悪役令嬢は、逃げた先で幸福に満たされた

@nebirusu

第1話

これは一体どこなのだろうか。

綺麗な花々が咲き誇った広場の隅で誰がと話しをしている。


顔はよく見えなくて、服もなんだか場にそぐわないみすぼらしい

そんな姿でもキラキラと輝いて見えてもっと知りたいって、仲良くなりたいって思った







風で揺れたカーテンの隙間から漏れ出す太陽の日差しが頬を照らす。暖かいなぁ…と薄っすらと起きあがる意識から少々の沈黙から叩き出される結論。遅刻した!と、慌てて起きて外を見る。いつも通りの朝でカーテンをまとめて窓の外を見ると人が行き交い、ほんのりバターの薫るパンの焼けた匂いがする。

やっぱり寝坊している…と、そよ風をその身に受けて心地よい睡眠が取れていた証と実感する。スッキリと爽やかな感覚に”健康的な人間としての生活”をできていたのかと遠い目をした。


「おや?ティナ。よく寝ていたけど…目覚めたかい」


コンコンとノックを鳴らして入って来たのはあたしをここに住み込みで雇ってもらっている宿の女将。

素性もはっきりとしない子供が一人で「働かせてくれ」と頼み込んでのを快く受け入れてくれたとても良い人なのだ。


「おかあさん、ごめんなさい…寝坊しちゃって」


「構わないよ、子供は寝て遊ぶのが一番さね。ほら髪を整えたら降りてきな」


そう言って階段を降りる音が聞こえる。


罪悪感で胸がいっぱいだ。おとうさんが下で準備しているとしても、お客に振る舞う料理の仕込みだとか色々と手伝うことが沢山あるのに。


メソメソと萎れた心根のまま鏡の前に立って櫛で髪を梳く。

艶があって綺麗とまでは言えないがサラサラと重力に従い櫛から落ちる髪をみるとコレでも綺麗に整えられているのだと自分の技量に感心する。


本当ならハーフアップにしたいところだが、そんなにお淑やかな店じゃないし動き回れば不衛生になる可能性もある。丸襟の半袖シャツに、裾の広いふんわりとした膝下のスカートを履き上からフリルの着いた可愛いエプロンを着ける。

耳の後ろにある髪を少し取り、数束に分けて三つ編みを作った。左右どちらも作ると後頭部付近で残りの髪と合流させ纏めて括りポニーテールにし、ヘアゴムが見えないように数少ない家から持ちだしたリボンの1つ括り付けた。


「ティナちゃーん、こっちにアルコールとおつまみ頂戴!」

「こっちも追加で1つー!」


「りょうかーい!!」


結局食堂は半休となり、Openの文字に変わったのはお昼も終わりかけの頃。ゆっくり朝ごはんををたべて隅々まで掃除をして何だかいつもより達成感がある。


ここに住み込みで置かせてもらってからもう10年は経つ。「目つきは悪いがキレイな顔立ち」と言われて早数年。看板娘として右へ左へ注文された料理やお酒を運ぶ日々。

最初は…まあ、妙に身なりとか所作が整ってたせいでちょっと言われてたりしたけど。


「ティナちゃんも今年で18歳かぁ〜。いやぁ、時が経つの早いねぇ〜誰かいい奴とかいねぇのかい?」


「そうですね。昔は、いたんですけど…」


「おぉ〜なら今度、俺の息子でも紹介しようか?。親バカじゃねぇけどよ、息子はいい旦那になると思うぜ!」


この歳になったくらいから仕事終わりで飲みに来るおじさんたちの「嫁に来ないか?」と、猛アプローチを受ける。すごい熱量で言ってくるが相手も善意で話しかけてくれているのだと理解している。だが、正直気乗りがしない。

18だし、周りからしてみれば遅れている方なのだろう。恋愛婚をするにしてもよほど家計が回って無い等の問題がない限り、友達も付き合っている誰ソレが居るのが当たり前だ。


