第3話:絶望再び相まみえる

オオオオオオオオ……

 「こ……こんな瓦礫の下に地下通路が有ったなんて……。」

 小型ドラゴン達の目を掻い潜って王都跡まで来たラーヴァ達。

カツン……カツン……カツン……

 「うおおおおっ 秘密基地感すげぇ!」

 カルマも一緒だ。彼もまたラーヴァと共にジャニエルに一矢報いる為努力してきたのだ。

「あんま大声出すなよカルマ。」

 「いえ、ここまでくれば地上に音が漏れることもありませんので、気にしなくても大丈夫ですよ。」

 ラーヴァに手紙を渡した兵士が言った。

「2年かけて王様が作ったのかぁ?すげぇキレイに作ってあるぜぇここ……。昔見た隣町の坑道とは大違いだぁ……。」

「いえ、実はジャニエルが来る前から、人間同士の争いを見越して作ってあったんです。まさかこんな形で役に立つとは思いませんでしたが……。」

 カツン……カツン……ピタッ!

「うおっ カルマお前急に止まんなって!」

「いや、オイラのせいじゃなくてぇ……。」

 先頭の兵士が急に止まった為に、後ろ2人がつっかえてしまったようだ。

「ここの壁、見えますか?」

「……?見えますけど……何の変哲も無いですよ?」

 兵士が急に壁を叩き始める。コツンコツンという音が暫く響いていたが、ある一つのレンガを触ったところ、明らかに他の場所より軽い音がした。

「あぁそうだ。ここだここ。」

 兵士がそのレンガを抜くとレバーのような物が出てきた。

「握りづらいところにあるんですけど、これを全力で右に傾けると……。」

 グググッ カチッ ガガガガガガ……

 歯車仕掛けの壁が動き出し新たな空間が現れる。

「うお……めっちゃ金かかってんじゃん!すげぇ〜……。」

 「あの、あっちに続いてる道は……?」

「あれはブラフというやつです。こちらが我らが王のいる場所ですよ。」

 数分ほど歩き、行き止まりでドアを開けると急に光が差し込んできた。

「うおっ 眩しっ!」

 目が明かりに慣れるとようやく人の姿がはっきりと見えるようになった。

 ――瞬間ラーヴァとカルマは跪いた。後光が差しているかのようであった。それは明かりではない。間違いなく目の前の壮年の男性から発せられている……様に感じるものだ。名前を聞くまでもなく、二人は目の前に立っている男が、長年この国、この島を導いてきた王であると察した。

「……偉い人への対応って、これで合ってるよな?」ヒソヒソ

「先生が教えてくれた事だ。間違いないぜ。」ヒソヒソ

「……貴殿がラーヴァ殿で、間違いないな?して、隣の貴殿は……?」

 地の底から響くようなどっしりとした声だ。

「はい!手紙を見て馳せ参じました!俺がラーヴァです!」

「隣にいるのはラーヴァ殿の親友、カルマ殿だ。僕がお手前は確認して、戦闘要員として申し分ないと思って連れてきたんだ。いいだろう?父上。」

 兵士が言った。

「え……父上ぇ!?」

 驚くカルマ。ラーヴァも口にこそ出さないが頭の中が?マークでいっぱいになった。

「ああ、此奴は我が息子、プリンス・ユーゲンハルト。王子ではあるが貴殿らとともに戦う戦士でもある。今のうちから親睦を深めておいて欲しいと考え、行かせていた。それに、相手が強いかどうかは強者同士の方がすぐに分かるからな。」

