序章 第05話 | 逢条 陽 vs 間晋経政高校

4月10日 09:11


雪氷(せっぴょう)浮かぶ氷河から、陽が燦燦と降り注ぐ、南の島のフルーツ畑。

その数千キロの道のりを、プルプル震える親指が、とてもゆっくり移動していく。


「応募ボタン」までの、道のりの話だ。


その距離、たかだか数センチ。

しかし、それは遥かなる旅。

まるで、頭の中に生まれた地球を、孤独に縦断しているみたいに。


親指は、今、日本海を通過した。

南の島まで、もう少し。


後、もう少し。


-ティラリロリラリーン


すると、出し抜けに、画面の表示が切り替わった。


「逢条 陽様。プロジェクト・カイカへのご応募ありがとうございました!」


ドリアンと、パインナップル。

グァバと、スターフルーツ。


知らぬ間に、親指が到達していたのだ。

それらが実を成し、花を咲かせる、魅惑のフルーツ畑まで。


いつの間にかの、応募完了。

とは言え、現時点では、まだ何も起こっていないのと同じだ。


プロジェクト・カイカ募集要項。

そこには、「8名を選抜」とあった。


メタモルフォーシスの姿がチラつく、巨大プロジェクトに押し寄せる、あらゆる領域の才能。

その中で、あえて自分が選ばれる確率は、恐らくゼロに近いのだろう。


そうだ。

妙な熱に浮かされて、期待し過ぎてはいけない。


どうせ、その期待は裏切られてしまうのだから。


■苗字:逢条

■名前:陽

■年齢:18歳

■性別:男性

■身長:168cm

■体重:57kg

■職業:高校生

■住所:東境都ひがし区据田3丁目5-7 春歌秀荘 101号室

■電話番号:010-2691-2691

■メールアドレス:yo!aijo@cmail.com

■才能:剣道

■趣味:ヒップホップ鑑賞


【ご自身の才能を証明する動画を、こちらにアップロードしてください】

※アップロード完了


【ご自身の才能について、より詳しくご記入ください】

10歳の時から昨年に至るまで、約8年間剣道をやっていました。

現在収監中の父親の、家庭内暴力と闘うために、剣道を始めました。


ここに書けるような結果は、まだ出せていません。

ですが、闘う気持ちでは、誰にも負けません。


よろしくお願いします。


4月10日 17:59


「じゃあ逢条、また明日な!」


間晋経政高校、正門。

柏木が乗り込んだ純白の高級車は、優雅なエンジン音を立て、そこから白馬の如く走り去っていった。


アクセルを踏み込む前に、こちらを向き、ニッコリ笑った柏木の父。


真っ当な仕事があり、どうやら稼ぎもいいらしい。

おまけに、優しい。 


自分にも、こんな父親がいれば良かった。

そんなことを、ふと思う。


午後6時。

正門にボツボツと設置された、何の創意工夫も感じられないフォルムの電灯が、まるで面白みのない蛍光灯を灯し、くだらない世界を照らし始めている。


正門の側に拡がるグラウンドには、一切の迷いや疑念なく、モノトーンの球をひたすらに追い回す、サッカー部員たちの姿。


昔から、球技にはまるで興味が湧かない。

だから、球技がその大半を占める体育の授業は、おおよそ苦痛でしかなかった。


何故だろう。


気付いた頃には我々は、やる気があるかも定かではない教師たちが、それらしく主導する学校という汎用的施設に、画一的な恰好で駆り出される。

そして、平方根や電流と磁界、公家社会やら万葉集などを淡々黙々と学ばされ、たまにグラウンドに出されては、好きでもないサッカーをさせられたりする。


