序章 第07話 | 逢条 陽 vs 逢条 百音

??月??日 ??:??


ありありと


あれよあれよと拡がる宇宙を


グッと握って捕まえて


この掌に閉じ込める


宇宙を纏った 掌が


愛でるように 触れるのは


キラキラとした 聖なる棒


その上端と 下端を


リズムに乗って 往復している


いち に さん し ご ろく しち


ろく しち はち きゅう じゅう じゅういち


それは無限の振り子のようで


果てにいたると超爆発


閉じた掌 開け拡がって


ちぢんだ宇宙が また膨らんで


再び起こる ビッグバン


新たなはじまり ここにある


いのちの芽吹きが そこにある


さあ だから


息をたくさん吸い込んで 声を上げよう


赤子みたいに



「スウゥアアアアアーー!!!!」


4月29日 4:53


「スゥア!!!!」


春歌秀荘、玄関前。

そこで雄叫びを上げながら、ぶん、ぶん、ぶんと、リズムを刻む。


頭上と、眼前。

その2点の間の道のりを、定めのように意識しながら、樫の剣(かしのつるぎ)の切っ先を、ひたすら往復させている。


-ブン、ブン、ブン


プロジェクト・カイカ、当日の朝。


渾身の力で、振り抜く木刀。

新たな光が射し込む朝に、熱く響く、そのビート。

一方で、それを打ち破ってくれたのは、視界の隅から現れた、黒い車の走行音。


-ブロロロロォォォォォ


春歌秀荘、玄関前。

そこで、その音は、定めのように弱まって消えた。


それに巻き込まれるように、止まってしまった、剣(つるぎ)のビート。

揮発し、空気中に消えた、運命の朝に響く音。

数秒後、再び世界を震わせたのは、スラムのアスファルトに降りた、赤いハイヒールのかかと。


-コッ、コッ


「ありがと」


丹念に整えられた、艶やかな黒髪。

くるりと上を向いた長いまつげに、晴れた朝には似合わないアイシャドウの紫。


「今日は珍しく、早起きね」


黒いドレスが主張する、白い身体の曲線美。

ふくらはぎに走るのは、男を誘う、大胆な切れ込み。


「おう・・・当日だからな」


「そうだったわね」


ふと鼻先をかすめる、煙草とコロンが混じった匂い。

それは、一筋縄ではいかない香り。


「じゃ、朝食つくってあげよっか」


そう、それは。


逢条 百音(あいじょう もね)。

他ならぬ、自分の母親だ。


4月29日 5:15


キッチン・テーブルの上に佇む、平たい白皿に盛られた、フレンチ・トースト。

卵とミルク、焼き色とメイプルシロップが織り成す、暖かなまだら模様が、やさしく食欲を刺激する。


その真ん中に、ちょこんと添えられているのは、とても小さなミントの葉っぱ。

賑わいの中に、落ち着いた異彩をもたらすその存在感は、歓楽街に植えられた街路樹のようだ。


白皿の横には、ガラスのコップに注がれた、活気あふれるオレンジ・ジュース。

そのガラス越しの橙色と、フレンチ・トーストの中間色が、春の明るいファッション・コーディネートのように調和している。


「どうぞ、お召し上がれ」


その食卓に、母がひらりと右手を乗せる。


長い爪に描かれた、どこか黒タイツを思わせる、漆黒の射線が交錯した柄。

その爪先で官能的に光るのは、まるで口紅のような赤。


さっきまでの明るい春に、小さな夜が舞い降りた。


「・・・仕事帰りかよ」


「仕方ないでしょ。こんな時間なんだから」


そう。

現在、朝の5時。


丁度、「Crimson Rose」の扉が閉まり、「モネさん」が家路へとつく時間。


少しの沈黙の後、フレンチ・トーストを小さく切り分け、その一切れを口の中に放り込む。


もぐもぐと咀嚼を進める度に、甘みとまろみが舌に拡がり、それが脳を優しくほぐしていく。

次に、左右の頬に残るフレンチ・トーストの間から、オレンジ・ジュースを流し込むと、弾けるような蜜柑(みかん)の酸味が、舌をピリリと刺激した。


甘みからの、刺激。

それを受け、強い眼差しを浮かべる自分の有様を、ジッと観察している母。


「・・・あなた、変わったよね」


そうだ。

プロジェクト・カイカに選ばれてから、今日この日に至るまでの、およそ二十日間。


実際、自分はガラリと変わった。


机の上に置いていた酒の空き缶はひねってゴミ箱に放り、空けっぱなしの菓子袋は一つ残らず処理。

床に散らばっていたあらゆる服を綺麗に畳み、くたびれた昔の紙やチラシはびりびりに破って破棄。


いずれも、取るに足らない簡単なことだ。

しかし人間は、気力がなければ、紙を千切ることすらもできない。

数ヵ月間それらは、第三世界におけるゴミ処理よりも解決困難な問題として、目の前に積み上がり、そして放置されていた。


「ああ、変わったよ。生き返ったみてえにな」


「・・・そう」


「イイことだろ?素振りばっかしてるぜ」


朝、昼、晩。


春歌秀荘の軒先で、人目も気にせず素振りに励む。

その合間に行うのは、己を更に追い込む、筋トレとランニング。


伸縮する筋肉、ほとばしる汗水、乱れる呼吸。

それにも関わらず、途切れることない集中力。


翌日、手足に力が入らない。

しかし、体の鈍化とは対照的に、感覚は研ぎ澄まされ、意識はどこまでも冴えわたっていく。


さながら、過酷な鍛錬を経て、開眼していく修行僧のように。


孤独と、内省。

その先にある、意識の覚醒。

新たな世界に捧げる、全身全霊。


一方で。


「・・・大丈夫かしら」


そう言い放つ母の、くるくるとしたまつ毛の奥には、不穏な空模様を見つめるような眼差しがある。

窓の外には、突き抜ける青空があるにも関わらず。


「何もないといいけど。今日」


瞬間、母が見つめる不穏な空から、ぽつりと雨粒が滴り落ちた気がした。

落下先は、闘志で燃える自分の心。


その火を、消そうとしているのか?

