第14話 兄妹デート・その1

 焔激の魔導書奪還作戦から数日後。

 快晴の下、俺は王都デンバル中心部の王宮前広場にある噴水の前に立ち、なんとなく道行く人々を眺めている。


 愛依寿を始めとする《七魔導代理》たちのおかげで無事王都官憲に保護された被害者たちの証言によって、一連の失踪事件を引き起こした連続誘拐犯が宮廷魔法騎士団長セイベルト・ロンドランスだったと判明した。

 衝撃的な事実に加えてセイベルト自身の失踪により一時震撼する王都だったが、数日を経てようやく落ち着きを取り戻しつつある人々の営みである。


 はてさて、そういうわけで日常に回帰した王都のなか、学生服を着た俺が何故こうして噴水の前で人間観察などしているのかといえば。


「お待たせしました、お兄様」


 可憐な声音が俺を呼ぶ。目をやると、可愛らしい服装に身を包んだ我が妹・愛依寿がほんのりと頬を染めつつこちらに駆け寄ってくる様子が視界に映った。


「いや全然待ってないよ……ていうか、何故にわざわざこんな場所で待ち合わせ? 一緒に出かければよかったんじゃないのか」


 例の地下拠点のなかには居住空間が設けられている。そこに俺を含め、愛依寿、それとアソンたち七人の少女らも住んでいるわけで、つまり俺と愛依寿は元いた世界と同じように一緒に暮らしている状態なのである。なのでこうしていちいち待ち合わせをする必要なんてないのだが。


 しかし愛依寿は胸に手を当てて控えめに呼吸を整えながら、


「だってこっちの方がデートっぽいじゃないですか」


 とにっこり笑ってみせる。


 なにげない言葉に俺はハッとする。

 俺からしてみれば、この異世界に飛ばされて間もないうちに愛依寿との再会を果たしたことになる。しかし愛依寿の場合は違うのだ。彼女は実に数十年(詳細はタブー)もの間、俺と再び会えることを信じて異世界を生き抜いてきた。

 だからこそ彼女にとっては、何気ない日常のひとコマさえも愛おしく、大切にしたいものなのだ。こういうちょっとした待ち合わせでも。


「まあ、そういうもんか」


「そういうものです」


 というわけで、ところで兄妹でデートって? という問題については触れないでおくことにする。


「それじゃお兄様、今日は一日思いっきり楽しみましょう」


 そう言って腕を組んできた愛依寿の誘導に従って、俺は往来のなかへと繰り出す。


「ところで愛依寿、今日はなにをするんだ?」


 すると愛依寿は頬に指を当てて、


「そうですね、まずはお兄様のお召し物を買いに行きましょう」


「お召し物? 要するに服ってことか?」


「はい。その恰好では王都内で目立ってしまいますから。いえ、お兄様が他者から注目を浴びること自体は私としても喜ばしいことではあるのですけれど」


 確かに俺の服装は転移当時に着ていた学生服のままである。流石にあの夜まとった厨二全開の衣装は恥ずかしすぎるのでこれを着てきたのだ。


「それもそうだな。よし、一旦この世界で悪目立ちしないように服を買いに行くとするか」


「はい、お兄様」にっこり頷き、それから愛依寿は虚空に語りかける。「聞いていましたかあなたたち。これよりパターンAを実行します。各自準備を」


 えなに、パターンAって……?


「承知いたしましたわ、メイジュ様」どこからともなく聞こえるレイホークの声。


「了解ですメイジュ様! ただちに態勢を整えまーす!」続くタヴァルの声。


「むぐむぐ……あいメイジュさま! タマナも準備おっけーだよ~」さらにタマナの声。てかなんか食べてるなこの子。


「は、はいぃメイジュ様……う、うわぁ人がたくさんで、押されていっちゃう、し、死んじゃいますぅ……」そして人混みに呑まれるウトの声。おい大丈夫か。


 俺は理解する。どうやら聞こえるのは通信魔法による音声だ。姿は見えないが、おそらく彼女たちも街中にいるらしい。


「ちなみにお兄様、お召し物ですがどういったものをご所望ですか?」


「え、どういったものって?」


「単に服といってもいろんな種類がありますからね。ファッションですよお兄様。ぜひともお兄様にはご自身が着たいものを着ていただきたく」


 俺は考える。


「うーんファッションかあ……正直元いた世界でも全然興味なかったからなあ」


「え! でしたら私にお任せいただいてもよろしいですか? 実はお兄様のために私自らデザインした超絶カッコいいお召し物のアイデアがありまして懇意にしている職人に頼めばすぐにでもご用意できるのですが――」


