第11話 リリーシェ期待の星になる
リリーシェは翌朝起きると借りた住まいで支度をした。
工房の2階にある住まいはこの工房で働く人を住まわせているものでいわゆるワンルームマンション的な部屋がありベッドや布団も揃っていて小さなキッチンとトイレが付いていた。
風呂は共同らしくシャワールームもあるとトラッドさんから説明された。
なんでも彼はこの従業員用の住まいを管理しているらしい。
おまけに独身でオステリア工房では一番腕がいいとも言っていた。
まあ、それはどうかはわからないが、昨日のカルダさんの頼り方を見るとまんざら彼の言っていることが嘘でもないかもしれない。
(私に前世の記憶があるからいいようなものの…リリーシェだけだったら絶対一人暮らしは無理ね。昨日はトラッドさんが差し入れてくれたもので済ませたけどいつまでも彼を頼るわけにもいかないわね。さあ、とにかく何か食べるものを買って来よう)
リリーシェは着替えを済ませると部屋から出た。工房で働くとなるとワンピースなどでは話にならないので今日はシャツとズボンにブーツを履いていた。
「あれ?リリーシェ。おはよう。早いな。まだ仕事には時間があるぞ」
待っていたかのようにトラッドさんと鉢合わせした。
彼は黒髪でくりっとした碧い瞳をした好青年だ。いくら前世の記憶があるからと言ってもリリーシェの男関係はほんとに乏しい。
こんな風に気さくに話しかけられるとめちゃくちゃ恥ずかしいのだが…
「トラッドさん。おはようございます。昨日はいろいろご親切にして頂いてありがとうございました。これから朝食を買って来ようと思って」
「ああ、飯か。良かったらパン食べるか?俺も今買って来たんだ」
人懐こそうな笑顔で持っていた袋を見せられる。
「いえ、とんでもありませんよ。それにこの辺りを少し見て歩きたいので。あっ、ご厚意ありがとうございます。じゃ、ちょっと行ってきます」
「ああ、ここを出て右に行くとその先にパン屋がある。この辺りじゃパン屋はそこだけだから。気を付けて行けよ」
「はい、了解です」
言われた通り右手に行くとパン屋があった。
リリーシェはそこでパンにチーズを挟んだものを書いついでにバゲットを買った。これは夕食用にするつもりだ。
ついでにパン屋で辺りに八百屋や肉屋がないかと尋ねるともう一本隣の通りにそう言った店が並んでいると教えてくれた。
そしてパンを食べ終わると工房に顔を出した。
「おはようございます。今日からお世話になりますリリーシェです。よろしくお願いします」
リリーシェは数人いた男たちに挨拶をした。まだカルダさんは来ていなかった。
男たちが口々に名前を言っていく。
「エイダンだ」「ビルです」「シルベスタだ。よろしく」「ディオンと言います」
工房では全員で5人の男が働いているらしい。
(待って。これってエー。ビー。シー。ディーって並んでない?やだ、覚えやす…)
リリーシェは脳内でにやつく。
するとトラッドが声を上げた。
「おい、みんな。さっき話していたリリーシェだ。昨日見た彼女の宝石のカットの技術がとにかくすごいんだ。リリーシェこっちで昨日のカットをもう一度みんなに見せてやってくれないか?」
「はい」
リリーシェは言われたところに座るとダイアモンドのカットを始めた。
周りには熱いくらいの男たちの視線が熱いがそれを気にしている余裕はない。リリーシェはカットにひたすら集中した。
「こりゃすげぇ」
「こんなのどこで?」
「うそだろ?」
「こんなのみたことないです」
男達は口々にため息をついたり立ち位置を変えたりしながらリリーシェのカットするダイアモンドに見入る。
「ふっ、これでどうでしょうか?」
一度ダイアモンドに息を吹きかけ何とか形になったものを差し出した。
「リリーシェあんたすげぇ」
「いや、腕はまだまだだけど、才能あるぜ」
「ああ、どうやってこんな技術を?」
「あんた、デザインの才能あるぜ!」
「なっ、俺の言った通りだろう?」
男たちは口々にそのカットのやり方を教えてくれと言った。
その日は一日中オールドシングルカットのやり方を教えるので費やされた。
カルダ様も様子を見に来てすぐに新しいカットで指輪を作るよう指示を飛ばした。
「リリーシェ、このカットの名前はあるの?」
「あっ、「そうだわ。このカットの名前はリリーシェカットってつけるのはどう?あなたはわがオステリア工房専属の宝石彫刻師よ。いいわね」えっ?でも…」
「あなたの名前よ。気に入らないの?じゃあ、工房の名前で「いえ、リリーシェカットでお願いします」でしょ?いいわね。何度見てもうっとりするわ。これはすぐに注文が殺到会うるわよ。みんなしっかり頑張ってリリーシェから技術を教わってちょうだい!」
「「「「はいっ!」」」」
こうしてリリーシェは男たちの釘付けの仕事始めの一日目を送る羽目になった。
そしてやっと仕事も終わるころ今度はユーリが様子を見に現れた。
「リリーシェ、どうだい調子は?」
「ユーリ様どうしてまた?」
「俺は王都の行政担当なんだ。街に新たな風を起こしてくれそうな人が気になるのは当然だろう?なぁカルダ」
「ええ、ユーリ様。リリーシェは素晴らしい才能を持っています。これからが楽しみですよほんとに」
「ああ、それは楽しみだ。期待してるよ。リリーシェ」
ユーリは嬉しそうにほほ笑むと工房を後にした。
「おい、リリーシェあんた凄いじゃないか。ユーリ様がわざわざ声をかけてくれるなんて今までにない事だぞ」
「違うんです。昨日ギルドに偶然立ち寄られて知り合っただけですよ」
リリーシェは早くもみんなから熱い視線を浴びることになった。
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