第4話 「見つかっちゃった!」
息を忘れそうになる程、神経が張り詰めている。異様な光景を目の当たりにして、僕はただただ様子を見ることしかできなかった。
さぁどうする杜和・・・。ここできた方向と逆に逃げれば間違いなく気が付かれるだろう。冬姫を連れて逃げるには危険がすぎるな。例えシルの力を使ってもあの速度に冬姫が耐えられるかどうか・・・。となるとここで奴らがいなくなるまでやり過ごすという選択肢しかないだろう。僕たちが生き残るにはそうするしかない。
自問自答をして、この場所で待機することを決断した。しかし・・・
「そこで見ていないで出てきなさい。少しだけ遊んであげるわよ。」
僕の思考は全て無駄だと告げるように、この場所に僕がいるということに気がついていたようだ。
(どうしよう!バレちゃってるよ〜!)
本格的に不味くなった。せめて冬姫だけでも無事に家に帰したい。おそらく異世界となってしまった今では家が無事なのかは確かめる術はない。ここら一体だけが異世界になっていることを信じるしかない。
「僕が囮になる。お前はあいつがいなくなるまで隠れていろ。」
「兄ぃ・・・」
妹が喋りかけたところで口を塞いだ。僕は目で息を殺せと訴えた。
そして僕は米は捨て、右手に傘を持ちつつ震える足を叩き、大声を上げ可愛くも恐ろしい幼女の前に出た。
「やっと出てきましたわね。さて何して遊びます?」
僕はすぅーっと息を吸い
「なんなんだよ!お前ら!?急に出てきて!デパートにいたと思ったら、RPGゲームでよく見る中世の世界に変わってさぁ!!それだけでもかなりびっくり要素なのにそっからまーた要素を付け足してぇ!変な化け物が出たり、これまた中世の世界でよく見る兵士がさぁなぜか現代のバイクに乗ってぇ!突っ込んでいったり!だいだいお前誰だよ!人じゃないだろ!?全部答えろよ!」
僕は喚き散らしながら喋る。その様子はあまりにも情けなくて美しさのかけらもない。
だが幼女はくすくすと笑う。
「私を前にして饒舌に話せるなんて面白いわね。それは私が何者か知らないものでもなかなかできることではないのに。」
そして彼女は目を瞑って喋る。
「私は吸血鬼と呼ばれているものよ。それもただの吸血鬼じゃないわ。私はプライマスヴァンパイアと呼ばれる吸血鬼の頂点に君臨する・・・」
話してる途中に彼女は目を開ける。そこに僕の姿はない。なぜなら僕は真っ直ぐに逃げていたからである。そのため彼女が吸血鬼だということしか聞き取れていなかった。
「誰が話を聞くかよバカが!鬼さんこちら手の鳴る方へ!鬼ごっこだ!」
僕は振り返りながらそう叫んでいた。あの吸血鬼は僕にしか気づいていないと踏んで、僕を追いかけるように誘導しようとする。故にシルの風の力は使わない。
(風の力を使いすぎると眠っちゃうしね!)
シルの力を使えば目にも留まらない速さで逃げることができるが、吸血鬼が冬姫に気づいて襲った場合引き返しても間に合わない。逆に冬姫の存在に気づいても引き返す時にシルの力を使えば、冬姫を魔の手から庇うことができるだろう。その場合僕は死ぬし数秒の時間稼ぎにしかならなそうだから冬姫が気づかれるということは絶対起きてほしくない。
そんな想いが届いたかのように吸血鬼は
「追いかけっこがしたいのね。私、獲物は逃したことはないの。」
といいこちらを追いかけてきた。
離れているため何を言ってるかは聞こえなかったが、どうやら冬姫の存在には気づかなかったらしい。 僕の願いは天に届いたと心の中で安心する。
「今回は見逃してあげる。お嬢ちゃん」
小さな声で冬姫にそう呟いていたのは僕の耳には届くことはなかった。
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「はぁ・・・はぁ・・・まだ追ってくるのかッ。頼む。エレベーター動いててくれよ。」
冬姫が気づかれなかったことを確認し、僕は打って変わってなるべく曲がり角へ曲がり角へと吸血鬼が僕を見失ってくれるようにと逃げている。
「もう本当に自分がいた世界じゃないなこれは。」
石でできている建物にはツタが所々に生えていて、古っぽさを感じる。構造も違うところがそこかしこに見受けられる。
そんな状況で僕は命を賭けた博打にでた。というよりそれしか方法がないと判断した。このままなんも考えずに逃げていてもどの道捕まる。それならばエレベーターがあるところに向かい一気に上に上がれば、撒ける可能性はある。あの吸血鬼も天井を壊してまで飛んで追いかけてくるという所業はしないだろう・・・しないよな?