「そういうことです。よろしくお願いしますね、ラーヴァ殿、カルマ殿。」

 兜を脱ぐと紫髮の美少年が現れた。一目で親子関係が分かる驚異の遺伝っぷりであった。

「よ……よろしくお願いします。王子様。」

「名前で……プリンスで大丈夫ですよ。ラーヴァ殿。」

「最後に、我はキングス・ユーゲンハルト。この国の王だ。早速だが貴殿らにも作戦の説明について聞いてもらいたい。」

「「はい!」」

 ふたりはさらに奥へと案内された。

 そこでは武具を整備する者、地図を指差し作戦について話し合う者、何か金属の塊をいじっている者……色々な人間がいた。

「うわ〜 こんなに大人が集まってるのすげぇ久しぶりに見たわ……。」

「恐らく生き残ったこの国の知識人は皆ここに集められているんだ。」

「まだこの国は……この島は終わってねぇな!ラーヴぁ!」

「ああ!ってあの人は!?」

 ラーヴァに指を指された男が振り向く。幼い頃の記憶というのも馬鹿にならないもので、ラーヴァの予想は的中した。

「本当に来てくれたんだね。ラーヴァ君!」

 男はかつてラーヴァの体を検査し特異体質の事に気づいた、白衣の医者だった。

「もしかして……俺の事を呼んでくれたのは!?」

「はい。私です。本当はこれは私たち大人が解決しなければいけないことなのですが……君たちの力を借りなければどうにもならないのです。……本当に申し訳ない。」

「いえ、大丈夫です!俺たちもアイツを倒してやろうと思ってずっとここまで生きてきたので!」

「無理矢理連れてこられた訳ではないのですね。良かったです。……イヤ、復讐が生き甲斐になってるのは全くいいことではないですが。」

「おい、二人共ぉもう会議始まるみたいだぜぇ!」

「この島のため、お互い頑張りましょう!」

「はい!私たち大人が全力で君たちをサポートしますよ!」

 そういうと二人は用意された席についた。髭を伸ばした参謀と思わしき人物が皆の前に立ち話し始める。

「……まず、ジャニエルの生活パターンには周期性がある。具体的に言うと奴は5日間何処か別の所で活動し、2日間我々の住む島に滞在するというサイクルを繰り返している。偶にパターンが崩れ、3日滞在する事があるが、その場合次の滞在までの合間が4日になる為、奴は7日を一つの区切りにしていると思われる。それから奴の取り巻きといえる小型ドラゴン達だが、奴らの行動も完全にパターンがあるようだ。32体の内島の外周を回り船による脱走を図る者がいないかを確認するのが20体、島各地の農場で見張りをするのが11体、残り1体は王都跡を巡回するもので我々はこいつに悩まされてきたのだが……。」

 金属の塊をいじっている者からその一部を拝借するプリンス王子。

「その1体を倒したのが僕なのです。」

 王子が手に持っているのは小型ドラゴンの頭部だった。塗装が剥がれ肉肉しい色合いを失っているが、口の形状からみて間違いないだろう。

「あいつら生物じゃなかったのかよぉ!?」

「んーーミー達も最初驚いたんだよね〜それ。完全に電気の力で動いてるっぽいんよね〜これ。符術抜きでどうやって電気流してんのかは謎なんだけどね〜これ。」

金属の塊をいじっていた者が話す。ラーヴァは衝撃の事実に空いた口が塞がらない。

「コホン。まぁこのようにその1体を倒したことで一時的に我々は自由に動ける事となった。だがこいつらは何らかの方法でジャニエルと連絡を取り合っているみたいだ。王子が地下シェルターから離れた所で小型ドラゴンを撃破したとはいえ、おそらくジャニエルは王都跡に我々がいる事を確信し、4日後ここを今まで以上に徹底的に調査するだろう。」

「やべぇじゃん!」

「それを迎え撃つために貴方達は呼ばれたのです。我々ももう後には引けなくなりましたが、一度戦うとなれば、我々以外の国民達のいないここは戦場として最も適している。」

「なるほどな……。」

「さて、現状の確認はここまでにして、ジャニエル討伐作戦そのものの説明を開始するぞ。作戦そのものは至って単純だ。奴がこの地下シェルターを発見し、奴がここを通り過ぎたと同時に君たち3人が後をつけ、あのブラフの道で行き止まりになった所で後ろから奇襲をかける。奴の強みは風の力。もっと言うなら大気の力。極端な閉所ではその図体の大きさも相まってまともに戦えんだろう。奴が過ぎ去るタイミングの把握についてだが……。」

「誰かが耳をそばだてる、なんて不確かな方法じゃ危ないからね〜それ。ミーがこいつをいじって監視が出来るようにしちゃうからね〜ほれ!」

 男は小型ドラゴンの残骸に取り付けられた機械を見せる。

「もうほぼ完成してるからね〜これ。昔北方大陸に研修に行った経験が活きてるからね〜これ。」

「すげええええ!!」

 カルマは大興奮している。

「奴を誘導するところは我々大人の方ですでに打ち合わせしてある。君たちはこの3日間さらに鍛え、英気を養い、決戦に備えてくれ。以上だ。」

 作戦会議は終了した。

「とにかくすげぇ内容だったなぁラーヴぁ!」

「ああ。久しぶりに知的好奇心というやつが刺激されたよ。」

「あの、お二人はもう今晩は就寝なさいますか?」

「……どうするラーヴぁ?正直驚きすぎて疲れたけど……。」

「1分1秒だって惜しい。俺は訓練するぜ、カルマ!」

「そういうこったぁ!オイラも行くぜ、プリンス!」

「二人共、ありがとうございます!では早速外へ……。」

 ――――――――――――――――――――――――――――――

「まずはお互い、能力の見せあいっこをしましょうか。まずは僕から……。」

 そう言うとプリンス王子は右手を高く上げ、自身の胸元へ素早く下ろした。

「血継呪術。『我想われる故に我王也プロフオブキング』。」

 二人共呪術師を見るのは初めてであり、呪力など見えたこともなかったが、プリンス王子に力が集まってくるのは自然と感じられた。

「フンッ!!」

 ドゴォン! シュウウウウウウ……

 プリンス王子が右腕を地面に当てるとそこを中心に半径2メートルほどのクレーターができた。

「なんつぅ怪力だよ……!」

「僕の血継呪術は他者からの想いや好意、応援を利用するもの。中でも僕はこのように膂力に変換するのが一番得意です。」

「血継……てことは王様も持ってるのか?」

「はい。父上も持っています。とはいえ過去の怪我で戦いから退いていますが。さて次はお二人のどちらかお願いします。」

「じゃあ今度はオイラの番だなぁ!さっきは動きだけ見てもらったけど、今度は実践的な流れを見せるぜぇ!」

 カルマが取り出したのは鉄製の草刈り鎌だ。しかし何やらガチャガチャ動かすとすぐに刃の向きが回転し矛へと変わったではないか!

