第2話
ジ~……
心なしか、蛍光灯の瞬きが安定し、明るさを増した気がする。
一瞬ビビった反動からか気が大きくなった俺は、自分の方から身の上を話した。すると奇遇な事に、彼の職場は俺の会社の側にあるらしい。もう親近感は漲る程で、
「良かったら、あんたのも見せてよ。俺と同じ渓谷の写真とかさ。この際、比べっこしない?」
俺の誘いに男は食い気味で乗っかった。憧れのリンゴ印、48メガピクセルのメインカメラを積んだスマホを誇らしげに俺へ差し出す。
解像度、色合いが抜群のディスプレイへ映る画像を見た途端、「おっ」と思わず声が出ちまったよ。
渓谷のせせらぎを背景に、はにかみながら微笑む女性が映っている。
細身で、身長は150センチも無い。肩にかかる黒髪と大きめの目がキュートな印象を与える。
年は二十才前半ってトコかな?
中々、いや相当可愛い。目の前の男と御揃いで色違いのマウンテンパーカーを着ており、トランジスタグラマーの胸元が弾けそうだ。
「どうです? 御感想は? 僕の写真もなかなかイケるでしょ?」
上機嫌の男へ、俺は皮肉たっぷりに言ってやった。
「イイねぇ。あんたの腕より、むしろ被写体が」
「は?」
「こちら、彼女さんだろ、あんたの。良~く見たら、パーカーだけじゃなく、リュックも御揃いじゃないの」
「はぁ……」
「体は小さいのに、出るトコは出てるし、顔だって」
「ちょっと鼻が低めでしょ」
「そこが又、キュートじゃんか。何ちゅうかなぁ、そう、愛くるしいって感じ?」
顔でニコニコ笑いつつ、俺は内心でジェラシーの炎をメラメラ燃やしていた。
ホラ、写真が趣味なんて言うとさ、今時、暗いヤツとか言われがちだろ。
一眼レフのデジカメからスマホ撮影へ切り替えたきっかけもそれなのよ。SNSへ上げる為だって言うと、仲間内で引かれないから。
そもそも、女の子へ気楽にアプローチできる性分なら、一人ぼっちで山歩きしてねぇよな。
ぶっちゃけ、俺、ず~っと彼女はいない。
同じ趣味で、同じように垢抜けないボンボンの幸運がムチャクチャ羨ましかったんだよ。
嫉妬の反動で写真と女を褒めまくると、男ははにかんだ笑みを浮かべたが、
「本当の所、彼女と言うにはちょっと……」
吐き出した言葉に、若干苦い響きがある。
「仲良さそうじゃん、すごく」
「いや、その……代打なんです、僕」
呟くように言い、男は完全に俯いてしまった。
「この子、サオリって言うんですけど、僕の大学の後輩でした。僕、写真部の部長で、サオリちゃんが僕の次代の部長」
「つまり、彼女の趣味も同じだった訳?」
「この子、ホラ、華やかでしょ。年と彼女いない歴が一致している僕とは釣り合わない。気持ちを隠したまま、ず~っと良い先輩を演じてました」
「あ~、怖いモンな、コクるの」
男は大きく頷いた。
その気持ちなら、良~くわかる。俺の中でジェラシーの炎が消え、前より五割増しの親近感が溢れ出す。
「大学を出た後も、僕ら、時々メールのやり取りしてたんです。彼女、凝った写真をアップしてフォロワーを増やしてたから、技術的なアドバイスしたりして」
「ひたすら、コクるチャンスを待ってた、と」
「そこまで露骨じゃないけど……先月の中程、メールじゃなく直接電話が掛かってきました。慌てて出たら、彼女、泣いてて」
「え!?」
「別れたって言うんですよ、前の彼氏と。それも酷い振られ方……いきなり別の女を作られ、ポイされちゃった、みたいな」
「あ~、良くある話ね」
「その日、まる一晩、僕は恨み言や愚痴を聞かされました」
「でも、それって、チャンスだよな、あんたにとって」
「その後、大学近くの喫茶店で待ち合わせしたんです。散々恨み言を聞かされた後、サオリちゃん、山へ写真を撮りに行きたいと言い出しました」
「つまり、憂さ晴らしに付き合わされた感じ?」
「あくまで前の男の代理。それでも僕は嬉しかった。二人きりで外出なんて学生時代には有りません。山での撮影中も、夢心地でしたよ、僕」
男は次々とスマホの画面へ新たな写真を表示させていく。
語る表情は上気し、時にデレ、時にテンパり、抑えきれない気持ちの高ぶりが声音から伝わって来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます