小話 山葵田の独白

 楓真の家に上がり込んで、人間に戻ったサキちゃんと親睦を深めるために楓真の昔話を幾つもしてやることに決めた。共通の話題といえば彼だからね。


 スキンシップの一環として頭を撫でたりはしたが、さすがに犬相手のようにわしゃわしゃ出来なかったのは残念だった。今度犬になったらそうさせてもらおうと決めたのは余談だ。


 コホン、さて、サキちゃんと隣同士に座りあれやこれやと話していくと、サキちゃんはどれもこれも楽しそうに聞いてくれた。それが俺の口をどんどんと回していく。


 その途中で楓真は席を立ったようだったが、その時の怒ったような、不機嫌なような表情をチラッと横目で見て、まず『おや?』と心に何かが引っかかった。その正体はこの時まだ分からなかった。


 そしてそれを一旦忘れることにして、楓真が動物好きになったキッカケの話をサキちゃんにすると、サキちゃんは話の途中で少し表情が陰った。


 そこでまた『おやおや?』と何かが引っかかったが、まだやっぱりこの時は何がどう引っかかったのかは分からなかった。


 そして楓真が戻ってきてから、どんな話をしていたか聞かれ、不機嫌になり、動物好きのキッカケのポメラニアンはどうしたと質問された。


 俺に対するちょっとした意趣返しのつもりだったんだろうが、あれが俺の姉ちゃんだと気が付いていなかったという事実が露呈するだけだった。


 いや、楓真さんやい。お前さんはどんだけ人間に関心がないのさ。呆れてものも言えなかったのはお分かりいただけるだろう。


 そして何となしに零した『楓真の初恋の犬は姉ちゃん』発言で、事態は変わる。


 楓真はまるで浮気がバレた夫のような焦りの反応、そしてサキちゃんはプクーッと頬を膨らませ自ら楓真に抱きつきに行った。それがまるで俺の姉相手に嫉妬をしているかのようで。


 あれ、もしかしてこいつら、両片思……


 そこまで思考が回った俺は、『なるほどこれは面白いことになりそうだ!』と思わずニヤけてしまった。表情筋がバカになったかと思ったくらいにはニヤけていたと思う。


 そうかそうか、動物にしか感情を見せなかった準ロボットの楓真に春が来たか!


 と、親友の遅い春に、俺は内心歓喜していた。


 だってあいつ、動物が絡まないと感情も出さないし、息抜きなんてのもほとんどしないし、人間との関わりも希薄だし、と実は心配だったりしていたのだ。


 俺がいなくなったら、こいつは一人になる。そう断言しても良いくらいには。


 さらに言えば楓真は動物にも嫌われていたから、多分どの子も佐藤家の子にすることが出来ないだろう。だからいつ楓真が孤独死するかとヒヤヒヤしていた。


 それが今はどうだ!


 確かにキッカケはポメラニアンだ。だがサキちゃんが人間に戻っても尚、楓真は彼に関心を寄せ続けている。そんなこと、今まで無かった。俺の姉ちゃんが良い例だろう。


 それはつまり、サキちゃんが楓真の特別というわけで!



 俺は!


 とても!!


 嬉しい!!!



 この気持ちをどこにぶつければ良いか、俺は分からない。だから今、ここで、思いの丈を吐き出させてくれ!


…………


 スーハースーハー……ゴホン、落ち着いた。取り乱したすまん。


 さて、俺はこれからどう動いていけば良いか。今までにないくらい頭はパチパチと働いていく。


 野暮だなんだと言われても気にしない気にしない。それくらい友達として楓真を心配して、さらには幸せになってほしいと思っているだけだ。


 でもさ、ぶっちゃけサキちゃんは楓真じゃなくても、ちょっと探せば恋人なんてすぐ見つかると思うんだ。だってサキちゃん良い子なんだもん。俺が保証する。


 でも楓真、お前は駄目だ。サキちゃんを逃したらまたロボット楓真に戻ってしまうだろう。それに次また人間に関心を寄せる確率なんてものも低いだろうし。


 だから俺は親友である楓真を応援すべく、サキちゃんとどうくっつけるかを考えねばならないのだ。これは一大プロジェクトと言っても過言ではないだろう。


 ……え、男同士だろうって? ノンノン、そんなの楓真からしたら些細なことだって。楓真が関心を寄せているのは今までで俺とサキちゃんだけ──それも俺の場合、無理やり楓真に引っ付き回って一人にしないようにしていただけだ──。だからそこに男も女も関係ないってば。



 閑話休題。



 二人は今、同棲──敢えて同居とは言わんぞ、俺は──しているから、アピールするチャンスは多いだろう。まあ、お互いその恋心に気付いているかは甚だ疑問だが、気付いてしまえば早い……はず?


 だからまずはその秘めたる恋心を自覚させることが第一だろうか。


 さて、それなら自覚させるにはどうすればいいか……


「山葵田、大丈夫か?」


 そんな俺のテンション高い脳内を覗けない楓真が、俺をまるで不審者のような目で見て恐る恐るというようにそう聞いてきた。当事者のお前が不審がるなっての。こちとら色々考えてるんだからな。


 そうぶちまけてしまいたかったが、グッと堪えてどう言い訳しようか悩んだ。


 これは間違って楓真がもサキちゃんに怖がられたり嫌われたりしないように慎重に進めなければならないからね!


「大丈夫大丈夫、ただ単に面白そうだなって思って、ね。」


 バチコーンとウインクして場を和ませ、また話をうやむやにする作戦!


「そ、そうか……」


 楓真はこの答えに随分と不服そうだったが、長い付き合いで理解しているはずだ。こうなった俺は面倒くさいと。だから話を深掘りしないだろうと踏んでの作戦! 俺、完璧!


 さて、サキちゃんに楓真の良いところをジャンジャン伝えて行くぞー! オー!!

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