第10話 理外の理を識る者達(アンネイブル)
「《七魔導代理》って……」
その名前には俺自身、聞き覚えがある。だってそれは。
「はい。お兄様が書き記された預言書に従い、素質ある者たちを集めました」
「いや預言書じゃなくてただのイタい自作小説ね」
俺は厨二病時代、自らが書き上げた魔導七典の設定を盛り込んだ自作の小説を執筆していた。その物語のなかに《七魔導代理》という七人の魔導師たちが登場するのだ。
魔導七典と一緒に俺の自作小説も愛読していた愛依寿は、きっと魔導七典の内容も小説の内容も完璧に丸暗記していたに違いない。
どうやらその知識を存分に発揮して、彼女は《七魔導代理》をこの異世界に本当に実現させてしまったらしい。
半ば唖然としつつ、改めて七人の少女を見回す。すると彼女たちは一層深々と頭を下げて心服の意を表した。
「《焔激の魔導書》担当・アソンと申します」紅髪金眼の聡明そうな少女。
「《氷嘲の魔導書》担当・レイホークと申しますわ」銀髪灰眼の気位が高そうな少女。
「《雷遊の魔導書》担当・タヴァルって言いますっ!」金髪碧眼の溌剌とした少女。
「《喰餓の魔導書》担当・タマナだよー!」紫髪黒眼の無邪気そうな幼女。
「《死退の魔導書》担当・ウト、……で、です」灰髪紅眼の陰鬱そうな幼女。
「《癒悦の魔導書》担当・エズと申します♡うふ♡」桃髪桃眼の蠱惑的な少女。
「《暴牢の魔導書》担当・アラオルにてございます」茶髪翠眼の騎士然とした少女。
「彼女たちにはそれぞれ適性のある魔導についての思想と理論を徹底的に叩き込んであります。したがって、自身の担当する魔導は原典なしに行使が可能です」
「は、はあ……」
いや妹よ。そんなに胸を張って言われてもなんて言えばいいかお兄ちゃんはわからないよ。ていうかその子たちに俺の黒歴史を叩き込むとかなにしてくれちゃってるの。お兄ちゃんは恥ずかしくてたまりません。
羞恥に喘ぐ視線をどうにか愛依寿に定める。すると彼女は瞳を薄く閉じるとその顔を俯け、七人の少女たちの一歩前に片膝をついた。
「私も含め、彼女たちがあなたの剣となり盾となり杖となる存在です。すべては魔導七典を取り戻すために。すべてはあなたの魔導を私利私欲のために濫用する輩どもに天誅を下すために。そしてなにより、すべては原初にして至高たる御身――《
「あ、《理外の理を識る者達》……」
それもまた、かつて意気揚々と書き上げた自作小説に登場する組織の名前である。やめて、思い出させないで。
恥ずかしさのあまり体から逃げ出そうとする魂をぐっと呑み込み、俺は理解した。
我が妹……異世界に転移してまさに水を得た魚になっちゃってる!
魔法が存在する異世界、魔導七典の存在と自らもまた魔導行使が可能な環境、もはや彼女を止めるものはなにもないのだ。夢のファンタジー世界を謳歌しちゃっているのである。
愛依寿は本気だ。本気で本懐を遂げるつもりだ。俺という存在を魔導七典(黒歴史ノート)とともに世界中に知らしめるという本懐を。
なんてことだ……そんなの公開処刑がすぎるだろ!
