第17話 雷魔バルフ・ヘルケリウス、召喚
なんと王女フィルフィリア・デンバルは、自らを囲む王都の民たちに向かって深々と頭を下げたのである。
「このたびは王都の皆様に多大なるご心配をおかけしてしまい、まことに申し訳ありません」
開口一番、謝罪から始まるフィルフィリアの言葉。とても誠実な声音だった。
「宮廷魔法騎士団長セイベルト・ロンドランスの件については目下詳細を確認中です。保護された被害者たちの証言により、連続拉致事件の首謀者はセイベルトで間違いないかとは思われます。ただ、被害者の監禁場所となっていた遺跡付近にて激しい戦闘が行われた痕跡が残っていることについて、当時あの遺跡で一体なにが起きたのか、正直に申しましていまだ確かな情報を掴めておりません。ですが必ずや事件の全貌を明らかにすべく、わたくしたちは全力を尽くして彼の消息を追っております」
どうやらあの日の夜のことについての捜査は難航しているらしい。
まああれだけ派手に全部消し飛ばしちゃったし当然か。監禁現場はおろかセイベルトを含めた犯人側の人間たちも全員が細胞一片残らず蒸発しちゃってるし。
見つかるはずのないセイベルトを必死に追わせることになって、なんだか少し申し訳ない気持ちである。王女様には絶対に言えないけど。
胸のうちで詫びる俺のことなど知る由もなく、フィルフィリア・デンバルは民衆に語り続ける。
「王都の皆様をお守りする至高の剣であり盾であるべき宮廷魔法騎士団長による此度の悪逆非道、本当にお詫びしてもお詫びし尽くせません。……ただ、いずれにせよ現状、この王都が最大の守護戦力を喪失したことは確かです。この王都デンバルは我が国の中枢であり要。よってこの欠損を埋めることは急務であるとわたくしたちは考えております」
確かに彼女の言うとおり、いつまでも宮廷魔法騎士団長不在の穴を放置しておくわけにもいかないだろう。この王都には王族はもちろん、有力貴族やその令息令嬢が多く集まっている。宮廷魔法騎士団の弱体化による治安悪化は避けたいに違いない。
そこで申し訳なげな表情から一転、凛とした顔つきになったフィルフィリアは次のように告げた。
「したがってわたくしたちは、新たな宮廷魔法騎士団長として、境界都市ボルダインにて国境守衛魔法隊指揮隊長を務めていたバルフ・ヘルケリウスをこの王都へと召喚することを決定いたしました。既にバルフはボルダインを発ち、王都へと向かっております」
途端にどよめく王都民たち。なんだなんだ、有名人なのか? いや確かになんかすげー偉くて強そうな肩書きっぽいけど。
「おお、あの雷魔バルフ・ヘルケリウス様が新しい宮廷魔法騎士団長に……!」
「長らく国境護衛の任に就かれておられたが、ついに凱旋となるわけか……!」
「バルフ様は国王陛下より《雷遊の魔導書》を賜られた最上位の魔法師。さらに齢は五十を超えながらも、あのセイベルト・ロンドランスにも劣らぬ武の達人とも聞いている……これならこの王都も安泰だ」
聞き捨てならない単語が耳に入り、俺は思わず目を見開く。
バルフ・ヘルケリウスが、《雷遊の魔導書》を持っているだって……! しかもそのバルフが新たな宮廷魔法騎士団長としてこの王都に向かってきている……!