「わたしは、その……」


断るのも忍びない。下心じゃないし、何より酒が完全に回っている”絡み酒”と謂うやつで。


「また、ティナを誘っているのかい、このスケベオヤジ!。ティナにはティナの幸せがあるのだからそっと見守っていれば良いんだよ!」


ドカッ!と大きなジョッキ目の前に2つ置き、周りの飲んだくれにも負けない声量で言う。


「あんたらがここでして良いのは飲み食いと馬鹿騒ぎだけだよ!うちの子を嫁に貰おうなんて、まずあたしを認めさせてからさね!!」


「女将に敵うわけねぇだろぅ!!」と冗談交じりのヤジを飛ばしながら運ばれてきた酒を煽る。周りの人達もゲラゲラ笑いながら呑んで食ってと今のやりとりをアテにどんちゃん騒ぎをしている。


「はぁ、全く……。ん?ティナ、あの角の1人で席に座っている所の注文を取ってきな」


「え、端っこ……?」


サッと一瞬指差しで誘導された先を見る。


たとえ一人で来ても周りが知り合いだったり、いつの間にかお酒の力で一緒にどんちゃん騒ぎで仲が良くなってたりと、バーみたいに優雅な一人呑みをする人は殆ど居ない。

と言うよりここは大衆酒場でパブだからそんな人は……


「あ………」


確かに居た。


月の末に必ず訪れる、身なりの整った上品な仕草がかえって世間知らずにも見えてしまうその人。

綺麗な横顔がはっきりと己の目に映って、ギュッと周りに見えないように手を握りしめて誘われるように歩く。


「あ、あの、ご注文はお決まりでしょうか?」


「……うん。サラダと、そうだね…スープを頼む」


ふんわりと優しい声とその姿がどうも、わたしの心を揺さぶってくる。


「かしこまりました。サラダとスープをひとつ!!」


気にしていない素振りをみせて、周りの盛り上がる声に負けないよう張り上げ、奥の厨房に立つおとうさんに向かって叫ぶ。

奥から「おうよ!」と言う声が聞こえた気がしたので、「少々お待ち下さい」と頭を下げて気づかれないように小走りでその場を去る。


「おかあさん!毎回あの方の注文をわたしに取りに行かせないでよ!!」


「お知り合いの人でしょ、あたしゃティナがここに来る以前の事は知らないけどね、偶然でも意図的にでもこうして毎回来てくれんだから、少し席を外して喋っても構わないのよ?」


「知り合いかはわかんないけど。そりゃ……まぁ。話してみたい気持ちもあるだけど……」


夜も更け、店仕舞も考える時間。客足も落ち着いて続々とテーブルにお金を置いて会計を済ませる人達が居る。

山のように空になった皿をトレーの上に重ねながら手伝っていたくれているおかあさんに小声で文句を言っていた。


「今更何を話せれるのかもわかんないし…それにわたしじゃなくて単純に料理が美味しいから連日来てくれてるのかもしれないでしょ?。そうじゃなきゃただの自意識過剰なイタい女だよ、わたし」


ただでさえつい先日まで通っていた街のスクールで”色々と”噂話をされていたのにここでまた話題のネタを提供するワケにもいかない。

相手は見るからにかなり位の高そうな貴族の男性でわたしは単なる平民で、目つきは悪いが…ちょっと顔の整った女性。体つきだって良い方だしこれでもまぁ…モテる。


そんな条件が揃ったプロポーションのわたしが勘違いを重ねに重ねて重ねた末に、彼に近づいたとして仮に「何の事ですか?」とか言われた暁には、置き手紙と今まで貯めてきたありったけの「お世話になりました」のお金を添えて夜逃げしなければならなくなってしまう。


自画自賛しながらつらつらと言い訳を考えて勝手に振られた想像に嵌まっていると食べ終わったのか「ごちそうさま」の声が聞こえた。

振り返ったら彼が手を合わせている姿が視えて、持っていきやすいように皿を重ねて厨房のあるカウンター席の方へ向かっていた。


「お客さま!持っていかれなくても大丈………」


「あとは僕ひとりだったからね。料金は机の上に置いて行くから…じゃあ、また」


空になったトレーを受取口へ返し、キラりと輝く笑みをコチラへ向けるとカタンと扉を鳴らして外へ出てしまった。


「本当にあのお客さん、優しいというか…何だか自由な人だねぇ」


ギリギリ倒さないくらいまでにまとめてお皿を積み、中々の重さで慎重になりながら机に残っていたものを全て片付けた。最後にあの席へ足を進めてこの場にそぐわない綺麗な刺繍の施された布袋を手に取る。


