第5話 「操られかけちゃった!」
「戻らなきゃ!」
今日一日の出来事を思い出し、真っ先に冬姫のところに行こうとする。しかし走ろうとしたその足を掴まれてしまい転んでしまう。
「ふごぷしゃー」
「ふふっ、なんですのその変な声は?」
「急に足を掴むからだろー!僕は冬姫のもとに行かないといけないんだ。あっ・・・」
不味い。友人に話すノリでうっかり冬姫の存在をバラしてしまった。こんな不用意な言葉のせいで、冬姫も狙われてしまうではないかと恐れた。
しかし、クェルと名乗った吸血鬼の目は獲物を見るものではなく、慈愛に満ちたものとなっていることに気づいた。
「ふーん、さっきの子のことね。あなたの
ニヤニヤしながら尋ねてくるクェル。僕はため息をつき、
「妹だよ、たった1人の。普段あんまり喋らない方だけど、感情は豊かなんだ。だから今も1人ぼっちで恐怖に
あれ?なんでさっきまで殺そうとしてきた相手とこんな、旧知の仲であるような、いやその言葉ですら表せない、生まれた時から一緒にいたような感覚で包まれているんだ?
(とても大変なことになっちゃった!このままあの子と一緒にいると、あなたの思考もあの子と同じになっちゃうよ〜!私、頑張って抵抗するから早くその子から離れて!)
!!!!?突然、シルから爆弾発言を受け取ってしまった。僕がクェルと同じ存在になってしまう。性格も趣味嗜好も、双子の存在みたいに・・・妹にするというのはもう1人の自分を作るという意味だったのか!?
僕は掴まれていない足を使い、クェルが掴んでいる手の方の前腕を蹴ろうと試みた。クェルは手を離し回避し、僕の蹴りは壁にぶつかり破壊してしまった。
「へっ・・・!?」
自分の体がやったとは思えないくらいに、ぽっかりと穴が開いてしまった壁。ぽかーんと開いた口が塞がらない。
「力は私に近づいていってるわね。でも何故かしら、心の方はまだ抗えているようね。あなたに宿っている精霊のせいかしら?」
シルが僕の中にいるのもばれている。
「どうだっていいだろ・・・!僕にこの力を与えたことを後悔するんだな。今ならお前と十分に渡り合える!」
(何言ってるのー!?早く逃げないと!?)
いや、そのまま逃げてもさっきの二の舞になると僕は分かった。ここの構造は僕よりもクェルの方が理解しているはずだ。そんな中逃げてもまた捕まってしまうだろう。
ーーー先手必勝!クェル何かされる前にクェルの顔を見据え、僕は右手で殴りかかる。
「はぁやれやれだわ。喧嘩っ早いんだから。・・・私の目を見て。」
クェルの目から妖光が放たれる。見たものの思考を鈍らせる魅惑の目。僕はそんな目に吸い込まれてしまい・・・。
「あれ?僕は今何をしようとしたんだっけ?」
突き出すはずだった右拳は力を失い、クェルにもたれ掛かる。僕は何者で何故ここにいるのかを忘却してしまう。
「あなたはこの私、クェルの妹ルルス。私達は生まれた時からずっと一緒にいたの。あなたは私のことを愛して愛してやまない。」
催眠状態にかかった僕はクェルの言葉を受け入れてしまう。
「僕はルルス・・・。クェルといつも一緒に居た・・・僕はクェルのことが好き・・・。」
「あら?一人称も言葉遣いも忘れてしまったのね。僕じゃなくて私でしょう?それに私を敬うように敬体で話しかけてきたじゃない。もう一度自分が何者か答えなさい。」
「私はルルス・・・。クェルといつも一緒に居ました・・・私はクェルのことが・・・好き・・・です。」
本当にそうでしたっけ?何かおかしいと心に引っかかります。
「その通りよ。だけどまだ一つ忘れていることがあるわ。あなたは私のことをお姉ちゃんと呼んでいたわ。」
違和感がますます強くなっていきます。やっぱり何かおかしいです。
「私のことをお姉ちゃんと呼びなさい。」
「お姉・・・ちゃ・・」
お姉ちゃんと言いかけた時、突然頭の中で風が吹き、私の中の正しい記憶が私の目を覚まさせた。
「どうしたの?早く言いなさい。あなたは私のお姉ちゃんですって」
「・・・じゃない。」
「なんで言ったの?」
私はクェルの肩を押し距離をとった。
「お前は私のお姉ちゃんじゃなーい!・・・・・です。」
(なんとか間に合ったみたい!間一髪だったみたいだね!勇者を呼んできたよ!)
なんとか私は正気を取り戻しました・・・僕は正気を取り戻した。どうやらシルは一瞬だけ僕の中からいなくなっていたらしいが、戻ってきたおかげで僕が僕でいられる。シルがいなくなった理由は・・・
「見つけたわよ。今度こそ逃さない。あなた達の悪事は私が止める!!」
青緑がかった服を着ていて、コバルトブルーの色をしたロングヘアの勇者と呼ばれた女性をここに連れてくるためだ。
勇者はその手に持っている剣でクェルに先制攻撃をする。勇者の繰り出す連撃にクェルは防戦一方だ。
「不利な状況ね、今回はここで引いてあげるわ。人間もたくさん捕獲できたことだし・・・勇者がこちらに来たということは魔王もきっとこちらにきているはずね。」
クェルは伸ばした爪で勇者の剣を弾いた瞬間、勇者の間合いから離れる。
最後にクェルはこちらを一目見て
「どのくらいの格がある精霊は分からないのだけれど、意識の上書きに抵抗できるなんて精霊はもう世界を維持する存在に匹敵する上位精霊くらいしかいなくなったはず・・・。それなら・・・ふふっ、いいでしょう。そう遠くないうちに貴方の意識は完全に変わるでしょう。」
そう言い残し、霧となって消えた。
僕はクェルがいなくなったのを確認して、はぁ〜と息を吐き脱力した。九死に一生を得るってこういうことなんだなと僕は思った。そして僕はシルに感謝する。
(もう急に戦おうとするからダメだと思ったけど、勇者の波動を感じたおかげで、すぐにSOSを出せたよ〜。無茶なことはしないでね!)
僕はごめんとシルに謝った。それとこの場に来てくれた勇者と呼ばれている女性に感謝をした。
「あの、ありがとうございます。あなたが来てくれたおかげで僕が僕でいられました。あっ自己紹介がまだでしたね!僕の名前は・・・」
名前を言いかけたと同時に、突然勇者は僕に剣先を向けてきた。
「えっ・・・。なんですかこれは?」
僕は勇者に問いかけると
「あなたはプライマスヴァンパイアと呼ばれる存在と同じになってしまった。そして刻一刻と精神もその存在に近づいてしまっている。理由は告げた。悪いけど貴方には死んでもらうわ。」
(ええーっ!!)
・・・お父さん、お母さん、冬姫、僕はまだ助かったわけではないようです。僕はいつになったら元の世界に戻れるのでしょうかーーー!!!?
心の中で僕は叫んだ。
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