第15話 兄妹デート・その2

「昼食にしましょう、お兄様」


 服屋を出た頃にはもう昼時になっていた。確かに気づけば空腹を感じている。俺は愛依寿の言葉に同意した。


「なにか食べたいものはあるか、愛依寿」


「そうですね、でしたらあのお店にしましょうか。美味しいお料理がリーズナブルな価格で食べられるおすすめのレストランなんです」


 おお、それは実に庶民的で素晴らしい。変にお高い店に行くのも気が引けるし、兄妹ふたりでのランチにはもってこいだろう。


「よしそこにしよう」


 そうして大通り沿いに建つレストランのなかへと入る俺たちだったが。


「いらっしゃいませー!」


「いやタヴァルじゃん」


 溌剌とした声にたっぷりの笑顔で出迎えてくれたのはコック姿をした金髪碧眼の少女、ほかならぬ雷遊の魔導書担当・タヴァルだった。


「むぐむぐ……あ、ますたーとメイジュさまだあ~いらっしゃいませ~」


「それにタマナもいるし」


 さらにウエイトレス姿をした紫髪黒眼のちびっこ幼女はほかならぬ喰餓の魔導書担当・タマナである。つうかなんか食ってる。

 どうやらここにも《七魔導代理》のメンバーが潜入しているらしい。だから愛依寿はこの店を選んだわけか。


「さささ、お客様っ! こちらのテーブル席へお座りください!」


 タヴァルの案内に従って窓際の席に腰を下ろす。


「それではいまからこのボクが腕によりをかけたランチでおもてなしをさせていただきますっ! にしし、お腹をぺこぺこに空かせてお待ちください!」


「ください~」


 メニューの選択権なしと。まあもうなんでもいいや。


 というかタヴァルって料理できるのか? と不意に浮かんだ疑問を解消する間もなく金髪少女は颯爽と厨房の奥へと消えていき、対するタマナはホールに残ってせっせと料理を運び始めた。タマナ、まだちっちゃいのに働くなんて偉いな……。


「あーむ、むぐむぐ……んくっ。あ、なくなっちゃった~」


 なんかすげーぱくぱくつまみ食いしてるけど。つまみ食いっていうか普通に平らげちゃったりしてるけど。

 でも何故か誰も怒ってはいない。むしろ周りの客たちは微笑ましそうにタマナの様子を眺めながら、


「かわいい~♡」


 とか、


「こっちにも来て~! 美味しいご飯あげるよ~!」


 とか、


「よしよし、たくさん食べていい子だね~!」


 とか、


「むしろあの子が美味しそうに食べてる姿をみると幸せで胸がいっぱいになるなあ……」


 とか言って和んでいるのである。これはあれだ、もはやちっこくてかわいいワンちゃんネコちゃんにご飯をあげるのと同じ感じだな。


 はてさて、そんな風にいろんな人たちから美味しいご飯を恵んでもらってはぱくぱくと頬張るタマナを見守りつつ愛依寿とたわいもない会話を交わしていると、やがてとんでもない量の料理が載った皿の数々を器用に運びながらタヴァルがやってきた。


「さあお待たせしましたお客様! これぞボク自慢のボリューム満点満腹定食です!」


 テーブルの上に所狭しと並べられた大皿たちを見て唖然とするほかない。こんなんテレビの大食い番組かユーチューブにいた大食いユーチューバーの動画くらいでしか見たことないぞ。


「さらにおかわりも自由ですからねっ!」


 できるか。


「至高の御身のお腹を満たせなかったらボクは料理人として失格ですからね! マスターのお腹をパンパンにして動けなくさせるのが今日のボクの使命です!」


 俺に快適で楽しい一日を過ごしてもらうのが目的だったのでは?


 もはやこの世界に転移して一番と言っていいほどの絶望を感じていると、しかし至って冷静な様子の愛依寿は楽しげに微笑んだ。


「大丈夫ですよお兄様、この子がいますから」


 テーブルの下からにょきっと生えるタマナの顔。


「タマナがどくみをする~! ますたーとメイジュさまがどくを食べちゃったらたいへんだから~」


 頼もしすぎる味方の登場に歓喜である。この際タヴァルの「ボクがつくった料理が毒なわけないでしょタマナちゃん!」という抗議は無視するとしよう。


 それから俺と愛依寿はタマナの力を借りつつ昼食をとった。あまりに豪快なタマナの食べっぷりに周囲の客たちがいつの間にか歓声交じりに応援を始め、それに対抗心を燃やしたタヴァルが次から次へとおかわりを持って来るようになってからは、それこそさながら元の世界でかつて見た大食いテレビ番組のようだった。


「ありがとうございましたー! きっとまた来てくださいねっ! そのときには今日よりもっと美味しい料理をもっとたくさんお出ししますからー!」


「え、ほんと? やった~。ますたー、メイジュさま、ぜったいまたきてね~」


 元気よく手を振るふたりに見送られて俺と愛依寿はレストランを後にする。

 しかし俺は気まずくて苦笑交じりに小さく手を振り返すことしかできなかった。

 だって見てしまったのだ、俺は。厨房の奥で涙を流す男性の姿を。いやもう絶対にこの店のオーナーじゃん。


 おそらく店はとんでもない赤字を叩き出したことだろう……。ここでの分もちゃんと後で愛依寿に言って補填させよう。そう俺は心に誓うのだった。

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