暗い駅 最終列車はまだ来ない

ちみあくた

第1話

 田舎の夜は闇が濃い。


 まして、既に廃止が決まった山奥の秘境駅なんて酷いモンだ。


 今、俺は単式プラットホームの中程にあるベンチに座っている。で、その真上、ペラッペラの波板で組まれた上屋の蛍光灯が切れかけている。


 ジ~……


 あぁ、又、暗くなった。


 只でさえ光の乏しい新月が黒雲の間に入り、落ちてきた闇に重さすら感じられる。目をつぶっても、つぶらなくても、闇の濃度が変わらない。


 まだ午後9時ってのが信じられねぇな、全く。


 時刻表通りなら上りの終電まで、後17分だ。東京都内の、あのボロッちい2DKのマイルームへ帰る道はそれだけ。乗り遅れたら最後、重苦しい漆黒の只中で一夜を明かすしかない。






 背後から、唐突に陰気な鳥の声が聞こえる。

 

 うっせぇよ。

 

 どうせ、振返っても闇に呑まれた景色があるだけ。


 きっとさ、似たような鳥の声でも昼間聞くのと、今聞くのとでは、全然違う印象になるんだろうな。


 何しろ、ビビッてるからね、俺。もっと早く、散策を切り上げれば良かった。


 どうにもいたたまれず、背負う登山用リュックをベンチへ降ろし、マウンテンパーカーのポケットからスマホを取り出した。






 なぁ、良いだろ、コレ。先日買ったばかりの、俺のお宝だぜ。

 

 6.8インチの有機ELディスプレイ仕様。背面には撮影用レンズが四つも並び、プロレベルのカメラ機能を謳っている。


 韓国製なのが玉に瑕だけどさ。日本でトップシェアのあのスマホ、例のリンゴ印はムッチャ高いからな、しゃ~ない。


 高機能な分、電気は食っちまう。バッテリー切れが怖いけど、この調子じゃ俺の神経が先にイカレそうだ。






 最初に今日の昼間、山で撮った写真を画面へ映し、眺めてみた。今は9月中旬だから、紅葉を見るには早過ぎるけど、初秋の景色だって悪くない。


 早速、SNSに上げてみる。


 どれ位、「いいね」が付くか、期待に胸を膨らましていると、


「うわぁっ、素晴らしい写真ですねぇ!」


 背後に広がる闇の帳を裂き、素っ頓狂な声が飛んできた。

 

 驚いて振り返ると、ヒョロリと背の高い男が無人改札の方からベンチへ接近、俺のディスプレイを覗いている。


 丈が長めのマウンテンパーカーを着、肩には大きなリュック。年恰好は二十代半ばって所かな。要するに俺と同世代だ。


 ちょいトロそうな薄い目を更に細め、大きめの口でニンマリ笑う顔は、如何にも人が良さそうに見えた。


 それにリュックは俺のと同じメーカーだ。同じ型で色まで同じ。一人キャンプの定番で収納性がハンパ無い。ガッツリ山を探索する用途にもってこいのタイプ。


 声を掛けられた時の驚きが一段落し、同じアイテムを持つ親近感、暗いホームに人が増えた心強さは俺の警戒心を薄めてくれた。


「あ~、この写真、ここに写ってる渓谷へは僕も行きましたよ。水が透き通ってて、川底まで見通せるんですよね」


「あ、もしかして、あんたも写真を?」


 訊ねてみたら、男は満面の笑みを浮かべ、リュックから大型のスマートフォンを取り出した。


 リンゴマークのアレですわ。名前にPROが付いてて、一眼レフのデジカメに匹敵する撮影機能を備えた奴。

 

 畜生! 素直にうらやましいぜ。

 

 でも、同時に一層の親近感が湧いた。我々、趣味に生きる者にとってツールは命の次、いや、時には命より大事だったりする。


「僕、もっぱら、このスマホを使ってます。代替わりする度にショップへ徹夜で並び、買い替えも欠かしません」


「……そりゃリッチだね」


「あなたのソレも、イケてます! 僕のよりハイスペックな要素もあるし、総合力で甲乙つけがたいって言うか」


 ん~、社交辞令だよな?


 そう思いつつも、今度は俺が満面の笑みを浮かべる番だ。お世辞だろうが何だろうが、愛用のツールを褒められたら、嬉しくだろ、そりゃ。

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