「お前ホントそれどうなってんだよ……。」

「さらにさらに〜?」

 今度は持ち手に近い部分から変形し、刃の先端が飛び出たハンマーへと変形した。

「これで切る、突く、叩く全部出来るってわけよぉ!」

「凄い変形だね!」

「使いこなせるのは作った本人だけですけどね……。じゃあ最後に俺の能力も見せます!『爆炎解放』!」

ラーヴァは両手を前に突き出す。

「『前方後円墳』!」

 白熱した炎を前方に放射するラーヴァ。

「おぉ〜!」

「さらにもう一丁!アイツを殺すために編み出した必殺!『煌牙竜殺爆炎掌こうがりゅうさつばくえんしょう』!」

 ドンッ ギィィィィィン……  ドガガガガァン!

 ラーヴァは右の掌底をかつて城壁だった瓦礫に押し当てる。すると瓦礫はその高熱で溶け、さらにに弾け飛んだ。

「腕の勢いで奴の風の鎧を突き破り、掌底から一点に放出する高熱で溶かし爆発させる!これが俺の奥義です!」

「スライムにやってたやつの進化版かぁ!」

「なるほど。凄まじい威力……。とはいえ接触しないと発動できず、リーチは短い……。」

「ラーヴァの必殺を叩き込めるようにお膳立てするってのがオイラ達の仕事になりそぉだなぁ!」

「そうですね。ここから3日で段取りを決めましょう!」

軸となる技が決まってからは早かった。3人はその晩の内に大まかな動きを完成させ、そこからはひたすらに一撃一撃を重くするための特訓を行った。

――――――――――――――――――――――――――――――――

「おい、ラーヴぁ。寝てるか〜……?」

「いや全く……。」

「だよなぁ。明かりないとずっと暗いのにさぁ、緊張と、目が慣れちまったってので全然寝れねぇ……。」

「Zzz……Zzz……」

「プリンスは肝座ってんなぁ。」

「俺達よりもここで長く過ごしてるからかな……?」

「……プリンスだけ寝てんなら、話しちゃおうかなぁ……。」

 カルマは小さな声でゆっくりと話し出す。

「オイラさぁ、昔は何となく偉いやつにムカついててさぁ、王様とか王子様とか嫌いだったんだけどさぁ……。」

「すげぇよ。王様も王子様も。オイラ達、今までこの人達に守ってもらってたんだなぁって感じてさ……。」

「……だな。俺もこんな暗い地面の下で2年間作戦を練ってたなんて想像もしてなかった。」

「……好きなだけ、朝日を拝める様にしてやりてぇなぁ。」

「情に厚いな。カルマお前は。」

 (ホントは起きてたんですけど、寝たふりしてたほうがよさそうですね……。)

「皆さん起きて下さい!ジャニエルがついに来ました!」

 見張りの兵士の一人が駆けつけて言った。

「「「!!」」」

 光の届かない地下シェルターでは分かりづらいが、もう朝になっていたようだ。慌ただしく動く兵士達。プリンス王子も即座にベッドから飛び降り、準備を始める。

「ジャニエルが地下シェルターの位置を察知しました!これ以降この秘密の抜け道からの入退出はしないで下さい!」

 数分して、兵士の一人がやってきた。

「『キーン』。ご苦労。外にいる人達は……。」

「ジャニエルは相当激怒している様です。知識の有無など一切確認せず動くものは皆殺戮対象にしています……。わかりきっていた事ではありますが……。」

 生き残りの兵士・キーンは視線を下ろす。

「……絶対に失敗は許されねぇな。」

「ああ!」

「すまない。必ず仇は取るよ!」

「シェルターの空気穴も閉めました。これでここが流れ弾、いえ流れ風で攻撃される事は無くなりました。」

「……そろそろジャニエルが入って来た頃かもね〜これ。そろそろ監視機能オンにしないとね~それ!」

 小さな水晶板を一同食い入るように眺める。暫くの間誰もいない映像が映し出されていたが、右端から60歳ほどと思われる男性が歩いてきた。

「誰だあれぇ?あんな奴いたかぁ?」

「まさか……ジャ、ジャニエル……?」

 男の白髪は返り血に染められている。服は着ていない。全裸だ。

「二人の指摘通りだよ。こんな奴僕達の仲間にはいなかった。おそらくこいつがジャニエルだ。」

「ドラゴンの正体は……人間!?人間が……あんな事やってたっていうのかよ!?」

「ドラゴンのままじゃ動きづらいのは本人が一番分かってんだろうけどさぁ……自由に変身可能ってズルすぎだよね〜あれ!」

 ピタッ

「「「「!!」」」」

 男はカメラの映し出す映像の真ん中で……秘密の入口の前で止まる。皆息を止める。

 (ま……不味い……。)

 (やっべぇ バレたかぁ!?)

スタスタスタ……

「っ……ぷ、プハーッ!た、助かったぁ……。」

「何言ってんだカルマ!俺たち今から不意打ち掛けにいくんだぞ!」

「わかってるってばぁ!」

 男はカメラから見えないところまで行った。

「ミー達に出来る事は終わっちゃったね〜これ……。」

「皆さん、どうかお願いします!」

 頷く3人。

「父上。行ってくるよ!」

「もう誰も死なせない……!奴はここで殺す!!」

「オイラの刃が火を噴くぜぇ……!」

「命運は貴殿らに託された。頼むぞ、三人の戦士達よ!」

「「「応っ!!」」」

 三人は秘密の抜け道を開けてもらい、男が行ったと思われる行き止まりヘ向かった。

「二人共。見える?ここから上に登れる。上から奇襲を掛けよう。」

静かに頷き、細い道を伝って三人は移動する。壁の右手側にカルマとプリンス王子、左手側にラーヴァが行った。

 行き止まりへの道自体はそう長いものでもなかったが、3人にはこれが、極めて長く感じられた。早く戦いたいような……まだ心の準備が完了していないような……そんな気持ちだった。行き止まりに辿り着くと中心には先程の白髪の男がいた。