カチャリ


「うお…この辺りじゃこれ一つで豪邸がが買えちゃう」


気持ち+プラスのチップが当たり前だからと言って流石に多すぎる。白大金貨とか庶民じゃ見かけられるはずの無い雲の上だぞ?。そこらの男爵家に盗みに入ってもギリギリ…いや、ようやく見れるのは上級貴族になってくらいからか。どうすんの?これ。


「…あらま、また彼はとんでもない金額で払っていったんだね?」


「う、うん。白大金貨1枚」


「まあ!白大金貨なんて噂でしか聞いた事が無い、成金の豪商もビックリな……おや?ティナ、あんた宛の封筒が入ってるよ」


最初は恐れ慄いてたけれど今では慣れてしまって少し中身を確認して、そのままおかあさんに渡していた。

最初は返そうと後を追ってみたが時すでに遅し、忽然と居なくなっていても繰り返している。とは言っても、来店する度にどんどん金額が大きくなっていった結果が今回なので。


「あとは皿を洗ってしまうだけだから上がっていいわよ。色々と準備もあるだろうからね」


なんとなく意味ありげな表情のおかあさん。理由を聞こうにも聞けない雰囲気でそのまま返却口近くのドアの方へ向かう。


「え……?あ、ありがとう」


少し軋む床板と、錆びた蝶番が擦れる音。外は夜をまばらに淡くキラキラと光を灯す街灯だけが不安と安心感を得られることができる。


カンテラを指先で触れると温かい光が灯る。どうやら王都の方で最近発明された物らしく魔法の扱い方を知らない庶民でも扱うこと出来る魔法道具の一つ。とは言っても頑張って1年間働いた分のお金を注ぎ込んでようやく買える代物だから正直微妙な感じでもある。それにここでは皆当たり前に”魔法”が使えてるようで町で真っ暗がりになるのは早々あり得ない話だ。


わたしは…ほんの少ししか使えないから買うことになってしまったけど。


ふぅ…とため息にも似た息を吐き、覚悟を決めてを封を切り裏返ったトランプを取るように視界に入れる。


「えっと、ドレスの仕立て券…?」


何故このようなモノが?

今のわたしにはこれがあったとしても縁遠い代物で着ていくアテも無い。一世一代の勝負服と謳っても次の日には換金されるのが関の山だと言うのに。


「うわっ、てか何処のショップにいかなきゃ行けないかと思ったらあの大人気のダムリールだ……何に利用されようとしてるの、わたし?」


王妃のドレスも仕立てている流行の中心部と言っても過言では無いデザイナーのお膝元の招待券が手元にあるなんて、とんだ恐ろしい話だ。その人のドレス1着で大金貨10枚程かかる。銀貨1000枚で金貨になり、100枚で大金貨になる。王都に住む平民の年収が銀貨100枚いくか程のものなのでわたし達からすると一生働いても手が届かない代物。自分の給料から換算して改めてドレスという名のお金の塊に震え上がる。

そもそも平民がドレスを仕立てようとしてお店を探したとしても数年分の収入を注がなきゃいけないようなものだから余程の豪商でもないと叶わない話なのだ。


両手でパラパラと手帳を捲り自分の都合の良い日を探す。今月のページにたどり着き特に用事も行事も無いからお義母さんに話せば休みが貰えるだろうとひとり納得する。

そして印象付けるように赤く縁取られた日にちにとある事を思い出した。


「ん……?。あっ、まさか…」











ここではティナ・トトルと名乗り、行商人をやっている親とはぐれた娘を演じているが、本名はアイティネ・トトゥードルと言う侯爵家の娘だった。

公平な目と慈愛の精神を持っているって云われてる王様も手放しで褒めてしまうほどに素晴らしい人柄に勝手に引け目を感じていたのかもしれない。

一人暴君のように振る舞っていただけで両親はそんな私に怒ってくれたから。それに、2つ程歳の離れた兄も両親に似て優秀な人で婚約者の方も大層綺麗な御人で淑女の見本となるような気品があった。


