第16話 第一王女フィルフィリア・デンバル
なんだかんだで胃袋を限界まで満たすこととなった俺は、再び王宮前広場に戻ってベンチに腰かけ一息ついた。
「ちょっと苦しくて満足に動けない……」
「でも美味しかったですね、タヴァルの料理」
「いやまあそれはそうだけどさ」
確かに料理の味自体は非常にクオリティが高かったので素晴らしいもてなしを受けたと言えばそうなのだろう。うぷ。
「それで次はどうする? きっとどこに行くか決まってるんだろ?」
「あら、どうしてそう思われるのですかお兄様」
「だって最初の通信魔法のときにウトの声も聞こえたし。ってことはウトが待機してる場所があるんだろ」
「流石はお兄様。ご慧眼です。ですが特に移動する先はありませんよ」
「え、なんで?」
「だってウトならそこにいますから」
愛依寿の人差し指が示す方に視線を向けると、隣のベンチに仰向けで伸びる灰髪紅眼の幼女、死退の魔導書担当のウトがいた。
「うおっ、なんでウトがこんなのところに」
「す、すみませんマスター……メイジュ様……ひ、人のなみにのみこまれて……気づいたらここに……」
そういや確かに人混みに呑まれて流されていってる感あったな。
「うぅ……ウト、なんの役にもたててません……こんなに役たたずなら、いっそこのままここで命つきはてたい、ですぅ……」
待て早まるんじゃない幼女よ。きっと人生これからたくさん楽しいことがあるからね。ベンチの上で一生を終えるのはやめたまえ。
しくしく落ち込む幼女を愛依寿が慰めてやるのを見守っているうち、不意に疑問が浮かぶ。
「あれ、てことはほかの子たちはいないのか? そういえば最初の通信魔法のときにはアソンとエズとアラオルの声がしなかったよな」
「ご明察ですお兄様」ウトの頭を撫でてやりながら愛依寿は口の端をきゅっと上げた。「その三人は本日、別の任務にあたっております」
「別の任務?」
「ええ。とある重要な任務に。特にアソンはいま、やる気に満ちあふれていますから」
「やる気? あ、ああ……」
思い出し、俺はなんとも言えない気持ちになる。
――あれは《焔激の魔導書》を奪還した後のことである。拠点に戻った俺は、こっそり処分しようにもどうしたものか考えあぐねていた。
結局いい方法を思いつかないままに例の玉座に座らされ、眼下に《七魔導代理》の七人が跪く。傍らには私は側近だぞ的な雰囲気を漂わせながら愛依寿が立っている。
いったいなにをする気なのだろう。まあいいや、早く終わらせよう。そして上手い処分方法を考えなくては。
「このたびの作戦、各自与えられた任務の遂行お疲れ様でした」
まず口を開いたのは愛依寿だった。
「あなたたちの働きの甲斐もあって無事にあの卑しい凡俗から《焔激の魔導書》を取り戻すことができたわ。これで一歩、私たちは本懐に近づいたと言えるでしょう」
愛依寿の労いに七人の少女たちは「はっ、ありがとうございます」と垂れた頭をさらに垂れる。
そんな様子をなんとなく眺めていると、すっと愛依寿の顔がこちらに向いた。
「さあお兄様からも、彼女たちにぜひ労いのお言葉を」
「え、俺からも?」
「もちろんです。全員、お兄様に褒めてもらいたくて頑張ったのですから」
言われて改めて七人の顔を見ると、確かになにかを期待しているようなキラキラした眼差しで俺のことを見ている。もうわかる。これは普通の労いを欲している顔じゃない。
仕方がない。恥ずかしい気持ちをこらえつつ、俺は彼女たちの望む言葉をかけてやることにする。
「お前たち全員、実にいい働きをした。いまこの場で改めて宣言しよう。お前たち七人は、我が名の下において紛れもなく《七魔導代理》に相応しい存在だと」
すると一斉に感動と歓喜の表情を浮かべる七人の少女たち。「あ、ありがとうございますマイマスター……っ!」と、もはや額を地面に擦りつけんばかりの勢いである。
隣に立つ愛依寿も嬉しそうにうんうんと何度も頷く。
「そう言っていただけて私も嬉しいですお兄様。ああ、今日まで頑張って《理外の理を識る者達》を創り上げた甲斐がありました……」
祈るように手を組んで天上を見上げる愛依寿。どうやらこれまでの苦労を思い返しているようだ。確かにこんなにも(厨二の)素質がある七人を見つけて育て上げるのは大変だったことだろう。むしろ頑張りすぎというかすさまじい執念である。
「特にアソンは焔激の魔導書の保有者セイベルト・ロンドランスを遺跡最深部へと誘導する任務を担い、きちんと全うしてくれましたし、今夜一番の立役者と言ってもいいかもしれませんね」
過去回想から舞い戻った愛依寿がそう微笑みかけると、アソンは「そ、そんなメイジュ様、滅相もございません! 私はただ自分が為すべきことを為しただけです」と、はにかみながらも恐縮の素振りを見せる。
いやまあけど正直俺も愛依寿の言葉には同意である。焔激の魔導を行使するセイベルトの攻撃を上手くいなしながら遺跡最奥へと誘い込むのはきっと大変だっただろう。
「いや愛依寿の言うとおりだ。アソンはよく頑張った。なにか欲しいものがあればあげるのもいいんじゃないか」
「ま、マスター⁉ そんな、私には欲しいものなどは……」
「なるほどご褒美ですね」あたふたしながら断ろうとするアソンに被せる愛依寿。「でしたら私にいい案があります、お兄様」
「いい案? どんなご褒美を思いついたんだ?」
すると愛依寿は自信満々の誇らしげな微笑をこちらに向けて言った。
「《焔激の魔導書》というのはいかがでしょう」
はえ、焔激の魔導書?
「はい。そもそも《七魔導代理》とは、その名のとおり魔導七典の正式な代行管理者として存在する者たちです。お兄様の書き記された小説にもそう記載がありました」
やめて急に小説のことを持ち出さないで。とまあそれはさておき……確かにむかし書いた小説にそんな説明描写を入れた記憶がある。
「ですから奪還した焔激の魔導書の管理をアソンに任せるのもいいのではないか、と私は思うのです」
なんともさらっと言いのける愛依寿。いやでも……アソンに焔激の魔導書を渡しちゃったらこっそり処分する隙がなくなってしまうんですが……。
そんなことを考えながらちらとアソンの方を見る。するとどうだろう、俺を見る紅髪少女の金眼は、遠慮気味と思わせて実はどうしようもないくらいにうるうるキラキラとしちゃっているではないか。
……そんな顔で見られちゃ嫌と言えるはずもない。
というわけで俺の頭は知らぬ間に縦に動いてしまっていた。
「あ、ああ……そうだな、お前の言うとおりだ愛依寿。ではアソン、この焔激の魔導書を焔激の魔導の代弁者たるお前に託す。受け取るがいい」
どうにか梅干しみたいになりそうな顔を必死に冷静に保ちつつ焔激の魔導書を差し出すと、アソンは恐る恐るといった風に俺の前まで進み出る。
それからぷるぷると腕を震わせながらボロボロの大学ノートを受け取ったアソンは、くりっとした双眸からぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。
「うっ、うううっ、まさかマスターから焔激の魔導書を託していただけるなんて……まるで夢のように幸せな気持ちです……。このアソン、命に代えても御身より賜ったこの魔導書を守り抜いてみせます……っ‼」
いやそこまでして守り抜くものではないです……。だって見るからに見すぼらしい大学ノートじゃん……。すげー大事そうにぎゅっと抱きしめちゃってますけど、できればいますぐにでも処分したいんですよ、それ……。
しかし俺の本心など知る由もないアソンは気概に満ちた眼差しを俺に向けてくる。
「この偉大なる原典があれば私の魔導はさらなる高みへと至ることができます! それすなわち、私はこれまで以上に御身のお役に立てるということです! どうか御身の思いのままに私をお使いください!」
あまりの狂信ぶりにもはや若干引いてしまう俺だが、周りの《七魔導代理》たちはといえば「いいなあアソンちゃん~」とかガチで羨ましがってるのでもはや意味不明である。
いずれにせよ確定的な事実として明白なのは、この期に及んでやっぱりその焔激の魔導書返してくれない? とは、とても言えない状況であるということだけだった――。
「はあ……」
回想の果てに焔激の魔導書を処分し損ねたことを思い出し、思わずため息をついてしまう俺。
すると隣でウトを撫で撫でしながら愛依寿はぷくっと頬を膨らませる。
「もうお兄様ったら、可愛い妹とのデート中にため息だなんていけませんよ」
「あ、ごめんごめん」咄嗟に謝りつつ、俺は疑問を口にする。「で、そのアソンたちがやってる重要な任務ってのはなんなんだ?」
「それはですね――」
と、愛依寿が説明を始めようとしたときだった。
突如として騒がしくなる王宮前広場。まるでいつかの宮廷魔法騎士団殿の登場時にも似た現象にまさかと首を捻る俺だったが、はたしてその場に姿を現わしたのは金髪碧眼の邪悪な美青年などではなく。
民衆がつくった輪の中に立つのは、新雪と見紛う銀髪に雪空のような灰色の眼をした美しき少女だった。
突如として広場に姿を現わし、その高貴さの証明のごとく多数の宮廷騎士らしき男たちに護られる少女。
しかしどうしてだろうか。その容貌、立ち振る舞いに、何故か俺は既視感を覚えた。
だって、その姿はまるで一瞬――。
「うわあ、あの人、まるでレイちゃんみたいだー! でもなんか全然気品的なのが違うねーにしし! うちのレイちゃんはもっと……なんていうか野蛮だもんね!」
「お黙りなさいおてんば田舎娘。いますぐ氷づけにされたいのかしら?」
気がつくとベンツの後ろにタヴァルとレイホークが立っていた。一体いつの間に。ていうか潜入先の仕事はどうした君たち。
「マスターが退店されたとなればあの店に居続ける理由もありませんので」
「ボクもおんなじですー! あ、でもタマナちゃんはまだお腹が減ってるからってウエイトレスを続けてます、にしし」
いやもうマジで自由奔放な子たちだ。本当に彼女たちに潜入技術を叩き込んだのかね愛依寿ちゃん。
とかなんとか思いつつも……目の前の銀髪少女のことが気になって、俺は視線を逸らすことができない。それくらい周囲とは隔絶した特別性が彼女にはあった。
どうしてそこまで異質な雰囲気を感じるのか、その答えはすぐに得られた。
「フィルフィリア様だ……!」民衆のひとりが呟きをこぼす。
「本当だ、第一王女のフィルフィリア・デンバル様じゃあないか。どうしてまたここへおいでなすったんだろうか……?」
入り交じる王都民の声。
第一王女、フィルフィリア・デンバル。
なるほど、あの子がこの魔法国家ヴァルプールを治める王族の人間か。しかも第一王女とは、めちゃくちゃ偉い立場の王女様らしい。
しかしそんな高貴なる王女様がぐるりと民衆を見回したのちに起こした行動は、実に予想外のものだった。
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