第11話 作戦開始
元いた世界と同じように、たったひとつの月と無数の星々が宵闇を彩っている。
王都デンバルをぐるりと囲む城塞の外側、やや外れた場所。大森林の一角に、大岩が地下に向かって口を開けたような入口があった。遙か以前に発掘され尽くし、いまとなっては持ち出す遺物もなく長年放置されている遺跡だった。
狼の群れを思わせる俊敏さで遺跡入口付近に七つの影が集う。一切の気配を殺し、じっと指示を待つ彼女たち――《七魔導代理》の様子が、宙に浮く四角い膜のなかに映像として浮かんでいる。愛依寿が行使する遠隔通信魔法の一種である。
いまだ王都内地下拠点にて玉座に座ったまま、俺は傍らに立つ愛依寿に視線を向ける。
「なあ、俺は行かなくていいのか」
「ご心配なさらずともお兄様には最高の見せ場をご用意しておりますので。いましばらくはそのままお待ちください」
「いや別に行かなくていいならそれでいいし見せ場とかいらないんだけど……」
既になんだか嫌な予感が脳裏をちらつくが、あえて気にしないことにする。
「それにしてもこんな場所になにがあるっていうんだ? 焔激の魔導書は宮廷魔法騎士団長のセイベルト・ロンドランスが持ってるだろ。あいつがこんな場所に――」
「メイジュ様」通信映像を通して紅髪金眼の少女――焔激の魔導書担当・アソンの声が届いた。「対象が姿を現わしました」
「わかりました。気づかれないように注意して」
手短な愛依寿の返答。俺は口を閉じて愛依寿と一緒に映像を注視する。
間もなく夜闇の向こうから無数の騎馬が現れた。その先頭を走ってきたのは、紛れもない宮廷魔法騎士団長セイベルト・ロンドランスだった。彼が騎士数名を引き連れて遺跡へと赴いてきたのだ。
「本当にセイベルトが現れた……」
「事前調査は完璧に完了しておりますので。奴であれば最近警戒を強める王都城門の出入りだろうと容易いですし、むしろ頻発する失踪事件を鑑みた哨戒活動だと主張すればなおさら怪しまれずに済みます」
馬を下りたセイベルトと付き従う数名の騎士たちが、慣れた足取りでぞろぞろと遺跡のなかに入っていく。
「王都の外にある遺跡なんかで一体なにをしようって言うんだ……」
「対象の遺跡内への侵入を確認しました。いかがいたしますか?」アソンの問い。
「アソン、レイホーク、タヴァルの三人は対象に気づかれないよう注意を払いながら遺跡内へ潜入してちょうだい。ほかの四人は一旦、入口で待機を」
「承知しました」
「メイジュ様のご指示とあれば喜んで潜入いたしますわ」
「あいあい了解です! にしし、楽しい夜になりそうですね~!」
そして焔激の魔導書担当・アソン、氷嘲の魔導書担当・レイホーク、雷遊の魔導書担当・タヴァルが遺跡のなかへ入っていった。その様子を、俺は通信魔法の映像を通じて見守り続ける。
石階段を下ると、ごつごつとした岩壁に沿って並ぶ火灯がうすぼんやりと通路を照らしている。荒廃した外観とは異なって、内部は近頃大きく手が加えられたようだ。既存の空間を利用したのか、あるいは新たに拡張したのか、岩壁にいくつも真新しい鉄扉が取りつけられている。
さらに奥へと進んでいくアソンたち。やがて先頭を行くアソンが足を止めた。レイホークも立ち止まり、その背中にタヴァルがぶつかる。
「ぐえっ。ちょっとアソンちゃん、レイちゃん、どうしたのさ急に」
「しっ。お黙りなさいおてんば娘」レイホークが唇の前に人差し指を立てる。
「メイジュ様。対象を発見しました。それと彼女たちも」
アソンの報告。
彼女の睨み据える先に目を凝らすと、セイベルト・ロンドランスの姿があった。連れだって現れた騎士たちも一緒だ。さらに、先ほどは見なかった商人風の恰好をした怪しげな男が彼の隣に立って厭らしく唇を吊り上げている。
セイベルトの視線をたどると、そこにあるのは檻だった。岩壁をくり抜いた空間に鉄柵が据えつけられ、檻が設けられている。
その正面に佇みながら、セイベルトは柵の向こうを眺めているのだ。そしてその表情に浮かぶのは……日中に王宮前広場で見たものとは似ても似つかない、実に醜怪な笑みだった。
「ああエレス。君は実に美しいな。美しく、そして美味そうだ」
下品に舌舐めずりするセイベルトの眼前、檻の中で震えるのは、両手足に枷をつけられた状態で閉じ込められた若い女性。
俺は驚きを隠せなかった。その名前には聞き覚えがある。
「エレスってまさか……」
「ご推察のとおりです、お兄様」愛依寿は映像の向こうに鋭い眼光を飛ばした。「あの女性はマレーヌ酒場の娘です。すなわち、セイベルト・ロンドランスこそが連続失踪事件の犯人、卑劣な誘拐犯なのです」
にわかには信じがたかった。まさか国民から絶大な信頼を寄せられる宮廷魔法騎士団長が不審な連続失踪事件の犯人だったとは。
「どうだ、商売の方は順調か」
「ええそれはもう順風満帆といった風で」
商人風の男は手のひらを擦り合わせながらへらへら笑う。
「ちょうど先日、使い物にならなくなったふたりをバラして売りに出したところでして。いつもの物好きたちがあっという間に大金ばらまいて掻っ攫っていきましたよ」