何故、こんな理不尽に放り込まれなければならないのだろう。


そう言えば、昔テレビか何かで、学校は理不尽への忍耐を学ぶ場所である、と誰かが言っていた気がする。

しかし、誰がそれを言っていたかは忘れてしまった。


「まあ、どうでもいいさ」


沈みかけた太陽と、蛍光灯の光を同時に浴び、どちらともつかない曖昧な光沢を浮かべる、ママチャリのサドル。

そこに、すとんと腰を落とす。


プロジェクト・カイカの舞台は、サイバー教育施設。

募集要項には、そうあった。


それは、ソラソラの学校という意味なのだろうか。

それとも、むしろ、学ぶのは参加者たちの方なのだろうか。


だとしたら、それは、現実世界に存在し得ない、めくるめく学習環境なのだろうか。

それとも、まさかそこでも参加者は、理不尽への忍耐を学ばされる羽目になるのだろうか。


「・・・まさかな」


一人、ぼやき、火をつける。

安物の、巻き煙草の先端に。


そして、宿命的な理不尽への苦痛を吐き出すように、煙草の煙を吐いた瞬間。

無機質で、不躾な、機械音声に呼び止められた。


「おい、ソコの生徒。止まりなサイ」


振り向けば、邪悪なサイバー帝国をうろつくサイボーグ犬を思わせる、薄気味悪い機械がそこに。


「喫煙は、校則に抵触してイマス」


「・・・KEISEI-ONEか」


悪いのに、出くわした。


ごく最近、間晋経政に導入された、犬型生活指導ロボ。

その名も、KEISEI-ONE。


「ピー、生徒認識。アイジョウ ヨウ」


見るのは初めてではないが、こうして対峙し、自分の名前を呼ばれると、なかなかゾッとするものがある。

ゾッとするというのは、悪趣味な見た目は勿論、その存在の意味についてもだ。


「オマエの赤い髪の毛は、校則に抵触してイマス」


正確なルールの把握と、その厳粛な施行。

それは、機械が最も得意とする仕事。


だから、必然ではあったのだろう。

全ての校則を記憶し、校内を闊歩しながら違反者たちを取り締まる、「生活指導ロボ」の登場は。


「赤毛は、生まれつきだよ。偉そうにすんな、この犬が」


そんな悪態をつきながら、ママチャリのハンドルを捻る。

するとKEISEI-ONEは、こちらに意識を向けろと言わんばかりに、自分の顔にスポット・ライトを照射した。


-ピカッ


「ぐあっ、てめっ、眩しいだろうが!」


「アイジョウ ヨウ。明日までに、今伝えた点を改善しナサイ」


指名手配犯さながらに、スポットライトを手で遮り、ペダルをこぎ出そうとするも、次のKEISEI-ONEの一言が、体の動きをピタリと止めた。


「イッソ、その馬鹿みたいな派手頭、丸めチャッタらいいんじゃないデスカ?」


「・・・あ?」


目を覆っていた腕を下ろすと、逆光の奥のKEISEI-ONEの犬顔に、ニヤリとした笑みのようなものが浮かんだ気がした。


「その方ガ、お得意の剣道も捗るかと思いマス」


「・・・剣道部はもう辞めてるんだけどな?」


「シツレイしました。アイジョウ ヨウは、剣道部を退部にナッタ、オ・チ・コ・ボ・レ、デシタ」


「何だと?」


瞬間、ゴボリと沸き立った血液が、ギラついた衝動を体中に運ぶ。

サドルから腰を上げ、二本の足で地面に立つと、ママチャリがすっ転び、そのベルが衝撃でうち震えた。


まるで、対決のゴングを鳴らすかのように。


-ジャッキィィィーーンッッ!!!