「ふぅむ……行き止まり……奴らはどこにいるのだ?」

 (へへっ そのハゲた頭頂にどデケェいちげ)

「等と言うとでも思っていたのか?ガキども。」

 ゾッ

 ――瞬間男の中心から風の刃が飛び出した。辺りの塵をかき集め辛うじて見えるようになったその刃を完全に避けきることは出来なかった。

 ズバズバズバ

「ぐああっ」

「ぐうっ 鎧を容易に……!?」

 初手で足を狙われたカルマと胴体を狙われたプリンス王子。カルマは右足の腱を切られずり落ちてしまう。だがただで落ちるカルマではない。

「コン゙ニ゙ャ゙ロ゙お゙お゙お゙お゙ぉ!!」

 カルマの草刈り鎌はハンマーに変形し、男の頭頂に当たる!

 ゴォン!

「ヌゥ……!」

「続くよ!『血継呪術・我想われる故に我王也プロフオブキング』!『王の天誅』ッ!」

 ズドゴシャア!

 一度しっかりジャンプをしてからカルマのもつハンマーに上から拳、そして全身を乗せるプリンス王子。ハンマーの形が変形するほどの威力に男の表情にも苦しみが見える。

 (でもこれで終わりじゃない……!)

 ラーヴァは左側から飛び立ち、空中で足を上に向けると足をジェットの様にして右側に集中するジャニエルの背後へ突っ込んだ。掌底はジャニエルの左肩甲骨を捉える!

「死ねえぇぇぇぇぇジャニエルぅぅぅ!コウガッリュウサツッバクエンショオオオオオッッ!!」

 ズジュウウウ……

「『ピアノストーム』。」

 ビュオオオオ!

「うおあっ!?」

「うわあっ」

「クソぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

ラーヴァの必殺は命中こそすれど、途中で弾かれ決定打にならなかった。ジャニエルは自身を中心に小さな竜巻を生成し3人を弾き飛ばしたのだ。

 ズザザザザザザガツン!

 10メートルほど吹き飛ばされ3人はすぐに壁に激突する。

(まずい……ラーヴァ君の全力の突っ込みでも弾かれるとなると、あれをされている最中は攻撃不可能か……!)

 しかしジャニエルはすぐに竜巻を解除する。スタミナを消費するのか、地下のドーム程度では空気が足りないのか、人間態では力が低いのか……どれが正解かはわからない。なにはともあれこれでチャンスができた。とはいえ何もしないというわけではない。まだ風の刃を飛ばし始めてきた。

「舐めるなゴミ共!」

「くそっ また来て……ハッ!」

 初撃で足をやられたカルマは動けない。いち早く気づいたプリンス王子はもはや役に立たない鎧を捨てカルマに飛びつく。

「『王の懐』……!」

 ズバズバ

「ぐぅっ」

庇ったプリンス王子は背中に怪我を負うが先程の台詞は防御術だったのだろうか。風は肉を切るだけで骨には到達しなかった。

「おい!」

後になって気づいたラーヴァが二人を救助する。プリンス王子が鎧を脱いだこともあり持ち抱えるのは十分可能な重量であった。ラーヴァは二人より機動力に優れるので避けるだけならなんとかなりそうだ。

「二人共大丈夫か!?」

「助かったよ、ラーヴァ君!僕は大丈夫だけど、カルマ君が……。」

「問題ねぇよぉ。ガンガン攻めてこうぜぇ……?」

「でもお前……武器ももう……。」

「問題ねぇ!!いや寧ろ、今がチャンスだぁ!」

「……分かった!死ぬなよカルマ!」

ラーヴァはプリンス王子を着地させる。カルマはラーヴァに抱えられたままだ。上からはカルマが変形したハンマーを振るいながらジャニエルに接近し、下からはプリンス王子が向かう。上下ともに間合いはだいたい7メートルほどだ。

「フン……何だ。単なる二方向攻撃か……。」

「そうこう言ってられるのも今のうちさ!んえいしょお!!」

 メリメリメリ ボゴッ

 プリンス王子は硬い地面を持ち上げる。

「そんなもの盾にもならんぞ?」

 プリンス王子は持ち上げた土塊をラーヴァに投げつける。

「煌牙竜殺爆炎掌!」

 ラーヴァは土塊を破裂させ、ジャニエルに浴びせかける。

「考えたな……!」

 殆どは風の刃で切り裂かれたものの、一つだけジャニエルに、しかも先程ハンマーの振り下ろされた所へ命中する。ジャニエルが顔を一瞬歪ませる。だが怯みはしなかった。

「だが決定打足り得ぬぞ……?逃げ惑え!『戦慄の風牙フーガ』!」

 今までとは量が違う四方八方への風の刃がラーヴァ達を襲う!