「ああ、あの女たちか。顔と体は申し分なかったが、しかし脆弱がすぎたな。ほんの少し乱暴に遊んでみただけでああも簡単に壊れてしまうとは。くくく、まあ壊れたところで素材にして売り捌けばいい金になるので構わんがな。若い女の体は魔術的価値が高い。涎と金をだらだらと垂らして欲しがる魔法研究者どもはいくらでもいるものだ」
あまりにも邪悪な会話に思わず眉を顰めずにはいられなかった。いくらなんでも外道がすぎる。
そしてそれは愛依寿として同じようで、その双眸には明確な憤怒の色が滲んでいた。
「お兄様」愛依寿の瞳に俺が映った。「よろしいでしょうか」
なにが、とは訊かなかった。愛依寿が言わんとすることはわかっていた。これはおそらく、元いた世界で生きてきた自分とのある種の決別にも近い決断になる。
でも、それでも俺は頷いた。
「ああ。構わない」
俺の返答を聞き届けた愛依寿は一礼し、そして通信魔法を通じて彼女たちに告げる。
「聞きなさい《七魔導代理》。畜生以下の劣等種が崇高なる魔導七典に触れていることにこれ以上は我慢がならないと我らがマスターはおっしゃっています。アソン、レイホーク、タヴァル。あなたたちは目の前に跋扈する汚物たちを徹底的に掃除しなさい。そしてほかの四人は囚われた被害者たちの捜索を。発見した被害者を遺跡の外へ救出したあとは、エズ、あなたの癒悦の魔導で治癒を行ってちょうだい」
「「「「「「「――承知しました、メイジュ様」」」」」」」
淀みのない命令を受けた七人の少女たちが一斉に動き出す。
「遺跡内は狭いし生存している被害者を巻き込むわけにもいかない。広範囲高出力の魔導の使用は控えて戦闘に臨みましょう」
「あなたに言われなくともわかっていますわよ」
「よーし暴れるぞー!」
漆黒の火焔、漆黒の凍気、漆黒の稲妻、それぞれが担う魔導をまとった剣を抜き、三人の少女が醜悪なる犯罪者たちに向かって疾駆する。
「な、何者だ――ッ⁉」
騎士のひとりが気配を察知して声を上げる。が、その瞬間にはもう彼の四肢は解体されていた。
「は、え……?」
自身の状態を正しく理解する暇もなく、黒焔が骨すら残さず焼き尽くす。ほかの騎士たちも同様に斬り刻まれ、ある者は氷結して粉々に砕け散り、またある者は雷撃に呑まれて黒塊へと成れ果てた。
奇襲に瞠目する本命・セイベルト。しかし瞬刻すら待たずその首筋へと、返す三本の剣が殺到する――。
――轟! と、猛烈な勢いで黒焔が放出される。セイベルトが放った焔激の魔導だ。レイホークとタヴァルが退く。火焔が散ったあとに残ったのは、剣と剣を交差させるふたりの焔激の使い手の姿だった。
拮抗する互いの剣を挟んで、セイベルト・ロンドランスがアソンを睨めつける。
「貴様、一体何者だ。どうやってここを嗅ぎつけた。それよりも貴様、いま焔激の魔導を使ったな? 原典は俺が持っているというのに、一体どういう理屈だ」
「……我らは《理外の理を識る者達》。大人しく焔激の魔導書を渡せ。それは偉大にして至高たる《始祖漆黒の魔導師》様の叡智。貴様ごとき凡愚が触れていいものではない」
「アンネイブル? ブラック・ペイジ? まったくなにをわけのわからないこと言っているんだ貴様は。しかしまあ目的は理解した。つまり貴様はこの私から焔激の魔導書を奪おうというのだな? ふん、小賢しい! 国王陛下より賜りしこの魔導書は俺にこそ相応しい力だ! 誰にであろうと絶対に渡さんッ!」
セイベルト・ロンドランスの膂力が剣ごとアソンを吹き飛ばす。同じ焔激の魔導使いといえど、屈強な肉体を持つセイベルトと華奢な少女のアソンとでは体格差の分だけアソンが不利か。
弾かれたアソンはそのまま遺跡の奥へと走り出す。するとセイベルトは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「なんだ、鬼ごっこがしたいのかなお嬢ちゃん! いいだろう! 乗ってやる! 徹底的に追い詰めて、最後はぐちゃぐちゃに辱めたうえで焼き殺してやろうじゃないか!」
そして始まるアソンと殺人鬼との鬼ごっこ。加勢に加わろうとするレイホークとタヴァルだったが、しかしその行く手を阻むように大量の男たちが姿を現わした。
得物を手にニタつく男たちを軽蔑の眼差しで射るレイホーク。
「盗賊に傭兵。ならず者たちの寄せ集めですわね。金さえ手に入ればなんでもやる下劣な人種。それともか弱い乙女を陵辱する悦びに脳を焼かれたケダモノの群れかしら」
「なんかすっごくうようよで邪魔だね~」困り顔で肩を竦めるタヴァル。「まあでもアソンちゃんならきっと大丈夫だろうし、ボクたちはこいつらのお掃除に集中するとしますか、ねっレイちゃん!」
「そうね。視界に映していたところで不愉快なだけですし、そうしましょうか」
そう答えてレイホークは氷結の剣を構える。
「可哀想な愚か者たちよ、わたくしは心底あなた方を軽蔑します。それこそ芯から凍てつくほどに。さあ、わたくしの氷嘲を受ける覚悟はよくて?」
続けてタヴァルが稲妻帯びる剣を構える。
「にししし、それじゃ思いっきりいっちゃうよお兄さんたち。ボクと一緒にさ、特大の雷みたいにとことん遊び弾けちゃおっか!」
そして迸る凍気と雷撃が、立ち塞がる敵の群れへと迸る――!
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