「てめえ。今の、もう一度言ってみろ」


4月10日 18:05


「オ・チ・コ・ボ・レ、と言いました」


「落ちこぼれか・・・上等だよ」


今しがた、地に転がったママチャリの、車輪の間に伸びるフレーム。

そこには、ビニール傘がはめ込まれている。


そのビニール傘を両手で抜き出し、憎らしき犬顔に、その先端を差し向ける。


「お前も役立たずのガラクタにしてやろうか?」


「ピー。オチコボレの、武器ニンシキ」


-ピカッ

-ピカッ

-ピカッ


あまつさえ、「かかって来いよ」と言わんばかりに、その光線を点滅させるKEISEI-ONE。


気付けば、思い切り地を蹴り、渾身の「突き」を見舞っていた。

その威圧的で、挑発的な光を切り裂くように。


「セエェェァァアアアーーッッ!!!」


「アギッッッ!!」


口元に見舞われた直線的衝撃で、3メートルはぶっ飛ばされた、KEISEI-ONEの犬頭。

無残にも頭を失い、その場に残された胴体は、バランスを失い、力なく地面に倒れていく。


その有様が、勝者が誰かを明確にした。


「思い知ったか。この、ガラクタが」


「ピー。コード・レッド。重大な校則違反デス」


そう言って、やかましいサイレンと、真っ赤なハザード・ランプを空に向けて発する、地に転がったKEISEI-ONEの犬頭。

直後、その断末魔のようなサイレンと、傷口から噴き出す血のような光が消えた瞬間、あまりにも聞き慣れた声が、その異常事態に割って入った。


「その辺にしておこうか。逢条」


そこに颯爽と現れたのは、3年C組担任の伊原と、剣道部顧問の木成。


「高校敷地内での喫煙に、生活指導の無視、挙句の果てに器物破損とはなあ。逢条、自分のやったことが分かってるか?」


「ち・・・違う!こいつが、俺を挑発したんだ!オチコボレとか言いやがって!」


「ほーう?そうだったのかあ。それは先生、聞こえなかったがなあ」


「ところで、KEISEI-ONEがコード・レッドを発した場合、その情報が全教員に届くのは知ってるか?」


「すぐに、処分が下るっちゅうことだ。ま、例えば、退学処分とかな?」


「前もって言っとくが、そうなった場合、我々の力では助けられないから、そのつもりでな」


両者の肩越しに見えるグラウンドでは、サッカー部員たちがフェンスを掴み、突如正門に生まれた非日常的一幕を、固まりながら見つめている。


実際、固まったのは自分も同じだ。

この、図ったようなタイミングで現れた二人の教員が、「本当の勝者」を明確にした気がしたからだ。


「逢条。お前はこれから、あらゆる人から見放されていくことになるんだ」


4月10日 18:21


間晋経政高校、通信機械室。

数台のサーバーや、ネットワーク機器の稼働音に混じり響くのは、この機械空間に初めて足を踏み入れる、歴史教師 木成教員の高笑い。


「いんやああ、最高でしたなあ、あの逢条の顔!やられたって顔してましたよ!見ましたか、伊原先生!」


「・・・ええ」


IT教師である伊原教員は、間晋経政高校の「IT担当者」でもある。

部活の顧問を免れる代わりに、間晋経政高校のサーバーやネットワーク、教育デバイスや生活指導ロボットの管理を担当しているのだ。


すなわち、この10畳ほどの空間は、伊原教員が治める、小さな城のようなもの。

しかし、その城の中にも関わらず、城主の顔には、落ち着きの無さや居心地の悪さが表れていた。


「伊原先生、ここって誰にも見られてませんよね?不謹慎ですが、一杯、缶ビールなんか開けちゃいませんか?」


「いや・・・開けませんよ」


「あ、ダメですか。やはり」


木成教員からの、祝杯の誘い。


それを断ったのは、サーバー・コンピューターにビール液がかかる事態を懸念したから、ではない。

この冷厳な機械空間と、アルコールがもたらす弛緩が調和しないから、でもない。


さっきから心を支配している強烈な違和感が、祝う気持ちを妨げているからだ。


「しっかし、まさか昨日の今日で、しかも、こんな最高の形で実現するとは思いませんでしたわ!KEISEI-ONEの、けしかけ計画。いつ、細工を施されたんですか?」


「・・・細工、施してないんですよ」


「あれ?伊原先生から、「KEISEI-ONEと逢条が諍いになってる」ってメッセージいただいた時点で、「ああ、これは伊原先生が細工されたからだ」と思ったんですがね?」


