第11話 女3人、悪だくみ

わたしカロリーナの継母であるフィオナさんが、パアッと明るい笑顔になった。


小豆色のながい髪をストレートにのばし、くりくりと黄土色にかがやく大きな瞳に、愛嬌のある丸顔。


しかし、可愛らしい見かけに反して、自身は平民の身から爵位を買って、お父様の側室に収まった野心家でもある。


なにより〈やり手〉だ。


準男爵夫人という最低ランクの爵位を買って興した商会をひろげ、


伯爵夫人の爵位を追加で購入し、高位貴族として社交界にデビュー。


お父様の目にとまって側室となり、ついには公爵夫人にまで昇り詰めた。


女性としては立志伝中の人物といっていい。


そのフィオナさんが、わたしの手渡した葡萄酒の瓶を手に、ニヤリと笑っている。



「カロリーナ様。あなた意外と大胆なことをなさるのね」


「お継母様。わたしは既にお継母の娘ですわ。どうぞ呼び捨てにしてくださいませ」


「あら? わたしはいま、取引相手の商会主人に対して敬意を払っているの」


「それは光栄ですわ」



フィオナさんは試飲をかさね、リアから商品の説明を聞いて、こまかなことまで質問を返す。


この商才があればこそ、お父様の目にとまったのだ。


わたしだって、ほんとうはお父様が側室を取るのは嫌だった。


けど、病いに伏せったお母様が――、



「……あなたの妻としての役割を果たせなくなりました。どうぞ、側室をお取りください」



と、悲しく微笑むのを見て、なにも言えなくなってしまった。


そして、お母様のことを心から愛していたお父様もその気持ちを汲まれ、


愛せる女性ではなく、家門を発展させる商才豊かな女性を側室に選ばれた。


そのとき迎えた3人の側室のうち、めきめきと頭角を現したのがフィオナさんだ。


自身の商会とお父様の商会を連携させ、どんどん商圏をひろげてシュタール公爵家に大きな利益をもたらした。


わたしが初めて会ったのは、お母様が亡くなられた後だったけど、非常にサッパリとした性格で好感が持てた。


ほかの2人の側室が、なんならわたしに向けて敵意に近い感情を見せたのに対して、フィオナさんは親しい友だちに会ったような、気さくな振る舞いを見せてくれた。


その上、わたしに公爵家の継承権を認める旨の書簡を送ってきた。


原作ではまだ小さな長男に公爵家を継承させようとして、カロリーナと対立していた。


いずれ手の平返しをされるかもしれないけど、ロッサマーレでのんびり暮らすつもりだったわたしにはどうでもいい。


お父様から相談していただいたときには、つぎの正妻にフィオナさんを推薦した。


しかし、この愛らしい外見をした女傑がほんとうにすごい本性を見せたのは、この後だ。


わたしと良好な関係が築けたと確認したフィオナさんは、


正妻の長男となり、有頂天になったわがまま放題の息子を修道院に叩き込んだのだ。



「いやだー! いやだー! 修道士になんかなりたくない! やめてよー! いやだよー、お母様ーっ!」



力ずくで馬車に押し込まれ、泣き叫ぶ異腹の弟の声は、まだ耳にのこっている。


いちど修道士になった者が、貴族の身分に返り咲いた例はほとんどない。


いまは真面目に神の僕として修業に励んでいるらしい。


だけど、泣き叫ぶ息子を見送り、平然と屋敷にもどっていくフィオナさんの姿を自分の部屋の窓から眺めていたわたしは、すこし寒気を覚えたものだ。


まだ学園にあがる歳ではなかったけど、原作ではフィオナさんの息子はヒロインの味方をしていた。


逆算して読み解くと、フィオナさんは息子をカロリーナに対抗する道具にしていたってことだ。



――ほんものの悪女。



とさえ思う。


息子を猫かわいがりするような悪女は、まだ可愛い。


身の丈に合わせた確実なステップアップを常に狙い、過ぎた望みは抱かないけれど、いつも野心に燃えている。


フィオナさんの生き方は、わたしには決して選べない。


尊敬の念さえ湧く。


フィオナさんが、コトリと静かに葡萄酒の瓶をテーブルに置いた。



「わかりました。葡萄酒5,000本。すべて我がフィオナ商会で買わせていただきます」


「ありがとうございます!」


「……カロリーナ様が、こんな才覚を隠し持たれていたとは。わたしも、まだまだ人を見る目が足りておりませんわ」


「才覚だなんて……。たまたま、人の縁に恵まれただけですわ」


「それこそ、まさに商いの才覚です。繋がっている縁に気づかぬ者、気づいても活かせぬ者が、世の中にどれほど多いことか。……鉄壁姫の鉄壁の向こう側に、これほどの宝物を隠し持たれていたとは」


