第2話 先生と自白剤
「それで……先生。いえ、魔王様、一年もほっつき歩いていたと思ったら、いきなり帰ってきてどういうつもりですか? それにティターニア様もなぜ魔王様を止めてくれなかったのですか!」
窓のない地価の尋問室に唯一ある照明の裸電球がエルバの机をたたいた衝撃で激しく揺れ、エルバが怒っていることが安易に分かるのだが、怒られている張本人、初瀬正輝……本名アザート・ピースは、全く反省をしていなかった。
「いやいや、お仕事しすぎて疲れて、ティたんと愛の逃避行を……」
『否定します。私は、魔王様専属のサポート妖精ですので、魔王様のおっしゃることは絶対なだけです』
「……魔王様、貴方が合衆国政権を抜け出してから、我が合衆国は、今混乱の渦にいます。今すぐ戻ってください。そうすれば今行われている首脳長選挙は、これ以上荒れないはずです」
「ごめん無理。僕の今、じゃただの人間族だから、あ、次の魔王候補は、エルちゃんだから。学校卒業までは代理の子が頑張っているし、ガンバ!」
「はぁ! な、なにを馬鹿なことを! と言うか、次の魔王の座の話なんて聞いてないです! それに魔王様がそんないきなり責任を放棄したら、合衆国は!」
「大丈夫! エルちゃんが本気を出せば、僕だって倒せるんだから」
「……いや不戦勝の魔王に誰が勝てるんですか」
「な、なにそのあだ名。僕だって戦っているんだよちゃんと」
「……魔王様の戦闘、モノの一秒もかからず終わるじゃないですか」
不戦勝の魔王。
決して戦わずして勝つわけではない。魔族は自由を愛す種族で他種族の自治する地区に比べて治安が悪く武道派も多い。そんな魔族の自治区でほとんどの魔族は戦う姿を見たこともなく、魔王の多くの異名の一つが不戦勝の魔王であった。
そんな魔族を統治し、合衆国の首脳長選挙では力だけではなく知力も示し、名実ともに多種族合衆国政権の種の長にもなった魔王アザート・ピースしかし本人と言えば。
「あーね。まあいいでしょー。政治は、僕よりガブ君のが向いているし」
「ガブリエル様……おいたわしい」
副首脳長ガブリエル、天使族の長で無責任な正輝に変わり、現在の多種族合衆国政権を守る実質上の最高権力者。正輝は、政治についてよく聞くことがあったようだが、それにしても無責任であった。
「それに魔王様と言え、一人で放浪するのは危ないです」
衝撃発言をヘラヘラとする元魔王である正輝に無責任さを感じ怒り浸透したエルバは怒りのまま、鉄製の机を力いっぱいに叩くと、衝撃に机は粉々に粉砕されてしまった。
『エルバ、安心していい。魔王様の護衛のため私が保険をかけている。ブイ』
「保険をかけるくらいなら、魔王様を止めてくださいよ! 妖精族一の頭脳を持つ女王ティターニア様でしょう!」
『………………無理ですね』
ティたんは、目を逸らし、ボソッと誤魔化すがエルバは頭を抱える。
「あー。もういいです。魔王様が言っていることに嘘がないのは知っています。それでは今後のことですが……先生として働くのは良いですが、くれぐれも! 本当に冗談抜きで、ご自分が魔王であることバレないでくださいね。バレたら先生をやっている場合ではなくなりますよ!」
「もちろんだよ! なんって言ったって僕は、この世界にいるすべての種族が集まるこの学校の先生になって、全ての種族を愛でる! そのためだけにいるのだから! あ、エルちゃん、角触っていい?」
正輝は立ち上がると何とも自分の欲求に素直な発言をし、ティたんとエルバはドン引きする。
「ま、魔王様、待ってください。魔王様が放浪する理由って……」
「うん、色々な種族を愛でるための冒険。その過程で僕が認める世界を平和にするであろう個に僕の能力の全権限を委譲したって感じかな。先生になった理由は前述のとおり!」
何も知らなかったエルバは血走った目で正輝の襟首を掴む。
「待ってください! 魔王様! アナタ自分の力のすべてを見知らぬ誰かに委譲したってどういうことですか!」
「あ、うん、今の僕、魔法も何も使えない、吹けば死ぬような状態。まあ、僕が死んでも、全権移譲した子がいるから大丈夫」
「……」
青ざめるエルバ。
魔王の力、それは、この地球で核兵器以上の恐ろしさを持った一度使えば、世界が七回は滅ぶと言われている力。その事実が知れ渡ってしまえば国の問題では済まず、その力がテロ組織にわたってしまえば、冗談抜きで世界は一週間もかからず滅んでしまう。
「今すぐ返してもらってきて下さい!」
「ごめん、そこら辺の事象は自分に忘却魔法をかけているからもうわかんない」
『ご丁寧に私にも掛けられています』
「正気ですか! ティターニア様もさすがに止めてくださいよ! それなら、過去を除く魔法で……魔力はだいぶ使いますが」
「あ、そのころの僕の行動は、今の僕にも解けないように魔法耐性が加えられているみたいで……流石は、僕。用意周到だな」
呑気な正輝。それに加え、何をしても後追いのできない取り返しがつかない状態に、ついにエルバは、切れてしまった。
「あぁぁぁぁぁぁ! だから偉い魔族は、嫌いなんです! 自分勝手で! わがままで!」
自分も、魔族の中ではだいぶえらい立場のはずのエルバは、頭を抱え叫ぶ。
「まま、エルちゃんが魔王になれば万事解決でしょ」
「……」
エルバは呑気な正輝を睨むと何か呪文を唱えると右手に紫色の光が灯る。
「え、エルちゃん。その魔法は……」
「最高位の自白魔法です。ふふ……この魔法は、使用禁止ですが、魔王様なら……耐えてくれますよねえ……」
エルバの中で何か大事なものがはじけ、その目は正気ではなかった。
にじり寄ってくるエルバに、正輝は、少し焦りを覚え、後ずさるとティたんが淡々と警告する。
『エルバの中の理性が一時的に壊れました。逃亡を推奨します』
「エルちゃん。ぼ、僕、今じゃただの人間族なんだけど……それ食らったら本当に死んじゃうんだけれど……」
「魔王様あぁぁぁぁぁ! お覚悟を!」
「ひぃぃぃぃぃぃ、そ、そんな魔法使ったって僕は自分の力の所在なんて分かんないんだって!」
ドタバタと騒がしい尋問室。完全な防音であるはずなのにここまで聞こえる音にダン専の生徒は、少しおびえていた。
こうして、魔王アザート・ピースこと初瀬正輝の性癖を満たす生活は始まるのであった。
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