えいと・わんわん
佐藤さんが電話に出てしばらく話をした後、苦々しい顔でそれを切った。何か嫌な知らせでもあったのだろうか。
まあ、まだ知り合って日が浅い僕が聞いて良い話ではない可能性が大きいからね、電話の内容なんて気にしていない雰囲気を醸し出しながら素知らぬ顔で佐藤さんの隣に居続ける。
「サキちゃん、その……山葵田がな、」
すると佐藤さんは言いづらそうにしながらもかくかくしかじか、電話の内容から始まり昨日の出来事までを分かりやすく説明してくれた。
「嫌じゃなければ、山葵田に構われてはくれないか?」
「僕は全然大丈夫ですけど……山葵田さんは僕が犬だと思ってその発言をしたのでしょう?」
癒しというのは動物に対して抱く感情だろうし、こんなみすぼらしい人間の僕相手で、はたして良いのだろうか?
そんな意味を込めて質問してみると、多分大丈夫だろう、だなんて曖昧な言葉しか返ってこなかった。
……本当に大丈夫だろうか。そもそも僕がサキちゃんだと山葵田さんは分かるのだろうか。だって人間が犬に変わるだなんて聞いたこともないくらいレアなケースだろうし、多分。不安だなあ。
「ということで、今から家に帰る運びでも良いか?」
「それは勿論良いですよ。」
不安は残れど、今ここでウダウダしていても何も始まらない。というわけで帰途に着くことにした。
…………
佐藤さん宅はもう目と鼻の先。それくらいの距離にまで戻ってきた時、誰か家の前に屯するヤンk……不良……あ、違う、あれは山葵田さんだったか。山葵田さんがしゃがんで待ち構えていた。
そして彼は僕たちが乗る車を見つけた瞬間、ブンブンと手を振って己の存在をアピールをする。
車を車庫に入れたところで、待ってましたと言わんばかりに玄関の前で仁王立ちする山葵田さんは笑ってこう言った。
「サキちゃん人間に戻れたんだ~。良かった良かった。じゃあ改めて、山葵田 糀で~す。よろしくね。」
「よ、よろしくお願いします。あ、えと、僕は小手 咲羅です?」
先程まで感じていた僕の不安、悩みはどうやら杞憂だったようだ。
話を聞くと山葵田さんはぽめがばーす?にも詳しいらしく、改めて人間に戻ったと伝えたら大層喜ばれた。
ほぼ赤の他人なのにここまで喜ばれると、僕はどんな反応をすれば良いか分からない。愛想笑いで返事をしたつもりだけど、多分引き攣っていたと思う。
「そ、それにしても何故僕が『サキちゃん』だとお分かりに? さっき自己紹介する前でしたよね?」
ぽめがばーす?について詳しいと言っても、だからと言ってすぐに『サキちゃん=僕』とはならない気がして。
「え、だって楓真、友達いないから。」
おっふ……
バッサリ切り捨てるように言い放つ山葵田さん。仮にも友達さんに何てことを言うんだろう。流れ弾のように僕の胸にもその言葉は刺さった。
「あ、分かってない~? 楓真ったらこのムッとした表情が標準装備なんだもの、何もしてなくても怒られている気分になるでしょ。だから人が寄ってこない。で、動物も然り。」
それがどうなって『サキちゃん=僕』の図に繋がるのか、イマイチ分からなかった。それが返事にも表れてしまい、山葵田さんにまた笑われた。
「今のところ、楓真を怖がらず対等にいられる生物って、我ら山葵田家族とサキちゃんくらいなわけ。だから自ずと君がサキちゃんだと分かった、ってね!」
なんか軽く佐藤さんが貶されているような気がしなくもないが……いや、考えすぎだろう。うん、そう言うことにしておこう。
「ってなわけで、サキちゃんモフらせて~」
佐藤さんが黙って家の鍵を開けると、山葵田さんは我先にと入っていく。まるで自分が家主のように。
──楓真side
全く、山葵田は要らんことばかり喋る。俺はさして誰かと馴れ合いをしたいわけでもないし、それに時間を費やすくらいなら動物と関わっていたいのだ。
友達がいないのではなく、作らない。ただそれだけ。強がりじゃないったら強がりじゃないやい。
「それでね、楓真ったら犬猫に威嚇されるたびにショボンって顔するんだよ~! ウケる!」
「わあ、動物に嫌われる体質と聞いてはましたが、そこまでとは……」
只今、ソファーに隣り合って座るサキちゃんと山葵田は、楽しそうにお喋り──という名の俺貶し──をしている。
たまに山葵田がサキちゃんの頭を撫でていて、サキちゃんもそれを受け入れている様子を俺は見ているしかできない。簡単にいえば話に入れないのだ。
だからこそ第三者視点からそのサマを眺めていて、一つ気がついたことがある。
なんかモヤモヤするというか、気に食わないというか、山葵田そこ変われと言いたくなるというか……
とにかく複雑な気持ちでいっぱいになるのだ。
この感じはあまり良くない。このままここにいたら二人に要らぬことを言ってしまいそうだ。
ああ、駄目だ。落ち着け。これ以上このことを考えたら、山葵田に酷評されたこともある怖い表情から戻れなくなりそうだ。サキちゃんに怖がられたくはない。
頭を冷やすためにも、お茶でも淹れて落ち着こう。そうだ、そうやってコントロールしていけば良いんだ。そうだ、そうだ。
そう思い立って、キッチンへと向かうことにした。サキちゃんと山葵田をあまり見ないようにしながら。
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