「いや、私はIT担当者なんで、KEISEI-ONEの動きをスマホから把握できるようになってるんですよ。それで木成先生にメッセージを送ったってだけの話です」


「ああ」


「細工できなかったんです。今朝、逢条が私の授業中、ずーっとベランダに出てましね。私も頭来たんで、すぐにこの計画を実行してやろうと思ったんですよ。で、昼にマニュアル片手に設定いじろうとしたんですけど、結局いじれなかった」


「・・・ほう?」


「これね、我々はKEISEI-ONEなんて呼んでますけど、別に間晋経政がこしらえたワケでもない。普通に市場に出てるロボット商品なんですよ。ウチがやったのは、塗装だけです」


「ああ、そうなんですか?」


「ええ。ルールの取り締まりって、取り締まる側もエネルギー使うじゃないですか。揉め事にも発展しやすいですし」


「そうですな」


「だから、そういうのをロボットにやらせましょうっていう商品なんです。相手がロボットだったら、ルール違反した人間も、文句のつけようがないでしょう。何せ、粛々と仕事してるだけのロボットですから」


「・・・なるほど」


「要は、揉め事を減らすっていうのが売りなので、基本、攻撃的な言葉は言わないような造りになってるんですよ」


「ふむ・・・当たり障りのない発言しかできない造りになってると?」


「ええ。まあ、裏技みたいなのを使えばいじれるのかもしれませんけど、相応の知識とスキルが必要です。少なくとも、私には無理だった」


「ん?じゃあ、妙ですな。逢条、「こいつに挑発された」とか、「オチコボレと言われた」とか言ってませんでした?逢条が自分を正当化するために、嘘ついたってことですか?」


-ち・・・違う!こいつが、俺を挑発したんだ!オチコボレとか言いやがって!


「いや・・・どうも、私には嘘とは思えなかったんですよね。だから、気になってまして」


「ふむ。嘘じゃなかったら、何かそういう、バグとかの類ですか」


「バグ、とも思えないんです。別に、最近バージョンアップデートもしてませんしね。木成先生、ちょっとそれもらっていいですか」


そこで、椅子に座った伊原教員は、やや体を前のめりにしながら、木成教員の足元に置かれたKEISEI-ONEの胴体を指差した。


「KEISEI-ONEはね、要は動くコンピューターなんですよ。頭にシステムボードが搭載されてて、胴体にはディスクが搭載されてる。頭は逢条に壊されてしまいましたが、胴体が無事なら、ディスクも、そこに入っているOSも無傷ってことになる」


「あの・・・すいません、日本語でお願いできますか」


「要は、胴体が無事なら、逢条が見たKEISEI-ONEの状態を再現できるってことですよ。そこのKEISEI-TWOを使ってね」


「ほう?」


木成教員が、通信機械室の隅に置かれたKEISEI-TWOに視線を移す中、伊原教員は、KEISEI-ONEの胴体のネジにドライバーを当て、それをギュルギュルと回し始めた。


