ないん・わんわん

「そうそう、楓真がこんなに動物好きになったのって、俺の姉ちゃんがキッカケなんだぜ~。」


 山葵田さんから齎される佐藤さん情報はどれも新鮮に映った。だからもっともっと色んな話を聞いてみたくて、山葵田さんに話の続きを促す。


「お姉さん、ですか?」


「そ。ウチの姉ちゃんもポメガバース性を持っててね。だからまずまず俺も詳しいってわけ。で、その姉ちゃんがポメった時に撮った写真やら動画を自慢する目的で楓真に見せたら『動物の可愛さに気が付いた!』だなんて初めてキラキラ輝いた顔で言うんだ。それまで表情という表情が抜け落ちていたような表情筋ニートの男がだよ? 同一人物か二度見しちゃったよね、プププ」


 それからというもの、今まで無機質でロボットみたいだった楓真がやれ『この動物のここが可愛い』だの『この動画のここが可愛い』だの一々報告してくるようになった。……とのこと。


 随分酷い言われようだが、佐藤さんにとって『動物』という存在はそれ程大きな転機になり得たのだろう。


 その気付きのおかげで今、僕は佐藤さんに拾われて居場所を貰えたわけなのだが。


 しかし佐藤さんを初めて魅了したのが僕と同じポメガの方だったという事実に、少し心がモヤモヤしたのは余談だ。


「そして発覚する楓真の『動物嫌われ体質』。小さかった頃はまだ懐かれない程度だったんだけど、それでも動画で見るような懐かれ方はされなくて……プププ、あの時のしょんぼり顔は一生忘れないと思う。」


 ケラケラと思い出し笑いで一人楽しそうな山葵田さん。彼が笑う程のしょんぼり顔とは、ちょっと見てみたいとか思ってしまったのは秘密だ。


「何を笑っているんだ?」


 と、今までどこかに行っていた佐藤さんが戻ってきたようだった。そして山葵田さんの笑いに疑問を持ったらしい。そう尋ねてきた。


「いやね、かくかくしかじか……」


「忘れてくれ。本当に。」


 山葵田さんが動物嫌われ体質のくだりを面白おかしく話すと、佐藤さんは顔を手で覆って懇願した。恥ずかしかったのかな?


 それにしても、佐藤さんは山葵田さんのお姉さんがポメガだったからこそ、僕のこともポメガだと分かったのだろうか。


 そうだとしたら佐藤さんといい山葵田さんといい、ポメガに所縁がある人に拾われて幸福だったな。






──楓真side


 昔の話を持ち出され、思わず羞恥で顔を覆ってしまう。あの頃、色々なところに溢れていた動画の数々のように俺も動物に好かれると思って近づいた。それなのにとにかく威嚇されて山葵田に笑われた苦い記憶。


 それをまさかサキちゃんに話すとは思わず、羞恥を通り越して今度はイラついてしまったのも仕方なかろう。だってサキちゃんの前では格好よくいたいのだから。


「そう言う山葵田こそ、あれ以降あの白いポメラニアンさんを見かけないが、どうしたんだ?」


 山葵田やサキちゃんの対面にあるソファーに座って反撃を見せる。


 山葵田に見せられた、動物好きになるキッカケとなったポメラニアンの写真。あれが撮られたのはまさに山葵田家のリビングだった。


 あの背景を見間違える俺ではない。伊達にこいつと幼馴染やってないからな。


 だから山葵田の家で飼っている子だと思ったのだが、あの写真を見せられて以降一度も見かけないのはどういうことだ? どこか親戚の家の子を預かっていたとかだろうか?


 家に遊びに行けばまた会えると思ったのに。妬みも少し含ませながらそう聞いてみると、山葵田はキョトンと顔を呆けさせる。


「え、あの後も会ってるでしょ?」


「は?」


「あれ、ウチの、姉ちゃん。」


「……? ……、……は?」


「え、ウッソ、気が付いてなかったわけ? あれ、姉ちゃんもポメガだったんだよ?」


「ナニソレシラナイ」


 驚きの新事実に思わず言葉がカタコトになってしまうのも仕方ないだろう。頭が正常に働かないのだ。


 そんな俺の様子が大層面白かったらしい。山葵田はニィッと嫌に笑った。


「楓真の初恋の犬は、俺の姉ちゃん。なんだもんね~?」


「……、」


 俺が反撃したはずなのに、更に反撃を食らった気分だ。それにその笑みを見て言葉を聞いて冷や汗が噴き出るのは何故だろうか。


 サキちゃんの目の前でそう言われるのが嫌だからか? それとも何かに怖気ついたか? 山葵田相手に?


 硬直した体、噴き出す冷や汗、サッと青ざめる顔……


 それらから逃れられたのは、サキちゃんのおかげだった。


 今まで座っていた山葵田の隣からパタパタと移動して、サキちゃんは俺の隣に座った。そしてそのまま俺に抱きついてきて……抱きついて!?


「っ!?」


 ポメラニアンの時と同じような甘え方なのに、人間の姿でそうされると……なんか……心臓が跳ねる。何故だろう?


「……、」


 助けてくれ、と言おうと山葵田を見やると一瞬ポカンとして、その後状況を理解したように『ニヤァーー』と何か企んでいる笑みを浮かべた。


「山葵田、何を企んでいる?」


「んー? いんやー? それ程でもー? ふーん、そっかそっか~、そう言うことねぇ~」


 何を考えているのか分からない。そして分からないことが不安へと変わっていく。


 一人で納得してないで良いから話せ。そう言っても山葵田はニヤニヤと笑うだけだった。

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