失落宴
朱鶯
Prologue
陽の光を通さない暗い夜の森を一人、男が馬を走らせていた。
黒いローブの下は血で汚れ、青白い顔にはびっしり汗が浮かんでいる。時折後ろを振り返っては息を呑み、首飾りを必死に握りしめた。
(くっそ! こんな、こんなはずじゃなかったんだっ……!)
数刻前まで、彼は仲間と共に行動していた。異端審問を受けて命を落とした友のため、同志と共に教会に報復するため手始めに火を放ち孤児院を襲う計画を立て……今日が、その決行日だった。
ふと、背中に違和感を感じる。覚えのある上品で蠱惑的な香りが鼻腔をくすぐった。とんとんと、肩を叩かれる。
「そんなに急いで、一体どこに行かれるのですか?」
「は……?」
楽し気に笑って、亜栗色の髪の少女は男に話しかける。あり得ない。スピードこそ出るが、二人乗りなんて出来ないほどこの馬は小柄だ。たとえ後ろに乗れたとしても駆動ですぐに振り落とされてしまうだろう。
困惑する男の顔の顔を満足げに見つめて、少女はおもむろに銀の装身具を取り出した。血で汚れているソレは男の首飾りと瓜二つで仲間の名前が彫られている。
「迂闊でしたね。認識票から発せられる魔力の痕跡程度、私たちにバレないとでも思いました?」
「せ、
男が悲鳴めいた叫びをあげると共に馬が嘶き振り落とされる。地面に放り出される衝撃に意識が飛びかけるが、剣で太ももを貫かれくぐもった悲鳴が零れた。しかし足を引きちぎってでもあの少女から離れろと警鐘が頭の中で鳴り響く。
必死に藻掻く男を見下ろし、少女は男の顔すれすれに短剣を突き刺した。剣身に反射した少女の鋭い眼光に晒され息が詰まる。
「ひっ……!」
「そんなに緊張しないで下さい。私、貴方とはお友達になれると思うんです」
「は?」
いつの間に取ったのか男の首飾りを手に、少女は慈愛に満ちた眼差しで言い放つ。
「今からでも遅くはありません。過去の過ちを認め、神に許しを請いましょう」
男は短剣を握り少女に向かって振りかざすが、まるで意志を持つかのようにソレは少女を避けた。気付いた頃には既に男の意志とは裏腹にもう一方の手に向かって振り落とされ、手の甲を貫く。
「可哀想に……
「はっ……それは、こっちの台詞だ。お前らは、知らないだろうな。自分たちがあの
「!」
男が最後の言葉を言い終える前に刀身が首めがけて振り落とされ、血が派手に飛び散った。突如として現れた大剣を軽々と持ち上げる後ろ姿に少女は息を呑む。悩まし気に視線を彷徨わせると、目を伏せて遠慮がちに声をかけた。
「ミハイル……! えっと、その」
「遅い」
少女と同じ白地のマントに縫い込まれた金糸の模様が輝き、ミハイルが振り返る。
「何故異端者を生かしていた、ルーシー。僕たちの責務は」
「はいはい! 言われなくてももう分かったって!」
低く唸るような声色に気圧されないよう声を上げて少女__ルーシーはミハイルの言葉を遮った。気難し気に顰められた眉間と眼差しから目を背け、亡骸に突き刺さった得物を抜き取る。傍に膝をつくと両手を胸の間で握り、目を閉じて祈った。
「主よ、どうかこの者に永遠の安らぎを与え、復活の栄光のうちに立ち上がることができますように」
握った両手を開き息を吹き込めば、浄化の炎がたちまち骸を包み跡形もなく連れ去ってしまう。全てが天に昇るのを見届けて立ち上がると、ルーシーは寂し気に微笑んでミハイルを見上げた。
「異端者は、即刻断罪……。分かってるよ、
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