「KEISEI-TWOは、KEISEI-ONEの予備機でしてね。名前が違うだけで、スペックはKEISEI-ONEと全くおんなじ」


-パコッ


伊原教員によって露わになった、KEISEI-ONEの胴体の内側には、マッチ箱ほどの大きさの記憶媒体が幾つか挿入されている。

伊原教員は、その一つを慎重に抜き取り、木成教員の目の前にかざしながら、次の言葉を口にした。


「こいつを、KEISEI-TWOに挿し込むんです。今、KEISEI-TWOには記憶媒体が挿さっていない。意味、分かりますよね?」


「あ、いえ。まったく」


「・・・壊れたビデオデッキからビデオだけ抜いて、他の正常なビデオデッキに入れ直すってことです」


「ああ、なるほど。それなら分かりますわ。しかし、ビデオデッキとはまた懐かしいですな。私も小さい頃に・・・」


-ドゥゥーワァァーーーン


KEISEI-TWOの胴体のプレートを外すや否や、木成教員が言葉を終えるのを待たずして、ディスクを挿入。

早々に、そのスペアの犬型ロボットを起動する伊原教員。


するとそれは、起動するや否や、「飼い主」に対して異常な態度を示し始めた。


さながら、狂犬病を患った犬のように。


「ピー。教員1名、認識。キナリ ユウジ。死にたくなるホド詰まらナイ、歴史の授業ガ特技」


「・・・何?」


「歴史上の偉人らも、コレホド無能な教師によって、自らの名や人生ヲ、世に伝えられるコトになろうとは、思ってナかったことデショウ。自分の名前や功績ガ、後世の若者たちの、苦痛と倦怠感の種になる。卑弥呼や、聖徳太子ですらモ、そんな未来を予知するコトはできまセン」


「何だと貴様・・・!ふざけ」


「ちょ、ちょっと木成先生、落ち着いて!」


「ピー。教員1名、認識。イハラ マサツグ。IT教師とは名ばかりで、実際は取り立ててスキルもナイ、言わばIT業界ノ三軍。IT企業で求められる、高度な専門性ノ獲得を回避し続ケタ結果、間晋経政高校の教員業ニ不時着。とは言え勿論、教育にとりわけ関心がある訳デモNAKU・・・」


-ドゥシュン!


「くそ、不愉快な!」


「ど、どうなっとるんすか!」


「どうなってるかは・・・明らかでしょう。KEISEI-ONEの設定が、何者かによって改ざんされてます」


4月10日 18:27


「設定が、何者かによって改ざんされてる?何者かっちゅうと・・・学校の中の誰かですか?」


「いや、それはない。KEISEI-ONEにアクセスできるのは、学校に私しかいません」


「となると・・・外部からのハッキングってことですか?」


「・・・でもね、仮にハッカーが間晋経政のネットワークに侵入できたとしても、KEISEI-ONEにアクセスする時に、私の間晋経政アカウントが必要になるんですよ」


「んじゃあ、ハッカーが伊原先生のアカウント情報を知ってなければ、アクセスは無理ってことですか」


「ええ・・・待てよ。私のアカウント情報・・・」


瞬間、胸元で組んでいた両手を、その場に置かれた自身のラップトップに移し、キーボード上で、両の指先を慌ただしく動かす伊原教員。


-カシカシカシカシッ、クリッ、クリッ


しかし、程なくして、その指の動きはすっかり停止してしまった。

まるで、いつの間にか譜面がすり替えられていることに気付いた、哀れなピアニストのように。


「え?どうされました?」


「ファイルが・・・外部にコピーされた記録がある。わ、私のアカウント情報とか、間晋経政のネットワークへの参加情報が書かれたファイル」


「な、何ですって?」


「この時間・・・私がこの前、喫茶店に入った時間だ。もしかしたら、私が接続した喫茶店のWi-Fiが、ハッカーのフェイクWi-Fiだったのかも・・・」


「ハ、ハッキングだとしたら・・・警察に行った方がよろしいのでは?」


「いや、それはちょっと・・・よりにもよって、私のラップトップがハッキングの原因ですし。それに、ログイン情報ファイルだけじゃないんですよ!ヤバいものがコピーされてる」


「え?ヤバいもの?」


「・・・私のデスクトップに置いてた、「3年C組 生徒情報」のフォルダです」


「3年C組 生徒情報。それ、そんなにコピーされたらヤバいですか?ん、まさか・・・」


「ええ・・・物凄く言いにくいですが、「各自健康状況フォルダ」も、そこに含まれてます」


「え!!?」


各自健康状況フォルダ。

それは、木成教員と、伊原教員が隠し撮りした、女子学生の動画や画像が収められたフェイク・フォルダ。


階段、トイレ、更衣室といった、校舎の要所に置かれた、伊原教員と木成教員の各種撮影デバイス。

それらが捉えた「収穫物」が格納された、汚れ歪んだフォルダであった。


「しかも・・・木成先生がスマホで撮影された、剣道場の更衣室の盗撮動画も含まれてました」


「な・・・何だって?でも、でも、剣道場の更衣室というだけじゃ、盗撮者が私とは限らな・・・」


「いや、ご存知ないかもしれませんが、スマホで撮影した動画とか画像には、「メタデータ」ってのが含まれてまして。それ見れば、木成先生のスマホだってことが分かってしまいます」