(あれは狙った獲物は地の果てまで追いかける
一筋の希望に縋る。目的地はもうすぐだここを曲がった先にエレベーターが・・・
「・・・ない?そんな馬鹿な・・・」
希望は打ち砕かれた。僕はまだ心のどこかでここは自分たちの世界とそこまで変わらないなどと思い込んでいたのだ。
「あら?もう終わりなの?魔力がない人間の抵抗はつまらないものね。はりあいがありそうな雰囲気はあったような気もするけど・・・ガッカリだわ。あなただけはここで干からびて死になさい。」
袋小路に入ってしまった僕に逃げ場は無くなった。
アンラッキーだった。ただただ運が悪かっただけ。なんてそれで自分の命を諦めてたまるか!この状況を打開するための術を考えろ。
ぼくは思考する。そこでさっきの吸血鬼の発言に疑問を抱く。
ーーー魔力がない人間・・・?僕にはシルがいるから風の魔法は使えるのに・・・。
(私や吸血鬼がいた世界では全ての生物にエーテルっていう魔力の源が存在するの。杜和の場合魔力がない代わりに私がいるから、何もないところから風を生み出したり、周りのかぜも自由自在に操れるんだよ。)
後半とんでもないことを言っているような気がするが、ひとまずそれは置いておいて、つまりあの吸血鬼は僕にシルがいることには気づいていない。ならやることは決まった。右手に持っている傘を強く握る。
「絶望して動けなくなったの?ふふっ」
吸血鬼の鋭い歯が近づいてくる。まだだもう少し待て。
「それじゃいただくわ」
今だ。僕はシルの力をできる限り引き出し、背後に回り込み、持っている傘を右上から左下まで全力で振り下ろした。
「なっ・・・!」
なんですって、と言いそうな目でこちらを振り返る吸血鬼、そしてそのまま倒れてしまい息が途絶え、それと同時に傘も壊れる。
頭に振り下ろさなかったのは、その後に見る光景を想像してしまったためである。僕はいわゆるグロテスクというものが苦手だ。そのため死体を目の前にしてやったという達成感よりもやってしまったという苦い思いが内側から湧いてくる。
「うぷっ・・・」
吐きそうになるが、なんとか抑えることができた。仕方がなかった。ここで殺さなかったらむしろ僕が殺されていたのだから。それに僕が知ってる吸血鬼の設定と同じならおそらく復活もする、だからこれで良かったんだ。そう頭の中で言い訳しても、この手の感触は消えることはない。
(杜和・・・)
そして今ある力を使い果たし、耐え難い眠気が襲ってくる。
「不味い、まだ眠るな。冬姫がいたところまで戻らなくちゃ。」
妹の無事を確かめたい。まだあそこに隠れているのだろうか。もし居たら悪いけど寝てしまう僕を連れて帰ってもらおう。そこはまぁ丸投げってやつだ。それまで辛抱だ、歩こう。
最後にちらっともう一度吸血鬼の死体を見ようとして振り返る。
だがそこに吸血鬼の死体はなかった。
「え?」
吸血鬼が復活するということは分かっていた。が、ここまで早いものなのか!?
(杜和、後ろ!)
咄嗟に振り返った時にはもう遅かった。吸血鬼は完全な幼女の可愛い姿で回し蹴りをした。僕はそのまま吹っ飛ばされ、壁に背をつき立ち上がれなくなった。
ーーーそれじゃあその血をいただくわね。
そして物語の回想は終わる。
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