咄嗟に隣の愛依寿に目を向けるが、俺とは対照的に彼女は冷静そのものである。さらにはこちらに向かって微笑すらたたえてみせる様を見て俺は理解した。どうやら愛依寿はこのことを既に知っていたようだ。
民衆が各々に安堵の言葉をこぼすなか、フィルフィリアの言葉はまだ続く。より一層力強さを増した意志が宿る双眸を煌めかせ、彼女は王都の民たちに向けてそれを掲げた。
たまらず心臓が飛び跳ねた。だって俺の視界に映る古びた汚い一冊のノートは。
「さらにわたくしも、国王陛下より王家所有の魔導七典最後の一冊である《氷嘲の魔導書》を賜りました。国民の皆様のため、わたくしも精一杯尽力いたします!」
第一王女フィルフィリアの決意表明を受けて、永久凍土すら溶かすほどの熱気がたちまち王宮前広場に充満する。
「うおおおお若き天才フィルフィリア様までもが魔導七典を! まだ齢十七だというのにあの伝説の魔導を扱えるほどの魔法師になられるとは!」
「まさに魔法国家ヴァルプールを統べるデンバル王家の王女たるに相応しい偉業! 貴き王家からこのように素晴らしい魔法師が輩出されるのであれば、この国の未来は今後千年は明るいというものだ!」
「おお……あれが《氷嘲の魔導書》……実に神々しい……」
まさかのまさかだ。《雷遊の魔導書》の話を耳にしたかと思ったら、ついでに《氷嘲の魔導書》までお目見えとは。あと誰か知らないが神々しいとか言うんじゃない。死ぬ。
とまあ目まぐるしい展開に若干脳が追いつかない俺ではあるが、とりあえずひと言。
「王女様、あんたまで堂々と黒歴史ノートを掲げるのはやめてくれ……」
この世界の人間の誰も俺が書いたものだと知らないのは重々承知だが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのである。どうしてこうもみんな俺の黒歴史ノートを見せびらかしたがるんだよ。
「うわーレイちゃんにそっくりな王女様が氷嘲の魔導書の持ち主かあ。でも確かにあっちが本物のお嬢様でレイちゃんは口調がお嬢様なだけの偽物だもんね! ぷくく!」
「さて、そのやかましい口を永久に凍結して北方の雪山にでもうち捨てるとしましょうか。とりあえずヘラヘラした間抜け面を大人しくわたくしに差し出しなさいな」
「うへーこわい! 目が本気だよレイちゃん! 冗談だって! ボク寒いのは苦手なんだよ~! だから許してえ~!」
「ああもう暑苦しい! 急に抱きついたりしないでちょうだいな! 馬鹿がうつったら困りますわ!」
なんかすげー背後で喧嘩してるタヴァルとレイホークである。でもまあ本気で仲が悪いというよりは喧嘩するほど仲がいい的な感じなので放っておくことにする。
鳴りやまない歓声を浴びる第一王女フィルフィリア・デンバル。そんな彼女へと、やがて静かに近づいて耳打ちする男の姿があった。栗色の短髪をした正義感の強そうな青年騎士。当時は印象に残らなかったが、確かセイベルトがこの広場に現れた際もすぐ側にいた気がする。
「わかりました、ドニトクス」
と青年に対して小さな声で返したフィルフィリアは、
「それでは皆様、わたくしは王宮へと戻ります。いまお伝えしましたように、この王都の平穏はわたくしたちが必ず守りますのでどうかご安心を」
そう言って最後に深々と頭を下げ、王宮前広場を後にしたのだった。
第一王女様が去り、次第に元の雰囲気に戻っていく広場のなかで、俺は小さく息をつく。
「なるほど、《氷嘲の魔導書》はあの子が持ってるわけか……」
「相手は王女ですからね。回収作戦は慎重に練る必要があるでしょう」と俺の呟きに言葉を返す愛依寿。
俺は改めて妹の方を見やる。
「それに《雷遊の魔導書》を持ってる魔法師もこの王都に来ると。バルフなんとかが新しい宮廷魔法騎士団長になるって話は知ってたな?」
「はい。バルフ・ヘルケリウス召喚の件については既に把握しておりました。詳細な状況確認と情報収集のためにアソン、エズ、アラオルを向かわせております。今頃はバルフが乗っている王都行きの鉄道列車に潜入して監視を行っているかと」
それがとある重要な任務ってわけだ。確かにこっちに残ってやりたい放題やってる四人とは任務の重要度が雲泥の差ですな。
そのときである。愛依寿の眉がぴくりと微動した。
「アソンからの通信魔法です」
「お、なんか動きがあったのかな」
なんかいけそうだったのでこっそり《雷遊の魔導書》を回収しちゃいました、とかだったら嬉しいんだけどな。
なんてことを考えつつ、俺は愛依寿とアソンとの間に繋がれた通信魔法に耳を傾ける――。
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