そんな人たちに比べて、何の取り柄もないわたし。

勉強や魔法、馬術なんかの貴族の嗜みが披露できるほど上手に出来るわけでもなくて。精々、見目が整っている両親から継いだ顔の良さくらいが褒められるだけのもの。そんなどうしようも無いわたしはプライドだけは高くていつも威張り散らして虚勢を張っていた。

両親が連れてきた優秀な教師を気に入らないと追い出して困らせていた。褒められるのが叶わないのならせめて、せめて負の感情でも向けられれば幸せと思って。


逃げ出した理由だって些細なもの。

養女を迎えたのだ。兄の婚約者に似た、白百合の様な子。顔を合わせた時にわかってしまった。

出来損ないは必要無いのだろうと。


わたしに愛想が尽きたのだと、まだ正式に国の王子の婚約者になった私の代わり召し上げる気なのだと悟ったのだ。まだ顔合わせして間もないから何かと理由を付けやすいから。

そんな結論を勝手に自分の中で弾き出して独り絶望した。養女の子は何処かの没落した家の一人娘でわたしと違って、可愛くて、利口で、魔法も運動も出来て………。


思わず顔合わせも目的も聞かずに自分の部屋に飛び込んで誰も近づけさせないように侍女へ命令した。夕ご飯はなんてこと無い顔をして、湯汲みを済ませて部屋の中でぼぉーと今後の事を考えた。

暇つぶしで読んだ庶民の中で流行っている身分差の恋物語。お邪魔虫として書かれているのがヒーローの婚約者や住み込みで働いてる屋敷の主人の娘だったりと、まるで自分の末路を暗示しているかのようなものばかりで思わず震えあがった。


思わず、何時でも家から出ていけるために部屋の中から物を掻き集めて出来るだけ装飾の少ない服を選び、プレゼントでもらったアクセサリーを小物入れに詰め込んでクローゼットの中に隠した。


森の中を駆け抜け邪魔な装飾を取っ払って怪我した足に巻き、多分、舐められ相場の2、3割位で持ってたアクセサリー類を質に買い取られたと思う。それでも遠くへ、遠くへ馬車や拙い魔法で走り抜けてたどり着いたのがこの場所。

隣国との国境近くにある森と山囲まれた小さな町。


義妹の初めての誕生日の日に姿を消した。


……思い返してみるだけで自分の愚行に目眩がする。それに気が付かないからこうやって抜け出す以外の方法を取れなかったのだけれど。


ちなみに丸で囲った日はそのまま家に残ってたら通う予定だった高等学院の卒業パーティーの予測していた日だ。夢中で読みふけっていた当時、必ずと言っていいほどあの門出の日にスキャンダルネタを仕込んできたのを見てしまって思わず自分も勝手な予測を立てて手帳には赤マルを書いている。

実際の日程はどうかは知らない。


苦い思い出を振り返ったり、にらめっこをしていてふと思った。


「あの人と一体何者なんだろう……」


ふと訪れてあたかもソコに存在して無かった様に居なくなるあの人。時折感じる視線とか不意に見た表情の懐かしさとか…もしかしたら侯爵令嬢だった時にあった事があるのかもしれないけど、今は大衆パブの看板娘を演っているだけの地位でそれ以上の価値は無いのだから。

それにあの場に当城出来た位の貴族がこんな国境沿いの辺鄙な場所に来る理由わけも無いし。


悪い思考へ堂々巡りしていく感覚から抜け出そうとベットへ潜り込む。明日も仕事だ、早く寝ないと………。



カタカタと揺られる馬車の中。

座り心地はとても良く超高級高品質なめし革の座席、良い艶感がずっと触っていたくなる。


「随分と気に入っているみたいだね」


「私の様な身分では到底体験のできない代物ですから」


曖昧に笑って返す。


心労激しいこの一時に対して嫌味を飛ばしたかった訳では無い。

ただ、ドレスの為に超高値の瞬間移動のポータルに寸前までエスコートされてそこから何事も無かったのような馬車での移動に疲れているだけ。精神が。


まだ時間に余裕が有るからとダムリールのアトリエに着く前に綺麗な服とご飯を食べた。”とても良い場所に”連れて行かせるのか戦々恐々していたが、数ヶ月前にたまたま見かけた雑誌に掲載されていたカフェの通された。