進んでいたフレンチ・トーストの咀嚼を止め、母の目を睨みつける。


「らみもないといいへろ、んじゃめえまろ」


「・・・は?」


「んぐっっ、はあ。何もないといいけど、じゃねえだろ?人生変えにいくんだよ、今日」


「はあ・・・」


すると、長いまつ毛をたたえる瞼(まぶた)が、ねむの木の小葉のように、パサリと閉じた。


「眠いのかよ」


「・・・何か、ドッと疲れが噴き出てきちゃった」


逢条 百音(あいじょう もね)。


昼はフラワー・ショップで働き、夜は深紅の薔薇になる。

そんな母のシングル・マザー生活は、今年で8年目になるところ。


「ちょっと、タバコ取ってくる」


そう言って、闇夜に消えるようにキッチンを後にする母。

その後ろ姿の中央で、ドレスを閉じるジッパーが、ぎらりと妖しく輝いた。


別に、母親がどう色気づこうが、何も感じないし、知ったことではない。

しかし、その色気は、ある種の男たちを虜にするらしい。

彼らが、嫁の目を忍びながら落とすお金で、逢条家の経済が回っていたりするからだ。


-ムシャムシャ、ゴクゴクッ


Crimson Rose-深紅の薔薇。

それは、ひがし区某所にひっそり佇む、こじんまりとしたレディ・バー。


まあ、要するに、スナックだ。


そこで、夜なべ。

しばしば、朝に至るまで。

客の男たちと話し、酒をなみなみと注ぎ、時には歌まで披露する。


そんな母の働きに、今日まで生かされてきたのだ。

もっとも、それも今日勝者になって終わらせてやるつも・・・


「終わった?」


「・・・え?」


「食べ終わった?」


「食べ終わったけど」


-ポンッ


そして、朝食をたいらげた瞬間。

キッチンに戻った母が、食卓に放り置いた煙草のハコが、卓上における主役の座をフレンチトーストから奪い取った。


「なら、シャワー浴びて、着替えてきたら?」


「・・・おお」


すると、再び母は自分の前の椅子に腰かけ、喉頭がんの患者の喉がこれ見よがしに映ったハコから、煙草を1本取り出した。


-カチッッ


「ふぅぅーーーッッ」 


そして、深く、長いため息をつくように、煙草の煙を吐き出す母。


何やら、肺の奥底で、人知れず醸成されていたような。

そんな、濃厚なため息だ。


「プロジェクト・カイカ。あなたに、言っときたいことがある。シャワー浴びた後、ここに来なさい」


4月29日 5:35


-ブシャアアーーーッッ、キュッ


細い体に、いくばくかの立体性をもたらす、やや盛り上がった大胸筋と、うっすらと割れた腹筋。

新たな世界への旅立ちに向けた、短期集中型トレーニングの成果が、風呂場の濡れた鏡に映し出されている。


少し前、たるみかけていたこの体が、二十日間で、そこそこの見栄えになったものだ。


しかし、その一方。


まるで彫刻品の価値を損ねる変色や傷のような箇所が二つ。

それらが、ささやかな自己鑑賞すら妨げる。


一つ目。背中に受けた、「敗北記念日」の刻印。

二つ目。左手の甲と掌に拡がる、古い火傷の黒ずみ。


いずれも、猛毒親父がもたらした、いびつな世界の痕跡だ。

それらは、今も尚、消えることはない。


石鹸まみれのスポンジに、癒しのような力を込めて体を優しく撫でた後、シャワー・レバーを再び上げる。


-ブシャアアーーーッッ


すると、無数の黒穴から放たれた湯水が、赤い髪と白い体に注ぎ込まれた。

その湯水は胸を伝い、腹の凹凸を越え、茶色の陰毛を湿らせながら、足先へと達していく。

古傷を癒すように、苦痛を洗い流すように。


しかし、やはりそれらは、変わらずそこにあるままだ。


「はあ・・・」


髪の毛とシャンプーを、両手でグシャグシャかき混ぜながら、新たな世界への船出の前に、忌まわしき記憶を振り払おうとする。

すると、その試みとは裏腹に、鏡に映った半透明の風呂場の扉に、奇怪な形の影が浮かび上がった。


「(また、テメエか・・・)」


そう、いつもこうやって。

大事なときに、現れる。


ヤクザまがいのドラッグ・ディーラー。

自身もドラッグ中毒者。

幼き自分をいたぶった、あの憎らしき奇獣の影が。


・・・・・・・


7年前の「敗北記念日」から、1ヵ月。


大気から、最後の熱が抜け切って、やや肌寒くなった頃。

スラム、据田の数か所で、もうもうと煙が立ち昇り始めた。


それは、毎年冬に見られる、据田の風物詩のようなもの。


勿論、ここの「持たざる」住民たちが、復活ののろしを上げてるわけではない。

屋根と壁を失った、ホームレスの人々が、路上のゴミをかき集め、それを燃やして暖を取っているのだ。


季節の、移り変わり。

それを人に告げるのは、何も、気温や、夜の長さや、木の葉の色に限らない。

ゴミが焼ける匂い、煙で濁った風、それが運ぶ汚染物質が、冬の訪れをこの据田中に知らせてくれる。


そう言えど、今この瞬間に限っては、冬を実感するのは難しい。