「いやでも……」
どうにか愛依寿の暴走を止めなければ。その一心で、俺は咄嗟に七人の少女たちに苦笑交じりに語りかけてみる。
「でもさ! 君たちにとって俺はいま出会ったばかりの赤の他人だろ? そんな俺をさ、原初にして至高とかさ、世界中に威光を示すとかさ、馬鹿馬鹿しくて付き合ってられないってなんない? なるよね⁉」
どういう経緯かはわからないが、愛依寿の話を聞くに素質を見込まれて組織に引き入れられたのだろう。愛依寿との関係性がどうあれ、だからといって見ず知らずの男のために意味不明な活動に従事しようだなんて普通は思わな――
「先刻は王都民から絶大なる人気と信頼を誇る宮廷魔法騎士団長セイベルト・ロンドランスを前に、衆人環視すらものともしない堂々たるご宣言。《七魔導代理》一同、大変感銘を受けました。我ら七人、どこまでも御身についてまいります、《始祖漆黒の魔導師》様」
うん、こりゃ駄目だ。思想まで完全に愛依寿に教育されてしまってる。
黒歴史ノートが世界に散らばっちゃってるだけでも悶絶ものなのに、あまつさえこんな厨二全開の組織のリーダー的な立場にさせられるとか、あまりにも罰ゲームがすぎて前世の自分は一体どんな悪行を重ねたのかと疑いたくなってくる。
玉座の上に縮こまって頭を抱える俺だったが、しかし目の前の八人の少女たちの瞳といえばキラキラと輝いて実に綺麗なものである。
「さあお兄様、記念すべき
なんかもう初陣まで決まっちゃってるし。どうやら最初の目標は宮廷魔法騎士団長セイベルト・ロンドランスが持つ《焔激の魔導書》らしい。
「いや……」
と言いかけて、ふと俺は口を結ぶ。
待てよ。確かに彼女たちの最終目的は俺の人生を破壊する羞恥爆弾である。でもその過程にある魔導七典奪還は? 黒歴史ノート七冊の回収は俺にとっても悲願だ。その点については、俺と彼女たちは同じ方向を向いているのではないか。
だったらひとまず最終目的は置いておいて、黒歴史ノートの回収を終えるまでは彼女たちの協力を得るのが得策なのではないか?
巡り巡る思考を経て……俺は意志を固めた。
「わかった。それじゃあ《焔激の魔導書》を取り戻しにいこう」
きっと愛依寿や七人の少女たちは喜び勇んで立ち上がるのだろうと思っていた。
……けれど、なぜか無言で俺の顔を見つめる全員である。しかもなんかちょっと悲しそうにしゅんとした表情まで浮かべちゃってるし。いやなんで?
「お兄様」内緒話でもするみたいに口の横に手を添える愛依寿。「《七魔導代理》全員、崇拝する御身の超絶カッコいい台詞を期待しているのです。是非とも彼女たちの士気を上げるべく、ここは偉大にして至高たる《始祖漆黒の魔導師》らしくバシッとお決めください」
なにそれ面倒くさっ‼
要するに憧れの最強魔導師っぽく厨二ムーブ全開でいけってことらしい。反射的に拒否しそうになるが、彼女たちのモチベーションは魔導七典回収の達成に大きく関わってくることになる。
……はあ、こうなりゃもうヤケクソだ! いいよわかったよ! 最終的に黒歴史ノートを取り戻せるならいまだけは恥を忍んでお望みの存在になりきってやるよ!
ふんぞり返って足を組み頬杖をついて、まさに尊大な態度で玉座に座り直し。
闇の組織を統べるものらしく、漆黒の魔導を操る最強の魔導師らしく、世界を挑発するような微笑をたたえて、俺は八人の少女らに告げる。
「――いいだろう。であるならば我についてくるがいい。幾百年の時を超えて、今再び魔導七典をこの手に取り戻す。そしてすべての魔導書を我が手中に収めた暁には、お前たちに理外の理の終着点というものを見せてやる」
「「「「「「「「――イエス、マイマスター‼」」」」」」」」
地下拠点に轟く歓喜の合唱。ていうか君たちも俺のこと舛太じゃなくてマスターって呼ぶのね……。
なにはともあれ、こうしてこの俺、《黒歴史の魔導師》率いる《理外の理を識る者達》の活動が本格的に始動するのであった。
……全部取り戻せたら、絶対の絶対に七冊まとめて処分してやるからな!
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