02
「ありがとうございます、天使様……!」
「貴方に、神の御加護があらんことを」
遠くで聞こえてくる轟音に気を取られながらも、ルーシーは魔族の襲撃によって傷を負った人々の治療をこなしていく。本当は討伐に参加するつもりでいたのだが、断罪だけが天使の仕事ではないとミハイルに置いてかれ仕方なく__いや、喜んで町に残り奉仕活動を行っていた。幸い重傷者はおらず、逃げ惑い転んだ傷やかすり傷程度だ。わざわざ力を使うまでもないが、天使を一目見ようと列をなし一生懸命傷を見せてくる民の期待に応えるためにどんな小さな傷も治療していく。
「帰ったわよお! って、やだ。ちょっとアンタ大丈夫!?」
「あ、バール……」
やっと列の最後尾が見えてきた頃にはとっくに日は暮れ始めており、討伐隊が帰ってきた。来た頃とあまり変わらないバールの様子に安堵すると、全身から力が抜けて膝から崩れ落ちた。慌てた様子で駆け寄るバールの姿が大きな白いマントで見えなくなる。物言いたげな視線を恐る恐る見上げ、ルーシは苦笑いを浮かべた。
「お、お帰りなさい、ミハイル。……えっと、もう大丈夫だから」
「あまり喋るな。大人しくしていろ」
バールに助けの眼差しを向けるが、「ここは引き継ぐから、ちゃんと怒られてきなさい」と手を振られ見送られる。
見た感じミハイルも怪我はなさそうだが、一番疲れているであろう彼に抱き上げられて救護室に運ばれ、羞恥心に身体が震えた。しかしそれを神聖力の枯渇による反応だと思ったのか「思ったより深刻だな……」という呟きと共に指先がじんわりと暖かくなった。
「ちょっと、ミハイルだって疲れてるんじゃ」
「殆どが下級の魔物ばかりだった。僕を心配する必要はない」
うそつき__という言葉を呑み込み、大人しく膝の上に座ったままミハイルから流れてくる神聖力を大人しく受け取る。町からでも感じた魔力圧からは、少なくとも上級魔族が一人以上いたはずだ。それに魔竜を見たという住民の口コミだって聞いている。それでも、彼はなんでもない顔で全てを片付けて帰ってくる。
「ミハイルは凄いね」
笑って、ルーシーは続ける。
「一人で何でもできちゃうんだもん。ごめんね、結局また君のお世話になっちゃった」
「……別に、僕はただ」
「て、天使様ッ!!!」
慌ただしく救護室に駆け込んできた女性は、聖騎士の制止の声を聞かず転んだ勢いのまま床を這って近付いてくる。見覚えのない顔だ。ルーシーも急いで女性の元へ駆けつけると、必死に腕を掴まれ縋り付いてきた。
「息子が、息子が行方不明なんですっ!三日前森に行ったっきり、帰ってこなくて……!」
「お願いします、どうか、どうか息子を……!」と震える女性と後からやって来た男性に詳しく話を聞くと、病床に臥す妹の為に薬草を採りに山へ行ったっきり三日も戻ってきていないという。そのせいで女性はろくに眠れていないようで、男性も憔悴していた。
その場に居合わせた聖騎士は「このようなことに天使様のお手を煩わせるわけには……」とやんわり断りを入れるが、献身者の名を神により賜ったルーシーが助けを求められて首を横に振るわけがない。そしてそんな彼女をミハイルとバールが一人にさせるわけがなく、天使たちは再び夜の森へと足を踏み入れた。
「ルーシー、あまり僕のそばを離れるな」
「自分の身くらい自分で守れます」
「そうよお、アタシもいるんだからそんな神経質にならなくてもいいじゃない」
「
「あ"?」
二人が睨み合いから言い合いに発展するまで、あまり時間はかからなかった。
騒ぎ立てる二人の間をそっと抜け出し、ルーシーは辺りを見渡す。奥には森だった炭が積もっており、ここから見ると黒い穴がぽっかりと空いているようだ。元通りになるには人の一生分の月日がかかるだろう。それが長いのか短いのかはあまり分からないが、目を瞑って祈りを捧げているとふと違和感を感じた。後ろを振り返ると、風もないのに足元の木の葉が不気味に揺れている。
(地面が、歪んでる……?)
試しに触れてみると指先は地面に触れずに通り抜けていく。どうやらこの下には空間が広がっているようだ。もしかしたら、ここに少年は__
「え」
二人に報告しようと腰を上げかけた瞬間、向こう側から手が引っ張られ落ちるように歪みに身体が呑み込まれた。あっという間にルーシーはその場から姿を消し、冷たい風が歪みを搔き消す。
「__待て、ルーシーはどこだ」
「え、おチビちゃんならここに……ッ!?」
ルーシーの失踪に、ミハイルたちが気付く直前の出来事だった。
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