綺麗な川を眺めながらウッドデッキで食事を摂る、優雅なひととき。頼んだ物はとても美味しく喜びを滲ませ堪能していると不意に目があった。


「ずいぶん、嬉しそうに食べるんだね」


「えっ、あ……ついつい。美味しくて……」


そんなことを言われて思わず手で口元を隠しながら言った。すっかり二人で来ていることを忘れて食べ進めていて、幸いにも下品なテーブルマナーにはなっていないらしかったが……その…わたしが淑女の振る舞いを気にするのもおかしいけど………


「ここ、偶然見かけてね。僕も試しに一人で来てみたけど美味しかったから。貴女にも食べて欲しくて」


気に入ってもらえたなら良かった


ふわりと微笑む彼のその表情に思わず見惚れてしまった。

多分、周囲に居た人たちもあのキラキラな笑顔に撃ち抜かれていただろうけど。本当に、心臓に悪い。


思わず手を止めて俯きながらに心臓の高鳴りを鎮めようと耐えていたけれど、幸か不幸かとある事実に気がついてしまったのだ。


「((まるで、デートをしているみたいじゃない……!!))」


一人で百面相している姿をみて静かに笑う。もしかしてこの状況に気づいたのだろうか?アラアラと、彼女の初心そうな挙動に生暖かい視線があったり無かったりする。当人は一刻も早くこの場を離れたそうに食べているが、それでも一口一口丁寧に切り分けて口元をに運び味わうように噛み締めている。


「ごちそうさまでした……」


ナプキンで口元を拭い、そっと音を立てないようフォークとナイフを揃えて置く。

前を向くと満足そうに微笑んでいる姿が見えてなんとなくムカついてくる。

けれど一瞬でも今の状況をデートだと認識してしまってから何だか妙に心音が近くで聴こえてくるようだ。


いそいそと荷物をまとめて早く次の目的地に移動するために立ち上がろうとするが、それを見越したようにそっと手を差し出されてそのまま自然とエスコートをされてしまった。

……なんだかかんだ様になっているのが彼の魅力なのかも。


カフェから出て、アトリエは歩いて行った方が近いからと手を引かれて街の中を観て回る。そのまま幼い頃に訪れた頃とは随分と様変わりしているらしい。


「……あそこのお店、」


昔、王家であるフィムレンス家主催のお茶会に呼ばれて王都に来た際にこっそり屋敷から逃げ出して偶然見かけた露店。今ではちゃんとしたお店の中で切り盛りが出来ているようで、そこそこ賑わっている店内を遠目からでも確認ができる。

キラキラして綺麗なガラスのアクセサリーに目を奪われて思わず隠し持ってきたお小遣いで衝動買いした懐かしい思い出。


イヤーカフと髪飾り


当時はお金の価値の事なんて何一つ知らなかったものだから考え無しに金貨2枚渡して引き止める声を知らずに元気よく走り去ってしまった。


初めて自分と同年代の子に会えるから舞い上がって、仲良くなれた子にプレゼントしようと同じ色のキラキラで「おそろいだね」とはしゃぎたくて必死に吟味をした。その後直ぐに私が着なくなったことに気が付いた使用人に回収されて事なきを得たが…まあお茶会だ大暴れしたせいで作戦も水の泡になってしまったけど。


ん?でも換金するために持ち出したアクセサリーの中にどちらも入っていなかったような…それよりもあのお茶会の帰り道に手元にあったっけ?。


「なにか気になるものでもあったのかい?」


考え込んでいるのに気づいた彼が心配そうな顔をして声を掛けてきた。

大丈夫だと言おうとしたその瞬間、彼の顔がまるでその近くにあるから思わず目を逸らす。


もしかして、無自覚でやっているのだろうか??


