第4話

 ようやく腹を決め、当面、話を合わせておく為に、男のスマホを弄っていると、


「あ、コレ! 見た記憶が有るぜ、俺も」


 表示された次の写真、舞台は山頂の手前にある広い岩場だった。


 なだらかな坂に大岩が幾つも連なる中、内一つの後方から女の美しい素足が二本、逆立ちした状態で天へ突き上げている。


 荒唐無稽な姿勢なのに、きっちり死体っぽさがあり、「火サスごっこ」の中でも際立つ出来栄えだ。何も前振りなしで写真を見せられていたら、俺は間違いなく悲鳴を上げていたと思う。


 岩の背後に上半身はすっかり隠れてしまい、見えない。


 まるで岩から直接、足が生えているかの様だが、


「元ネタは有名な日本映画の一シーンだろ?」


「はい。僕達の最新作、気に入って頂けましたか?」


「え~と……何とか家の一族、だっけ? 子供の頃、テレビでやってて、推理物なのにホラーっぽいっちゅうか。素で怖いから、最後まで見られなかったんだよ、ウン」


 俺にとって、ちょっとしたトラウマだ。


 但し、その映画の中で死体があったのは岩場では無い。透明度の高い湖の浅瀬に殺された人間が逆さまで沈められ、足だけ水面に出ていたと記憶している。


「やるじゃん。あの場面を岩場で再現するとはな。SNSに上げたら相当ウケるぜ。あんたと彼女、どっちのアイデア?」


「フフッ、お褒め頂き、ありがとうございます。今の言葉、サオリちゃんに聞かせてあげたら、どんなに喜ぶか」


 喜色満面で、男は次の写真を俺に突き付けた。同じ場面を大岩の裏側から撮影したものだ。


 女の頭から腰辺りまで、岩と岩の間にできたクレバスへ入り込み、足だけはみ出している。


 岩から足が生えたように見えたのは、クレバスの隙間が狭く、且つ深かったからだ。逆立ちしながら、狭い隙間へ頭を差し込むのは一苦労だったに違いない。


 実際、良く考えたもんだ、としばらく眺め……


 段々、足の優美な曲線とグロテスク極まるポーズのコントラストが滑稽に思えてきて、俺は吹き出しそうになった。


「でも、ホントはね……どっちのアイデアでも無いんですよね、残念ながら」


 ボソリ、と言う男が次に示した写真も同じ場面の別アングルだ。


 今度はスマホのカメラをクレバスの奥深く差し込む様にして撮影している。お陰で、隠れていた女の上半身を見る事ができた。


 きっと又、悪戯っぽく笑うサオリの顔が有るのだと思っていたら、画像は予想と大きく違う。


 さかさまになったまま、隙間に挟まった女の首が不自然な、あり得ない角度でねじ曲がっているのだ。


「あ……またドッキリ? もう引っかからないぜ。悪い冗談はいい加減にしな!」


 そう叫んだ直後、次に表示されるアップ写真で、冗談じゃ済まない事実に俺は気付いた。


 頭と岩の接触部が真っ赤に染まり、隙間の奥へ鮮血が流入している。


 逆立ちの為か、女の目は真っ赤に充血し、半開きの唇から舌が垂れていた。その長さと真っ青な皮膚の色で、被写体のお芝居では無いとわかる。


「見ての通り、予期せぬ出来事が起こりました。写真撮影があまり順調に進むもので、サオリちゃん、調子に乗り過ぎたみたい」


「つまり、これは事故?」


「大岩に乗り、次の撮影場所を見定めようとした時、彼女は足を滑らせました。転落した勢いで頭からクレバスへ突っ込んでしまった」


 ジ~……


 慌しく点滅する蛍光灯が細い目を見開く男の、剥きだした乱杭歯を照らし出す。


「僕ね、彼女の体を隙間から抜こうとしたんです。ありったけの力を込めたんだけど、うまく抜けた瞬間、グキッと」


「グキッ!?」


「もろい感触の後、凄い悲鳴が聞こえました」


「つまり、彼女はまだ生きてたの?」


「首を捻って気を失ったけど、完全には折れてなかったんでしょうね。でも今度こそ完全にイッちゃった。ホラ、見て下さい、これ」


 次の写真で、サオリはもう逆立ちしていない。岩場の合間、比較的平らな場所へ横たえられていた。


「僕、驚きましたよ。舌が、岩に挟まっていた時よりダラ~ンと伸びてね。いやぁ、こんなに伸びるモンなんですね」


 俺はチラリと写真を見ただけで、すぐ顔を背けた。


 男の言う通り、口からはみ出した舌が頬から地面へ垂れ下がっている。


 そして深紅に染まったまま、涙の代りに血を流す瞳がこちらを……撮影者の方角を見つめ、何か語り掛けている様だ。






「僕、あの岩場で、しばらく彼女の顔を見つめていました」


 男の顔全体が震えていた。


「ずっと好きだったから……やっと声を掛けてもらって、二人きりで山に来て、これからって所だったんです。フラレても良いから、気持ち、伝えたかった」


 泣いているのか?


 確めたいが、光りが弱すぎる。表情の半ばが影の領域に呑み込まれ、どうしても読み取れない。


「その気持ちが通じたんですかね。横たわったまま、サオリちゃん、僕に話しかけたんです」


「はぁ!?」


「顔を寄せる僕の耳元で、あたしを撮って、と一言」


「死人が?」


「心残りがあったんでしょう。火サスごっこで一番やりたい事、一番撮りたい写真が、彼女、まだ出来ていなかったから」


「な、何だよ、それ?」


 ヌッ、と男の顔が近づいてきた。


「当然、バラバラ殺人ですよ。で、ふと気付いた。チャンスじゃないですか。特殊メイクとか、デジタル処理の技術が無くても、今なら……」


 生臭い息が、又、俺の皮膚に当る。


「切れば良い! ははっ、ただ切れば良いだけ!」


 男は泣いていたんじゃない。「彼女」から与えられた使命を果たす高揚感に酔いしれている。


「備えあれば憂いなし、ってね。コレ、持ってきて良かったです」


 登山用リュックの大きなサイドポケットから、男は折り畳み式のノコギリを取り出し、パチンと開く。


 生臭い匂いが溢れた。


 おまけに赤い粘液と乾いた肉片が、少し刃こぼれしたノコギリの所々へまだこびりついている。

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