「きょ、恐縮です……」



この継母というよりは、この女性。


この女性から手放しに褒められるのは、素直に嬉しい。


鉄壁姫というあだ名はともかく……。



「お継母様。それからこれ、ラヴェンナーノのお土産というか、今日の記念によかったら……」



と、手渡したのは1枚の絵画だ。


女性体の大天使がとても美しく、とても肉感的に描かれていてフェルスタイン王国では見かけない作風だ。



「まあ! ……とても素敵。いただいていいの?」


「ええ、もちろんですわ。お継母様のお気に召したら良いのですけど」


「とても気に入りました。ひと目で惹き込まれる、素晴らしい絵画ね」



目をかがやかせるフィオナさんは、途端に愛くるしい少女のような顔になって、じいっと絵を見つめ続けた。


喜んでくれたのなら、それがなによりだ。


そして、となりに座るリアは、



――ボロ儲けじゃあぁぁぁ!!!!



と、悪い笑顔で、葡萄酒の売買が成約した喜びを噛み締めていた。


ビットにいい土産話ができて、


わたしも嬉しい。



   Ψ



王都にあるわたしの商会、ソニア商会の本館に立ち寄って、支配人のジョナスに荷馬車の手配を命じた。


葡萄酒5,000本を輸送するのだ。結構な数の荷馬車が必要になる。


初老のジョナスは、汗をふきふき目を白黒させた。



「あ、それからジョナス。ミカンだけど」


「はい」


「王都で販売する分は残してあるから、一緒に運んでくれる?」


「……の、残してある?」


「うん。あとは売ったの」


「え? どちらに?」


「ラヴェンナーノ帝国に直送したの。船を買って」


「え、ええ――っ!?」


「だから、ゾンダーガウ商会に売る分は、もう残ってないわ」


「こ、困りましたな……」


「ん? なにが?」



ジョナスはさらにダラダラと汗をたらしながら、ゾンダーガウ商会との他の取引について帳簿を開いて説明してくれる。


ゾンダーガウ商会との取引は、ロッサマーレ産のミカンだけではない。


わたしのロッサマーレ以外の領地の産品も、すべてソニア商会が扱っているのだ。


帳簿から目をあげたリアが、すまし顔をジョナスに向けた。



「ゾンダーガウ商会に販売予定だった商品は、すべてロッサマーレに運んでください」



ジョナスは眉間にしわを寄せ、侍女風情が何を? という顔でリアを睨む。


そうか。


このふくよかな顔をした、人の良さそうな初老のおじさん。こんな表情もするのか。



「ロ、ロッサマーレに運ぶ? あんな辺境に運んでどうしようと?」


「船で運び、直接ラヴェンナーノ帝国に販売いたします」


「……そ、そんな無茶苦茶な」


「ちょうど良かったではないですか」


「……ちょうどいい?」


「葡萄酒を取りにロッサマーレに行かせる荷馬車を、カラで行かせる必要がなくなりました」


「え……? それでは、葡萄酒というのも?」


「ええ。ラヴェンナーノ帝国から直接仕入れいたしました。すでにフィオナ商会に買い取っていただく商談が、成立しておりますわ」


「はあ……」



と、ジョナスはおおきなため息を吐いた。


すべてを諦めたような顔をしたジョナスに、わたしは謝った。


病いに伏せったお母様に代わり、ジョナスはずっと商会を取り仕切ってくれていたのだ。


引き継いだわたしも、学園生活中は任せきりにしていた。


ジョナスにはジョナスのやり方があったのだろう。


プライドを傷つけてしまったのなら申し訳ない。



「いえ……。商会はカロリーナ様の持ち物です。いそいで荷馬車の手配をいたします」


「ありがとう、ジョナス。お願いするわね」



すこし引け目を感じながら、本館をあとにする。


だけどリアの表情は、いつにもましてクールに見えた。



「……すこし、ソニア商会の取引を調べますわ」


「うん……、リアの気になることがあるなら、好きにやってみて」


「恐れ入ります」



ジョナスは、あたらしい販路の開拓にも、莫大な利益にも喜ばなかった。


リアとしては、これまでのやり方に固執するようなジョナスの振る舞いに、反感を抱いたのかもしれない。


それか……、なにか怪しいと感じたのか。


ともかく、まあまあとリアを宥めながら、馬車に乗り込んだ。



   Ψ



しばらくして、葡萄酒をロッサマーレから運ぶ荷馬車の隊列が王都に到着。


フィオナさんに無事、引き渡すことが出来た。