恐らく5分を越えたであろう、全速力の疾走で、体が火照っているからだ。


-ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ


木刀。

朝、部屋の隅に佇んでいたそれが、小学校から家に戻ると、忽然と姿を消してしまっていたのだ。

まるで、人知れず、この世を去ってしまったかのように。


母に聞いても、知らないと言うだけ。


だとすれば、答えは一つ。

猛毒親父が、それを、どこかに捨てに行ったのだ。


それは、人の目を盗んだ秘匿的な動きだった。

しかし、どこに捨てに行ったかは、ありありと分かる。


木刀にくくり付けていた、「御守り」によって。


それは、単なる御守りではない。

一部の親が、誘拐対策用に子供に持たせる、御守り風のGPSデバイス。


あの敗北記念日の直後。

もしかしたら、こんな日が来るのではないかという予感に駆られ、柏木から拝借したものを、木刀にくくり付けたのだ。


スマホの連携アプリによると、木刀がうち捨てられたのは、鬼門川(きもんがわ)のすぐ近く。


すなわち、今辿り着いた、この場所だ。


「・・・ハあっ、ハアッ、はあっ、ハアッ」


全力疾走の、終わり。

その瞬間に感じたのは、冬の到来。

それは、火照った体をひんやり撫でる、木枯らしによるものではない。


鬼門川の川べりで、ジリジリと焼かれているゴミが放つ、強烈な匂いのせいだ。


同時に、気付いた。

それが、「闘いの時」の到来でもあることに。


いかつい民族模様が描かれた、黒いセットアップ。

横はすっかり刈り上げられ、残りはまっ金金に染め上げられた、威圧的なドレッド・ヘアスタイル。

邪悪な眼差しをレンズの向こうに覗かせる、赤茶色のサングラス。


炎の向こうに立っているのは、ホームレスではなく、猛毒親父だったからだ。


その、3ヵ月前-

8月14日 14:31


ジリジリ、ジリジリ、クソ暑い。


牙を剥いた8月の日差しが、露わになった皮膚に噛み付く。

降り注ぐ光と、立ち昇る熱に挟まれ、あわや視界が上下にぐらつく。

湿ったヒート・ウェイブが、軟体動物かのように、体中にまとわりつく。


そんな中、地べたに胡坐(あぐら)で座り込み、通販業者のロゴが描かれた配送用の段ボールから、切って離した一面を掲げる。


大使館が立ち並ぶ、瀟洒な外国人エリア、「みやびね」。

その中心に構える、大きな公園の入口で。


「My family is in a financial crisis. NEED MONEY.(家庭が財政危機にあります。お金が必要です)」


極太マジック・ペンによる、必死の叫びをその身に背負う、段ボール性プラカード。

そのいびつな両端を、汗ばむ両手でガシリと握り、天に救いを乞うように、腕を高々伸ばしてる。


「(頼む、お願いだ・・・)」


願いは、たった一つだけ。


据田の隣町にある、武道用具専門店、昭和創業「凛空堂」。

その入口の側に構える、和風のショー・ウインドウ。

そこに堂々横向きで、飾られている赤樫の木刀。


そう、それは。

猛毒親父に対抗する、未来の剣(つるぎ)だ。


-グエーッ、グエッ、グエッ、グエッ、グエッ、グエッ、グエッ、グエッ


この公園に座り続けて、4時間ほどが経過した。

しかし、手前の地べたに設置した、小さな赤い紙コップには、500円も貯まっていない。


-グワワッ、グワッ、グワッ、グワッ、グエッ、グエッ、グエーッ


さっきから、背中の後ろに拡がる池で、アヒルの家族が泳いでやがる。


さも、気持ちよさそうに。

人の気も、知らずに。


「・・・どっか行きやがれ、このアヒルども-」


「Dad!Dad!(パパ、パパ!)」


ふと、その瞬間、少し離れた場所から、外国人の子供の声が聞こえた。

声の方向を見ると、そこで茶髪の少年が、両目を大きく開けながら、こちらの方を指差している。


まるで、珍しい虫でも見つけたかのように。


「Dad!Look at him!(パパ、彼見てよ!)」


この「みやびね」というエリアにおいて、路上で無心する者などに、そうそう出くわすことはない。


だから、目新しかったのだろう。

その少年は早足で、こちらに歩み寄ってきた。


白髪がポツポツと交じった、自身の父親の手を、グイグイと引きながら。


「Oh my god!」


淡いピンクの半袖シャツに、ベージュのサロペット・パンツ。

襟は第一ボタンで留め、そこに、チェック柄の蝶ネクタイを締める。

そんな小綺麗な恰好の少年は、自分と同年代のように見える。


同年代にも関わらず、異質な環境を生きる自分に、いたく驚いているようだ。


「陽・・・陽だよね!覚えてる?俺、ジョージ」


「・・・あ」


「ちょい待って-Hey dad, He's actually my friend. We met at the Catholic kindergarten.(パパ。この子、僕の友達だ。カトリックの幼稚園の同級生)」