「と、とんでもない事態じゃないですか!盗撮画像がハッカーに流出するなんて!だから、あなたのラップトップなんか通さずに、はじめからメッセージアプリで画像交換してりゃ良かったんだよ!」


「でも、それだとあなたが間違えて、間晋経政のワイヤレス・ネットワークで私に盗撮画像送ったりするかもしれないから、互いの盗撮デバイスを私のラップトップにぶっ挿して、わざわざUSBに落としてたんじゃないですか!」


「そ、それは・・・」


「USBでお互いの収穫物を共有するのが、ネットワーク・レスで一番安全だって、あなたも納得してたじゃないですか!」


「ひ、開き直ってるんじゃないよ!あなたのラップトップがハッキングされるなんて、予想できるかっつの!大体、学校のラップトップから第三者のWi-Fiに接続するなんて、そもそもIT担当者のくせに不用心なんじゃないすか!」


「ん ぐっ・・・い、今こんな喧嘩をしてる場合じゃない!最悪、この通信機械室の機器にまでハッカーが侵入する可能性だって-」


「ん、でも分からんな・・・?」


「何がだよ!」


「いや、ファイルをコピーしたんなら、それで終わればいいじゃないすか。何で、日を改めて、逢条を挑発する必要があるんです?KEISEI-ONEを使ってまでして」


「ああ、もう今そんなことを気にしてる場合じゃ・・・、ん・・・まあでも、確かにそれは、そうかもしれませんね?」


「でしょう?そもそも逢条を挑発する理由って何すか。逢条を学校からどうしても排除したい人間の犯行とか?」


「いや、そんな人間、我々以外にちょっと思いつきませんけど」


「あ・・・もしかして、逢条に殴られた金堂とか?」


「はっ、金堂のITの成績、ご存知ですか。下から数えた方が早いぐらいだ。金堂がプロのハッカーを雇ったってことですか?いくら何でも、そこまで恨みは深くないでしょ」


「うーむ。まあ、そうですな。ただ、いずれにせよ、これが逢条を標的にしたハッキングだとしたらですよ-もしかして、ハッカーの本命って、逢条のファイルだったのでは?」


「あ・・・逢条のファイルになんか、何の価値が?」 


-クリッ、カシカシカシカシッ、クリッ、クリッ


そう言って、「3年C組 生徒情報_逢条 陽」のフォルダにアクセスする伊原教員。


それは、一見すると、最後に見た時と何ら変わらない画面。

しかし、よく見ると、そこに「ある異変」があることに、気付いてしまった。


まるで、見慣れた花壇の片隅に、妖しい花弁を身に纏う、奇妙な花を見つけたような。


「ん、何だ?このファイル?WaRNiNG・・・警告?」


「え?ファイル?何がどうなってるんです?」


そう。


逢条 陽にまつわる各種ファイルに、「WaRNiNG.txt」というテキストファイルが混じっているのだ。

あたかも、伊原教員と、木成教員が、このフォルダに辿り着くことを、予め読んでいたかのように。


-カチ、カチッ


その、テキストファイルの、ど真ん中。

そこに、全て大文字で綴られているのは、二人がこれまでの人生で、目にしたことがない一文。


いや、或いはそれは、「目にしない方がいい一文」だったのかもしれない。




-IT'S TOO SACRED FOR YOU




「いっつ、とぅー、せいくれっど、ふぉーゆー」


「お、お前には、神聖過ぎる・・・?」


「何だ・・・これ?」

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