第4話

 走って近くの村で空き家を見つけ、そこで一晩休んで早朝、その村をあとにする。焦りと緊張で、空腹はあまり感じないけど、動くために持ってきたお菓子と果物をお腹におさめて、違う村まだ歩き空き家を見つけ中で眠った。


(もう追ってこないかしら?)


 何日かやり過ごしてきたのだけど、私は畑しかない道に迷い込んだ。


 ――うそ、畑しかないわ。


 歩きつかれたから休憩しようと思っていたのに、眠るところも隠れるところもなく、私は呆然と立ち尽くした。そんな私の横を荷馬車がいくつか通り過ぎていく。


 もうすぐ日暮れ、今日は野宿だと決めた私の横を通り抜けようとした荷馬車が前で止まり、荷馬車の荷台からエプロン姿のおばさんが顔をのぞかせ、声をかけてきた。


「お嬢さん、こんな畑しかない畑道で何してんだい?」

「畑道?」

「そうだよ。農家が使う道だよ」


「農家の道……そうだったんですね、ありがとうございます。……あの、この辺に町か村はありませんか?」


「この辺に町も村もないね。……この辺は野犬もでるから、近くまで乗っていくかい?」

 

「……いいんですか? ぜひ、おねがいします」


 おばさんに手伝ってもらい荷台に乗ると、中は樽にはいった野菜と果物などが置かれていた。その空いたスペースに座ると、おばさんはなにも言わず隣に座った。


「お父さん、いいよ」

「おねがいします」


 ゆるやかに荷馬車が走りだす。

 一人じゃない、つかの間の安心に私はすぐ眠ってしまった。

 



「……っ」


「お父さん。この子、寝ながら泣いているよ」

「そうか、何か辛い目にあったんだな」


 このときの私は努力しても報われなかった、悲しい、日々の夢をみていた。



 

「お嬢さん、着いたよ。起きて」

「んあ? は、はい」


 揺り起こされ、目を覚ますと荷台の中は空っぽ。……おじさんもおばさんは私を起こさず作業してくれたんだ。荷物を持って、荷台から降りると潮の香りがして、近くに海がみえた。


(海だわ。それなら近くに港もあるはず……)


 私はカバンをなでた。ここまで持ってきた、宝石をすべて売ってお金にして船に乗ろう。そう決めた私は、荷馬車を操縦していたおじさんと、乗せてくれたおばさんに頭を下げた。


「ここまで荷馬車に乗せていただき、ありがとうございました」


 お礼を言って立ち去ろうとしたのだけど。

 おばさんは「うち定食屋やってるんだ、お腹すいていないかい?」と、手を掴まれて強引に店の中に連れていかれる。


 ――うわぁっ。木造作りの定食屋の中は、懐かしい匂いで溢れていた。

 

(こ、この香ばしい香りって、もしかして醤油の香り?)


 どうして異世界に醤油があるの? 懐かしさと驚き、婚約破棄後から、あまり空腹を感じていなかったお腹が自然に「ぐうぅ~」と鳴った。


「あっ……すみません」


 恥ずかしくて、お腹をおさえる。


「はははっ、やっぱりお腹が空いていたね。あんた、この子にうまいもん一杯作ってやって!」


「わかった、ちょっと待ってな!」


 おじさんが厨房に入り、しばらくしていい香りがしてきた。そして、できた料理がテーブルに並んでいく。


「はい、たんとおたべ」

「いただきます」

 

 おばさんが渡したお茶碗によそわれていたのは……これってお米だ。箸でつまみ食べてみる……あ、ああ、甘い、前世と同じ味。あまりの懐かしさに口元が笑った。


 塩魚、卵焼き、白菜の漬物……ずっと求めていた味に箸がとまらず、涙も止まらない。


「ウウッ、おいしいぃ……美味しいよぉ」


 ポロポロ泣きながら、ガツガツ食べだした私と、その食べっぷりに驚くおばさんは「父ちゃんの飯を、こんなにも美味しそうに食べてくれるなんて気に入った! 行くところがないのならうちで働きな!」と言ってくれた。


 おじさんも料理をしながら、厨房でうなずいていた。

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