01
「なあに拗ねてんのようおチビちゃん」
「チビじゃないです」
突っ伏していないほうの頬を摘まむ手を力なくどかされ、バールは溜息を吐いた。長期任務で暫く姿を見せず、報せもなしにいきなり部屋に突撃して来たかと思えば何を言うでもなくずっとこの調子だ。おかげで部屋の主であるバールは彼女から発せられる陰気臭い空気に晒され続け、自室だというのに居心地の悪い思いをしている。
しかし手慣れた様子で窓を開け、陽の光と爽やかな風を浴びせるとルーシーを机から引っ剝がし寝具に座らせた。生気のない瞳を覗き込むと、熟れた果物のように小さくて赤い唇が震える。満足気にバールが微笑んだ。
「やっと目が合った。どうせまた
「……なぜ、人は死ぬのでしょうか」
「おッッッも」
思わぬ返答に漏れ出たあらぬ声を誤魔化し、バールは隣に腰かけ頬杖をついた。
「そういえば
「異端者の一人に接触して、導こうとしたのですが……全然駄目でした。結局ミハイルに任せきりで……ああ、私も一度死んでみたい」
「あらま、完全にノイローゼだわこの子……」
手首に彫られた
「何故人間は死ぬのか、ねえ」
遠くに視線を飛ばし、バールは意味深に口角をつり上げた。
「そんなに気になるなら、聞いちゃえばいいのよ」
「え」
「なるほど、それで私のところに」
「お、お忙しいのにすみません、先生」
バールの後ろに隠れるように立ち、ルーシーは恐る恐る先生を見上げた。穏やかな光が灯る瞳に自分が映ると不思議と胸の奥がぽかぽかする。頬を染めるルーシーと同じ目線になるよう屈み、先生はその頭を撫でた。
「そう気を遣う必要はありません、ルーシー。あなたたちを導くのが私の役目なのですから。しかし、その問いに答えることは出来ません」
「どうしてですか?」
「……」
何も言わずに笑みを浮かべる先生に、だと思ったとバールは息を吐いた。しかしルーシーは先生に頭を撫でられたからか、負の感情が消え去って幸せそうだ。それだけで此処に来る価値はあっただろう。
「あら」
「!何故お前たちがここに」
先生に別れの挨拶を済ませて扉を開けると、ミハイルがすぐそばに立っていた。まだ気まずいのか目を合わせないルーシーに顔をしかめるが、すぐに気持ちを切り替え「丁度いい」と言ってバールに
「これ、瞬間移動の? なんでアタシに」
「国境付近に魔族が出た。事態は急を要する、行くぞ」
「ま、待って!」
バールを連れて行こうとするミハイルの腕をルーシーが掴む。何かを言われる前にスクロールを掴んで目を合わせた。
「私も連れてって!」
「なにを」
「絶対、絶対足手まといにならないから!」
「しかし、お前は」
「いいではありませんか」
「先生!」
大丈夫と頷く先生に苦言を呈することが出来る者などいない。
ミハイルは苦虫を嚙み潰したかのような、苦悶に満ちた表情で頷くしかなかったのだった。
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