「王の懐で……ぐっ」

 地面にいるプリンス王子が最も被害を受けた。風の刃は手動操縦の様になっているのか横にそれ、後退してもなおプリンス王子を追い続ける。後ろから回り込んできた風に左かかとを切られ、プリンス王子は手を地面に付けてしまう。ラーヴァも足を重点的に狙われ、上に逃げるも、追従する風の刃に追われ続ける。壁面に当てさせ勢いを落とそうとするも硬い壁の塵を含んだ刃はかえってその鋭さを増す。もはや近づける状況ではない。

「上に行くな小僧!お前もそこのやつのように地面に突っ伏していれば良い!大体種を蒔き稲を刈るのに飛ぶ必要などないだろう?お前等は一生地面に張り付いていればよいのだ!」

「黙れ!」

「黙らん!空へ行こう等と考えるのは飯の種にもならん空論を並べる知識人クズどもだけ!ワシはお前等にそんな空虚な事はさせとうない!」

 ズバッ

「があっ」

 凶刃がついにラーヴァの足を捉える!ラーヴァはガリガリガリと音を立て火花を散らせながら地面に滑り込んだ。

「ぐ…う…。」ちらっ

見上げるとそこにはジャニエルがいた。

「そう、それで良い……。」

「……ッッッッッッ!!」

「負けを認めろ。悪しきエリートに少年兵にされし哀れな子よ。」

「……嫌だね!」

「そうか。すでに洗脳済みか。なら」

 ゴチィィィン!

「かっ……ああっ!?」

(不味い……炎のガキに集中し過ぎた!)

 再度空から落ちしはカルマ。先程以上に強烈な一撃をお見舞いする。ジャニエルは一瞬意識を失ったのか風の能力を解除した。

「お前高いとこから狙いすぎだ!めちゃくちゃ時間稼いだぞ俺達!」

「決めたから許してくれよぉ 二人共!」

「ふふっ」

「ガキが……それしかレパートリーがないのか?猿知恵もいいとこだなぁ……!」

 ((まだ生きてんのかよこいつ……!))

「そいつはどうかなぁ?おらっ!」

 カルマは流血した足を振り回し血を飛ばす。ピチャチャと音を立て、血はジャニエルの目に命中する!

「ぐうっ!?無駄に考えの回るクソガキ……!誰がこんな知能を持っていいと言った!?」

「どっちなら良いんだよクソヤロぉ!!」

 そう言うとカルマは地面に落下する。

「ぐぅぅ、やはりワシの考えは正しい、ワシの考えは正しい……。」

「駄目だなぁこりゃ。じゃ、ラスト一発頼むぜ……!?ラーヴぁ!!」

「ああっ!!」 

 この2年間、本当に辛いことの連続だった。苦しくて、ひもじくて、不味くて、汚かった。励ましてくれる最愛の先生もいない。ジャニエルに殺されたのは、何も彼本人が狙った知識人ばかりではない。怪我をしても、病気が流行っても、誰も助けてあげられないからだ。傷口が化膿して死んだ者、体力さえあれば助かったかもしれないにも関わらず碌な食事を与えられず死んだ者……数え始めればきりがない。そして先程の兵士達。彼ら全ての無念を背負い、ラーヴァは最後の一撃を放つ。

「見ててくださいね先生…!うおおおおお!!煌牙竜殺爆炎掌オオオオオオオオオオオオ!!」

 ボッヒュウウウウ!!

「「決めろぉぉぉぉぉぉぉ!!」」

「取るに……足らん……ガキどもがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ジャニエルの体は火に包まれ、そして……

 ズザァ……

 消え去った。

「……あ、ああ……。」

 ラーヴァは煌牙竜殺爆炎掌をやめる。ほんの少しの静寂。

「……勝っ……た……。勝った。勝った勝った勝った勝った!!勝ったああああああああああああ!!」

「うおおおおおおおおおっ!!うおっしゃあああああぁっ!!」

 数分間少年達の咆哮が鳴り響いていた。プリンス王子は静かに泣いていた。その後ようやく彼は口を開く。

「父上……やったよ……僕達……。」

「……プリンス……。」

「……この感動は皆で分かち合わなきゃだな!王様も心配してんだろ!よしさっさと走ってかえ……痛っ!?」

 カルマは足の痛みを訴える。

「……思えば全員、足をやられちゃったね……。」

「……3人で支え合って……ゆっくりいこうぜ。カルマ。」

「……だなぁ!」

「ふふふっ」

「怪我してる足が中心側にある方が良いのか?これって。」

「まぁそこら辺も試行錯誤してみねぇとだな!とりあえずオイラセンターで……」

「待てよ。ここは仕留めた俺を労ってくれよ。足以外もボロボロだぞオイ。」

「いやそれを言うならよぉ……あっ!」

 二人はプリンスを見る。カルマを庇った時の怪我もあり彼が一番重症に思えた。

「……プリンスセンターにするか。」

「良いのかい?」

「良いんだよ。王子のお前がセンターってのが、一番見栄えもいいしなぁ!オイラはお前がいなきゃ死んでたし!」

「じゃあお言葉に甘えて。」

 3人は談笑しながら、秘密の抜け道ヘ向かった。

 ――――――――――――――――――――――――――――――

「実にご苦労だった。貴殿らの功績は未来永劫語り継がれる事だろう。」

「へっへ〜ん!だろぉ!王様ぁ!」

「語り継ぐ人を残すためまだまだ邁進しなくてはですけどね!父上!」

「フッ その通りだな。」

「あの化け物を倒すなんて!君達がいなきゃ終わってたよね〜これ。」

「皆さんがいなければ戦うことすら叶わなかったですから。いなければままならなかったというのはこの場にいる全員に、そして散っていった皆にも言える事ですよ。」

「14歳にして人ができてるね〜あっぱれ!」

「皆の無念を……ありがとうございますっ!!」

「おうよぉ!」

「ちょうど建物が無くなった所だ。慰霊碑はどデカく立てよう、キーン!」

「はいっ!一生ついていきます!王子!」

「望むなら、君達を貴族にすることも出来るが……どうする?」

参謀の男の提案だ。ラーヴァはカルマを一瞥する。どうやら意見は同じようだ。

「俺達は村へ帰ります。貴族としての地位も必要ありません。」

「……その心は?」

「アイツの名前が、二度と誰の目にも触れないようにしたいですから。俺達やその子孫が奴がいた生きる証拠、みたいな風にはしたくないんです。俺達は村が平和になるだけで十分ですし。」

