第1話 異世界
「……ワシは若返ってはおるが、以前よりも力感じおるし、それにここはどこなんじゃ? 美濃でも畿内でもない……明か朝鮮か? いやそんなことはどうでもよいな。今のワシには身ぐるみと死ぬ時に持っておった"薬研藤四郎"と"実休光忠"しかないからのう。どうにかして身銭を手に入れるか」
輪廻転生には死んだら生まれ変わって生を受けるという教えなため、世界の狭間を渡った際、異世界に適応するために肉体が若返るのと同時に強靭に変化したことに対しては少し疑問を抱いていた。
そして戦国時代には存在しない概念である異世界の土地に対しても少し疑問を抱いている。
しかし革新的な考えの持ち主である彼にとっては、現状を理解するよりも、この世に適応し、現状を生き抜くことの方が大事であった。
「しかし面妖な者たちが多いが、ここはワシが生きてきた世とは別のところなのか?」
彼が面妖だと言ったのは、道を歩いている犬のような耳が頭から生えていて、日本のものとは違う鎧を身につけた三人組の男たちだ。
柔軟な思考の持ち主である彼は、異世界についてある程度理解し、自分の常識が通用しないことを理解した。
『きゃぁぁぁ!!』
三人組の男たちが見えなくなった頃、信長の背後から女性の悲鳴が聞こえてきた。
「ふむ、これは常識と身銭を得られるかもしれぬな」
信長は悲鳴の聞こえた方へと走り出した。
歳と共に肉体の衰えを感じていた信長にとって若く強靭な肉体は、綿花のように軽かった。
道の先に見えたのは横に倒れた木の箱と、横で腰を抜かしている女性、そして護衛と思わしき男が構えている剣に対して棍棒をぶつけているブタのような顔をした化け物だ。若干だが化け物の方が押しているように見える。さらに木の箱の影から女性を狙おうとしている化け物が見える。
「……少々まずいのぅ」
このままでは女性も護衛も死んでしまう。信長は、せっかくこの世の常識を得る機会が回ってきたのにみすみす逃す訳には行かないと思い、化け物の命を刈り取るため、走る速度をさらに上げた。
「きゃぁぁぁ」
化け物は棍棒を振り上げ、女性の頭へと振り下ろそうとしている。それに気づいた女性は抵抗するような素振りは見せず、ただただ悲鳴を上げるだけだ。
そこに疑問を抱いたが、常識や身銭を得る機会に比べれば、どうでも良いことであった。
ギリギリ信長は間に合い、化け物の棍棒を持った腕目掛けて"実休光忠"を振り下ろした。
化け物の筋肉量的に刀が通りにくいことは覚悟していたが、結果は真逆で一切の抵抗を感じることなく化け物の腕を落とした。
よく知っているはずの刀の切れ味の変化に一瞬驚きはしたが、信長は敵が目の前にいるのに油断をするような男ではないため、化け物の首目掛けて刀を振り上げた。
「えっ――?」
腰を抜かしていた女性は、急に現れた男が自身の護衛でも歯が立たない化け物を簡単に倒したことに驚き、言葉が出なかった。
信長は化け物の首が落ちるのを確認すると、化け物に押されている護衛と思わしき男の元へと走り出した。
そして男に気を取られている化け物の背後に移動すると、化け物の首へと刀を振り払った。化け物の首は刀の勢いのまま吹き飛んだ。
「ふむ、血を浴びても切れ味が落ちないとは、便利になったのぅ」
信長にとって弱いと分かった化け物の生死に興味はなく、今の彼にとって重要なことは、本来一人斬れば血によって切れ味が落ちるはずの刀の切れ味が一切落ちていなかったことの方が重要であった。
「あの!」
色々刀について考えて思考の海に浸っていた彼を引き戻したのは、助けた女性の声だった。
「うむ、危ないところじゃったのぅ」
「のぅ? ……いえ!!ありがとうございました」
女性は信長の語尾に少し違和感を感じたようだったが、感謝していなかったことに気付き慌ててお礼を述べていた。
「私はガーランド商会の娘、ローラ・ガーランドです。こちらは護衛のアルベルトです。……私のことはローラと呼んでください。」
彼女の言葉を聞いた信長は色々考えを巡らせた後、自身も自己紹介することに決めた。
「……ワシはノブナガじゃ。苗字はない」
織田信長と名乗ることも考えたが、彼女の父の商会名がガーランドだったことと、自己紹介でローラと呼ばせたことから、この世界は名前で呼び合う文化だと思い、諱であるノブナガと名乗るに至った。
「……ノブナガ様ですね。助けて貰っておいて図々しいですが、街までの護衛をお願いできませんか! お礼はします!!」
「お嬢!?」
ローラはノブナガという名前を噛み締めるように復唱してから、ノブナガの顔を見た。そして護衛のお願いをした。
護衛のアルベルトは慌てて止めようしたが、彼女の顔を見て意志の固さを察したため、引き下がった。
「……ワシで良ければ請負おう」
迫り来る理不尽に対し、抵抗することなく諦めていたローラに対してあまり好感的ではなかったが、常識の身銭を得るために依頼を請け負うことにした。
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