第9話 一時の師弟
「わかった」
竜騎士は、そう言うと、一本の槍を担いで、登山道を登り始めた。
俺は、黙ってあとを追った。
しばらく歩くと、開けた場所に出た。
どうやらここが竜騎士の修行道場のようだ。
動きやすいように、丁寧に草が刈りこんである。
俺たちは、その広場のど真ん中で対峙した。
女神が離れた場所から見守っていた。
竜騎士が俺をまっすぐ見つめて言った。
「飛翔のスキルの取得に言葉は不要。私がやるのを見て、目で盗め」
声は、とても冷たかった。
あまたのモンスターを殺し続けてきた歴史がこびりついた、零下の声だった。
──目で盗め。
俺にとっては好都合だ。
俺に必要なのは言葉ではなく、ビジョンだ。
やってみせて欲しい。
前世でも、ずっとそれを思っていた。
口しか動かせないペラペラ人間に囲まれていたから。
「お願いします」
俺は、なぜだかわからないが、その場で正座をした。
ゴツゴツした地面だから痛かったが、その時は気にならなかった。
竜騎士が、瞑想に入った。
呼吸を整えている。
しびれるような緊張感が、数メートル離れた俺の肌にも届いた。
とつぜん、竜騎士の姿が消えた。
──飛んだ!
俺は咄嗟に天を見上げた。
おどろくべき高さに騎士はいた。
騎士は空中で姿勢を変えて、槍の切っ先を地面に向けた。
騎士の体は重力を受けて、降下を始めた。
空中の加速はすさまじかった。
弾丸となった彼が、地上に穴をあけたのは、そのすぐあとだった。
ジェット機のうねりのような音が、刹那、聞こえた気がした。
それほどの滑空であった。
竜騎士の姿は、舞い上がる土煙のせいでしばらくは見えなかった。
風が吹いて土煙が一掃されると、悠然と仁王立ちする凛々しい騎士の姿が、やっと見えた。
目の前にウインドウが現れた。
〈新スキル『飛翔』を覚えました〉
なんてチートな能力だ。
こんなすごい技、生身で習得するのに一か月じゃ到底無理だ。
それを、一度もやらずに見ただけでラーニングした。
「やってみろ」
騎士に促され、俺は立ち上がった。
得物は短剣だが、べつにそれはいい。
俺は、目を閉じて、集中した。
周囲がスローモーションになったのを、気配で感じた。
「飛翔!」
心中で唱えながら、俺は跳躍した。
目を開けた、師匠の竜騎士と女神が、ゴマ粒ほどに見えた。
大きく見えていた山々が、おもちゃみたいだった。
それほどの高空に、俺の体は飛び上がっていた。
俺は、短剣の切っ先を地面に向けた。
降下が始まった。
ただ落ちたのではない。まるで背中にジェットエンジンをつんでいるかのような加速だった。
気が付けば、俺は地上に戻っていた。
月のクレーターみたいな穴が、足下に広がっていた。
俺が開けた穴だった。
──ヤバい。俺は焦った。
相当の爆風が吹き荒れたことは間違いなかった。
竜騎士や女神は無事かと、それが心配になり、二人の姿を必死に探した。
女神が、竜騎士の前に盾になるように立っているのが見えた。
女神が、魔法のバリアを張って竜騎士を守ったのだと、格好をみてすぐにわかった。
俺は、ひとまずホッとした。
教えてくれた人を、教わった技で殺すなんて、想像もしたくなかったから。
俺が地面にあけた穴は、竜騎士の穴よりも、五倍ほど大きかった。
竜騎士は何を言っていいのかわからない感じで、茫然としていた。
俺は、彼の前でひざまずき、技の伝授のお礼を言った。
「尊いスキルの伝授、心から感謝申し上げます。これできっと、村を救えます」
竜騎士は、器の大きい人間と見えて、別に悔しそうな素振りは見せなかった。
くだらないマウンティングなどと無縁の大物らしかった。
目を輝かせながら、こんな言葉をかけてくれた。
「私は、そなたを見くびっていた。無礼を謝罪したい」
「いえ、とんでもありません。私はいきなり決闘を申し込むような無粋なマネをした愚か者ですから」
竜騎士は、穏やかな顔で言った。
「そなたなら、この技を世のために正しく使ってくださるだろう。さっそく、さっきおっしゃっていた毒に侵された村とやらを救ってやってください」
「はい」
俺は、啓礼をしてしまった。
なんでそんなことをしたかはわからない。咄嗟にでた仕草だ。
これで、準備完了だ。
飛翔のスキルで、あの忌まわしき橋を、ぶっつぶせる。
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