実質的に、わたしの初めての交易だ。


次々とフィオナ商会の倉庫に収まっていく葡萄酒の木箱をながめていると、自然と胸が躍ってくる。


リアが代金を受け取ったあと、ふたりでフィオナさんの執務室に招かれた。


母親として、娘との初取引のお祝いでもしてくれるのかと思ったけど――、



「どうかしら? フィオナ商会で人気の商品を集めてみたのだけど」



と、部屋いっぱいに香辛料のサンプルが広げられている。


種類も数も豊富で、すこし鼻がムズムズするほどだ。



「お、お継母様? ……これは?」


「カロリーナ様は、ラヴェンナーノ帝国への直販ルートを開拓されたんでしょう? 新商品にフィオナ商会の香辛料などいかがかと思って」


「いいですわね。さすがフィオナ様です」



と、リアの悪い笑顔が冴え渡る。



――動きが、はやい!



まさにこれこそが、フィオナさんの商才なのだろう。



「勉強になりますわ」


「あら? ふつうよ、ふつう」



カラカラと笑うフィオナさんと、さっそくリアが商談に入ってくれる。



「せっかくの素晴らしい商品ですのに、ソニア商会では運転資金が足りそうにありませんわ」


「あら、そこは母娘じゃない。支払いは売れてからでもいいわよ?」


「それは助かります。……まずは利幅が薄くても販売が確実な胡椒を中心に、ほかはサンプル的に購入させていただき、先方の反応を見させていただきたいですね」


「いいわね。堅実な商い。わたし大好きだわ」


「恐れ入ります」



うん。わたしも大好きだ。


本来のわたしは、大勝負をする方ではない。なりゆきに任せながらも、何事にも保険をかけたがるし一歩ずつ進むタイプだ。


だけどこの、女3人、悪だくみしている感じもキライじゃない。



やがて、商談はまとまり3人でお茶にする。


フィオナさんもリアも満足気な表情で、もちろんわたしも満足している。


いい商いができたと思う。


執務室に飾られた、わたしのプレゼントした大天使の絵を眺めながら、


むふんと、なる。



「そうそう、カロリーナ様。つぎにラヴェンナーノに行かれる際、すこし大き目の絵画も1枚お願いできないかしら?」


「いいですけど、なにに使われるご予定ですか?」


「ふふっ。わたしが2枚も絵を飾る性格じゃないって、よくご存知ね」


「あ、いえ」


「近く王妃陛下がお誕生日を迎えられるでしょう? その贈物にいかがかと思って」


「あー、なるほど。では、真剣に選ばせていただきますね」


「よろしくお願いしますわね」



と、微笑んだフィオナさんは、壁にかけた絵に視線を移した。



「こういう絵画って、ヴィンケンブルク王国が通さないのよね」


「え? どうしてです?」


「ヴィンケンブルクって軍事専制を敷いてるでしょ?」


「ええ、通り過ぎただけですけど、とても堅苦しいお国柄でしたわ」


「だから、ナンパなものは精神を蝕むとか言って、ラヴェンナーノの美術品を国に入れないのよ」


「へぇ~。それは初めて知りました」



かるく驚いて、



――じゃあ、ビットは通関できないわね。



と、ヴィンケンブルクでアワアワしてるビットを想像して、吹き出しそうになるわたしに、


フィオナさんがそっと顔を寄せ、声をひそめた。



「言ったらなんだけど、ゾンダーガウ商会もヴィンケンブルクの言いなりじゃない?」


「あ、そうなんですね」


「そうよ。ヴィンケンブルクとの交易を独占してるくせにあの態度じゃ、舐められる一方よ」


「へぇ~」



わたしから顔をはなし、意味ありげに微笑むフィオナさん。



「だからね。カロリーナ様が運んだこの1枚の絵画は、フェルスタイン王国にとって、とても貴重な1枚なのよ?」



シエナロッソの画廊でビットが「カーニャみたいだよ!?」と選んでくれた、美しい大天使様の絵。


それは言い過ぎ。と苦笑いしながら買い求めたけど、


たった10日の航海を隔てるだけで、フィオナさんの目をかがやかせるほどの価値が出るなんて。


急にピカピカとかがやいて見え始めた――。

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悪役令嬢に転生してストーリー無視で商才が開花しましたが、恋に奥手はなおりません。 三矢さくら @Samiya-kr

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