第12話 最高に恥を忍ぶお時間

 遺跡のなかからひとつ、ふたつ、みっつと人影が出てくる。


 ある者は両肩に軽々とふたりの女性を抱えながら。

 またある者は玩具を掲げる子どものように女性ひとりを持ち上げながら。

 またある者はどうにかこうにかひとりの女性を引きずりながら。

 運び出されているのは皆、遺跡内の檻に囚われ衰弱していた拉致被害者たちだ。


「よいしょお~! これでなかにいた女の人たちはみんな助け出せたかなあ? あーがんばったらタマナ、なんだかおなかすいちゃったあ~」


 救出した女性を横たえ、喰餓の魔導書を担当する紫髪幼女タマナは自身のお腹をすりすりとさする。


「ああそうだな。彼女たちで遺跡内に囚われていた被害者は最後だ」


 両肩に抱えていた被害者ふたりを優しく地面に寝かせつつ暴牢の魔導書担当・茶髪の少女アラオルが言う。


「は、はひ……はひ……はへ……。よ、ようやく終わり、ですか……? ウト、きつすぎて死んじゃいそうですぅ、というかむしろいまからここで死にます……」


 必死に被害者を引きずってきた死退の魔導書担当・灰髪幼女のウトは、いまにも吐きそうな顔で地面に這いつくばる。


「はあいみんなお疲れ様~♡ あとは全部私に任せてくださいな。あっという間に全員癒やしてあげちゃうんだからっ」


 何故か妙に恍惚とした表情の癒悦の魔導書担当・桃髪の少女エズは、最後に救出された女性たちへと歩み寄ると、祈るように胸の前で手を組む。


「幾万の祈りを経て密実濃黒へと至る慈愛。いかなる傷痍さえも、我が慈しみと愛とに浸り染まりて無実と成る。癒悦の魔導、第一章第六節――《傷を癒やす黒き慈愛ティアーブラッド》」


 そして差し出されたエズの右拳から漆黒の一滴――魔導の雫が滴り落ち、仰向けに寝かされた女性の唇の縁にぽとりと弾ける。すると黒い光がたちまち体を包み込んで、女性の顔に暖かい色が戻った。

 同様の行為をすべての被害者に繰り返し、やがてエズによる治癒が完了する。


「よしっと。これでひとまず彼女たちは全員大丈夫ねっ。メイジュ様、とりいそぎご指示は完遂しました」


「よくやりました、エズ。それとアラオル、タマナ、ウトも」


 通信魔法越しに労いの言葉をかけつつ、不意に愛依寿が俺の方を見やる。え、なに。


「お兄様もどうぞ、一旦彼女たちを褒めてあげてください」


「え、俺が?」


「ええ、そうすればきっと彼女たちは喜びますから。さあ、是非」


 本当に俺なんかに褒められて喜ぶっていうのか……? しかも俺って女の子と喋るのあんまり得意じゃないんだけどな。

 とかなんとか思いつつ、愛依寿の圧がすごいので仕方なしに従うことにする。


「まあ、なんだ……よくやったぞエズ」


「ま、マスター⁉」


 飛び跳ねる勢いで驚き、次いで自らの肩を抱い震えるエズ。


「まさか偉大なる御身に名前を呼んでいただけるなんて、さらにはお褒めのお言葉をいただけるだなんて……ああ私、癒やされすぎていまにも昇天しちゃいそうです♡」


 いや昇天はしないでほしい。


「それとお前たちもよくやってくれた、アラオル、タマナ、ウト」


 するとエズと同様に感動の表情をたたえる三人の少女たち。


「なんともったいないお言葉……っ! このアラオル、恐悦至極に存じます」


「うわーい! タマナ、ますたーに褒められちゃった~!」


「あ、えと、あの……マスター様、ウト、とっても嬉しいです……おかげでまだ生きてたく、なりましたぁ……」


 うん、なんかみんなすげー喜んでくれてる。まあそれならそれでいっか。


 その様子をまるで姉のような微笑で眺めていた愛依寿は、やがて表情を引き締めると四人に向かって語りかけた。


「さあ四人とも、次のフェーズへと移行しましょう」


 誰からともなくアラオルたち四人の視線が遺跡に向くと、ずしん、と地下の方から響く衝撃によってわずかに大岩の入口が震動したように見えた。


「どうやら救出の完了を察したのか随分と派手にやっているようだな」とはアラオルの言葉。


「アソンちゃんはお役目があるだろうし、レイホークちゃんとタヴァルちゃんがいつもみたいに張り合ってるんじゃないかしら」頬に人差し指を立てて眼を細めるエズ。


「あはは、お姉ちゃんたちはなかよしだなあ~」ころころ笑うタマナ。


「な、なかよし、なのかなぁ……?」タマナの言葉に遠慮気味に首を傾げるウトだった。


「あなたたちも遺跡に再潜入を」愛依寿の指示。「我らがマスターに相応しい舞台の準備を整えてちょうだい」


 はい? 俺に相応しい舞台……? ひょっとしてさっき言ってた見せ場ってやつか。


 内心で首を傾げる俺だったが、四人の少女たちは完璧に理解した表情で「承知いたしました、メイジュ様」と声を揃え、そのまま風のように遺跡のなかへ潜っていく。


 隣に立つ愛依寿に目をやると、依然として冷静な面持ちではあるが、しかしどことなくその奥に昂揚のようなものが見て取れる。

 ほんといやーな予感がする。


「なあ愛依寿、一体どんな舞台を用意するつもりなんだ……?」


 怖々訊ねてみるが、愛依寿は微笑するばかりで答えない。

 さらにこれが答えだと言わんばかりに彼女が差し出してきたのは、彼女や《七魔導代理》たちが着用しているものとよく似た漆黒基調――しかし男性用――の衣装だった。

 そして愛依寿は可愛らしくこてんと小首を傾げる。


「さあお兄様、そろそろ出発の頃合いです。まずはこちらにお着替えを、マイマスター」


 俺はもうほとんど諦めている。


 きっとこれから、最高に恥を忍ぶお時間というやつだ。

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