藤原・ヘンダーソン・譲司。

通称、カタカナで、ジョージ。

それは、自分が通っていた、カトリック系幼稚園の同級生。


「近いから」というだけで、そこを選んだ我が家とは真逆と言って良いだろう、敬虔なクリスチャン家庭の息子。


「・・・コンニチハ」


その伺うような「こんにちは」は、ジョージの父親によるもの。


あまり、日本語は得意でないのかもしれない。

それは「コニチハ」という、拙い抑揚を帯びていた。


そんなジョージの父が着る、清らかな白シャツの上で、真夏の光を反射するのは、小さな十字架のネックレス。

もしかしたら、これからジョージを連れ、教会にでも行くのだろうか。


「アー、ア、アナタ・・・譲司のトモダチ・・・?」


「おお!?つーか、サンじゃん!!」


ジョージの父親が、彫りの深い顔面を、やや歪めつつ出した声。

その上に、溌剌と乗っかった声は、こちらのTシャツを指差す、彼の息子によるものだった。


「陽、サン好きなの?」


「・・・ああ、好きだよ。ジョージも好きなの?」


「超好き!!」


するとジョージは、剣を振るうサンの姿が、でかでかと描かれたスマホのケースを、勲章のようにこちらにかざした。


「イケてるね」


「だろ?」


「サンはさ、俺の先生なんだよ」


「へえ・・・先生?」


「うん。俺の、剣の先生。サン見ながら、剣道勉強しててさ。あ・・・えと、マイ・ソード・ティーチャー」


純度100%の日本語会話に、弾き出されたジョージの父に、Tシャツのサンを指し示しつつ、そんな助け舟を出してみる。

するとジョージの父親は、その顔をほころばせながら、不格好な英訳を受け取った。


「Oh, he's your sword teacher, huh?(おお、彼は君の剣の先生なんだね)」


「てか、陽・・・何か、大変みたいだね。確か、据田だよね?住んでるの」


「ああ・・・ちょっと、色々あってさ」


「いくら要るの?」


「あ、えーと。1万円・・・くらい」


「1万円でいいの?」


「うん。とりあえず・・・それでやってくつもりだよ」


そう。

それだけあれば、剣が買える-


-クシャリ


その瞬間、大柄なジョージの父親が、自分の前で小さくかがみ、コップに札をねじ込んだ。

ジョージの父の手を離れ、フワリと開いていく札が、やがてこちらに見せたのは、1万円札でお馴染みの人物。


「あ・・・」


「ガンバッテね。アキラメナイで」


自身の両目を大きく開き、その励ましをこちらに向ける、ジョージの父親。

瞬間、目と鼻の先で、異国の青い光が輝いた。


「あの・・・ありがとうございます。いいんですか?」


「アナタ、譲司と同じカトリックの幼稚園に行った。トキドキ、我々はアナタみたいなブラザーを助けなければならないよ」


立ち上がったジョージの父は、ニコリと笑顔を浮かべた後で、ゆっくりとこちらに背を向けつつ、その大きな手を息子の背中に当てた。


「Son, we have to go. We will be late for the prayers.(もう行くよ?祈祷集会に遅れる)」


「ええ~?でも僕、陽ともっと話したい!」


「Next time, okay?We gotta go now.(またの機会にね。行くよ?)」


「さっき、まだ時間あるって言ってたのに・・・陽、またね!」


そしてジョージの父親は、息子を連れて何歩か進むと、何かを思い出したかのように、くるりとこちらを振り向いた。


心なしか、少し神妙な面持ちで。


「God bless you.(あなたに、神のご加護がありますように)」


再び、7年前-

11月10日 17:53


「おい!!!」


川の流れに抗うほどの、咆哮にも似た大声で、10メートルほど先にいる、猛毒親父を呼び止める。

すると奇獣が、ゆっくりとその視線をこちらの顔に向けた。


「よう、クソガキ。そろそろ来ると思ってたんだわ」