「なるほど。面白い。」

 参謀の男はニヤリと笑った。ラーヴァ達は最後に白衣の男に挨拶した。

「……本当に君達は凄いよ。特異体質だとか呪術だとか関係なく……その精神力が。」

「どういたしましてぇ!何かあったらオイラ達呼べよぉ!」

「どういたしまして。お医者様も元の仕事に戻れると良いですね!」

「うん。ありがとう!」

 ラーヴァ達は皆に見送られ、村へ帰った。

 馬車もないので帰りも歩きなのが二人には堪えたが、直ぐに人力車になると名乗りを上げるものが現れ、二人は素直に乗せてもらう事にした。二人は台車の上で死んだように寝た。心が満ち足りる感覚……明日に何の恐怖も不安も無い安心感……2年ぶりの安らぎに二人は酔いしれた。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

「ん……あぁ……ハッ!オイ、カルマ起きろ!」

「んが、んがが……。」

 目を覚ましたラーヴァ。あれからどれだけ寝ていたのだろうか?ラーヴァ達はすでに村人達が取り囲まれていた。辺りは完全にお祭り騒ぎだ。ジャニエル討伐完了の報はすでに島中に広がっているようだった。

「おお エイユーサマのお目覚めだぁ!」

「おかえりカルマ!ラーヴァ!」

 人々が次々にご飯を持ってくる。思えばあの日は結局何も食べずに寝入ってしまった。ラーヴァは今になって空腹を感じ始めた。

「スンスン…… ! 飯か!?」

 炊かさったご飯の匂いでカルマが起きる。

「お前ホントなぁ……。」

 二人は2年ぶりの絶品にありついた。米こそきれいに炊かさってはいたが、ジャニエルの到来によって失われた料理や技術も多い。派手な肉料理等はなく、玄米の上に木の実が乗っけられただけの物や塩がかけられただけの焼魚が殆どだった。それでも、何の気兼ねもなく、村人皆で話しながら食べるご飯は今までとは別格だった。

「うめぇ! うめぇ!!」

「うぅ……涙でしょっぱい……。それでも美味い!」

 ガツガツガツガツ……

「ぷはぁ 食った食った!」

「皆ありがとう!」

 二人は村の中央に置かれた大きな食卓から席を立ち、村を見て回る。

「いやぁ これからどうしよっかなぁジャニエル倒しちゃったしなぁ〜。」

「……まぁ当分はまだ稲作やるんじゃないか?俺達貴重な労働力だし。」

「それもそっかぁ。あぁでもアイツに監視されずに出来るってだけでも気ぃ楽だわぁ~。」

 二人に走って寄ってくる小さな子供が一人。

「ねぇねぇ、ラーヴァお兄ちゃん、あれなぁに?」

 ラーヴァは男児の顔を見てハッとした。当分前に彼と約束をしていた事があったのだ。

「なんだろうな、あれって?ほら、これをかけて自分で見てみな。」

 ラーヴァは肌身はなさず隠し持っていた先生の眼鏡を男児に渡してやる。この子は生まれついて目が悪い。ジャニエルがいなくなって、眼鏡が自由に掛けれるようになったら譲ってやろうと約束していたのだ。男児は嬉々として未知の物体を手に取る。レンズ部分を持ってはいけないよと教えてやると、

「えあっ ごめんなさい!」

 そう言って眼鏡のつるを持つ。すると自然と使い方がわかったのか、レンズ部分を目の前に向けて、納刀していくかのように右耳に眼鏡のつるをかけていった。大人用の眼鏡なのでサイズは勿論合っていない。それでも初めて見るクリアな世界に男児は大興奮した。

「わっわっ すごい見える!面白い!……あ、でもやっぱ見えない……。」

「度が合ってなかったのかな?何が見えないんだ?」

 男児が指差す方を見てみると、木で作られた看板があった。

「……?」

 看板に近づいて内容を読み上げるラーヴァ。

「《王都跡、元城下町中心広場にて復興のためのパレードを開きます!来場者にはプレゼントあり!来てね!》って書いてあるみたいだな。」

「そうなの?このミミズみたいなのそんな意味があるの?」

「ハハハッ ミミズみたいって……あっ そっか。読み書きの教育受けれてねぇんだ!今の子達は!うわっ 笑っちゃってごめんなぁ!」

「別にいいよ!カルマおじさん!」

「はぁ!?オイララーヴァと同い年だぞぉ!?14でおじさんは冗談キツ」

「……なぁ。ちょっと良いかな?……この看板、誰が建ててた?」

 嫌な緊張感。14歳の二人は人生2回目だ。

「……わかんないの!昨日の朝起きたら有って、皆でなんだろうね〜って……。」

「……おいカルマ。足、大丈夫そうか?」

「いや、足の腱やられたからまだちょっと……」

「わかった!俺一人で行く。」

 そう言ってラーヴァは足に火を灯す。

「あっ くそっ 待てよっ また置いてきぼりは嫌だぜぇ!?」

 カルマはラーヴァが飛び立つ瞬間にしがみついた。

 ドヒューン……

「あう……まだお礼言ってないのに……。」

 シュボオオオオ

 高速で王都跡へと向かうラーヴァ達。

 「なぁラーヴァ。お前が懸念してることってよぉ……」

「なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?俺が……殺したハズ……殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した……。」

