第13話 リリーシェ頼られる


 リリーシェがヴァイアナに来て1週間が過ぎた。


 相変わらずユーリ様は毎日様子を見に来るのだが…



 とりあえずリリーシェが最初に教えたオールドシングルカットは工房の5人の男がすべてマスターしていた。


 思った通り新商品としてそのダイアモンドを店に出したところすぐに外国人の大富豪や官僚竜人の夫人や商会の経営者などから注文が殺到した。


 特に外国と取引のある商会の経営者からはまとめての注文が来た。


 オステリア工房は宝石の原石の仕入れや金や銀などの材料の仕入れや注文の作成に大忙しだった。


 そんなところにリリーシェを名指しで尋ねて来た女がいた。


 「お願いします。リリーシェさんに会わせて下さい」


 店先で店員が応対に出る。


 「そうは言っても彼女は今忙しくしておりまして…」


 「ええ、そうでしょうが…アンナが来たと言ってもらえませんか?こっちに来る途中で知り合ったものなんです」


 「わかりました」


 店員はリリーシェに伝えに言った。



 リリーシェはアンナさんが来ていると聞いてすぐに工房から店に出て来た。


 「アンナさん?どどうしたんです。よくここがわかりましたね」


 リリーシェはアンナさんの心配をする。


 「ああ、リリーシェさん。会えてよかった。実は娘の旦那が事故に遭ってね」


 「まあ、あっ、こんな所では。奥に部屋があるのでそちらで話をしましょう」


 リリーシェは店員に目配せをしてアンナを奥の部屋に通す。


 「それで何があったんです?」


 「ええ、娘のお産は無事に女の子が生まれたんです」


 「まあ、良かったです。それで?」


 「実は娘婿は宝石彫刻師で、仕事帰りに馬車に引っ掛けられて大けがをしたんです。今は近くの診療所で手当てを受けているんですが…働いているビレリアン工房って言うのがそれはもうすごくケチな工房でいきなり休むなら給料は支払えないって言うんです。困っていたらあなたがこちらで働いているって評判を聞いて…」


 「まあ、それで私がここにいるってわかったんですね。それで?」


 「旅で一緒になっただけのあなたにこんなことを頼むなんてほんとに無理な頼みだってわかってるんです。でも、娘もお産したばかりで私もこっちには知り合いもいないしで…少しばかり都合をつけてもらえないかって…いや、やっぱりこんな事いけません。もう帰ります。リリーシェさんすみません」


 アンナさんは申し訳なさそうに頭を下げた。



 リリーシェもお金をそんなに持っているわけでもない。でも、頼る人もなく困っているアンナさんを見捨てるわけにはいかない。


 「アンナさん。私も今はそんなにお金を持っていないんです。だから前借りできないか聞いてみます。きっと貸してもらえると思いますから…それでお金はどこに持って行けばいいんです?」


 「ああ…すみません。無理をさせてしまうからやっぱり…」


 アンナさんの顔が申し訳なさに歪む。



 リリーシェ、いや、前世の小坂未来の両親は早くに亡くなったので未来は祖母に育てられた。


 その祖母も未来が専門学校を卒業する少し前に病気で亡くなった。


 だから日本にはもう身内もいない。未来にはこの世界で生きて行く事しかない。


 この3年間はこの世界になじむことと神殿の仕事でほとんど余裕がなかったが、そんな時でも少し年配の人を見ると祖母を思い出していつも親切にするのが常だった。


 そんなわけでアンナさんに頼られるとどうしようもなく役に立ちたいと思うのだ。


 リリーシェに迷いはなかった。


 (そう言えば…


 私の力でその人のけがを治すことも出来るかも知れないわよね。治せなくても少しは治りをよくする事が出来るかも知れない)


 そんなことさえ思う。


 リリーシェはリスロートに来てから前よりも癒しの力が強くなったような気がするのだ。


 実際、先日も腕を怪我したディオンさんの傷もきれいに治す事が出来たし、加工でぱっくり切ってしまった自分の指も治す事も出来たのだ。


 「そんな事。気にしないで下さい。それにその男性の怪我も少しは治す事も出来るかも知れませんし、そうだ。診療所の場所を教えてください。仕事が終わったら私そこに行きますから」


 「そう言えばリリーシェさん、癒しの力をお持ちなんですよね。私ったら‥違うんですよ。そんな事思ってもいなかったんです。それにそんなことまで頼むわけにはいきませんから」


 アンナさんはさらに頭を下げた。


 リリーシェはアンナさんの肩に優しく触れて下げた顔を上げさせる。


 「困ったときはお互い様です。旅の途中もそうでしたよ?アンナさん、気になさらず、さあ、教えてください」


 アンナさんは診療所の住所を教えてくれた。


 「リリーシェさん、こんな事頼むのは失礼かもしれないんですが、人には黙って置いてもらえますか?来るのも1人で来てほしいんです」


 「ええ、もちろん誰にも言わない。一人で行くから安心してアンナさん」


 「ほんとに何て言ったらいいか。ありがとうリリーシェさん。では、今晩待ってますから」何度もお礼を言って帰って行った。



 聞いた住所はここから歩いて15分程度の場所らしい。


 リリーシェは何の疑いもなくそこに行くと約束した。


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