第17話

「おはようございます、チル女将さん」

「ワン、ワン!」


「おはよう、ルーチェちゃんと……子犬?」


 仕込みを始めるまえに、昨日、港街で可愛い子犬ちゃんを見つけて、勝手に連れてきしまったと女将さんに話した。


「あらあら、ルーチェちゃん。子犬がいくら可愛いからって、勝手に連れてきゃダメだよ」


「はい、反省しています。……それで、飼い主を見つけたいので、今日の午後は店を早めに上がらせてください」


「いいよ、ちゃんとこの子の飼い主をみつけて、しっかり謝っておいで。……あ、ルーチェちゃんに一つ頼み事をしてもいいかい?」


 一つ頼みごと?


「それは、なんですか?」


「魔氷(まこう)を頼みたいんだ。店に行く予約はしたから、この紙を持って港街の裏路地にある魔法屋さんで魔氷を二キロ、明後日、店に届くように頼んできてくれるかい?」


「この紙を持って、魔法屋さんで魔氷をニキロですね。わかりました」


 港街の路地裏に、魔法屋という魔法使いが経営するお店がある。その店で売られている魔氷はなんでも氷属性魔法で作られていて、三日は解けないという代物。


 魔氷は人気で港街の全部の店、ガリタ食堂でも使用している、いつかは行きたいと思っていた魔法の店だ。


(前に行ったとき休みだったのは、魔法屋さんは予約制なんだ)


「さてと、仕込みを始めようかね。そうだルーチェちゃん、今日はいい豚肉が手に入ったから、旦那とニックが張り切ってるよ!」


 ――いいお肉⁉︎ 柔らかい豚肉に絡む、生姜ダレと千切りのキャベツ、付け合わせの白菜の漬物とお味噌汁は最高だわ、


「ルーチェちゃん、ちょっと待っていてね」


 チル女将さんはそう言うと店に入り、丸椅子を持ってくる。その椅子を私たちが作業をする前に置き、足元の子犬ちゃんを上に乗せた。


「危ないから君の場所はここね、いい子にしてるんだよ」


「ワン!」


 女将さんの言うことを聞いて、大人しく椅子に座った。私と女将さんは大きな空樽を二つ用意して、その上に特注まな板を置き並んで作業を始める。


 まず初めに生姜を下味用のしぼり汁と、生姜ダレ用の生姜を大量にすり下ろし、変色しない様ようにレモン汁を混ぜるのがコツ。


 黙々と生姜を搾り、すりおろす。準備したすべての生姜の下ごしらえが終わると、チル女将さんは次にカゴ一杯のキャベツをドンと置いた。


「ルーチェちゃん、キャベツの千切り始めるよ!」


「はい」


 出来たキャベツの千切りを、井戸水の冷水にさらしてザルで水分をきる。大量のキャベツがなくなる頃、ニックが裏口から顔を出した。朝食に何を食べるのか、聞きに来たのだろう。


「ルーチェ、お袋、朝食はなんにする?」


「生姜焼き丼をお願いします!」

「いいね、私もそれでお願い」


「ワン!」


 まるで「それでお願いします」というように、子犬ちゃんもニックに返事を返す。


「おっ、なんだ? 子犬?」


 子犬ちゃんのことを、ニックにも説明をした。


「ハハハ。なんともルーチェらしいが、ちゃんと子犬を飼い主に返せよ。今頃、子犬が居ないって泣いてるぞ」


「もう、わかってる。ちゃんと返すし、謝るよ」

「そうしろよ。じゃ、俺は朝食作りに戻るな」


 ニックは仕込み終わった、すりおろした生姜と生姜汁を持って厨房に戻っていった。



 キャベツの千切りが終わる頃、厨房から「朝食ができたよ」とニックに呼ばれて店に入る。出来立ての生姜丼のほかに、椎茸のお吸い物ときゅうりの塩もみがテーブルに準備されている。その隣には蒸したサツマイモが子犬ちゃん用に置いてあった。


「生姜焼きののいい匂い〜。いただきます」


 みんなとの楽しい朝食を終えたあとは、戦場とかしたガリタ食堂が待っていた。子犬ちゃんは蒸したサツマイモをペロリと食べて、使わなくなった桶のベッドでお昼寝中。

 

「ルーチェ、十六、十七、十八番さんの生姜焼きが上がったぞ」


「はーい、生姜焼き定食お待たせしました!」


 満席になった店の中で、ニックの声が飛んだ。

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