(駄目だラーヴァの奴聞いてねぇ!でもやっぱりその件だよな……。)

 (う〜ん、ただ実際アイツだとしてどうやって生き残ったんだ!?煙幕を使われたわけでもねぇし……灰も残ってなかったしよぉ……。)

 最高速でかっ飛ばしたこともあり30分もしない内に目的地付近まで到達した。

 ボバッ ボヒュヒュヒュヒュ!

「な、なんだぁ!?」

 しかしそこまで来るとなぜか異様に炎の勢いが上がった。

「おいラーヴぁ!あの辺りの人だかりが目的地だろ!?超えちまうぞ!」

「わかってる!今勢いを落として、高度を下げてる!」

 すでに王が演説を開始していた。隣にはプリンス王子もいる。王の話を聞く聴衆は想像以上に多い。500人近くいるだろうか?明らかにあの地下シェルターにいた人数を超えている。

 ブシュウウウ……

「お前を抱えねえとだから低空飛行で行くぞ!」

「わりぃ ありがと……う……が……?」

カルマは急に息苦しそうにしだした。

「どうした!?カル…

「皆、よくぞ集まってくれた!我はキングス・ユーゲンハルト。この国の王である!」

「生王だ〜!」

「皆王のために渡って来たんだよね〜これ。」

「つい2週間程前、かの悪逆無道たる嵐気竜ジャニエルは三人の戦士たちによって討たれた!しかし王都は今見えているような有り様であり、島の内情はこの惨状より深刻である!この島にいた明哲な知識人の殆どが殺害され、教師、神父、研究者、医師、建築家、産業資格符術師……いずれも人員不足である!!」

 ラーヴァは大きな声を出すため空気を吸い上げる。

 ……しかし、空気が少ないのか、うまく吸い込む事が出来ない。足の炎も消えてしまった。

「皆……早く……逃げ、ろ……お……」

 ラーヴァの掠れた声が人々に届くことはない。

「わずか2週間でここまでの人数が招集に応じ馳せ参じてくれるとは思わなんだ!深く感謝する!しかしこれは長い我が国の歴史に育まれた貴殿らの尊き愛国心を思えば当然の事であった!我はこの国の51代目の王として、今最後の仕事に着手し!諸君らに任務を言い渡す!……」がくっ

 「……?」  「王!?」

ざわざわざわ……

「父う……え……?」

 王はよろめき、床に転がり苦しそうにもがき始めた。王子も最初父に寄り添っているものかと思われたが彼もまた酸欠状態に見舞われているようだ。同じように口を開け、荒く呼吸をし、苦しみ始めた。最初こそざわめいていた会場の人々も一人また一人と倒れていく。

「空気が……な……い……?」

「ラーヴぁ……逃げ……るぞ……。」

 カルマはラーヴァを引きずり広場から離れようとする。

 (フヒュウウウウ)

 ほぼ真空状態となった広場の中を一筋の風が通る。その風は王の口に流れ込む。空気を得た王が最期の言葉を言い放つ。

「逃 げ ろ お お お お お!!」

 しかし人々は動かない。王の遺言すなわち音が彼らへとつながるのに必要な空気がないからだ。あろうことか彼を心配し近づこうとする者さえいた。

「父……上!どうか……壇上から……降りて……」

 (ドンッ)

 プリンスの届かぬ要求とは裏腹にプリンス王子は王に突き放され、壇上から突き落とされる。ラーヴァはカルマを振り切り王子をキャッチしに向かった。

「ヴッ」

 (パァァァァァン!! ザアアアアア……)

 もしこの空間に音があったら、こんな爆音が鳴り響いていた事だろう。王の体は一瞬で破裂し、そこには先程までいなかった巨大な黄土色の竜ジャニエルが現れた。

「……何故……?」

 王子は落下する。ラーヴァが地面につくすんでのことろで腕を出し、落下の衝撃を殺した。即席のお立ち台がジャニエルの重量に耐えられるはずも無く、ジャニエルは台を破壊し着地する。二人はジャニエルを間違えようもないほどに間近で、王の死とともに見せられた。ジャニエル本人は空気の層を纏っているようでそれのおかげで二人は吹き飛ばされ、呼吸を取り戻した。ジャニエルは後ろを振り向き二人を見て引き笑いを見せながら言った。

「見ておれ。」

 真空に閉じ込められたままの人々はブクブクと膨らんでいく。その表情には痛み、憤怒、絶望、恐怖、渇望……様々なものが見て取れる。しかし数分間もがいていた人々は続々と窒息し、動かなくなっていった。