「あ、いや! やっぱりあるわ! 好みある! 無地基調の庶民的なのがいいな~」


 やばいやばい。愛依寿のセンスに任せていたらどんな服を着せられるかわかったものじゃない。むしろこの学生服よりも悪目立ちする結果になる可能性すらある。だって絶対めっちゃ厨二な服に決まってるもん。


 そういうわけで大衆向けの無難そうな服屋に入店する俺と愛依寿。

 すると店員さんが迎えてくれたのだが。


「いらっしゃいませ」


「いやレイホークじゃん」


 上品な佇まいと微笑で目の前に立つのは銀髪灰眼の少女、ほかならぬ氷嘲の魔導書担当のレイホークである。


「いまのわたくしはレイホークではありませんわマスター……ではなくてお客様。わたくしの名前はローポークと申します」


 生の豚肉かよ。

 たまらず俺は隣に佇む妹へ耳打ちをする。


「なあ愛依寿、これはどういうことだよ」


 しかし愛依寿は何食わぬ顔のまま。


「ご心配には及びませんよお兄様。《七魔導代理》にはスパイとしての鍛錬も積ませてあります。彼女たちは皆、潜入なんてお手のものですよ」


 いやそういうことじゃないんだけどね。わざわざ服屋に店員として潜入する意味なんてないでしょ。


「お兄様に快適で楽しい一日を過ごしていただくためです。彼女たちにとっては、そのために尽くすことこそがなによりの悦びなんですよ。さあ、というわけでお買い物をしましょう。それではこの男性の希望に沿う服を見繕っていただけますか店員さん」


「かしこまりましたメイジュ様……ではなくてお客様。ではこちらへどうぞ」


 なんかもう考えても仕方がないので大人しく従うことにする。ていうか潜入がお手のものってほんと? さっきからレイホーク、めちゃ俺たちのこと普段の呼び方で呼んじゃってる気がしますけど。


「あまり個性を主張しない服装と言うことでしたら、こちらなんていかがでしょうか」


 とはいえ、レイホークが勧めてくれた服自体はよさげなものだった。無地基調の無個性な衣服で、街をゆく一般都民たちに上手く馴染めそうだ。


「うーん……やっぱりお兄様にはもっとカッコよくて唯一無二感のある服が似合いそうな気がしますね……」


 しかし不満げに唸る愛依寿。いや、絶対にこういうのがいいです。


「そうですわね……やはり黒ベースに金色の文字をあしらった服装に鎖や髑髏系のアクセサリー類もたっぷりとつけていただいた方がより至高の魔導師らしい装いになる気がいたしますわ……」


 そんな恰好絶対にするもんか! カッコよさの概念を間違っちゃったオタク中学生の私服かよ。うっ、何故か心臓にチクリと痛みが……。


「この服でいいです。サイズ確かめるので一応試着していいですか」


「「試着‼」」


 何故か共鳴する愛依寿とレイホークの声。いやなに、こわ。

 ただならぬ様子のふたりを訝しみながら、レイホークの案内に従って俺は試着室へと入る。するとすぐに語りかけてくるふたつの声。


「あの、お兄様、試着のお手伝いは必要ありませんか?」


「必要ありません」


「いえメイジュ様、ここは店員であるわたくしがお手伝いをいたしますわ」


「必要ありません!」


 断固として拒否してひとりで試着を行う俺だった。まったく油断も隙もない少女たちである。


 結果としてサイズも問題なかったのでそのまま購入することに決める。

 料金を払おうとするとレイホークに「要りません」と言われた。どうしてか彼女が自分で払うらしい。いやなんでだよ。まあ根本的には誰が払おうと出所は組織の資金ではあるのだが。愛依寿には後でレイホークに対して補填するよう言っておいた。

 というかそれよりも心配なのは着替えた後の学生服である。


「お客様のお荷物になってはいけませんから。わたくしが責任を持ってご自宅まで送り届けさせていただきますわ」


 と謎の無償サービスを主張するレイホークに引き取られていった学生服。それを抱きしめるレイホークの表情が妙に恍惚としていたことと、どことなく口惜しげに彼女を見る愛依寿の様子に、俺は言いようもない不安を感じずにはいれらないのであった……。

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