの隣に着地したのは、あのオウムだった。


獣的なまでに、自由。

本能的なまでに、奔放。


その到来が意味するのは、「校長先生」のご登場。


「さて、プロジェクト・カイカの全容を聞いての心境はいかがだろうか?」


その才羽 宗一郎の声は、キサキュウがもたらした軽快さや安らぎを払いのけ、自分の肉体が抗うことのできない重力で地面に縛り付けられている事実を思い出させた。


「クルックー、イカガダロウカー」


「実は、あなた方に伝えたい補足事項があり、このタイミングで登場させてもらった」


実は?

補足事項?


「あなた方の中には、1羽の「サカサマ鳥」が存在する」


4月29日 9:52


サカサマ鳥。


その言葉を聞いた瞬間、ピシリとした刺激が心臓に走る。


-トリ、だよ。


さっきの顔合わせにおいて、確かに亜桜はそう言った。

自分のアバターが、鳥であると。


その瞬間から、何故「鳥」なのかと思っていた。


「サカサマ鳥。それは、教師として参加するあなた方に混じった「反面教師」のことを指す」


反面教師?


ドク、ドク、ドク。

衝撃で揺さぶられる心臓と、急速に乱れていく鼓動。

いきなり脳を駆け巡る、真っ赤っかの危険信号。


「人工知能とは、人間のごとく物事を学習する機械だ。その学習の教師役として、あなた方が選抜されたのはご承知の通り。しかしここで、触れておくべき事実がある。教師は、2種類存在するということだ。それは、普通の教師と、反面教師」


「クルックー、ハアンメエン、キョウシー」


乱れ回る血流で、全身の静脈がぐにゃぐにゃと歪む。

そのぐにゃぐにゃが目にまで至り、この視界が、揺れている。


「あなた方にも、「こうはなるまい」という悪い手本が存在するだろう。人間は、良い手本からも学習すれば、そうした悪い手本からも学習するのだ。それ故、その悪い手本は反面教師と呼ばれ、あるべき姿の「サカサマ」を学ばせてくれる教師として捉えられている」


気分が、悪い。

耐え難いほどに。


震度10度の、不安と動揺。

震源は、夢にまで見た「新たな世界」を、丸ごと変質させる何か。


「ここで打ち明けよう。我々は、ソラソラに真の学習環境を与えるため、一人の反面教師をプロジェクト・カイカに招き入れた。サカサマ鳥という別称で、「花」の文脈から切り分けながら。その人物には、自身が反面教師であるという真実を伝えていない。真実を伝えた場合、出場を辞退するだろうと懸念したからだ。まずは、こうした経緯になったことを、この場を借りてその人物にお詫びしたい」


「・・・ふう♪私からも、お詫びいたします。当初、反面教師についての事情は、ご本人には勿論のこと、どなたにも公開しない予定でおりました。あえて公開せずとも、反面教師を交えた進行は成立するからです。しかしながら、それは一人の参加者を欺くこととなり、不健全であるという観点から、少なくとも反面教師が存在する事情だけは打ち明けることにしたのです」


さっきまでの軽やかさが失われたキサキュウの口調は、葬儀のようにしめやかな何かを彷彿とさせた。


センセー。

センセー。

センセー。


自分に与えられた別称が、脳内で裏返り、「反面」のそれに変わっていく。


「率直に言って、反面教師が勝利する可能性は、ゼロに近い。しかし、それがゼロとまで言い切れない理由は、ソラソラのように複雑に構成された人工知能は、開発者ですら想定しない行動を起こし得るためだ。但し、その例外に期待してはならない。例えば、オリンピックに参加する運動嫌いを想像して欲しい。その人物が、金メダルを獲得する可能性はどの程度だと思う?」


そんなもの-


「ゼロだと思うだろう。しかし厳密な話、それはゼロではない。ゼロに限りなく近い可能性であり、それが私が言う「反面教師が勝利する可能性」だ。加えて、反面教師は、助手賞の対象にもなり得ない。それは、あくまで本物の教師たちに対して開かれた副次的な機会だからだ。よって反面教師は、勝利する可能性が極めて低く、助手賞の対象からも外れるということになる」


ダメだ-

乱れ回る血液が、徐々に、どどめ色に濁っていくのを感じる。

その濁り血が肉に染み込み、周辺の組織がジワジワと壊死する。


「しかし、誤解はしないで欲しい。決して反面教師という存在が重要でないわけではない。その存在は、重要だからこそ招き入れられたのだ。よって反面教師には、プロジェクト終了後に「才羽奨励金」という名の、ささやかな賞金を贈与する予定でいる。反面教師が誰かは、才羽奨励金を受け取った本人のみが分かる仕組みだ」