「やめろぉぉぉぉ!煌牙竜殺爆炎掌!!」

 ラーヴァは風の膜に突っ込むも、敢え無く弾き返される。

 2年前と同じ様に、自身は一切の関与をすることが許されず、人が死んでいく。

「あっ あっ ああっ やめて下さいやめて下さいやめて下さいぃ……」

 プリンスは今にも泣き出しそうな声で訴える。ジャニエルは無視をする。

――ジャニエルによる静かなる虐殺は完遂された。

「フン……真空による破裂より窒息による死の方が早いのか。」

 彼はやや不満げだ。 

 キンッ

 ジャニエルが爪を鳴らす。すると今まで追い出されていた大気が真空と化した広場一帯になだれ込む。吸い寄せられた三人の戦士たちは、膨らんだ残骸の上を転がり、ジャニエルの正面10メートル程の所で激突し、再会を果たした。

「あ……あ……」

 プリンスは完全に放心状態だ。カルマは何とか真空ゾーンから抜け出せていたようだが、呼吸が荒く会話が出来る状況ではない。ラーヴァは何故か生きているジャニエルに話しかける。

「何で……何でお前がっ!!生きてるんだよ!!」

「フン、無知の無知といった所だな。」

「答えは単純……お前達が弱いからだ。」

「俺達が……弱い……?」

「そうだ。特に赤髪のお前は特に弱い。そのお前が総大将を気取っていたのは実に滑稽だったぞ?」

「考えてもみい?原子爆弾の高熱でも死なぬワシらドラゴンがお前の1000万いくかいかないかの温風で死ぬわけないじゃろうが。」

「知らねぇよ!!そんなの!!」

「知らんだろうな。知らなくて良いが。お前の炎に焼かれたふりをして肉体を気体に変換する……造作もない事だった。」

 (嘘だろ……?こんなに壁が……あんのかよ……。)

「何で……ごん゙な゙ぁ゙……ごどを゙……っ!」

 カルマが聞く。苦しそうな声の中には確かな怒りが含まれている。

「何故?分かりきったことよ。この島に残る蛆虫共……そしてこの島にたまぁ〜に寄り付いてくる蝿共を一掃するためじゃ。」

「ワシが居なくなったと知れば奴らは復興だなんだと言ってワシの島を荒らしに来るのは目に見えておるからの。」

「あぁ。後お主らの様なこの島の残存戦力も調べておこうと思ってな。ワシの脅威足り得る者は排除せねばならんからな……今にして思えば杞憂だったが。」

 遠くの方でガチャガチャと大きな音が鳴り響いている。

「む、ワシの召使いロボットも活動を再開したようじゃな。」

 圧倒的絶望。生命としての格が……違いすぎる。三人はなまじ強いが故に人と竜の間にある大きな溝を感じざるを得なかった。

「……そうじゃ。今回は地下に逃げ延びた知識人クズどもが起こした事件じゃったな。あれは図体のでかすぎるあやつらでは確認するのが困難じゃ。」

「そこで、じゃ。ワシはお主ら村人の中から人々を監視し、知識の取得を妨げ今回の様な事を未然に防ぐための組織……少年自警団を作ろうと思う。お主らを殺さんでおいたのもそのためよ。」

「だ……誰が」

「なります。ならせて下さい。」

「「!?」」

 いの一番に入団を申し出たのはプリンスだった。

「僕達が監視すれば……もう誰も逆らわなければ……こんな事は……起きないん……ですよね?もう誰も……死なずに済むんですよね?」

「万が一知識人クズどもがいたら殺さねばならんがな。知識人クズどもになるのを防ぐことは出来るぞ。」

「……オイラも……なる。」

カルマも折れた。

「!?!?」

「良い良い。お主らも知識が悲劇を巻き起こす事は今回の一件で再認識できたようじゃな。さて、後はお前だけだぞ?赤髪。」

「……しない。」

「真空にした覚えはないぞ?きちんとしゃべ」

「俺はお前に屈しない!!」

「そうか……それなら

 ズバッ

 ラーヴァは右肩から左脇腹にかけて大きな切り傷を負わされた。

「え……プリン……ス?」

 切りつけたのは風の刃でなく鋼鉄の刃。ジャニエルが手を下すより先にプリンスが切りかかったのだ。花の紋が入ったその剣は王家に代々受け継がれているものなのだろう。

「ラーヴァ君!!理解して!!僕達のせいで!こんなにも!人が死んだんだよ!そして!今!君のせいで!また!人が死ぬかも!しれなく!なっているんだよ!!」

 ラーヴァもその可能性は十分考慮していた。それでも溢れる復讐心は止まらない。

「だからってアイツに従うなんて俺は出来ない!」

 ブゥンブゥン!

「っ!」

「理解できないなら……もう良い!僕が君を殺して最後の犠牲者にしてやる!!」

ラーヴァは三人に背を向け逃げ出す。ジャニエルは指を振るいラーヴァをどうしてやろうか考えていたが、殺気立つプリンスの様子を見てほくそ笑みこう言った。

「よし。最初の仕事じゃ。少年自警団団長プリンス、副団長カルマ。」

「アヤツをお主らの手で殺し、その首をワシに見せろ。」

「「ハハッ!」」

 足に火をつけたラーヴァを鬼の形相で追いかける二人。足の痛みなどものともしない様子だ。

「こんなの……こんなの間違ってる……!何で俺達が殺し合わなくちゃ……。」

 (ごめんなラーヴァ……でもこうするしかねぇんだ……!)

「これでワシの理想郷ユートピアはより盤石なものとなるな!バッーハッハッハッ!バッーハッハッハッ!」 

ラーヴァが背後から最後に聞いたジャニエルの声は邪悪そのものであった。 

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