04
「__つまりダニエルさんは、ここに迷い込んだところを彼に助けられたのですか?」
「うん。ご飯も毛布も薬草も全部お兄ちゃんがくれたんだよっ!」
にこにこと幼獣を抱いて笑うダニエルの話はどれも信じ難く、ルーシーは悩まし気に男を見下ろした。雨雲のような髪から伸びる角は彼が上級魔族である証だ。魔族は神に反逆した裏切り者
だからこそ、ダニエルから聞いた彼が好印象すぎて勘ぐってしまう。
「さっきから視線がいやらしいぜ、天使さん」
「ッ!?」
ルーシー不躾な眼差しを指摘し、男はニヤニヤと下品な笑みを浮かべる。悪態などつかれたことのないルーシーは怒りにわなわなと震えるが、咳払いをした後「確かに礼儀に欠く行為でした、すみません」と頭を下げた。
「しかし一つ訂正させて頂くと、天使は貴方たちとは違い自然の摂理に属さないため、性的欲求を抱くことも」
「ふーん、あっそ」
再び静寂が訪れ、欠伸をする少年を唖然とルーシーは見下ろす。じわじわと何とも言えぬ感情が込み上げるがそれらを吐き出すように深呼吸をして気持ちを切り替える。いつの間にかダニエルは姿を消しており、幼獣を連れてどこかへ行ってしまったらしい。三日もいるからか、彼は多少ここの勝手が分かっているのだろう。
どうやら今すぐにここから出られるわけでもないそうだし……こういうとき、ミハイルなら__
(ん、この匂い……血?)
もうすっかり嗅ぎなれた香りを辿ると目を瞑って男が寝ている。そういえば、ここを巣穴にしていた魔獣からダニエルを庇ったとか。本当かどうかは置いとくとして、怪我をしているという事実がルーシーを突き動かす。
幼獣の時と同じようにゆっくりと男に近付き__大きな手に腕を掴まれた。しかし逆の手で布をめくり傷口を確認する。
「ッ! おい、急に何を」
「傷が深い……三日間処置もせず治りかけてるのは、魔族の自己治癒力が高いから?」
「はあ……」
離れる気のないルーシーに観念したのか、男は大人しくされるがままだ。てっきりもっと激しく抵抗してくると踏んでいたルーシーは意外に思いながらもマントを外し引きちぎった。浄化した切れ端をで器用に傷口を覆う手つきに男はわずかに目を開いた。彼の反応にルーシーは自傷気味に微笑む。
「意外ですか? 天使は神聖力で、人間の外傷ならなんでも治せてしまいますからね。でも、神の祝福を受けていない貴方には毒になる」
「……へえ、知ってたのか」
焚火の光で星のように瞬く男の瞳に見つめられると、自然と言葉が零れた。
「昔、迷子の魔獣を拾ったんです。傷だらけで息も絶え絶えでした。可哀想で、私は見様見真似で神聖力を魔獣に放ったんです。傷が、治りますようにって」
「……」
静寂をかき消すように一際強く火花が弾けた。あの魔獣も、ルーシーの神聖力の光を浴びて命を散らした。美しい黄金色の小さな羽毛が頭上に舞う景色が頭にこびりついて離れない。
「その後、私を探しに天使が来て……彼は、勝手に神聖力を使ったことを咎めず慰めてくれたんです。そして神聖力について色々と教えてくれたんです。ふふっ、変ですよね。神の祝福の外なんて、私たちには関係のないことなのに」
そういえば、あの美しい天使は今どうしているのだろうか。俗世に降りてからというもの、あの天使の姿はおろか名前さえ聞くことがない。しかし、いつしか天使全員と関わり合うことなどないためそういうものだと思っていた。
「君は今も、その天使に会いたいと思うか?」
「そうですね。話したい事が沢山ありますから」
ふと自分が微笑んでいることに気付き、慌ててルーシーは気を引き締めた。この不思議な魔族の雰囲気に呑まれ、いつの間にか警戒をとかされている。
分かりやすく物理的にも精神的にも距離を取るルーシーに、魔族はケラケラと笑って薪をくべた。
「疲れてるだろうし、君はもう寝ていろ。あのガキはオレが迎えに行くから」
「いえ、そういうわけには」
「いーから」
気付けばルーシーは男が被っていた布で包まれ横になっていた。その手際の良さに瞬くと「おやすみー」と頭を撫でられる。どこか懐かしさを感じると共に眠気に襲われ全身から力が抜けていく。
久し振りに、懐かしい夢を見た。
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