第8話 竜騎士の威厳

 夫婦と別れて、俺と女神は、隣の山に向けて出発した。


 そろそろ転生して半日が経つ。

 

 俺は自身の体に、ある違和感を覚えた。


 腹がまったく減らないのだ。


 それから、もうひとつ。


 ずっと隣にいる女神。顔もよろしく、スタイルもそこそこで、普通なら、よこしまな気を起さずにはいられない魅力がある。


 なのに、どうしてか、俺は、気分が高まらない。


「なぁ女神。俺の体は、どうなっている?」


 女神は微笑んで答えた。


「チートになってます」


 意味がわからない。


「どういう意味だ」


 女神が説明してくれた。


 説明を要約すると、どうやら俺の体には五欲を引き起こす装置が無いらしい。


 食欲も、睡眠欲も、性欲も、金銭欲も、承認欲求も、無い。


 一切の修行もなしに、仙人になれたようなものだ。


 ありがたかった。


 欲望に振り回されて、コスパの悪い薄っぺらな人間になるより、ずっと充実した人生になりそうだから。

 

 俺の前世は、結局は煩悩に振り回されて終わったようなものだ。


 食欲、睡眠欲、性欲、金銭欲、承認欲求に、俺は人生を狂わされた。


 だが、それは、今は無い。


 これ自体が、ある意味チートだ。

 

 物を食わないなら病気にならない。


 睡眠の必要がなければ宿も持ち家もいらん。


 恋愛のための出費もないし、承認欲求が無いなら堂々と乞食ができる。


 乞食でいいならブラックな社会で働く必要もない。


 俺は、神様からのギフトを、心から喜んだ。



 夕方になった頃。

 

 山奥の小屋を発見した。


 煙突から煙が上がっている。人がいるようだ。


 きっと、目当ての竜騎士ドラゴンナイトだ。


 俺は、扉をノックした。


 扉が開かれると、鎧をまとったいかにもな竜騎士が顔をのぞかせた。


 俺は、手短に済ませたかったから、いきなり、


「お手合わせを願う」


 と、決闘を申し出た。


 失礼な話だと思った。だが、早くあの村を粗治療したかった。


「なんの因縁があって?」


 相手は、憮然として訊ねてきた。


 俺は、彼の目に、奥ゆかしい騎士の誇りを感じた。


 手っ取り早く技のラーニングを終わらせたかったが、相手の眼光に、俺の気持ちが変わってしまった。


 ちゃんと相手に敬意を払わなければと、急にそんな思いに駆られた。


「失礼しました。実は、あなたのスキルを、ぜひご教授戴きたく、はせ参じました。どうか、ご教導くださいませ」

 

 気が付けば、俺は深々と頭を下げていた。


 これは俺の意志ではない。


 相手の目が、俺をそうさせたのだ。


 それほどの威厳を、この竜騎士ドラゴンナイトは備えていた。


「命をかける覚悟があるなら承るが」


 冷たく乾いた声だった。


 冗談が一ミリも混ざっていないのがわかる声だった。


 おそらく、チートの俺が命を落とすことはないだろう。


 きっと、ひとたびスキルを目視すれば、即自動習得して終わりだ。


 だが、命掛けの気持ちは、重要だと思った。


 毒を以って毒を制するというのは、伊達でできることではない。


 悪に堕ちない強い精神がなければ、自分が世を汚す毒になりかねない。


 力だけで世直しはできない。

 

 俺は、竜騎士に、精神を問われている気がした。

  

 だから、本気で頭を下げた。


「私は、ある村を毒から救いたいのです。そのためにあなたの技の力をお借りする必要があります。だから、命をかけて修行に励みます。どうか、この願いを聞き入れてくださいませ」


 前世でも、頭を下げたことがある。


 だが、ここまで純粋な気持ちでやったことはない。


 仕事のためにとか、所詮はその程度の動機だ。 


「一か月だ。一か月で習得できなければ、私がお前の首を刈る。それが条件だ」

 

 チートの盾がなけりゃ、絶対に逃げてるような条件だった。


「はい。首をかける覚悟で挑みます」


 俺は、真剣な目で、相手を見据えた。


 こんな純粋な目で人を見たことは、前世では一度もなかった。


 清々しい体験だった。

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