プロジェクト終了=人生終了。


そこで、気付いた。

さっき受けた、「葬儀」という印象。

その葬儀は、自分のためのものであることに。


「一旦、私からの補足は以上となる」


「・・・皆さん、何かご質問はありますか?」


「済みません、質問よろしいですか?」


「あ、はい♪どうぞ」


質問者は、亜桜 ヒビキ。

サカサマ鳥=逢条 陽であることに、気付いているだろう男。


「サカサマ鳥-反面教師への才羽奨励金は、いくらなんでしょうか?」


「助手賞の同額の、3万ユーキミだ。才羽奨励金は、サカサマ鳥が、将来的に才能の羽で羽ばたくように激励する意図がある。同時にそれは、もたらされるであろう精神的ショックに対する補償金でもあり、重要な役割を担ったことへの謝礼金でもあるのだ。従って、この金額は妥当であると考える」


「3万ユーキミ。約300万円。ふうーん、なるほど・・・」


「まだ質問をお持ちでしたら、何でも言ってくださいね♪」


「質問はないですけど、一つ僕から「提案」があります」


やっぱり、人生甘くない。

人をおだて上げた挙句、「死ね」といきなり言うのだから。


「ほほう?ご提案♪」


そして、脳内で葬儀がしめやかに進む傍ら、亜桜の「提案」とやらを聞いた。


4月29日 9:56


「反面教師を特定した場合、反面教師自身ではなく、「反面教師を特定した者」が才羽奨励金をゲットできるというのはいかがですか?」


「え?そういったことは全く考えて・・・♪」


「その発想に至った理由は?」


「反面教師。ソラソラに「こうなるまい」と学習させる、サカサマの教師。つまりそいつは、「才能の開花に反するメンタル」を持ってるってことだ。例えば、怠け者であったり、臆病ですぐに勝負を諦めたり。この僕の理解は合っていますか?」


「相違ない」


「ならば逆に、そいつを特定できたセンセーは、「才能を開花させるメンタル」を心得てることになりますよね?つまり、そのセンセーは、誰かが敷いたレールに乗って、他人に才能を開花「させてもらった」んじゃない。自分の手で才能の芽を掘り起こし、それを開花させるメンタルを探し当て、何年も維持することで才能を開花させた、「本物」っていうことになりませんか?」


「ふーむ・・・まま、それは確かに♪」


「誰かが敷いたレールに乗って、他人に才能を開花させてもらった坊ちゃん嬢ちゃんは、才能を開花させるメンタルを知らない。そんなものを意識せずとも、他人がゴールに導いてくれたんですから。だから、そのメンタルに反する特徴を見抜くこともできない。それができるのは、そのメンタルを自ら身につけ、見事に才能を開花させた、「本物」だけだと思いませんか?」


「ふむう♪だから、その本物は反面教師に代わり、才羽奨励金を受け取るべきとのお考えでよろしいでしょうか?」


「はい。反面教師なんかではなく、その「本物のセンセー」こそが「才羽奨励金」に相応しいと思います。それに、この新ルールによって「本物のセンセー」が浮き彫りになるのは、そちらにとっても悪くない話では?だって、ソラソラの教育材料がご必要なんでしょ?」


「ふむむ・・・なるほど♪才羽所長、いかが思われます?」


「いいだろう、面白いではないか。但し、条件が二つある」


「聞きましょう」


「条件その1-サカサマ鳥が誰かを我々に告げる機会は、各自1回のみとする」


「なるほど」


「条件その2-サカサマ鳥の特定に失敗した場合、ペナルティを課す。具体的には、特定に失敗した者が勝利した場合、もしくは助手賞の対象となった場合、それらの報酬に対してネガティブな要素を加える。言うまでもないが、誰もがサカサマ鳥探しに躍起になるような展開は、我々の望むところではない。このペナルティは、そうした展開を防止するためのものだ」


「ま・・・問題ないですよ。ちなみに、サカサマ鳥が誰かを告げる場合はどうすれば?」


「そうだな。「サカサマ鳥、見つけた」。そう発言した後、該当者の名前を言うだけでいい。時間も、場所も、声量も問わない。「サカサマ鳥、見つけた」というキーワードを拾えるよう、我々がプログラムしておく」


「クルックー、サカサマドリ、ミツケター」


「ありがとうございます。より一層やる気になりました」


反面教師。

勝利の見込みもなく、助手賞も与えられない、惨めで悲しいサカサマ鳥。

そのサカサマ鳥から、なけなしの才羽奨励金をも強奪する、真っ黒黒な腹積もり。


間違いない。

亜桜 ヒビキ。


こいつは、サカサマ鳥=逢条 陽だと確信して、こんな提案をしやがった。

今しがた牙を剥き、吠えたことへの制裁として、自分から、全てを奪おうとしているのだ-


「それでは、この瞬間より、プロジェクト・カイカを開始する」

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