まるで、捕食者のような表情を浮かべる猛毒親父の右手に、ガシリと握られている木刀。

その切っ先は、逆さ吊りにされたかの如く、地面の方に向けられている。


「テメエ、この御守りで、ここを探し当てたんだろ?それを知ってて、待ってたんだよ。ご自慢の武器を、テメエの目の前で燃やしてやるためにな」


逆さの剣(つるぎ)の、延長線上。

そこには、地獄の業火みたいな炎。


それが、メラメラと、燃え盛っちまっている。


「や・・・やめろああああっっっ!!」


内臓が、口から飛び出るほどの咆哮。

既にバテた肉体を、再び衝き動かす激昂。


気付いたら、全速力で駆け抜けていた。

この、鬼門川の川べりを。


「10月10日がオメエの敗北記念日なら、今日は何の日だと思う?」


コンクリートを蹴る度に、どんどん拡大されていく、あの奇獣の憎らしき顔。

それが、自分の顔とほぼ同じ大きさになった時、邪悪な笑みを浮かべる口から、歪んだ祝福の言葉が発された。


「武器の放棄。今日はオメエの降伏記念日だ」


降伏記念日。


それを、聞いてしまった瞬間。

木刀が、ポトリと業火に落とされた。


-プシュッッ


「クソがあああああ!!!」


辿り着いた炎の前で、べたりと地面に両手をつける。


さながらそれは、「降伏」する姿に見えたのだろう。

抗う獲物を押さえつけた捕食者は、炎の向こうで、ご満悦の声を上げた。


「はっっは!!よおーく、見ろよ?テメエの武器が、ゴミと一緒に燃やされてくザマをなあ」


-? ? ? ? ? ? ? ?


その瞬間。


遠い場所から流れ着いた何かが、自分の脳天をコツンと刺激し、眠っていた脳の領域が、ムクムクと動き出した気がした。

途端、得体の知れない衝動が、腹の底から湧き上がり、骨と筋肉を侵食していく。


まるで自分が、自分以外の何かに、乗っ取られたかのように。


「アガアあああああっっっッッ!!」


同時に。奇獣が浸っていた勝利の余韻も、異なる何かに飲み込まれてしまったようだ。


「あ?オ・・・メエ、何、やってる?」


左手を、炎の中に突っ込んだ。

それが、奇獣の問いへの回答だ。


-カラッ、コロン、コロン


ギラつく地獄の業火から、救い出した木の剣(つるぎ)。

それは、この左手と同様に、少しの火傷を負いながら、足下へと転がった。


「アあ・・グ・・・あァ・・・ぐふっっふうっふっ、ぐうっふっふっふっ!!」


「この・・・クソガキ、気でも触れたのか?」


この状況にも関わらず、笑いを堪えきれない自分を、奇獣が立ち止まって凝視する。

まるで、宇宙から飛来した珍獣でも見つめるかのように。


「くふくふふふっ・・・くっふっふっ、あアっ・・いぐっ・・・ふうっ、ふっ、ふっふっふっ・・・おまえ・・・てやんの」


「・・・何?」


奇獣、対、珍獣。

そんな未曾有の対決を、繰り広げようぜと言わんばかりに、猛毒親父の目を睨む。


その奇獣の両目に映っているのは、降伏した敗者の姿ではない。

理解不能であり、それが故に、危険な獣。


「くっハはっ・・・ぐ・・・アっ、はっはっはっはっ、がふっ・・お前、はっはっ・・ビビッてやんのォッ、はっハっ」


「・・・あ?」


珍獣による未知なる言語に、更に顔をしかめる奇獣。


だから、分かるように、ゆっくりと。

一言一言放ってやった。


「お前、俺にビビってやんの」


気のせいか、地獄の業火の中で、何かが弾けた音が聞こえた。

その瞬間、奇獣がポケットから取り出したのは、「敗北記念日」を自分に彫った、あの禍々しいナイフ。


「・・・テメエ、取り返しのつかねえこと言っちまったなあ?八つ裂きにして、火の中に放り込んでやるよ」


地獄の業火の光を受けて、ギラギラ輝くその刃。

もしかしたら、数分後、バラバラになっているかもしれない自分の体。


そこでハッと、我に返った。


今、自分は、何を言ったんだ?