挙動不審を隠すために少し震えた声で「お、大きい街だなぁ〜」ってさながら田舎娘のような感想を呟いて取り敢えずこの場を凌ぐ。…顔も暑いし。

この時間が速くにもゆっくりにも感じてしまいそうなくらい緊張しているのかもしれない。


いろんな場所をみて回り日も落ちかけた頃、歩いていると何処かの家の紋章が入った馬車が綺麗なドレスを着た女性とメイドを降ろし店の中へ入って行くのを見た。華やかなドレスがショーウインドに飾ってあるとこからアトリエで間違いなさそうだ。チラリと確認してみるとどうやら辺境伯ののものだったようでやっぱり学院の卒業式も間近なのだろう一人納得した。


ドアが開くととリンリンと来訪を知らせる綺麗なベルの音が館とも言えそうな店内に響き渡る。


受付の担当しているだろう男の人がこちらに近づいてきて、説明も無しにそのまま奥の方へ通される。

多分彼は事前にあれこれ相談していたんだろうが…


「ねえ。今更かもしれないけどさ、私に説明してくれて…」


「キミにこのドレスを着て欲しかったんだ」


いい加減教えてもらおうと話しかけると、豪華な装飾が施されたドアが開かれてその中央に佇むドレスの優雅さに思わず言葉を失う。

一つ一つの刺繍が細やかな丁寧さを魅せており、きっとこのドレスを着て踊ることができたのなら誰もかも視線を釘付けに出来るに違いない。


「でも、なぜ私に?あのお店でお客と従業員でしかないはずよ」


これだけのものを見せられたら尚更、不可思議な気持ちとほんの少しの不信感を持たらずを得ない。彼は高位な貴族で私はどう足掻いても平民。交わる事は無いのだから。


「……それはね、今日と云う日がタイムリミットだからなんだ」


そっと上着のポケットから布に包まれた何かを後ろで結われた髪に通す。パチンと留まった音とと共にまるで魔法に賭けられたかのようにマネキンにあったドレスが身体を纏う。


「やっぱり似合ってる。髪飾りに合うようにお願いして良かったよ」


「当たり前よ!アタシに任せて不揃いになるワケ無いじゃない」


なんの事だか理解できずに混乱している私をよそに奥からの登場したダムリールと話はじめた。

何故かぴったり体のサイズに合ってる。でも採寸なんてもうかれこれ十年していないのに何故…?とキョロキョロ見回してみるがそんな姿を見て「錬金魔法の力よ!!」と補足説明されてしまった。


「…改めて自己紹介を。僕の名前はルヴェイシース・フィ厶レンス。ティナさ……いえ、アイティネ・トトゥードム嬢」


どうして私の本当の名前を?と、疑問の言葉を口にしたかったが、彼の耳にキラキラと煌くイヤーカフを見てふと思い出したのだ。


「あの時の…まさか、」


腹違いの二人の誕生日を祝うお茶会の席で独り離れた庭園に居た少年。

同性の女子に話しかけようと近づいても避けられるばかりでつまらなくなった先で見かけたのが彼だった。

話していたら本の趣味や家での立場だったり通づる点があって仲良くなれたけど、何だかんだと見つかって連れ戻されてそのままだったのだ。


「はい。…ずっと返したかったけれど、楽しそうに働いている姿をみてどうにも切り出せなくて。それならばいっそ、貴女を巻き込む形にはなってしまいますが」


ふわりと光が周囲を螺旋状に舞いその光の強さに思わず目を瞑った次の瞬間、髪飾りとイヤーカフと同じ色合いのドレスコードに身を包んだ彼と夜の街にいた。


どこからか聞こえる音楽の音色と誰もいない街の淡い光の中彼はこう言った。


「僕とお城の鐘が鳴るその時まで共に踊ってはくれませんか?」


まるで時間が止まったような感覚。目の前にいる彼のその穏やかな表情が、あの日見た笑顔と重なってみえて、


「はい………喜んで」


つられて笑ってしまったのだ。

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