第10話 ポイズン・ブリッジ ブレイクダウン

 翌朝。


 俺と女神は、目的の橋の前に立っていた。


 夜が明けて、まだ間もない頃だ。


 村人たちが起床して、ここを通って都に行く。その前に、叩き落とす。


 俺は、さっそく短剣を構え、集中した。


 そして、心の中で唱えた。


「飛翔!」


 俺は、天高く舞い上がった。

 

 高空から見下ろす橋は、一本のチョークのように細かった。


 その橋の中心に、短剣の切っ先を向けた。


「砕けろ!」 


 叫ぶと、俺はミサイルと化した。


 そして、そのまま狙った通りの場所に、着弾した。


 橋げたに衝突したと思った次の瞬間には、山肌が見えていた。


 橋げたを一瞬で貫通したらしかった。


 俺は、地面に大きな穴をあけて着地した。


 頭上で轟音が鳴っていた。


 重要部を貫かれた橋が、バランスを崩して、崩壊し始めていた。


 無数の大きなブロックが、空中をくるくる回りながら、地上めがけて落下してくる。


 俺は、すばやくその場から避難した。


 数秒後、その場に、つぎつぎと橋の残骸が降り注いだ。


 巨大生物の悲鳴に似た、物凄い崩落音が山にこだましていた。


 俺は、女神がいた場所まで戻った。


「お見事です」


 彼女は、微笑んでいた。


「ライプドルフに現を抜かす村人がこれを見たときの顔を、早く見たいな」 


「ええ。音を聞きつけて、じきに飛んできますよ」 


 女神が言ったとおりだった。


 待っていると、村人たちが心配顔でぞろぞろとやってきた。


 そして、そこにあるはずの物が無いのを知って、狼狽していた。


「橋がないわよ」 


「一体どうなってるんだ」


 誰かが、橋の残骸を発見して叫んだ。


「なんてことだ! 橋が崩落してるじゃないかッ!」


 村人たちは、騒然とし始めた。

 

 俺は、村人たちに話かけた。


「橋がなくなって、何が困るんだ?」 


 村人たちは、まるで俺がナンセンスなことでも言ったかのような目で見た。

 

 中年の女村人が言った。


「今日はライプドルフの美容サロンに行く予定だったのよ。これじゃ行けないじゃない!」


 別のもっと若い女が言った。


「今夜ライプドルフで、私が応援している男優が出演する演劇があるのよ!」


 別の男が言った。


「俺は毎晩、ライプドルフの女と酒を飲むのを楽しみにしてるんだ」


 俺は、ため息がでた。


 俺の主観に過ぎないが、どの要件も、どうでもいい。


 だから、安心した。


 橋を壊した罪悪感はゼロだ。


 村が平和ならいざしらず、今、恐るべきことが起きている。


 にもかかわらず、その問題をほったらかして美容だの男優だの都会女だのとほざいている。


 こいつらに、脳みそはないのか。


 俺は、腹が立った。


「全員村に戻れ!」 


 命令口調で怒鳴ると、村人たちは、奇異の目で俺を睨んだ。


 どうしてお前に命令なんかされなきゃならないんだという、不満を募らせた顔をしていた。


 まぁ、当然だろう。


「あんた誰?」


 一人の女が訊いてきた。


「この橋を破壊した者だ」 


 そう言い放ったときには、俺の毒スイッチは、オンになっていた。


「橋を壊した理由を説明してやるから、とりあえず全員村に戻れッ!」 


 村人全員を敵に回す覚悟を、俺は、瞳に漲らせていた。

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