「ちょっと!君たち、何やってる?」


冬のスラムの川べりで、炎を境に口火を切った、歪んだ獣たちの決闘。

そこに割り込んだのは、自転車で付近をパトロール中の警官だった。


-カラッ、コロン、コロン


瞬間、まるで事切れたかのように、奇獣の牙が地に落ちた。


「いや、別に、俺は何も・・・」


「そこで止まって!二人とも!・・・えー、ひがし区据田4丁目19-1、鬼門川の付近。男性1名、40歳くらい、ナイフを所持。男性1名、10歳くらいを恐喝している模様。これから事情聴取に入ります。応援1名お願いします。どうぞー」


・・・・・・・


「フウぅーっ」


泡だった髪をすすぎ、風呂場の扉に映り込む黒い影を再び眺め、息を深く吸って吐く。


その影に、いまだ怯えているのか?


いや 違う。

今日からは。


「怯えてんのは、テメエの方だ」


-バタム!!


そして。

剥き出しの陰茎を世界に向けて突き出すように、風呂場の敷居を跨いでやった。


4月29日 5:55


「あなた、その恰好で行くつもりなの?」


濡れた体をバスタオルで拭き、自慢の「一張羅」を纏い、キッチンへと向かった矢先。

椅子に腰かけた母が、煙草の煙を吐き出した後、そう言って顔をしかめた。

そこに漂う煙草の煙は、より濃密になった、不穏な雨雲を思わせる。


「何だよ。「才能を最も発揮しやすい格好」っていう指定があったんだよ。そうに違いねえだろ?」


その格好。

それは、藍染の剣道着のこと。


どうせ押し入れには、貧しさや惨めさが生地に染みついたような、安物のボロ服しか入っていない。

これが、新たな世界に旅立つ格好として、最もシックリきたのだ。


「・・・まあ、いいわ。座りなさいよ」


そして、キッチンの椅子に再び座り、灰色にぼやけた母の姿を睨む。

すると、もやけた視界の中で、母の左手薬指にいまだ残った、結婚指輪がきらめいた。


その昔、母が奇獣と誓った愛が、べっとりと浸み込んだような光。

この光を見ると、それだけで視力が衰え、目の周りの肌が荒れるような気分になる。


「で、何だよ?話って。あんま、時間ねえんだけどな」


「あのさ、確認だけど。高校無期停になった矢先、選ばれたのよね?プロジェクト・カイカに。8人の内に」


「そうだよ。だから?」


「・・・どうも、しっくりこないわね」


一筋の煙草の煙が、再び深紅の唇から吹き出され、キッチンの雨雲を更新していく。


おかしい。

高校を辞めたいと伝えた時ですら、母は否定的な態度を示さなかった。


しかし、どういう訳か、プロジェクト・カイカは進むべき方向として認められないようだ。


「しっくりこないって・・・何で、そう思うんだよ?」


「うまくいき過ぎじゃないかしら?」


「うまくいき過ぎ?テメエの息子がチャンス掴んだって時に、何でそんな風にケチつけんだよ?」


「まあ、女の勘よ」


そう言って、灰皿に煙草を押し付け、餌をついばむ鶴のように、ハコから2本目をつまみ出す。


「親の勘って言った方がいいか」


そして、キッチンの重たい空気を、オイルライターの着火音が鋭く貫いた。


-カチッッッ


母は、猛毒親父と付き合うまで、歌手を目指すホステスだったという。

訳知り顔の男が遊ぶ、ピアノが置かれた銀紗のクラブ。

そこの、歌えるホステス。


経営者や、ときに政治家をも相手にしていた母が、自身の伴侶として選んだのは、当時そこで「送り」のバイトをしていた、ラッパー崩れの猛毒親父。

察するに、二人を結び付けたのは、倦怠と、音楽の話と、ドラッグの味。


その出会いから3年後、自分がこの世に産み落とされた。


逢条 陽の誕生だ。


「何が親の勘だよ・・・クソっ、つーか煙草止めろよ!匂いがついちまうだろうが!」


「あなただって吸うじゃない?今さら、煙が何よ」


「だから、それを止めたんだよ!今日のために」


「・・・フウゥーッ」


目の前まで伸びてきた煙草の煙を払いのけると、怪訝な表情でこちらを見つめる母の顔がそこに現れた。


「才羽研究所。ちょっと調べたけど、何にも出てこなかった」


「知ってるよ。それで?」


「ホントに、大丈夫かしら?」


「大丈夫って?逆に、何が心配なんだ?このプロジェクトの裏にはな、メタモルフォーシスがいるんだよ。何かそういう、企業の事情とかがあって、あえて情報伏せてるだけだろ」


すると、それには同意し兼ねるとばかりに顔を伏せ、2本目の煙草を口から離し、早くもその先端を灰皿にぐしゃりと押し付ける母。


-ジュシシッ、ジュッシッ、ジュシッ、ジュシシッ


潰れた煙草の先から立ち昇る雨雲が、キッチンの小窓から射し込む光を、モクモクと遮っていく。


「あなた、妙な集団に騙されてるんじゃないの?」


「・・・何?」


瞬間、カッと、頭に立ち昇る血流。

続く言葉を失って、抽象的な形に曲がる唇。


「これも親の勘だけど。ろくなことにならないわよ?多分」


刹那、両手の骨に、電流のような刺激と衝撃が伝わった。

気が付けば、二つの掌を食卓に叩きつけていたのだ。


-バシンッッッッ!!


「ふざけんな!!!」


驚きで体をすくめ、危機を察知した猫みたいに両目を見開く母。

テーブルにもたらした振動で、オレンジ・ジュースのグラスが倒れ、底に残るオレンジ色が、だらりと卓上に拡がっていく。


「もう一回、言ってみろよ」


「・・・ゴメン」


固まった母が、その3文字を、何とか喉から絞り出す。


テーブルの端から、ポツリ、ポツリと零れ落ちるオレンジの滴。

それが、汚れた空から降り落ち始めた、危険な雨を思わせる。


「妙な集団だと?どんな気持ちでそんなこと言ってんだ?つーか、今日に始まったことじゃねえ。アンタが俺の剣道を応援したことなんて、今まで一度もなかったよな」


何も返さない母をしり目に、無言でグラスを立て直し、側に置いてあった布巾にオレンジ・ジュースを染み込ませる。


「クソ親父が、俺に剣道を辞めさせたがってたからか?アンタ、結局あいつに盾突いてくれなかったもんな?ただの一回も」


そして、橙色の雨の滴を吸い上げた布巾を、勢いよくシンクに放り投げる。

そこに満ちた雨雲を、一刀両断にするために。


-シュフッッッ


「俺と虐待親父、どっちの味方なんだよ?」


「それは・・・」


「はっ、俺の前では答えらんねえよな?今も、大好きなアイツの味方なんだから」


雨雲は切り裂かれ、その大半がどこかへと消えた。

曇り後(のち)のキッチンに、スポットライトみたいに射し込む朝日が、小さくなった深紅の薔薇を照らしている。


「才羽 宗一郎は、俺の味方なんだよ」


「・・・あなた、随分入れ込んでるみたいね?会ったこともない、何にも知らない男に。それが不安なのよ」


「そうか?俺は不安じゃないね」


「・・・でも-」


「才羽 宗一郎は、会ったこともない俺に入れ込んでくれてんだよ」


そう強く言い捨て、いつか祭り用に買った市松模様の雪駄に足を通し、濡れ髪のまま玄関のドアに手をかける。

もう一方の手で、そこに佇む、火傷を負った木刀を握り締めながら。


「俺は、勝者になってここに帰ってくるつもりだった。でも、アンタがそういう態度なら、予定変更だ」


振り返ると、すっかり雨雲が消え去り、春の光が拡がるキッチンで、母が影のように佇んでいる。


その影を、振り払わなければならない。

新たな世界に射し込む影を、殺さなければならない。


「もう、ここには二度と帰ってこない」


そして、思い切り。

二度と開けないかもしれない、春歌秀荘の扉を閉めた。


-バシッッッッッッ!!!!


4月29日 6:21


東境都ひがし区据田、春歌秀荘。

「歌」を冠する名前とは、これ以上なく対照的に、その一角を深い静寂が包み込む。


101号室。

そのキッチンの椅子に腰かけながら、逢条 百音は、沈黙していた。


唐突なる、息子の家出宣言。

それは、彼女にとある「迷い」をもたらした。


「息子を追いかけて、家出を止めるべきか?」という迷いではない。

「息子を追いかけて、ある事実を伝えるべきか?」というものだ。


しかし、熟考している暇はない。

半ば衝動的に立ち上がり、扉の閉まった玄関へと駆け出す。


「(やっぱり言わなきゃ・・・!)」


-ドッ、ドッ、ドッッ、ドッッ


息子も、もう18歳。

家を出て、一人立ちすること自体は、構わない。


そう、逢条 百音は考えた。


しかし、一人立ちするのであれば、伝えておかなければならない。

以前から、「息子が大人になったら伝える」と、心に決めていたからだ。


何故、彼は、父にいたぶられたのか。

何故、それは、ある日突然始まったのか。


そして。

何故、母である彼女は、その暴虐を止められなかったのか。


それらに対する、回答を。


-ガチャッッ


さながら、閉じていた心の領域を開け放とうとするように、101号室の扉を開く。

すると、部屋に外気が入り込んだ瞬間、息子が押したと思われるチャイムが、「開けてくれ」と言わんばかりにそこに響いた。


まるで、彼女の気持ちと息子の気持ちが、扉越しにシンクロしたかのように。


-ピーンポーーーーン


「ラアッッキぃぃぃ!ちょーうど開いた!アっハぁ、やぁっぱり美人ですね、モ・ネ・さん♬」


妙なる親子のシンクロを、祝福するように響いたチャイム。

しかし、直後に響いた男の声は、息子のそれとは全く違う。


「(・・・誰?この男)」


洒脱なとんがり帽子から、こぼれ出ている黒い長髪。

高名な書道家の、繊細にして流麗なる一筆のような細眉。


その眉の下でやんわりと佇む、どこかしら中性的な目。

すらりとした鼻と、微笑む口元の間には、うっすらと生え揃った髭。


その髭が、フェミニンな印象の顔立ちに、さり気ない男らしさを添えている。


ところで、より印象的なのは、柔和さとは裏腹に、奥に強い「何か」を感じさせる目つき。

しかし、その「何か」は、一瞬にしてどこかへと消えてしまった。


「・・・ゴメンなさい、どなたかしら?」


「うふっ♬ Crimson Roseのモネさん、ですよね?」


「・・・そうですけど」


「ですよね!いやあ、ずーっとお会いしたかったんですよ~♬ 」


何だ。

蓋を開ければ、客だった。


もっとも、まだ店では見たことがないので、客の予備軍と言った方が良いのかもしれない。

恐らく、ここの住所を知る客から、自分についての話を聞いて、強い興味を持ったのだろう。


そう、逢条 百音は自らの見解をまとめた。


しかし、「いきなり自宅を訪れる」という男の行為が、丸まりかけた彼女の心を、再び少々尖らせる。


「でも・・・こうやって家に来られちゃうと、困るのよ。それに、急いで家を出るとこだったんです。もう、よろしいかしら?」


一応言葉を選びつつ、毅然とそれを言い放った瞬間、男はガックリ顔を下げ、肩を小さく震わせた。


「・・・スミマセンでした」


どうやら、繊細な男のようだ。


ふと、背中に回った男の右手に、小さな花束が握られていることに気付く。

よく見るに、ふるふる震えるその花々は、「深紅の薔薇」のようだった。


「ああ、いえ・・・分かってもらえれば大丈夫」


「ほんと、ゴメンなさい・・・これで最後にします」


とは言え、美男子ではある。

その雰囲気は、二枚目の役者か、どこかで脚光を浴びる音楽家のようでもあり、それがまた興味をそそる。


それに、何より、自分のファンであるらしい。

ならば、そんなに悪く扱うこともないではないか。


逢条 百音はそう思い、声のトーンを和らげながら、次の言葉を美男子に向けた。


「あの・・・ゴメンね?今度、お店に来てくれれば、ゆっくりお話できるか・・・」


「・・・先日、あなたが息子さんにつくったオムライスに、「あんなもの」ぶち込んじゃって、スミマセン」


「・・・え?ゴメンなさい、何て?」


-バタム


それは、開いていたドアが、その美男子の手によって、しっかりと閉められた音。


「いえ、何でも?あ、お気付きかもしれませんが、あなたに「花束」を持ってきたんです♬ ご覧いただけますか?」


捧げられた花束は、女性の心を和らげる。

その社会通念とは裏腹に、逢条 百音の顔面は、およそ客には見せられないほど引きつった。


男が自分に差し出した、深紅の薔薇の花の束。

その底に、自分を一直線に向く、黒い銃口が埋もれているのだ。


美しき紅色に混じる、重く、鋭すぎる黒。

「花」を差し出す腕を覆った、白いシャツの袖からは、皮膚をびっしり埋め尽くす、奇々怪々な彫り物が見える。


「あ、ご安心ください!あれの効果は大体、半日くらいですから。食べた時間によっては、翌日も影響下に置かれてたかもしれませんが♬ 」


-あなた、誰?


それを言おうにも、一瞬のうちに男の左手に口を塞がれ、声を出すことができない。

その抑圧的な沈黙の中、男が飄々と口を開いた。


「僕が誰か?って目されてますね。一応お伝えしておきますと、物盗りとか、ストーカーではございません♬ 」


ふと気が付けば、あの「何か」が男の目に蘇っている。


逢条 百音は、それが何であるかを、この瞬間に理解した。

それは、これから物事を「終わらせる」者が持つ、固定された意思のようなもの。


「さて、本題に入りましょう。私の「指導者」から、メッセージを預かっております♬ あなたの息子さんについて、です」


息子?

息子が何だというのだ?


それに、指導者?

誰に導かれているというのだ?


「(まさか・・・!)」


恐怖と動転で、グワグワ揺れる頭の中で、その疑問が推論へと変わった瞬間。

真っ直ぐに、銃の撃鉄が起こされた。


-チャキッッ


「おなたには、「神聖過ぎる」とのことでした♬ 」


-パシュッッッ!!


東境都ひがし区据田、春歌秀荘。

その101号室に、深紅の薔薇の花弁が散った。

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